いつだってあいつは危なっかしい。

 死にたくなるほどの細い細いつり橋を渡ってるようで、見ているこっちが毎度ひやひやしている。俺の寿命を縮める気か。

 そのことに気づいてるか?・・・気づいてるはずねえよな・・・。

 普通は震えながら進むその橋を、あいつは平気で猛ダッシュ。一歩踏み外したら死ぬかもしれねえのに、その怖さに気づいてない。知らねえっていうのは、幸せなことかもしれねえな。

 ・・・そんなわけで、今日もあいつは砂漠の盗賊デザートシーブスと仲良く銃乱射中だ。毎度同じく、不吉な歌と共に飛び出し、ルガーP90なんてガキが扱うもんじゃねえ銃使って死のダンス。

 お、また倒した。何であんなに生き生きしてるんだろうな?ガキの考えてることはさっぱりだ。俺なら面倒な戦いは避けて、逃げるんだけどな。

 引き金を絞る音が妙に鮮明に耳に届く。デザートシーブスは残り一人。おかしいな、さっきまで五人はいたはずなんだが。

 なんて、俺がぼんやりしている間にデザートシーブスは倒れた。言っておくが、敵は大の大人で倒したやつはガキ。しかもちっさいちっさい、砂漠に埋もれてもおかしくないぐらいちっさいガキ。あのデザートシーブス、世の中の理不尽さに泣いてるだろうな・・・。同情するよ、まったく。

「しゅーりょう!」

 くるりと振り返って見せる顔は、今まで戦ったことを微塵にも感じさせない満面の笑顔。余裕たっぷりに、俺に手を振る。すごいガキだと思うべきか、かわいいガキと思うべきか。乱闘したという点を抜かして、この様子だけを見ればかわいくも見えるんだけどなあ。

「今日の盗賊、弱かったね。だからかなあ・・・あんまり持ってなかったよ」

 ガキは残念そうに口を曲げたが、手の中にはそれなりの金額が収まっている。・・・普通に働いて稼ぐよりも多い気がするんですけど。俺が昔やってたバイトだって一日にそんなくれなかったぞ。

「それはいいんだけどね、なんか・・・・引き金の部分がぎいぎい言う気がする」

 金を素早くしまうと、さっきまで活躍していたルガーP90を二丁取りだす。恐ろしいことに、一つでも撃つのが精一杯の銃をこいつは二丁同時にこなす。うん、改めて考えると怖いやつだ。

「あんまりいじるなよ。暴発でもしたら・・・」

 パチン、と爆ぜる音に俺は思わず引いた。さすがのガキも驚いたらしく、「わあ!」と叫んで銃を落としてしまった。

「い、いっきー!変なこと言わないでよ・・・び、びっくりした・・・」
「でもなんだ?その変な音」
「あー!!」
「だー!なんだ、今度は!」
「いっきー・・・・」

 ガキは震えながら銃を拾い上げ、恐る恐る俺に差し出した。

「・・・あ」

 ガキはこの世の終わりと言わんばかりの蒼白な顔をして、銃と俺を交互に見つめる。それもそのはず。こいつの相棒である二丁拳銃たちは単なるガラクタに変わっちまっていた。

 見た目の変化は気づかねえが、よく見るとグリップ部分のねじが外れ、マガジン部分がゆるくなっている。今も、少しだが残りの弾が見え隠れして落ちそうだ。それに、ガキが言っていた引き金の部分もゆるい。試しに絞ろうとすると、変なつっかえがあって弾が装填される気配がない。

「一回ぐらいジャムったか?」
「んー・・・ちょこっと。でもすぐ直ったよ」
「それだな。無茶しすぎなんだよ。これも・・・大分使い込んであるからな・・・寿命かもしれねえな」
「えっと・・・じゃあ、銃は・・・」
「うん、壊れたな」

 俺は事実を述べただけなんだが、ガキは卒倒しそうな勢いでもう一度叫び、それこそ壊れてしまった・・・ようだった。頭を抱え込み、その場にしゃがみこんでしまった。

「ど、どうしよう・・・・これじゃあ戦えないよお・・・」

 と、いうことはだ。
 銃を持ってるからこいつは戦うわけで、俺はそれを見てひやひやしたり巻き込まれたりと大変なわけで。
 銃が使えなくなったということは、戦う量も減るわけで。

 ・・・もしや、これは平穏を手に入れるチャンスか・・・?




