さあ、冷静になろうか、俺。 ん?どうしたかって?そりゃあ、俺じゃないやつに聞いてくれ。生憎と俺は忙しいんだ。仕方ないだろ? 「いいから、降りて来い!」 「無理だよお・・・・!」 くそ、泣き喚くんじゃねえよ。俺だって泣きてーんだ。 ああ、どうしてこうも運が悪りいんだ?いや、元々・・だったか。そうだ・・ここ最近の運はよろしくねえ。半端なく不運絶好調だ。・・・わけわかんねえ。 この不運はいつから始まったんだっけ?もう随分と前のような気がする。気が遠い。 最初は路銀がなくなった。もちろん飯は食えねえ。じゃあデザートシーブスでも倒して路銀を稼いで・・と思いきや、倒せねえってか、いねえし・・・そこで仕方なく賞金首でも・・と思ったんだがな。 「タイザー・・・」 「無理・・・無理だよお・・・!僕、怖い、怖いよお!」 タイザーのやつは半狂乱になってへたり込んでしまった。 どこでかって? ・・・バーの屋根の上で。民家よりは低くとも、屋根の上にはちげーねえ。つまりは、高いところだ。チビがよけいにチビに見える・・・・おお、こうして手をかざせば手乗り人間・・・いや、違う。・・・ついに逃避行かよ、俺。 OK、混乱はわかった。 とりあえず・・・どうする?この状況・・・・。 Honey & honey 1 イツキ言うところの「不運絶好調」の始まりは数日前。路銀が尽きたところからスタートする。 砂漠の夜は昼間の騒がしさを手のひら返したように、冷たく静かに眠りに落ちる。 夜を歩く者は誰もおらず、足跡だけを優しく流して道を消す。砂粒はしばし、太陽の匂いを思い出しながら目をつむるのであった。 だが、街が近いと静けさはかえって団欒の声を響き渡らせる。ひっそりと温まる砂粒とはまた違ったぬくもりが、闇夜のスクリーンに黄色く映し出された。 時刻は夕飯時。砂漠に点々とある街のとある食堂は大賑わいだった。 「はい、おまたせ!当店自慢のプリンアラモード・・・いつもの、ね」 景気のいい声を張り上げ、若いウエイトレスはクリームがたっぷり盛られたガラスの器をテーブルの真ん中に置いた。 食堂は古びていたが手入れが行き届いている。今にも崩れそうなこげ茶色のテーブルも艶があり、貫禄があるように見えるから、掃除というのは不思議だ。 とはいえ、渋いテーブルに色とりどりのデザートはかなり不釣り合いだ。こういったテーブルにはじゅうじゅうとよく焼けたステーキやくすんだグラスのビールジョッキ、そして山盛りのサラダ、灰皿が似合う。現に周りにいる人々はそういったものをテーブルに乗せており、プリンなどというかわいらしいものは誰も頼んでいない。 さらに、こうしてデザートを一つだけ頼む人というのは珍しいのだろう。 「タイザーちゃん。今日はおまけにパイナップルもつけてあげたから食べてね」 ついには、若いウエイトレスの女性は小さな旅人と、保護者なのかどうなのか・・だらだらと机に顔を転がす男の顔と名をすぐに覚え、こうしておまけまでしてくれるようになった。 「スプーンはいつも通り、二つ?」 「うん!ありがとう、アンジェ姉ちゃん。わあ、今日のもおいしそうだね!僕、果物たくさんの、大好きだよ」 「ふふ、それはよかった。・・・ごゆっくり」 微笑ましくタイザーを見つめ、次に横目でちらりとイツキを見て意味ありげなものをたっぷり口に含ませた笑いを浮かべ奥へ走っていった。 イツキは何が言いたいか何となく察し、煙草の煙で無言の返しをたっぷりしておいた。その顔は見るからに不機嫌そうな半眼をしていたが、ウエイトレスの姿はもうない。 「ほら、いっきー。もう煙草やめようよ。プリン、プリン!」 イツキはまたも無言で煙草をすりつぶし、頬をついた。 どうしてか不機嫌なイツキとは対照的に、目の前に座るタイザーは機嫌がとてもよかった。 銀色の小さなスプーンを片手に、届いたばかりのプリンアラモードをしげしげ見ては顔をほころばせ、どれから食べようかとぐるぐる器を回す。