黄金の海。

 と。誰が言ったか誰にも知らないが、曇り一つない、風一つないきらめく砂漠をこう言う。

 今日はまさにその「黄金の海」と称するにぴったりの日だった。あまりの眩さにアズもココットも目を擦り、太陽を遮るように手をそえる。

「・・・お。次の街が見えたな」
「・・・うん」

 風がないため、平坦な砂漠は遠くまでよく見えた。
 街は思ってた以上にすぐ到着した。そこまで小さくない、そこそこ商業が流行っていそうな活気のある街に見えた。

「約束、覚えてるだろうな?」
「・・うん・・・」

 ココットは目を遠くにやりながら小さく頷く。

「ちゃんと・・・・・・覚えてるよ。・・・お別れ・・・・だね」
「ああ」

 アズは街から目を背けると荷物を担いだ。

「ね、ねえ・・・・・ま、街の入り口までは一緒でいいよね?」

 荷物を拾うアズの元まで小走りに行き、逃げないようにと念を込めるように服を掴んだ。アズは振りほどきながら
「まあそういう約束だからいいだろう」と淡々と答えた。
「・・・アズ兄ちゃんはどんな目的があるの?」

 アズは大またに、ココットは離れないようにと小またで早歩きしながら上を向く。あまりに眩しいので直視することはできず、アズがどういう表情かわからなかった。

 それでも、いつも通り不機嫌そうにむすっと睨みつける顔をしているのだろうと予想しながら見つめる。

「目的・・・ねえ・・・・・」

 アズはそれきり口をつぐんだ。アズにしてははっきりしない曖昧さにココットは首をかしげた。

「言えないの?」
「まー言えなくはねえけどな。・・・・・ま、金の為だな」
「お金・・・?」
「そう。金だ金。金さえあれば生きてけるからな。金があれば人も買える。便利なこった」

 ココットは無言でくちびるを尖らせ、腑に落ちないと言いたそうに眉間にしわをよせたがアズは見ていないので効果がなかった。

「・・・・それとデザートシーブス殲滅」
「あたしと同じだね。デザートシーブス嫌いだもん」

 アズはそれ以上口を開かず、どすどすと砂を蹴散らすように歩いた。





 街へは思ったとおり、すぐに到着できた。アズとココットは並んで立ち止まり、街を見つめた。遠目である程度わかっていたが、こちらは思った以上に活気があった。

 わいわいとざわめく人たちの頬は艶々と太陽の光を反射し、それぞれ「安いよ!」「おいしいよ!」と自分たちが自慢するもの物を掲げる。それを買う人々もまた笑顔でそれらを受け取り、金を渡す。

 商売をやってる人たち以外もそれぞれにこやかに歩き、しゃべる。何か祭りみたいだとココットは目を細めた。両親と弟がいたらどんなに楽しかっただろう。そう、思いながら。

 涙は少しでそうだったが我慢できた。

「じゃ、俺は行くからな」

 ココットは見上げる。アズはいつも通りの睨みつけるような顔だ。少しでもいいから笑えばいいのに、と言ったところで恐らく怒られるだろうから黙った。

「・・・・・・あ。アズ兄ちゃん。そうだった・・・これ・・・」

 ココットは懐を探り、そっと黒い塊を出した。本当にほんの数日前は重くて持てなかった冷たい塊。今は何よりも肌に張り付いているそれを。

「とっても助かったよ!ありがとう」
「あー」

 アズはこほんとわざとらしく咳払いをする。

「それ、やる」
「え?」

 アズとピストルを交互に見つめる。アズは変わらずむっとした表情をしていたがほんの少しどこかの部分が崩れて、柔らかかった。ココットの表情がみるみる鮮やかに、大きな瞳はさらに大きくきらめいていく。

「いいの?!」
「餞別ってやつだ。あとこれもな」

 アズも懐を探り、ぽいと投げ捨てるように渡す。

「も、もう一個・・・・・?僕、二つ使えないよ・・・・・」
「使えるようになれ。そーなりゃあとりあえず生きていけるだろうよ」
「・・・・あ、ありがとう・・・・!」

 ココットは満面の笑みを浮かべる。アズは少し鼻を鳴らし、ココットから目をそらした。

「あともう一個」
「なあに?」

 ココットはまるで宝石を手に入れたようにルガーP90に頬擦りし、懐に収めてはまた愛しそうに取り出して見つめていた。

「タイザー」
「??」

 それはアズがデザートシーブスとの戦闘の前に歌っている歌に出てくる名前だった。ココットもそれは覚えていたが、それが何を示すかわからなかった。ピストルをしっかりしまい、もう一度アズを見上げた。