       トラブルメーカー



 陰鬱とした空気が部屋に充満する。人が死んだのか葬式でもあったのかと尋ねたくなるほど、暗く湿っている。それに輪をかけるようにイツキは長い息をつき、ぽんぽんと盛り上がった布団部分を叩いた。

「あー・・・いい加減に泣きやめよ・・・」

 ぐず、とイツキの手の下で反応があったが、熱いだけで声はない。

「銃がいかれただけだろ・・・ふつー、そんなに泣くかあ?」

 銃が壊れたのがよっぽど堪えたらしく、タイザーは宿に着くなり布団にもぐりこんでしまった。そろそろ一時間経つが、嗚咽は途切れることなく続いている。

 やれやれ、とイツキは額を押さえた。腹の減りも手伝ってか、ため息は出るたびに陰鬱度を増している。このまま放置して食堂に行けばいいのだが、生憎財布の綱は全てタイザーが握っている。そのタイザーは復活する気配を見せることなく泣き続けている。

 飯は諦めるしかねえか。イツキは最後に一叩きすると、近くにある椅子に腰かけた。

 ポケットを探り、煙草の箱を取り出す。残り少ないせいもあり、くちゃくちゃにひしゃげているが中身が無事ならそれでいい。つまむように取り出し、くわえて火をつける。ちりちりと甘く焼け焦げ、闇によく映える夕日色を灯す。ただでさえ甘い匂いが、より一層深いものとなってイツキの肺をゆっくり満たした。今はこの匂いで我慢するしかない。

 イツキは煙草をもてあそびながら立て続けに三本吸い、最後の灰を落とした。喉から甘い匂いが込み上がる。部屋はすっかり甘いアップルが充満していた。

「・・・甘い」

 さすがのタイザーも耐えれなかったようで、ようやく顔を出した。涙は止まっているが、瞼と頬は真っ赤に腫れ上がり酷い顔になっている。イツキが思わず噴き出すと、タイザーはむっと口を曲げたがそれ以上は何も言わなかった。どうやらこの小さな相棒は、銃がなくてはただの―それも大人しめのガキに変わってしまうようだ。

「ひでー顔だな」
「・・・・酷いのはいっきーだよ」
「八つ当たりすんなって。壊れた、つっても直らないわけじゃねえだろ」
「でも僕、直せないもん」
「別にお前が直す必要ねえだろ?修理屋に出せばいいだろうに」
「・・・・だって、それまでどうするの?」

 話していくうちに元気になってきたらしく、タイザーはもぞもぞと布団から出てきて足を放り出した。悲しさは通り過ぎ、今はどことなく怒っている。銃がない分、感情の出し方が中途半端なのだろう。釈然としない様子でイツキの前に立つ。

「・・・不憫なやつ」
「何、それ」
「ん、何でもねえよ」

 タイザーは無言でイツキの頭をはたき、窓枠に寄り掛かった。空はすっかり暗く落ち、街の明かりが暖かく浮かび上がる。どこかでシチューでも作っているのだろう、甘いミルクの香りがした。

「まあそれはさておいて、腹減ったんですけど」

 なぜかタイザーは頬を膨らまし、むっとイツキを睨んだ。なぜこのタイミングで睨むのかさっぱりだが、イツキが首をかしげてもタイザーは話そうとしない。なぜ、と一瞬考えたがすぐにやめた。どうせ答えは出てこない。
「んな膨れてないで、行くぞ。どっちにしても、直すのは明日だ。もう食堂とバー以外の店は閉まってるしな」

 イツキは重い腰を上げると、扉に向かった。さすがのタイザーも置いて行かれるのは嫌らしく、てとてとと足音がついてきて、さらにしっかりとイツキの袖をつかんだ。

「・・・・あの。それは待って、とか置いていくな、っつー意思表示か?」

 タイザーは無言で首を振った。上目に何か訴えているが、イツキには通じない。

「・・・・何怒ってるか知らねえが、俺がわかる程度には話せよ・・・」

 手を離そうと引っ張ってみたが、タイザーの手は中々しっかり服をつかんでいて取れそうにない。何度か繰り返してみたが結局、徒労に終わった。見ると、くりくりと丸い瞳は「離さないもん」と絶対の意思表示を表している。

「ったく・・・勝手にしろ」

 諦めると、二人は外に出た。




 食堂を探し求め、しばらく歩くうちにイツキはようやくタイザーの行動の意味に気づいた。

 犬が吠えるたびにタイザーは震えあがり、物音がするだけで肩を飛びあがらせ、人が通るたびにイツキの影に隠れる。尋常じゃない怯え方だ。そしてその度にマントを探り、はっと息を飲んではやはりイツキの背にすがった。