大きな瞳に器の光が入り、余計に輝かせていた。 「はい、スプーン」 タイザーは待ちきれない様子で足をばたつかせ、イツキにスプーンを手渡すが中々受け取らない。タイザーはきょとんと目を丸くし、首をかしげた。 「あれ?どうしたの?僕、食べちゃうよ」 「・・・・・・はあ・・・」 イツキは受取ながらため息をつき、「あのなあ」と切り出してもう一度ため息をついた。 「もう三日だぞ・・・三日」 スプーンはクリームを掬わず、辺りの空気をくるくると混ぜる。甘いにおいと脂のジューシーな香りが入り混じり、少し胸やけを起こしそうになる。それでもイツキは半眼のまま言葉を続ける。 「何でこんなプリンばっかり・・・・」 「文句言わないでよね」 とたんに口調はきつくなったが表情は緩んだままだ。察するに、よほどここのプリンが気に入ったのだろう・・・確かにうまいなどと思ってしまうあたり、頭は甘い空気で酔っているようだ。いや、空腹のあまり回らないだけかもしれない。 「この辺、デザートシーブスいないんだもん。だから路銀ないよって言ったのにいっきーが使うから。・・そうだよ、いっきーが悪いんだからね!」 プリンに惑わされていて失念していたと、タイザーは思い出したように怒り始める。しかし口とは裏腹にスプーンはクリームに突っ込み、苛立ち始めた口を癒す。おいしいらしく、タイザーの目じりがとろんと垂れた。 「平和なガキだ・・・・」 イツキは聞こえないようにつぶやき、クリームをつついた。しかし食べる気はおろか掬う気にもならなかった。銀のスプーンはむなしくクリームの壁を撫で、器に落ちた。 イツキは甘いものが好きだ。男のくせにと言われようと、ケーキやゼリー、こうした豪勢なプリンも普通に食べる。しかしこれが食後のデザートだというのなら、よかった。今頃タイザーと果物を争ってスプーンで格闘していたかもしれない。 だがこれはデザートではなく、メインだった。 それもイツキがつぶやいた通り、三日連続。 そろそろ嫌になってもおかしくないどころではなく、胃も体も受け付けてくれなかった。 仕方のないことだ。タイザーの忠告も聞かず、イツキが無断で金を拝借した結果・・・路銀がなくなるという事態に陥ったのだから。それにくわえ、この街周辺にデザートシーブスがいない。盗賊を狩ることで金品を得るシーフラフネスの収入源といえば盗賊・デザートシーブス。その元がいないのだ、稼ぎようもない。 ここからは節約しようと考え、どれを省くか決めた。野宿は嫌だということで・・・食事面を削除された。もちろん、イツキの煙草代や余所の女を買う代金も。 そういう理由もあり、おかげで二人はここ三日、食堂で一番安い価格であるプリンをつつき合っている。 イツキも最初の頃はおいしいプリンに舌鼓を打ちつつ食べていたが、彼とて男の大人だ。やはり体は肉や米などの炭水化物とタンパク質を求めている。加えてビールすら飲めない。それほど苦しい財政状況なのだった。まあ、この状況を作ったのは自分なので自業自得だが。 色々と回想していくうちに自分の阿呆さにも嫌気がさし、イツキは力なくテーブルに頭を落とした。 「あー・・・・食い物だけじゃなくて女も逃げていく・・・・」 「いっきーって・・・こういう状況でもそういうこと言うの?変態すぎるよ」 「うるせえよ・・・。変態だろうとなんだろうと、やりてえもんはやりてえ・・・」 「・・・・・・」 伏せているためタイザーの姿は見えなかったが、何となく半眼で睨んでいることは感じる。イツキは軽く手を振るとごろりと頭をタイザーに向けた。案の定、彼女はスプーンをくわえたまま睨んでいた。 「安心しろ・・・やりてえところだが、腹減って体力ねえから・・・・そもそも金がねえんじゃなあ」 「変態!そういう問題じゃないよ!普段からしちゃだめ!お金使っちゃ、だめなんだからね!」 