先に離脱してしまったタイザーを追うべく、イツキは普段使わない筋力をフルに回転させて足を前へ前へと押し出した。後ろからちゅん、と弾が爆ぜたが振り返る余裕もなくひたすら足を前に進ませる。

 集合場所である宿屋は現時点―街外れから徐々に生活感のある家並みが見え始めた表通りの先端からは、このまま一直線だ。だから小さな背中を追うのは簡単だと思ったが・・・そんなに甘くないらしい。ひらりと舞う赤い花は見えず、ずぶりと飲み込まれてしまいそうな闇が深く続いている。いつの間にか銃声は消え、漆黒にぽつんと一人放り出されたような気がした。

 イツキは一度立ち止まり、頭をかいた。

 アンジェを追った方がよかったか?という後悔すら浮かんでくる。

「・・・小さすぎて見えねえっていうのもありなのか・・?」

 イツキは小動物のように小さいタイザーの姿を思い浮かべ・・さすがにそれはないと、独り言に首を振る。


 その時だった。


 深く吠える声が一つ。

 何かがはぜた。

 乾いた音、舞い上がる黄色い砂塵。闇夜だというのに、きらりと光り屋根に舞い散る。

「・・・・あっちか?」

 そうして再び走りだしたイツキは、耳だけが頼りという綱渡りの感覚で銃声を追い―

「・・・・あいつ、何やってんだ?」

 砂の舞台で華麗に舞うタイザーを、なぜかバーで発見した。

 ショウはもう始まっているようだ。



            Honey & honey 7



 熱い汗が顎から滴り落ちた。乾燥しきった砂漠の夜は静かな冷たさが君臨し、肌の上に痛むような冷気が這う。一昨日、昨日と穏やかな夜が続いていたが、今日は違うようだ。それなのに不釣り合いな汗はとめどなくあふれだす。

 ならこれは冷汗かもしれない、とイツキは顎をぬぐった。

 バーに到着後、イツキは急いで身を潜めた。

 バーに狙っている賞金首が訪れると情報は入っていたが、こんなにも取り巻きがいるとは、とイツキは苦々しく舌打ちした。あたかもと言わんばかりの黒服の男たちが銃を片手に闊歩している。しかも誰もが殺気を帯び、いらいらと頬を引きつらせている。それに所々ため息のような、困惑しているような吐息まで混じっていた。

 それもそうだろう。闖入者はまだ幼い(ように見える)ハムスターのような少女なのだから。しかもお供に2丁の銃。

 相手を惑わすには十分な人材だ。

 それにしても、とイツキは身の危険を感じつつナイフを手の取り、頭をかく。

 どうしてここに来たんだ?

 イツキはそっと壁から顔を出し、密かに息を吐いた。

 暗闇でもよく生える赤いマントがひらりと闘牛の如く舞う。逆撫でる相手はいかつい男たち。

「まてーーーー!」

 黄色い声が子犬のようにきゃん、と吠えた。

 そして銃声。どことなく喜々と楽しんでいるように乱れ撃たれた。

 タイザーは押し寄せる男たちの銃声をステップでも踏むように軽く避け、反動で苦しいはずの銃を軽々と放っては相手を撃ち落とした。それも足に。そうすることで相手は跪き、戦意を少しでも削ぐことができる。戦闘の基本であり、盗賊を捕まえる盗賊―デザートシーブスの戦い方だった。

 イツキは改めて彼女がどこでどう戦闘技術を習ったのか、銃を扱えるようになったのか気になりつつも再び頭を引っ込めた。

 いくら彼女に技術があり、相手と互角に戦えているとはいえ、多勢に無勢。そして自分の倍以上の肉体と筋力を持つ剛腕の男たち。

「さて・・・・」

 イツキは軽く腕を捲ると、無意識に懐に手を入れ、飛びだした。

 ちき、と引き金が笑う。

「ん?」

 イツキは思わず自分の手を見て―しまったと思った時には既に撃ち放っていた。

 爆音に似た銃声が静かな闇夜を破く。

「うあ!」

 剛速球で反動が指先から肩まで一直線に走った。痛みよりもただ単に衝撃が襲い、対応できずに目を回す。

 イツキは自分が思った以上に焦っていることに気づいてしまったが、それに舌打ちする余裕はない。

「ノーコン!!」

 タイザーの黄色い悲鳴が緊迫感なくイツキの耳に入る。

「銃は使わないでって、言ったよね!?」

 タイザーは銃声に自分の声を乗せ、同時に放つ。そして小さな体はくるりと回転し、砂に踏ん張った。

「・・・・せっかく手伝ってやろうって親切心を出したのが間違いだった・・」

 イツキは自分に言い聞かせるように独りごちると、銃をしまった。思わず反応して出してしまう銃だが、実のところコントロールがまるでできないという一種の特技を持っていることをすっかり忘れていた。