「ようは」

 イツキはにんまりと猫のように笑うと、タイザーを見下ろした。小さなタイザーはびくりと顔を上げ、きゅっとくちびるを結んだ。負けない、と無言で訴えるようだ。だがイツキは容赦なく笑ってのけた。

「お前、銃がないから怖いんだろ?」

 タイザーという人物をただ見るだけなら単なる小動物だ。つつくだけで泣いて崩れてしまいそうな、少女に見える。つまり、世間的に見ればか弱い存在だ。そんな彼女を強く怖くしているのがあの銃の存在で、しかもその期待に応えれる技術がある。銃があって、初めてちゃんと戦える存在となるのだ。

 それが今、銃は壊れてマントの中にいない。何かあるとすぐに防衛に出る彼女だが・・・イツキはようやく、タイザーが銃という存在に頼りまくっていることに気づき、にやにやが止まらなかった。

「そうかー、銃が弱点だったか。そりゃ盲点だったな」
「べ、別に怖くなんかないもん!銃がなくても、へ、平気だもん・・・!弱点じゃないもん!!」
「ほお〜・・・じゃあ、その手離して歩けよ」
「う・・・・」

 タイザーは呻くと、恐る恐る指を外し、手を引いた。しかし酒に酔った男たちの笑い声に驚き、再びイツキの袖を握り締めた。瞬間、イツキの目がぎらりと光りタイザーは「う」と再び呻いた。

「んー?この手は何かなあ、タイザーちゃん」
「うううう・・・・・こ、これは・・・べ、別に・・・」

 タイザーは目をゆっくり逸らし、口をへの字に曲げる。

「ほ、ほら・・・いっきーが・・・に、逃げないように・・・」
「俺はお前の財布を頼りにしてるんだ。逃げるはずねえだろ、腹減ってるし」
「も、もっと別の言い方ってないの・・・?ほんっとうに最悪・・・」

 ぶつくさ言うが、銃がないせいだろう。いつもの威勢も覇気もなく、そのまましょぼんと肩を落とした。

「元気でねえな」
「そんなこと・・・ないもん。・・・・ねえ、いつまで笑ってるの」

 イツキは顔に触ってみた。気付かなかったが、相当笑っているようだ。口元は緩み、頬はおもしろそうに引きつっている。しかたねえだろ、おかしいんだから。イツキは自分に失笑すると、見下ろした。タイザーは不安げにイツキを見つめたまま何も言わない。

「それじゃあ」
「な、なんだよ・・・まだあるの?」
「あるあるある」

 嫌な予感でもしたのだろうか、察知したのだろうか。タイザーは裾を握ったまま一歩引いた。手を離していれば逃げれたかもしればいが、イツキの手は素早くタイザーの顎に触れた。

「俺が襲ったところで、お前は何の抵抗もできないわけだ」
「へ?」

 目が点になるタイザーの顔をくい、と上げる。思った以上に凶暴な素振りも怒る様子も―そもそも理解できていない様子でイツキの指の通りに顔を動かす。

「さすがの俺もガキとはやったことねえからなあ〜」

 じわじわと、イツキの顔が近づくにつれタイザーの目もじわじわとソレがナニを意味しているのか理解し始める。瞳孔が一瞬開いて縮み、ダムが決壊するがごとく頬が爆ぜた。

「・・・ん?」

 ふるふるとタイザーの体が小刻みに震えている。さすがにやりすぎたか、と思ったが遅かった。

 タイザーは顔を伏せたかと思うと、ゆるやかに見上げると目を尖らせた。頬は今にも溶けだしそうなほど真っ赤に火照り、目は潤み水が増加していく。

「う・・泣くなよ・・・泣くなよ・・・?わ、悪かった悪かった・・・いつもの冗談だろ、じょーだ」
「変態!変態変態!婦女暴行だよーーー!未成年拉致いいいいー・・・!」
「ぎゃーーー!」

 今度はイツキが蒼白になる番だ。「婦女暴行」「未成年拉致」と明らかに警備軍が大量に押し寄せてきそうなキーワードを大声で連呼し、しかも大粒の涙をこぼし始めた。わんわんと泣き叫ぶタイザーに道行く人は何事かと痛い視線を投げ、イツキは大急ぎでタイザーを担いで逃げた。






