何度も、何度も、繰り返し見てしまう。

 青い空は呪いのように付きまとい、その薄いベールで顔を包んで窒息させてしまう。

 目をつむる。

 それでも向こうの世界は青かった。やっぱりどこまでも、どこまでも、どこまでも。

 どこを見ても眼前はあの鳥のような真っ青な空。なのに風が、空気がなくて、晴れているのに冷たい。腹の底から徐々に蝕むように体を冷やしていってしまう。

 やがて凍りつき、それでも空は青いまま。

 そして見せる。どうしても忘れれない、忘れたいのにまとわりつく青い鳥。

 デザートシーブスが憎い。でもお父さんとお母さんも・・・・。

 僕は何も言えない。

 だけど、ただ。・・・・ただ、あの盗賊たちが憎くて。盗賊のような犯罪者に苛立って。

 僕は「タイザー」だからやっつけれる。戦えるんだ。僕にはルガーP90もいる。

 なのに。とても怖い。

 だから、倒したいと強く願ってしまう。きっと無意識に。

 

        Honey & honey 3



 いつものプリンが揺れた。今日のサービスの品はカスタードクリームだった。いつもなら真っ白な生クリームだけだったのだが、今日は果物がないから代わりに、と違うおまけをしてくれたのだ。

 何が何でもおまけをしてくれるアンジェはにこやかに今日も二人のテーブルに座った。今日は昼間でおしまいらしく、厨房から持参したお茶をすすった。昼の怒涛は過ぎ、今はのんびりとした午後の陽気にまどろむ。

 ティーカップから浮かぶ湯気がうっすら太陽に浮かび、香りだけを残してゆっくり消えていく。

「あら?今日はあんまり元気ないのね。タイザーちゃん」
「ん?・・・んー・・・そうかなあ?」

 アンジェに言われ、タイザーは急いで顔を起こした。いつものプリンを目の前にして、タイザーは顔をほころばせるどころか食べることもしない。夢遊病者のようにつんつんとただつついているだけだった。そのことに本人は気づいていなかったらしく、急いでクリームを掬って食べた。

「あー・・あれでしょ」

 アンジェは頬杖をつき、勝気な目を緩ませた。イツキは幾分か嫌な予感を浮かばせ、モモを頬張った。じっくりシロップに漬けこまれたモモは口に入れるとほろりと解け、香りは口中を満たし、甘さは喉をうるおす。缶詰ではない
、自家製の素朴なおいしさにイツキは癒されたが、嫌な予感は払拭できない。

 その心境を知ってか知らでか、アンジェはタイザーに向かってくるくると指を回した。

「イツキくんが眠らせてくれなかったとか。やっだ、このたらしぃ〜」
「・・・・毎度思うがな。どーーーして道行く人は俺をそういう風につつくんだ」
「やっぱり・・・からかいたくなるからかな?・・・っはは、それに不思議な組み合わせなんだもん」

 イツキは無言で懐を探り、つぶれた煙草の箱を取り出した。甘い香りは太陽の熱でさらに強く香った。

「一体どういった理由で一緒にいるの?この未成年拉致〜」
「だーからなあ・・・」
「僕たち、ブルーヘブンを追ってるんだよ」

 しばらくプリンを頬張っていたタイザーが突然、鮮明な声で言う。その後言葉は続かず、無言でクリームを運びはじめた。アンジェは聞きなれない単語に首をかしげ、イツキを向く。イツキはどう説明していいか分からず、とりあえず苦笑いを浮かべた。

「んあー・・・・。・・・まあ、不思議な鳥さ。俺たちは招待を受けてんだよ」
「何、それ?何かなぞなぞ?」
「ああ、なぞなぞだ。それがわかんねえと、鳥は追えねえのさ。ただ逃げるだけ」

 アンジェは「ふうーん」と鼻を鳴らしながら反対方向に首をかしげ、ついでに肘つく腕も変えた。さほど興味はないらしく、次の言葉は違うものだった。

「ところで、今日はバーに?」
「そのつもりだ」

 言って、タイザーを見る。彼女はあまり笑顔を浮かべていない。楽しそうに食べてはいるが、どことなく落ち込んでいるように見えた。ぴこぴこと彼女の元気さを象徴するくせ毛も、今日は落ち着いて見えるから不思議だった。

 アンジェの言うとおり、何かあるのだろうかとイツキは思ったが、思うだけで口にはせず代わりにモモを口に運んだ。

「あ、いっきー。モモばっかり食べないでよ。僕にもちょうだい」
「まだあるだろ・・・・」
「ふふ。おいしいでしょ、このモモ。今夜も食べるようだったら、うーんとおまけしてあげるからね。たくさん作っておくわ」
「やった!ありがとう、アンジェ姉ちゃん」

