さて、ショウってやつは突然起こる。拍手もなしだ。 挨拶?そういやあ、さっき済んでたな。 ちゅんちゅん、ちゅんちゅん、朝の鳥みてえな声して。 かわいいったらありゃしねえ。 これで甘かったらよかったんだがなあ? どう思う? 主役の踊り子・タイザーちゃん。 Honey & honey 6 冷汗ってこんなに滝のように流れおちるものだっけか? イツキはぼんやりと遠くに行きそうな一部の心で問いかけた。 「いっきー。なるべく動かないように、まっすぐ走って」 「はあ・・・?」 答えきれないまま、あんぐりと口を開いたまま、すべてが「まま」のゆるいイツキだが、体だけは言われたとおり、なるべくぶれないように神経を細やかに編み上げる。とはいえ、小さいとはいえ人間一人を抱えてまっすぐ走るというのは容易じゃない。 隣でアンジェは心配そうに目くばせし、銃を握りしめた。 それだけでこれから起こることがわかる。 「おい・・・・」 黒い銃が一つマントに消える。空いた片手はイツキの首を回り、もう片方の手をタッチする。つまり、完全にイツキを抱きしめる形でタイザーは銃を構えた。 イツキは呻いたが、タイザーは構わず「もっと上にあげて」と注文を付ける。 「タイザーちゃん・・気持ちはわかるわ。やることも、理解できる」 「俺はしたくねーけど」 「黙って、いっきー」 タイザーの心音が徐々に早く走り始める。体温は銃と一体化し、熱くたぎる。溶けそうだ、とイツキはタイザーを斜め見上げた。規則的に息が漏れる。やはり熱く、そして穏やかだ。 「アンジェ姉ちゃんも。・・・大丈夫」 「おい・・・タイザー、距離はあるんだ。逃げきった方が・・・」 「ううん、だめ。近い・・・まだ他にいる・・・裏通り・・どこかに潜んで・・」 タイザーの口調は徐々に熱に浮かされていく。ふわりふわりと夢見心地だ。イツキから彼女の瞳は見えない。照り輝く銃だけがぼんやりと見えるが、きっと彼女の目も同じようにぬらりと輝いているんだろうと、イツキは歯を食いしばる。 「くっそ、正気かよ・・・・」 心の中で毒づくつもりが、思わず飛び出る。タイザーは聞こえないらしく、否、銃と対話している最中のようだ。 「タイザーちゃん・・・・」 「アンジェ、危ねーと思うから・・・なるべく前を」 「え、ええ・・・・」 アンジェの体が一歩前に出る。元傭兵なだけに、体はしなやかで反応がいい。今日はいつものエプロンもなく、素気ないスカートでもない。体の線がくっきり浮かび上がるシャツにパンツ。やはり素気ないが、 「断然いい」 「は?」 アンジェは振り返り、イツキを見たが髪に邪魔されるので、再び前を向いた。 これでこの腕に小さな塊がいなければ、とイツキはつくにつけないため息を胸でする。 「変なとこ、触らないでよ」 「こことか?」 「だから!」 タイザーの足がイツキの脇腹を打つ。些細な衝撃だったが、イツキの体はよろめいた。 「もう・・・しっかりしてよね。・・・・あと、最初に言っておくけど」 「ったく・・・・んだよ」 「耳、ちょっと変になるかも」 「はあ?」 体が前にのめり込む。足は衝撃に何とか耐え、もつれ、踊りながら前に一歩、一歩と不規則な足跡を残す。 遅れて銃声。タイザーの黒い守護獣がオレンジ色の炎を吹き、喜びの雄たけびを上げた。 それが一体いつ、今、それとももっと前に轟いたものか、イツキは一瞬理解できなかった。 耳が拡大、誇張する。空気という空気を詰め込まれたような、頭が膨張する圧迫感。 「って・・・・」 第一声から数十秒後、あるいは数分後、イツキは遅れて痛みという信号を手にした。 「タイザー!」 「黙って!」 続けざまに二発、そして三秒置いて三発目。どれも空気に流れ、遠くでさえずる。 どこかでぐぐもったうめき声が漏れ、影が一つ消えた。 「やったあ!」 影はどこから生まれていたのだろうか。イツキは鈍い神経を何とか広げ、辺りに巡らせる。 「なんだか・・・増えてるわよ?」 アンジェから余裕が消えていた。額に汗が浮かび、髪がひっつく。自分も似たような表情をしているだろう、とイツキは細い路地から生まれる影に頬を引きつらせた。 「おい、タイザー!」 彼女は答える代わりに銃を撃つ。イツキから身を乗り出す形で、何の狂いもなく確実に弾丸が飛んだ。 「あ・・・・」 タイザーの吐息が漏れた、というより思わず出てしまったのだろう。 「どうした?」 「弾・・・切れた」 「・・・・・・」 イツキは一瞬押し黙ると、体を斜めに傾けさせ、なんとか片手でタイザーを持つ。いくら小さいとはいえ、重量はある。 