「俺が悪かったから、いい加減泣きやんでくれよ・・・・」

 ようやく人の目から逃れ、イツキはタイザーを砂地に下ろした。逃げ回る間、タイザーは叫び続けたが今は泣くだけで口を閉ざしている。あれだけ騒がれて警備軍が来なかったのは幸いだったが、タイザーが泣きやまないことにはイツキの平穏は訪れない。

 イツキはため息をつき、タイザーの隣にしゃがみこんで壁にもたれた。いくら軽いとはいえ、タイザーを担いでしかも走ったのだ、元々の体力がないのでこれはきつい。息がいつまでも不安定で、心音も爆音でビートを刻み続けている。

「いっきーの意地悪ううう・・・ぼ、僕が何も、できないからって・・・」
「だーから、冗談だって言ってるだろ?いつも言ってるじゃねえか、ガキとやる趣味はねえって」
「変態!」

 また何か言うのか!?とイツキは焦ったが、タイザーがぐずぐずと鼻を鳴らして顔を伏せてしまった。

「変態・・・・銃があったら、いっきーなんてすぐにやっつけれるんだから・・・」

 それはその通りなので、イツキは思わず黙る。

「銃があれば・・・・」
「・・・あのなあ。いっつも思うが・・・お前、いちいちデザートシーブス倒しに行かなくてもいいんじゃないか?」
「・・・どういうこと」
「つまり、もっと平和な生き方はできねえのかよってこと。金稼ぐにしたって、わざわざ危ない稼ぎ方しなくても」
「甘い」

 今の今まで震えていた声が途端に辛くイツキを刺す。イツキはどきりとタイザーを見たが、彼女は臥せったままだ。顔が見えない状態になぜか恐怖を覚える。

「いっきーって、本当に甘いよ。普通に働きながらじゃブルーヘブンを見つける旅はできないし・・・そもそも、普通に働くことができたり、学校みたいな所に行けるんだったら・・・ブルーヘブンを探す旅は・・・一人で探す旅はしてなかったよ。銃も・・・持つことはなかった」

 ふらりとタイザーの顔が上がる。怯えはどこにいったのか、暗がりに光る瞳は憂いを帯びた漆黒を抱きかかえている。子供の持つ目じゃない。大人が持つ目でもない。生きている道と人間の底を見たものにしか出せない哀愁を、なぜか幼いタイザーは持っている。

 イツキは思わず唾を飲んだ。ころころと表情を変える少女はどんな顔でも「少女」で幼い。しかしこの瞬間の顔にはどこにも幼さがない。タイザーの輪郭がおぼろげに見えた。

「タ・・・・」
「銃は僕で僕は銃なの。僕を守る唯一の武器なの・・・だから・・・銃がなくて不安なのは当たり前でしょ!!」
「痛っ」

 小さな拳がイツキの頭に降り注ぐ。見るとタイザーは頬を膨らまして怒っている。いつもの幼い怒り方だ。

「それに夜は何があるかわかんないんだからね!」

 タイザーはすっくと立ち上がり、砂を払った。すっかりいつものタイザーだ。

「わかった、わかったよ・・・・」

 イツキも立ち上がると、タイザーは素早くイツキの服を掴んだ。

「何かあったら、いっきーが戦うんだからね」
「へいへい・・・つーか、デザートシーブス見つけても絶対に行くなよ?さすがに一人で戦う自信は」
「僕はいつも一人で戦ってるんだからね!いっきーだって、たまには一人で戦ってみてよ。僕の苦労がわかるよ」
「わかりたくねえから、デザートシーブスを見」
「あ!ねずみがにわに、とらえろタイザーって歌が聞こえる!」
「聞こえねえ!デザートシーブスはいねえし、つか腹減ったし、お前・・・ああー!」

 先ほどまであんなに離したがらなかった袖を振り払うと、タイザーは赤いマントをひらひら揺らして走り始めた。あまりに突飛な行動すぎてイツキは体が動かず、そうしている間にも赤い姿が小さく遠くへ駆け抜ける。

「今言っただろー!おま・・・銃なしでどうやって戦うつもりだっ!」



 ・・・いつだってあいつは危なっかしい。俺の寿命は縮みっぱなしだ。どうしてくれるんだ。

 結局、こいつは危ない橋しかないうえにそれしか渡らないときた。銃があろうとなかろうと同じっつーのが、また性質が悪りぃ。


 あーあ・・・誰かこいつに安全な道を教えてくれよ。そうしたら俺の寿命も多少は延びると思うんだけどな・・・。


おわり


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