遠くの方で砂が重く沈む音がした。 

 

 ずるずると引きずりこまれ、穴に埋められていくような重苦しく息の詰まる音。 

 

 砂漠の世界に雨が降った。 

 

 

 滅多に振ることのない雨は軽やかに舞う砂粒を押しつぶし、沈めていく。それはまるでイ
ツキの意識のように。 

 

 

「いっきー!」 

 

 ばん、と甲高い声と共にドアが勢いよく開く。しかしイツキは微塵にも反応を示さなかった
。 

「いっきーってば!」 

 タイザーは雨の日も晴れの日も何も変わらずぴんぴんといつも通り跳ね回る。朝だという
のにもう瞼がぱっちりと開いて目の前でぐでぐでと惰眠を貪るイツキをしっかりと映しこんで
いる。 

 タイザーは「もー」と頬を膨らまして、イツキの体を両手で揺さぶる。それでもイツキは反
応せず、頭を生めるように枕に沈めて眠っていた。 

「いっきー起きてー。遊びに行こうよー」 

 ゆさゆさと揺れる度数を高くしていく。転がるように揺さぶられてようやくイツキは「あー・・
・・・・・」と声になりきれない音を喉からしぼりだした。 

「なんだ・・・・・外、見てねえのかよ・・・・今日・・雨・・・・・」 
「わかってるよ!でも暇だもん。だからどっか行こうよ!」 

 イツキは頭を埋めたまま手だけあげて、虫を追い払うように「しっし」と動かした。 

「やだ!行こうよ!」 
「やだじゃねえよ・・・・ったく・・・・・・。雨の日に出るやつがあるか・・・・・・・・俺は眠い・・・・」 
「寝すぎだよ!」 

 本当に低血圧なんだから!と叫ぶと勢いよくベットに座った。その反動でイツキの体は
また揺れたがそれでも顔を上げなかった。 

「一人でいってこいよ・・・・・俺は雨の日は起きないことにしてるんだ・・・・・・」 
「一人で遊んでもつまらないよ!ねーねー・・・行こうよお・・・・」 
「っるせーぞ・・・・・・。第一、店もやってねえだろ?ずぶぬれになるだけだ・・・行ったとこ
ろでつまんねえぞ」 

 大分脳が覚めてきたのか、イツキの声のトーンが上がっていた。その細かい声に気づい
たのか、タイザーはぴくりと耳を動かして「とりあえず起きてよ!」とまた体を揺すった。 

「やだ」 

 イツキはきっぱりと一言だけ言うとくるりと反転し、そっぽを向いて布団を深くかぶった。 

「僕だってやだもん!暇なのやだあ!それにここにいて何の遊びができるんだよっ」 
「・・・・・・・・・・・・」 

 もぞもぞと布団が動く。 

「俺の雨の日の過ごし方はな・・・・これしか思いつかねえな」 

 かなりはっきりした声が布団から聞こえてきたと思った瞬間、タイザーの目の前が反転、
殴られたかと思うほど目の前が一瞬だけ黒く染まった。 

「やっぱりなー・・・やるしか思いつかねえ」 
「・・・・・・・・・・・・・・・」 

 ぱちぱちと音が聞こえてきそうなほど大きく瞬きをしてタイザーは少し酔った頭で今の状
況を把握しようとした。 

 とりあえず、天井とにやけたイツキの姿が見える。そして今、背中がとても温かい。布団
の上だ。布団・・・ 

 そこまで考えてタイザーは悲鳴を上げた。 

「いっきーの変態!変態!ばか!」 

 犬が吼えるようにわうわうと言いながら手足をばたつかせる。 

「変態?ちょっと押し倒しただけだぞーv何か期待してるのかなあ?タイザーちゃん」 
「するわけないでしょ!変態!」 

 イツキはにやりと猫のように笑い、さらに顔を近づけてみた。 

 ぎょっと目を見開くより早く、ルガーP90がご主人様のピンチを助けるべく、冷たくイツキ
の懐を押した。 

「撃つよ!?」 
「・・・・洒落になんねえ場所に突きつけるなよ・・」 
「いっきーのせいだよ!」 
「だからって・・・物騒なやつにはやっぱりちゅーの刑だぞ〜」 
「撃つよってば!」 

 

 

 

 

 ばん! 