 慣れないことはするものじゃない、とイツキは一人頷き、

「手伝ってよ!!」

 跳ねるじゃじゃ馬少女にこっそりため息をつくのだった。

 だがこれらの会話をスムーズに進めるほど、舞い散る砂塵は静かではない。

「そこの男、何者だ」
「そこのガキの知り合いか?」
「何の用があって、俺たちに銃を向ける!」

 ちき、ちき、と威嚇するように男たちの銃のシリンダーが鳴る。イツキはナイフに持ち替えると、呼吸を整えた。

「知らねえよ・・・・」

 イツキはぼやきながら近づいてきた男二人と対峙する。同じ性でもこうも体格が違うのかと思わず落胆してしまうほど、男二人の肩幅は大きく、暗い空を覆い尽くすようだった。それは男たちが放つ殺気のせいもある。体格・気迫共にイツキは劣っていた。

 男は銃を向けると、斜めにイツキを見下ろした。

「何を探りに来た?」
「さあ?そこで銃ぶっぱなしまくっているガキにでも聞いてみろよ」
「問いを聞く前にあの状態だ。連れだろう。知っているはずだ」
「俺はさっぱりなんだがな・・・」

 トリガーがイツキを脅かす。イツキはタイザーに叩き込まれた条件反射で両手をあげ、顔を引いた。

「知らねーよったく・・・・」
「・・・・・・」

 男たちはイツキを鋭い眼球で見通そうとする。

 パウン、パウン、と乾いた音がいくつも重なり、野太い喘ぎ声が砂に埋もれる。

 男たちは舌打ちすると、加勢すべく踵を返した。ひょろりとした体と全く殺気を見せないイツキよりもちまちまと動くタイザーの方がよっぽど脅威に感じられたのだろう。イツキは自分のことながらよくわかり、同時に「どうなんだ」と少しがっかりし―しかしそれは「よい判断だ」とイツキは口の端を吊り上げる。

 ふ、と息の塊が短く吐き出された。

 鋭い銀先が空を切る。

 布を引き裂く音、同時に男の一人は振り返る。まだ状況が飲み込めてないようだ。そのことにもう一人が気付いた時、すでに遅すぎた。

「あ・・・・?」

 発覚と同時に痛みが走る。

「き、貴様・・・・・!」

 男たちが歯を食いしばり、徐々に体を地面に落としていく。その足にはぬらりと銀色に光るナイフが深く突き刺さっていた。

「じゃあな」

 イツキはけけ、と笑うと痛みで跪く男たちの脇を通り過ぎた。






 一方、タイザーの攻防戦はバー店内にまで進んでいた。

「お、お嬢ちゃん・・・・」

 バーのマスターは震えながらタイザーに声をかけたが、彼女は目もくれない。ただぴくぴくと小さな鼻を動かし辺りを探っている。大きな瞳は今は愛嬌よりも厳しさが潜んでいる。絶対に敵を許すな、全て倒し、倒しつくせ。そう言っているようだった。

 マスターは「こりゃ早く逃げた方がよさそうだ」とぶつぶつつぶやきながら、カウンターの奥に消えていった。

 タイザーは無論、その動きを把握していたが今はそれよりも「敵」の確認だ。

 通りを少し外れているとはいえ、情報のバーが宿近くにあったのはよかった。こうして行く途中に気配を察して捕まえるチャンスをつかんだのだから。

 タイザーは改めて頭に叩き込んでいた「敵」データを呼び起こす。

「・・・麻薬の売人・・・・強盗、恐喝・・・ディンゼ・・・」

 グリップを強く握りしめる。

 今のところそれらしい影は見当たらない。彼と取引しているだろう、相手側の人間だけがこのバーを取り囲んでいる。大分減らしたとはいえ、まだ数人残っている。その中に混じっている可能性はあるが、タイザーの鼻はそんな隙間を逃すはずがない。

 だとしたら、倉庫として使っていることが多いバーの二階部、もしくは部屋の視界。

 客はすでに帰った後、だが人の気配はまだわずかにする。

 茶色い髪がふわりと揺れ、タイザーはグリップを握りしめながらしゃがみこんだ。

「もう、いっきー・・・手伝ってくれるんだったらもっとしっかり手伝ってよね・・・」

 タイザーは飄々と笑うイツキを脳裏に思い浮かべ、むうっと口を尖らせた。手伝ってくれれば、賞金首でもデザートシーブスでもすぐに倒せるのに、と文句を言っても彼はここにいない。てっきり入ってきてくれるものだと思っていたが、登場する様子はない。

「捕まっても知らないんだから・・・助けてあげないんだから・・・」

 いっきーなんて自分の銃で倒れちゃえ、とタイザーは活を入れつつ文句をつぶやき、そろりと立ち上がった。

 ぎ、と床が軋む。薄汚れた木の床はあちこち腐って陥没している。木の目はすりきれ、年月を感じさせた。先ほどまで飲んでいたであろう、アルコールと煙草の香ばしい匂いが神経をくすぐる。

 タイザーは自分の集中が達したのを感じると、徐に床を踏みしめ、二階部へと侵入した。



 そして物語は最初へと戻る。





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