「えーどうしてデスカ?タイザーちゃん」 「知らない!」 こん、とスプーンの柄がイツキの頭に落ちる。 「それにね、忘れないでよね!僕たち、ただこうしているだけじゃないんだから」 イツキはよれよれと頭を起こし、再び肘をつく姿勢をとった。会話している間もタイザーはもりもりと食べていたようで、プリンは半分以下に減っていた。よくもしゃべりながらこんなに食べれる、とイツキは減りゆくプリンをぼんやり眺めた。 「あ、いっきー。さくらんぼ食べていい?」 言いながらタイザーは小さなさくらんぼをつまみ上げる。一つしかないため、彼女なりに気を使っているのかもしれない。食欲のないイツキはぼんやりしたまま「ああ」と小さくうなずいた。 「もう全部食べていいぞ・・。・・・そういやあ、できるか?」 「何を?」 「口の中でさくらんぼのヘタを結ぶってやつ」 「それって舌を使って?・・・・そんなのできるの?僕、やったことないよ」 タイザーは種を出し、しげしげと枝を見つめる。イツキは半笑いを浮かべ、「俺はできるんだぞ〜」とのどを鳴らした。しかし彼女は興味なさそうに「ふうーん」とだけ頷き、下に置いただけだった。 「知らねえのか?」 「もう、さっきから何?」 「これができるやつはキスがうまいってやつ」 「・・・・そ・・・そんなの知らないよ・・・!」 タイザーは口をすぼめ、少し頬を赤らめながらクリームを頬張った。イツキは半笑いの状態からさらに目を細め、にやにやと猫のように笑う。 「試してやろうか?」 「変態!」 「遠慮するなよ、タイザーちゃん。お兄さんがじーーっくり教えてやるぞお?」 イツキは喉をくつくつ鳴らし、垂れた瞼から覗く黒い瞳を光らせる。それは表情同様、猫を彷彿とさせる。 「だ・か・ら!」 余裕を見せるイツキとは対照的に、タイザーは怒りからなのか照れからなのか、顔を真っ赤に膨れ上がらせ勢いよく立ちあがった。椅子が大きな音を立てて倒れたが、客はいつの間にか少なくなっていたので振り向く人は誰もいなかった。 この状況だと・・・と余裕で顔を緩ませていたイツキの頬に一筋の冷汗が流れた。いつの間にか浮かんでいた汗が滴るほど大きく膨らんでいたのだろう・・・体はいち早く危機に気づいていたのだ。なのに、イツキは逃げることができなかった。 「それ以上言うと、撃つよ!?」 見なくてもわかる。煙草よりも胸をえぐる、硝煙のくすんだ匂い。どす黒い煙の臭いは人の肉をつぶそうと虎視眈眈とターゲットの周りを漂う。おそらく、光のない黒い眼はイツキをしっかり捉えているだろう。それはご主人さまの機嫌をさらに損ねると同時に、けたたましく吠えて一瞬にして空気をも凍らす。なのに食われた体は燃え盛る炎の如く全身を熱くたぎらせて、沈黙の海に沈められる。 イツキの額にびっしりと玉の汗が浮かび上がる。それだけこれは危ない、と何もかもわかっているのだ。 イツキは肘をテーブルから放し、両手を上げる。恐る恐る見ると、やはり黒い眼がこちらを向いていた。もちろん、二つ。 「降参だ降参・・・・」 ちき、と引き金は少しだけ舌打ちしたがすぐに姿を潜めた。 「もう!いっきーのばか!変態!いっつもそういう風に言うんだから!」 彼女がどれに対して怒っているかはわからなかったが、とりあえず銃はマントの中へ帰り、タイザーも座った。 イツキは一息つくと、また肘をつく姿勢に戻した。猫背の体がさらに情けなく丸まっている。 「安心しろ・・・ったく・・・冗談だって、毎回言ってるだろ?俺の下はもっと胸のある女にしか反応しないんだ・・・やれやれ・・。タイザー。怒る前にもっと胸を大きくしろよ、胸。そうしたら多少楽しめ・・」 「本当に撃つよ?」 先ほどの黄色い悲鳴とは打って変わり、彼女にそぐわない低い声が漏れる。 一度引っ込んだ汗が再びにじむのを感じ、イツキは黙った。 