事の始まり・・・その2。じゃあ、と切り出したのはタイザーだった。 路銀を入れていた巾着(今はほとんど入っていない)を握りしめ、勢いよく立ちあがる。 「いっきー。賞金稼ぎをしよう」 「はあ」 イツキは曖昧な返事をし、吸おうか吸わまいか迷っている煙草をくるりと指で一回転させた。火が付いていなくとも白い煙草はほんのり甘い匂いを浮かべている。まるで頬を撫でる女のように囁きながら誘惑する。いつもだったらすぐにくわえ、火をつけるところだったが・・・路銀が少ないとあれば、話は別だ。 イツキは名残惜しそうに煙草を再び指で転がし、箱に戻した。 「もう!聞いてるの?僕たち、ピンチなんだからね。宿代は払ってあるからいいけど、ご飯が食べれなくなるんだからね」 タイザーは黄色い声で早口に捲くし立て、仁王立ちになってイツキを睨む。しかしイツキは面倒そうにぼさぼさの頭をかくだけだった。 「もう・・・わかってないんだから。とにかく、賞金首を倒そう。そうすればお金手に入るし」 「次の街に行けばいるだろ?デザートシーブス」 「だから・・・次に行くまでの路銀がぎりぎりなの!ぎりぎりすぎるの!・・・誰のせい?」 イツキはふらふらと両手をあげ「俺のせい」と早くも降参の姿勢をとる。もうすでに手を挙げてる上に、文句も銃声もたっぷり言った後なのでタイザーもこれ以上は怒らなかった。 「それでね。僕、賞金首リスト見てみたんだけど・・・この辺にいるみたい」 気を取り直し、タイザーはマントの中からリストを取り出しぱらぱらめくる。なぜこうしてリストを持っているかイツキは知らなかったが、もっていればいざという時に役立つらしい。いざ、というのは今なのだろう・・・イツキは少し苦い表情を浮かべてぱらりぱらりとめくる音を聞いた。 ちなみに、彼女がどうやって情報を仕入れ、リストを更新しているか知らない。曰く、「秘密だよ」だけだった。珍しく真面目に言いたがらないのでイツキもからかわず、そのままにした。 「あ、あったあった」 ほら、とタイザーはイツキにリストを突き付けた。 「ディンゼ・・・容疑は窃盗・恐喝・麻薬売買・・・賞金クラスはそこそこ低いよ。こいつを倒せば、次の街に余裕もって行けるよ」 「つってもなあ・・・・」 「乗り気じゃなくてもだめだからね!それにマルアスよりはランク低いし、平気だよ!」 そういう問題じゃねえ、とイツキは続けたかったが彼女はすでにやる気を見せている。それに選択肢はもうない。 さてさて、どう来ることやら。 Honey & honey 2 紫煙が一つ、月明かりと共にとぐろを巻きながらゆらりゆらりと、風の向くまま立ち上る。それはやがて儚く消え去り、闇と同化する。 そして訪れるのは静寂と、ため息。紫煙がまた一つ、同時にため息。不規則でありながらリズムのある呼吸で煙は空に放り出された。 「・・・・・・・」 イツキはフィルターまですっかり短くなった煙草を地面にすり潰し、手持無沙汰になった手をポケットに突っ込んだ。煙はなおも名残惜しそうに煙を吐き出したが、すぐに地面と共に沈黙する。 雲にうっすら隠れる月は所々肌を出し、誘惑するように暖かい光でイツキの頬をなでる。だが実際は冷たい。足元から徐々に冷えていく。 「・・・・っくし・・・」 イツキは軽くくしゃみをすると、鼻をすすった。煙草の切れた今、暖を取れるものは何一つない。オレンジ色のまばゆい光が遠く感じる。つい今しがたまで見ていたはずなのに。 あーあ、とイツキは空を仰ぎながら心の中でため息をついた。 人々の半数以上が寝静まったのだろう、明かりはほんのわずかしか見えず、外は余計に暗闇と化している。わずかな光源だけが頼りだったのだが、また一つ、一つと消えてはイツキとタイザーを闇に放り込んでいく。 「アンジェ姉ちゃんに情報貰えてよかったね」 イツキは背中を丸めていたが、タイザーは跳ねるように体を弾ませて歩く。明かりがなくとも、彼女の表情はどこまでも明るい。