「うげ、重い・・・」 「ちょ、ちょっと!なにしてるんだよ!」 アンジェも思わず振り返り、目を見開いて銃を握った。そして無言で撃ち、口笛が鳴った。 「中々・・うまくいかないものねえ・・・」 アンジェは前を向く寸前に「やっぱりタイザーちゃんはすごいわ」とウィンクを送った。 「余裕だね、アンジェ姉ちゃん・・・・って、いっきー!!変態!」 タイザーは銃を構えるのも忘れ、もがいた。 「いててて、いて・・・・」 「ど、どこ触ってるんだよ!て、手え!」 「あのなあ・・・この状況でどうにかしようなんて思わねえよ、ガキ」 そう言いながら、イツキの手はタイザーのマントの中をまさぐる。手が動くたびにタイザーは悲鳴をあげ、腹を減らした銃が情けなくカチカチと泣いた。 「イツキくん・・・・何してるの?」 気がつけばアンジェも隣で呆れている。銃はもうしまい、逃げることに専念していた。 「お前・・・どこに隠し持ってんだ・・・」 「や、ちょ、な、何を!」 「もう一個の銃だ!・・・・あった!ほらっ」 赤いマントの中からするりともう一つの銃が飛び出た。タイザーは急いで受け取ると、空の銃をイツキに手渡した。そのやり取り、わずか一秒となかったはずだが、あらかじめ決まっていたようにスムーズに流れた。 再び銃声が鳴った。もう一つの銃は出番をよほど待っていたのだろうか、いつもよりも勢いよく弾は闇夜をすり抜ける。 イツキの手は転がり、もう一度小さな体を固めた。 「そういうことは・・・・」 闇の中で何かが呻いた。どうやら、弾は無事当たったようだ。 「早く言ってよね、変態!」 地面がこすれた。滑り込む音は、奥から小さく聞こえる。 「大分・・・倒れたみたいね」 アンジェは口笛を吹くと、イツキに顔を向けた。 「おもしろいわ」 「そんな嬉しそうな声出しても、何もでねえぞ」 「もう十分よ」 三人の気配がゆるんだ。先ほどまで刺さっていた無数の棘は徐々に減り、空気が軽くなる。 「うん、これくらいなら大丈夫」 「いなくなったのか?」 「まだいるみたいだけど・・・とりあえず人数は減ったよ。・・・ねえ、いっきー。そろそろ降ろして」 タイザーは構えるのをやめると、イツキの肩に手をかけて体を浮かせた。 「逆走はなしだ」 「しないよ、たぶん」 「信用できねえな」 手が離れた。速度は弱まっているものの、イツキの足は走っている。にもかかわらず、タイザーの体は事もなく地に降り立ち、走った。 「新しいダンスでも見た気持ちよ」 「月夜のダンスパーティーだね」 「よく言うぜ」 三人は並んで走るが、どこまでもゴールが見えない気がした。それは迫りくる気配のせいかもしれない。 イツキは舌打ち、横目で後ろを見る。 「あちらさんもしつこいな。人数は大分いねえようだけど・・・・」 「ここは二手に別れた方がいいかもしれないわね。少しは向こうも分散して、逃げきれるかも」 「そうだな。宿屋集合?」 「そうね」 「了解!」 一番最初に離れたのはタイザーだった。彼女は小さな体を舞いあがらせ、ステップを踏みながら奥の道へ入っていく。 「ちょっと待ったー!!」 イツキの声もむなしく、小さな体は闇に消えた。 アンジェは笑うと、片手を上げた。 「大変ねえ、保護者さん」 「ったく・・・・・ガキが先に離脱してどうするんだって話・・だろ?」 「そうねえ。私と別れろって意味だったのに。足りなかったわ。言葉が」 「足りねえのは、ガキの脳みそだ。・・・じゃあな」 「あとで」 二人は手を挙げると、両脇に散った。 さて、問題だ。 俺はこれから宿屋に一直線・・といいたかったが、とりあえずガキの尻を追いかけることにした。 勘違いしねえで欲しい。俺はどちらかというとアンジェの尻を追いたかった。あの骨盤が魅力的すぎる・・・いや、よしておこう。後ろでちゅんちゅんちゅんちゅん・・・かわいーく銃声が鳴ってるからな。 つーか、何で増殖したんだ?あれか、アメーバか。薬やると増えるってのは・・知らなかったな。 さてさて? 俺たちはさっき宿屋って言ったような気がするが・・・勘違いか? だとしたら、OK。謝ろう。 実はバーに集合だっていうんなら・・・きっと正解なんだろうなあ、タイザー。 「・・・どうしてバーに来てるんだ、あのガキ・・・・」 バーの目の前で、ガキが踊っている。いつの間にか補充したらしい。二匹の銃は嬉しそうに吠えてやがる。 「さて・・・・」 どうしたもんだろうな?
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