「はは、お二人とも元気ねえ〜」 イツキの意識はどこかに消えそうになっていたが、それをつなぎとめるように上から明るい声が耳に入った。見ると、先ほどのウエイトレス・アンジェが笑いながら二人を交互に見ていた。エプロンをしていないところを見ると、どうやら彼女の仕事タイムは終了らしい。しかし疲れの色はなく、むしろ快活な笑顔を満面に浮かべていた。 年の頃はイツキと同世代ぐらいだろうが、広い店内を一人で動き回ったにも関わらず花が咲いたように陽気な様子や表情は、イツキよりも「大人」に映し出す。老けているのではなく、いい意味で張りのある熟女だった。黒に近いこげ茶のボブヘアが、より彼女を大人びてみせる。 赤茶色の瞳がタイザーをおもしろそうに捉え、くすりと声を漏らす。 「タイザーちゃん、隣いい?」 「もちろんだよ、アンジェ姉ちゃん」 「ふふ」 タイザーは少し椅子をずらすと、アンジェは隣のテーブルから椅子を持ってきて座った。 「いいわねえ、二人とも。仲良しだし、いつも楽しそうで。・・・飽きないでしょ?イツキくん」 「はっは・・・・。・・・・まあね・・・」 イツキはようやく引いた冷汗の残りを手でぬぐうと、力なく適当に笑い、顔をあげた。アンジェは先ほど浮かべた意味ありげな笑みをまた浮かべて無言でうなずく。 「・・・・その笑いやめろよ、アンジェ・・・」 「やだあ、何で?」 特に意味はないわよ、と言いながらも笑みを深め、彼女は持参してきたグラスの水を一口含んだ。 ここに来て三日、ウエイトレスは二人の顔や名前を覚えるだけでなく、お互い名前を呼ぶような仲にもなっていた。アンジェは性格も実に快活で、興味のあることは全て首を突っ込みたくなる性質だと自ら言った。こうしてやりとりする・・・しかも一見繋がりのなさそうに見える二人に猛烈な興味がわいたらしい。一日目にして名前を呼び、三日目ですでにこのように仲良くなっていた。イツキやタイザーもこの元気なウエイトレスの真っ白さにやられ、こうして彼女が仕事を終えた後でも会話を楽しんでいた。だがそれだけではなかった。 アンジェはどこかに溜まっていただろう、疲れを含んだ息を軽く吐き出し、前のめりに二人に近づいた。 「それで。本題なんだけど」 彼女が声を潜ませると、イツキとタイザーも前のめりになって耳を傾けた。特にタイザーは真剣に・・それでも残ったプリンを求めるスプーンを止めずにじっと目を開く。 「二人が追っている相手、バーに出没するらしいわ。まだこの街に留まっているみたいね」 「うん・・・そっか・・・。よかった・・」 タイザーはくちびるについたクリームを拭いながら深く頷く。 「それでね、相手は取り巻きを連れてるみたい・・って噂。・・・もしかすると、別のことにも絡んでる・・かもしれないね」 「大丈夫だよ!僕、強いもん。そいつも取り巻きも、やっつけてやるんだから」 「ふふ、それは頼もしいこと」 「じゃあ俺は宿で寝てるか・・」 「だめ!いっきーも手伝うの!」 タイザーは目にも止まらぬ速さで振り向き、目でイツキを刺した。イツキは無言で肩をすくめ、アンジェは口元を押さえて笑った。 「本当に仲がいいのねえ・・・うらやましいわ」 「違うよ!」 今度はアンジェに向き、同じように目で刺したが彼女には通用するどころか笑い声が上がる。タイザーは頬を膨らまし、「ごちそうさま!」と大きな声でスプーンを置いた。 「とにかく!僕たちはあいつを捕まえなきゃ、ご飯食べれないんだからね!」 「へいへい・・・わあーってますって・・・」 「がんばってね。私も協力するから。職業柄、情報は色々と入るしね。結構ツテもあるし」 タイザーは驚くほど速く表情を切り替え、笑顔で「ありがとう」と今度は違う意味でアンジェを刺した。 「ふふ。かーわい」 アンジェは独り言のようにつぶやき、イツキはため息をついた。 「じゃあ、明日はバーだね!」 その中、タイザーは意気揚々と拳を振り上げ、残りのプリンを平らげるのだった。
|