しかしイツキの台詞や状況でころころと百面相のように変わるので、次はどうなるかわからない。それでもしばらくは笑顔のままだろう・・とイツキは寒さで回らない頭でぼんやり思う。 「いい加減、プリン地獄から解放されたいもんだ・・・」 「そう?おいしいのに」 「あのなあ、うまいまずいの問題じゃねえよ。やっぱり肉が食いてえ・・・・」 ため息をつくと、やはり空気は冷えているらしく白い息にふわりと変わった。 「へへ。いっきーって大変だね。僕は平気なのに」 「大人ですから。ガキとは違うんです〜」 「ガキじゃないよ!いっきーってすぐにそう言う。僕、もう大人だよ!いっきーより沢山旅してるもん」 花開いたような明るい笑みが一遍し、怒りの表情に変わる。眉間にしわが寄り、半眼に睨む。それでも小動物が威嚇しているレベルなので怖いものはない。どちらかというと、懐で眠っている黒い銃が問題だ。 「旅ねえ・・・銃を教わってから出たのか?」 「え?」 銃の出番はなくなり、今度は怒りから唐突に話題を振られた事による驚きの表情に変わった。本当によく変わる、とイツキは目だけを動かして彼女を見た。特に表情は動いていない。 「・・・・・秘密だよ。教えてあげないもん」 「へーへー・・・そうですか。別にいいけどな」 「・・・・・・・」 あれほど明るかった顔が一気に闇に落ちた。目を伏せる彼女が今どういう顔でいるかはわからないが、これ以上は聞かない方がいいと判断し黙った。 「いつか、言ってもいいよ。でもきっと、その時は僕が僕じゃなくなっちゃう・・・・気がする・・・」 「ん?」 「ううん、何でもない。・・・・ねえ、今回こそは絶対に一緒に戦ってよ!いっつも僕ばっかりなんだもん」 タイザーは一瞬顔をまっ暗闇に染めたが、すぐに浮上していつもの、少し眉間に力を入れて口をすぼめたやや怒りの表情に戻った。 「気が向いたらな」 「だめ!ちゃんと戦うの!あ、でも銃はダメだからね。いっきーってば、ノーコンなんだもん」 「うるへ〜」 タイザーは力を解き、「ノーコンノーコン」と笑った。本当にころころとよく変わるな、とイツキはため息交じりに空を見上げた。風のない空は、漆黒のスクリーンに宝石よりも強く瞬く星を散らし静かに二人を微笑んでいるようだった。 明かりがまた一つ消え、二つ消え、と夜は本格的に幕を閉じる。そして密やかな演奏会を開くのだ。 それは犯罪という名の裏舞台。麻薬のだるい匂いが鼻をかすめる。 それまでにこにこと笑顔で歩いていたタイザーの動きが止まり、イツキもほのかに毛色の違う空気に目を動かす。 「ヘイワそうに見えて、結構危ないね・・・ここ。怪しいやつがいるよ」 「そういうもんだろ」 二人・・・特にタイザーは犯罪の香りに敏感だ。小さな獣が瞳の奥で開眼し、瞬時に集束し、闇を突き抜ける。その手にはいつの間にか愛銃ルガーP90がしっかりと握られていた。闇よりも黒く光る獣は彼女と共に毛を逆立て、威嚇する。この時ばかりは彼女は誰よりも大きく見える。 イツキも丸めていた背中を少し伸ばし、ポケットにしまってあるナイフの冷たい手触りを確認した。タイザーのように表立って戦闘意欲を見せていないが、芯の部分は静かな冷気が走っていた。 この先の闇をくぐれば、敵がいると二人の頭に警報が鳴る。アンジェに言われたこととこの場所を考えれば、二人が追っている賞金首である可能性はある。違ったとしても・・・いや、放たれている気配はぴりぴりとする「殺意」。「良い」集団ではないことは確かだ。 タイザーの鼻歌が小さく踊り始める。おどけたリズムは笑っていつつも、いつ食い殺そうかと舌なめずりをしている。タイザーの歌は警告の証。イツキはさらに手に力を込める。 「・・・人数はどうかわかんねえが・・・嫌な殺気だな。いいか、タイザー。絶対に飛び・・・・」 「♪おやまがかじだ、にげだせみんな!」 大きな瞳が一層輝き、黒い炎が上がった。 