 タイザーの表情に鮮度が増した。満面とまではいかないが、いつもの元気な表情が浮かぶ。アンジェも嬉しそうに笑うと、顔から手を離した。

「それでね。・・・言いたいことがあるのよ。忠告、かもしれないけど」

 アンジェの声のトーンが少し落ちた。イツキとタイザーは不思議そうにお互いの顔を見、ややうつむくアンジェに向いた。いつの間にか空気は重く暗く沈んでいる。

「二人が追ってる相手。・・・結構危険よ」
「そんなのわかってるよ。賞金首になるくらいだもん」
「ふふ、それもそうね。・・・でも違うの。こいつ自体はやばくないんだけどお・・・その、取り巻きというか。・・・薬を使用してるのよ」
「全員、か?」

 三人は顔を寄せるように前にかがみ、お互いの表情を読みあっては頷く。

 薬の使用者の症状は大きく二つわかれる。薬の名前が違っていてもタイプが違っていても、なぜか最終的にその二つに振り分けられる。(無論、その他もある)

 一つは無気力。廃人に近い脱力感で人形のようにだらり、と座っているか寝ているか。しかし彼らの心境は違う。第三者からはそう見えてしまうが、内心は自分が理想とした自分へと羽化し、桃源郷へと赴いている。つまりは途方もない甘い蜜の夢を見ているのだ。最も多い症状といえる。

 そしてもう一つは暴力だ。夢の世界に旅立つタイプを具現化する。理想は力となり、脳内の水を決壊させ果てない狂気に体は悩む。だが力を手に入れたという恍惚からか、体の悲鳴は聞こえない。他ならぬ自分自身の体にも関わらず、命令は絶えずながれてただ流される。ここまでくると、最早悲鳴すら快楽の一つとなる。

 後者は元々が暴力に魅力を感じている人間にしか陥らない症状だ。・・・例外として、確実に力のみを手にいれる薬ももちろんある。

 どちらにせよ何にせよ、薬を使用している人間は恐ろしい。言葉を忘れた人間は獣よりも粗悪なのだから。

 もしかすると昨日出くわしそうになった殺気ある集団は、取り巻きだったかもしれない。そう考えると、接触しなくてよかったとイツキは安堵した。しかし根本は解決していない。

「麻薬絡みか・・・確かにやっかいだな。・・おい、タイザー。何もこんなやつ相手にするのはやめて他にしねえか?」

 スプーンが涼しげに鳴り、タイザーは背もたれによりかかった。いつもなら満足そうにおなかをさすったり、おいしかったと嬉しそうに一息ついてたりするのだが、今日は違った。やはり何かあるのか、彼女はイツキの声に何も言わずにぼんやりと俯いていた。まつ毛の影になる瞳は何も訴えず、ただ空になった器を映しこんでいる。

「・・・・・タイザー?」
「タイザーちゃん?」

 イツキとアンジェは同時に覗きこむが反応はなかった。体を引き、首を傾げるところまで二人はシンクロした動きを見せたあと、アンジェはそっとイツキの耳元にすり寄った。

「ねえ・・・イツキくん。・・・なんだか様子がおかしいんだけど・・・。いつも、ああ・・・じゃないわよねえ?」
「まあなあ・・・。いやあ・・・よくわかんねえなあ」

 イツキは顎を撫で、かすかにシロップの匂いが染みついたアンジェの横顔を盗み見る。張りのある顔はなかなかの美人だ。繊細さや淡麗さには欠けるが、健康的な美しさが明るく映し出されている。イツキは自然と目じりをたらし、アンジェに向いた。

「ふうーん・・・。・・アンジェ、あんた中々キレーな肌してるな。やっぱあれか?活気のある女は肌まで元気ってやつ。是非とも全身、拝んでみたいもんだな。ついでに俺を元気にしてくれると助かるんだがなー」