 

 

 

 

 イツキは思わず目を瞑った。 

 

 

 

 

 しかしそれは銃の吼える音ではなく、扉の音とわかったのは次に降りかかる叫び声を聞
いてからだ。 

 

 

 

「ちょっと、あんたたち!雨の日なんだから静かにすごしておくれ!他の人たちも雨で部屋
にいること忘れるんじゃないよ!」 

 

 恰幅のよい中年女性・・・ここの宿の女主人は噛み付くようににらんでどなりちらした。 

 イツキとタイザーはその姿勢のまま凍りつき、 

 

 

 

「「すいません・・・・・・」」 

 

 

 

 と素直に謝った。 

 

 女主人はふんっと鼻息を飛ばしてまたずかずかと帰っていった。 

「・・・・・・・・・・・・・」 
「・・・・・・・・・・・・・・」 

 二人は無言で顔を見合わせ、ベットから下りた。 

 

 

 

 

 

「いっきー。何してようか?」 

 大人しく部屋にいることにしたタイザーはぼんやりと椅子に腰掛けながら外を見た。叩き
つけるような雨は弱まることなく砂漠の地面をどろどろにしていく。まるで溶けてるみたい、
と思いながらタイザーは覗き込んではふ、と息をもらした。少し窓が曇る。 

「だから・・・寝る」 
「・・・・・・・・・もー・・・また布団かぶってる〜・・・。じゃあ僕はどうすればいいんだよ」 
「お前も部屋帰って寝てればいいだろ」 
「やだよ!目覚めてるもん。もう寝れないよ」 
「だからお前はチビで胸のないガキなんだ」 
「違うもん!チビじゃないしガキでもないもん!」 

 くく、と布団が小刻みに揺れた。 

「胸ねえのは認めるんだな?」 
「う・・・・・・・。・・・こ、これから大きくなるもん・・・僕、成長期だよ!いっきーはもう成長期
じゃないからおきなよ!」 
「いんや・・・・俺はまだまだ伸びるぞー・・・・・」 
「馬鹿なこといってないでよね!」 

 声を張り上げ、そしてまたはふ、と息をついた。空に広がる黒い雲はどんよりとしていて
搾るとまだまだあふれでそうだった。今日はもう晴れることはないだろう。タイザーの気持
ちが余計「暇だ」と訴え始めた。

 

 

 

「じゃあさー・・・しりとりやろうよ」 
「・・・・余計暇・・・」 
「何もないよりいいでしょ。もう、やるからね!・・・・じゃあいっきーのい、から」 
「・・・・・・・・俺から・・・・・?」 

 ぶちぶちと文句を言いながらもイツキは脳内を動かした。 

 

 

 

「イカ」「か・・傘」「さ・・・さ・・・・砂漠」「く?くー・・・熊」「ま・・窓」「ど?ど、なんて難しいよお
・・・どー・・どー・・・ど、ドレス!」「す・・・・スルメ」「いっきー・・・お酒飲みたいの?つまみば
っかり・・・。め・・また難しいよ・・・め・・・メモ」「も・・・もう嫌だ」「それ、だめだよ!それにも
う止めるの?!始めたばっかりだよ。・・・もういいもん・・・続けるよ。・・・だ・・・だ?だー・・
だー・・・・・だー・・・・」 

 

 

 

 イツキの布団がまた小刻みに揺れた。タイザーもいくら目が覚めてはっきりしているから
と言っても、この沈むような雨には勝てないようだ。脳が少し寝ている。 

「だー・・・・・」 

 くちびるをかみながらくるくると目玉を動かす。 

「・・・・・・・・・・・・・」 

 

 

 しばらく沈黙は続いた。イツキはまた笑い、タイザーの方に向いた。

 

 

「降参か?」 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 

 イツキは少しだけ体を動かす。 

「・・・・・・・・・・なんだよ・・・」 

 ぼりぼりと寝癖でさらにぼさぼさになった頭をぐるぐるかきまわし息をつく。 

「結局、寝るが一番だろ・・・?」 

 見るとタイザーは糸が切れたように眠っていた。椅子から落ちずに器用に体を沈めてい
る。まるで人形のようだ、とイツキは思いながらやれやれと体を動かしてベットから下りる。 

「タイザー。寝るんだったら部屋帰れ」 

 雨の効果なのかタイザーは起きる気配がない。たった数秒で寝るのはやっぱりガキだ、
とイツキはため息につぶやきを乗せる。 

「しょうがねえな・・・・・」 

 よっと力を込めてタイザーの体を動かすが、眠りにおちてすっかり体を休めているせいか
思ったより重かった。筋力のないイツキはこれは部屋まで運べねえなと引きつっていた。 

「起きても俺を撃つなよ・・・・・・」 

 どさ、と小さな体を先ほどまで寝ていたベットに放り投げ、布団をかぶせる。暖かいもの
に反応してか、タイザーは巻き込むように布団を無意識にかぶっていく。 

「ということで、俺も・・・・もー・・限界・・・・」 

 ふは、とあくびをしたのがスイッチだったのかイツキもとなりでこてんと眠った。 

 

 

 雨はまだ降っている。 

 

 でも今は静かな寝息しか聞こえない。