「ば・・・!」 イツキは手を伸ばしたが、タイザーは小さな体をひらりと舞うように踊らせ、風よりも軽くすり抜けていった。それを頭で確認した頃には、彼女は通りへと姿を消していた。 「あんのばかが・・・・!飛び出すなって・・・せめて俺の声を聞いてからにしろよ・・・!」 イツキは奥歯を噛むと、彼女の恐れ知らずな性格を呪った。イツキの頭は各色々なことに対し、処理し始めた。とりあえずナイフはいつでも冷たく、待機していてくれればいい。 静かに眠っていた砂粒が一斉に目を覚まし、月明かりに混じってイツキの視界をふさいでいく。イツキは空腹も手伝って苛立つ腹を押さえ、砂粒よ避けながら走った。いくらタイザーがすばしっこいからといって、追いつかないことはない。 とにかく急がなくては。 イツキは徐々に遠のいていく足音を追った。 月夜に舞う砂粒は閃き、肌を刺す。美しい瞬きとは裏腹に、小さなかけらは痛みを伴う障害になる。 イツキは服についた砂を軽く払い、足音の途切れた先をぽつりぽつりとゆっくり歩む。 「タイザー?」 狭い路地を抜けた先にタイザーは一人小さくたたずんでいた。先ほど膨らんだ威勢と共に大きく見せた姿は、今は元の小さな姿に戻っている。威嚇していた銃も、マントの中のようだった。 茶色いくせ毛が柔らかく跳ね、マントがほのかに揺れた。 彼女はイツキの声で振り向くと、軽く頬を膨らませた。決して幼いと言い切れない年齢のタイザーだが、一つ一つのしぐさは異様に幼い。 「・・・・何膨れてんだよ」 タイザーは拗ねてすぼめるくちびるを器用に動かし、「逃げられた」とぼやく。イツキは溜めていた息を漏らすと、彼女のそばへ歩いて行った。 「もうどっかに隠れてていなくなってた・・・近くにアジトがあるのかなあ・・」 「あのなあ・・・意欲的なのはいいが、今回は向こうが逃げていったからいいものを・・・。これでもし、大勢いたらどうするんだ?その賞金首じゃなくて、もっと別の変な組織とかだったら・・・」 「やっつけるもん」 「もん、じゃねえよ。ったく、これだからガキは・・・」 「ガキじゃないもん!」 イツキの台詞にもタイザーは怒り、さらに頬を膨らませた。まん丸に膨らんだ顔は面白かったが、今のイツキに笑う体力はなかった。ため息ばかりが情けなく吐き出され、頭の中に浮かぶ言葉も口に出るのが遅くなる。 「ちったあ、学習しろよ・・・。前も似たようなことになって、動けなくなっただろ?変な奴に捕まったことも忘れたのかよ・・・。ビビりのチビガキが勝手にいきやがって・・」 「いっきー、文句ばっかり!僕、怖がってないもん!僕、僕・・・・」 黄色い声が徐々に弱まっていく。風船がしぼむという表現通り、タイザーの頬から空気と覇気が消えていく。 「ただ、やっつけたかっただけだもん・・・犯罪する人は大っ嫌いなんだもん・・・」 「はあ」 「近くにいるだけで・・・嫌なんだよ・・・」 なぜか彼女は泣きそうだった。犯罪者にたぎらせていた瞳の光はとうに消えうせ、柔らかい月明かりに似たクリーム色の光を帯びる。くちびるはきつく結ばれ、続く言葉は彼女の体内で消化されていった。イツキはもう一度ため息をつくと何も言わず、頭を小突いた。 「とにかく、だ。ただでさえも腹減って動くのがしんどいんだ、今日はもう宿に行くぞ」 「うん・・・・」 タイザーは右手で頭を押さえると、「叩かないでよね。変態がうつっちゃうよ」と力はないが軽く文句を言った。 何を落ち込んでいたかイツキにはわからなかったが、とりあえずタイザーの気分は回復したようだ。 今度はイツキが前を進み、その後ろにタイザーがちまちまと小股で続く。 くん、と後ろに引っ張られる感覚があったがイツキは振り返らず無言で進んだ。小さな手はイツキの服を掴みながらなぜか震えていた。
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