 アンジェは目を一瞬見開いたが、次の瞬間はイツキと同様、瞳をたらす。

「あら。堂々とナンパ?ふふ・・・楽しい夜は大好きよ。でも生憎と」
「撃つよ」

 イツキの体が条件反射に両手を挙げる。アンジェはそのイツキに驚き、体を引いた。全てが一瞬の出来事だった。

「・・・・た・・タイザーちゃん・・・・。・・・・銃を降ろそうなー・・・」
「・・・・いっきー。賞金首、倒すから。麻薬なんて関係ないもん。・・・僕は」

 そこで言葉を切ると銃をふところにしまった。撃つ気はもとよりないだろうが、脅すことはしなかった。タイザーはそれ以上怒らず、元通り座った。

 イツキとアンジェはしばらく硬直していたが、イツキのため息を合図に二人の体が崩れた。

「・・・・ほら、ナンパはいけないわ。生憎と〜の続きなんだけど。・・・・残念ながら、私結婚してるの」
「うあー・・・・それ、本気かよ」
「本気本気。ほら、指輪。・・・・旦那の職業がうーん、まあ色々とまばらだからこうして適当な時間に働いてるのよ。・・・それは置いておいて。・・・・ねえ、タイザーちゃん。どうしたの?具合悪いの?」

 アンジェはイツキを遠くに押しやり、タイザーを再び覗きこんだ。アンジェは極力優しい声を出したが、タイザーの反応は鈍かった。

 しばらくするとタイザーは思い出したように瞬きを一回し、顔をあげた。

 いつも夢を忘れぬ少女のように明るく覇気のある天真爛漫な笑顔はどこかに消え、幼いと今まで形容していたものが全て捨て去られた顔。悲しみに疲れ、しかし腹に消化できぬ怒りをいつまでも抱える。それをどう表現していいか、二人にはわからない。タイザーという小さな皮の下に何がいるのかも。

 今の段階で、イツキはまだタイザーのことをよく知らなかった。彼女のデザートシーブスに対する、憎悪に近い念。

「僕、デザートシーブス嫌い。麻薬も嫌い。・・・・倒さなくちゃいけないの」

 イツキは後に彼女の理由を聞き、納得する。し切れない部分もあるがそれはおそらく、イツキ自身が甘いからだ。

 一人にしないでと泣く理由はそこにあり、デザートシーブスを憎む理由も、すべてはそこにたどりついていた。だからこそのブルーヘブンを追い求める旅路だったのだと、そう遠くない未来にわかるのだった。

 しかし今はわからない。イツキは黙ることしかできなかった。

「・・・・僕、ちょっと出かけてくるね。・・・・いっきー・・」

 どうしてかタイザーは泣きそうになっていた。何も言っていない、何もない。だが彼女の表情を曇らせる理由はある。恐らく誰もわからないだろう、小さな孤独な思い。

「なんだ?」
「・・・・ううん、やっぱり何でもない」

 タイザーの小さなくちびるが閉じた。何か言いたかったであろう言葉を飲み込んで。もう吐き出すことはしないのだろう、彼女はそのままふわりと風のように外へ出て行ってしまった。

 イツキとアンジェは呆然と扉が揺れるのを見つめ、目線の先を失った。

「ねえ・・・イツキくん。本当に何もないの?いくらなんでもおかしいわよ」
「ああ・・・まあ、そうなんだが・・・・。・・・・やれやれ・・・」

 イツキはずるずると椅子に沈み、ため息をついた。







 風は軽くとも砂粒は視界を消していく。雑音混じりの黄色い画面は、砂漠の世界に住む人たちにとって普通の光景だ。みな、笑いながら駆けていく。

 その中、タイザーはぼんやり歩いていた。時折通り過ぎる、親子連れを横目に入れながら。

 もう慣れたと思っていた。忘れたとも思っていた。今残るのはデザートシーブルへの怒りだけだと思っていた。

 しかし違った。どれだけ月日が経っても、夢という形で頭に光景を映す。忘れないようにと確認するように。でも朝になれば忘れると信じて・・・・忘れたと、上から記憶を無理やり重ねているだけだったけれど。

 重ねたペンキはいずれ重さや限界を超え、情けなくべりべりと剥がれ、下の色を出す。隠された色はまだ鮮明に残っており、剥がせば剥がすほど形を表す。

「・・・・・・・・」

 タイザーは砂を蹴った。舞い上がった砂粒は一気に四散し、風と共に流れて消える。マントがなびき、砂の行方を教えてくれる。

 ゆっくり振り返り、ゆるやかな風を見つめる。だが何もない。もう砂粒はとっくにどこかに消えてしまっていた。

 このまま一人になってしまいそう。「また」一人ぼっちになってしまったら。

 ・・・・そうしたらどうしよう。

 遠くの空で羽ばたく音が聞こえる。砂粒が及ばない、高い高い青空の彼方に。鳥は一人で歌っている。

 とにかく、倒さなきゃ。倒さなきゃ。あの日の事が、全てデザートシーブスのせいになるように。

 幼い心は本人の知らないところで思っているのだ。

 全てのデザートシーブスたち犯罪者がいなくなれば・・・彼女の持つ事実も薄らぐだろうと。





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