「いいか?名は体を表す、という。ココット〜なーんてどっかの菓子みてえな甘ったるい名前だとすぐやられるぞ。だからお前は今日からタイザーと名乗れ。いいか」
「ど、どうして突然・・・・・・・」

 困惑するココットを無視し、アズは一人続ける。

「名前っつーのは不思議だな。それだけで変われる気がする。・・・・その「名」になれる気がするんだ。いや、なるんだな・・・・・・」

 それは言い聞かせているのか独り言なのかわからなかったが、ココットは深く頷いた。

 砂が降りかかる。―そうだ、ここに全て置いていこう。きっと、砂が優しく埋めてくれる。

 涙も叫びも親への思いも、全て。

 そう、全部埋めていこう。名前と共に。

「タイザー・・・・・あたしの名前・・・・。・・・強そうだね」
「詳しくは知らねえけどな。タイザー、つーのは強い獣を示していると言われている」
「あたし、一人でやっていけるかな・・・・・」
「さーな。・・・そうそう。それやる代わりに戦利品はもらったからな」
「え?」

 ココットは慌ててポケットを探る。わずかだが戦利品として金を受け取っていたはずなのだがポケットは軽く、一銭も入っていなかった。

「お、お金・・・!どうすれば・・・・」

 アズはいたずらっぽい笑みをにひ、と浮かべると「さーな」と眉を上げた。

「ピストル代にー名前代ー後は〜・・・数日間の旅費。それを含めりゃー割りにあわねえ料金だが、ないよりマシだしな」
「でも・・!」
「でももくそもねえよ、クソガキ!これからそれでやってけ。金も、ピストルも、名前も、一から」

 ココットは黙ってスカートをにぎりしめた。

「ま、俺はここで消えるけどな。いつかお前とおなーじ目的のやつに会えるだろ。そうしたらそいつにくっついていきゃあいいんだ」

 アズは背を向け、街から離れていく。ココットはその場にじっと立ってアズの背中を見つめる。

「あ、ありがとう!アズ兄ちゃんっ」

 アズは軽く手を上げ、砂に飲み込まれていった。

「・・・・よし・・・・!」

 ココットはぐっと拳を握る。

 小さな手はまだ何もつかめていないけれど、いつか何かを得るだろう。小さな手でも、ピストルは持てるのだから。

「・・・行こう・・・・!あたしはタイザーだ!」

 ココットは脱ぎ捨て、砂漠に埋まる。

 駆け巡る少女はタイザー。

 タイザーは大きく伸びをすると街をすり抜けていった。






 砂が舞う。日は傾きはじめ、黄金の海はまるで血のようにどす黒く変色していく。

「・・・・探したわ」

 アズは顔を上げ、軽く「ああ」とつぶやいた。

「シーフラフネスごっこは楽しかった?」
「ごっこ、じゃねえよ」

 アズは大またに、目の前の女の元へ向かう。
 女はアズよりも小さいが、普通の女よりも大柄だった。しゃれっ気の何もないだぼだぼのつなぎを着てはいるが異様な色気が全身ににじんでいる。赤い髪が夕日を浴び、さらに艶めく。

 鋭い灰色の視線がアズを捕らえた。アズと張る、強い目だ。

「帰るわよ」
「・・・・・まだ見つけてねえんだけどな」
「デザートシーブスに盗られたモノ?」
「ああ」
「でもそう言っていられないわ。仕事よ」

 アズは女のすぐ側まで来ると立ち止まり、やれやれと息をついた。

「俺以外にも働けるやつはいくらでもいるだろ?」
「いないからこうして探してたのよ。・・・・いい加減、シーフラフネスはやめない?」

 女は淡々と冷たく言い、腕を組んだ。

「クソ言え。そいつを見つけるまでは俺はシーフラフネスだ」
「じゃあこっちの仕事を止めて」

 女はさらに刺すように淡々と言う。

「・・・・・・そうもいかねえよ。俺は名をもらってるからな・・・・・っち、わかった、帰ればいいんだろ」
「そう。・・・・・こっちの仕事をやってるうちに見つかるわ。あなたの盗られたもの・・・・大切なのね」
「じゃなきゃこーんな不毛なことやってられっか。デザートシーブスの懐探りだなんてよ。・・・でもいつかは見つかる。そう思ってる」

 女は無言で肩をすくめ「先に行くわ」と進む。

「目的のため、俺はどっちにもいる・・・・・・・・。俺は俺を作る名を持つからな・・・」

 砂漠を蹴る。砂は手ごたえがなく、曖昧に散っては沈む。

「・・・・さっさと行くわよ、2nd」
「・・・・・・・うるせえ、クソ9th」


おわり



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