8 キシュリーが落ち着いた頃、私はイツキと寝込んでいたアキイを自分の家へ連れて行くことにした。 あの家の処理は警備軍にまかせることにして、私は成り行き上、この子達の面倒を見ることにした。 何も知らない兄、アキイに事情は・・・・・・言えなかった。 母が自殺をしたなど、言えない。 私は事故だったと伝えた。アキイは何も言わなかった。 泣きもせず、ぼーっとベッドに横たわった。もしかすると気づいているのかもしれない。 でも、何も言わなかった。強い子供だった。 途中のものを見た弟、イツキは何も覚えていなかった。 ただ、顔がはれているだけ。何も覚えてない。殴られた記憶すら飛んでいた。 母のことも忘れてしまったのか。名前すら呼ばなかった。 あのことを知っているのは私とキシュリーだけ。 キシュリーは、私と記憶を共有することで、何とか自我を保っていたが、時々切れたように私を殴った。 殴って罵倒して。ひたすら泣いた。 それで気が済むのなら、それでいい。私は受け止めてあげるだけだ。 それらを抜かして、子供たちはとてもしっかりしていた。非常に物覚えもよく聞き分けもよく、手先もよい。私がいてもいなくても大丈夫なほどしっかりしていた。 なので私がドラッグコントロールの仕事で忙しいときは、同僚や友人に任せた。 ―まさか、そこで同僚が面白半分に銃やナイフを教えているとは欠片も考えなかった・・・そして手先の器用な子供たちがそれを完ぺきにマスターするなど・・・・夢にも思わなかった・・・・。 それが私とキシュリーの付き合いをここまで長くするとは・・・。彼女にそちらの道を歩ませることになるだなんて。 そうして、二年ほど暮らしただろうか。 子供の一年、一年は大きいものだ。特に、上の二人は逞しく成長した。両親がいない分、張り切っているようだ。 もっとこの成長を見ていたかったが、残念ながら転勤になってしまった。 「クリス兄さん。あたしたち、ここに残るわ」 転勤のことを告げると、キシュリーは笑いながら言った。隣でアキイも頷く。 「それに、ここに僕たちが住んでれば、兄さんはいつでも帰ってこれるしね」 「首になってもね」 兄妹はくすくす笑いながらお茶を飲んだ。私は苦笑するしかなかった。 「わかった。・・・・くれぐれも気をつけて」 「そっちこそ」 「ご飯とかさ、ちゃんとやりなよ。僕たちいないんだから」 「そーそー」 私はますます渋い顔で笑うしかなった。傍でイツキが首をかしげている。 私はイツキの頭を叩き、立ち上がる。 「元気で」 みんな、笑顔で別れた。 その後、私はなにやら出世し、ボスという地位まで手に入れてしまった。 忙しくなくていいと思っていた仕事がとたんに忙しくなった。目まぐるしい騒動で、私はラフレアの街をゆっくり記憶の底にしまっていった。 帰ることも・・・帰れることもなく、ただ没頭していた。 そして数年後。 凄腕の傭兵がいると言われ、紹介してもらうことなり・・・。 「はあい♪」 すっかり成長しきった彼女。 「久々ねん。・・・・ボスちゃん」 そうしてウィンクするキシュリーに、私は卒倒した。 まあその後いろいろあり、私は胃を痛めるやら神経過敏になるやらで大変なわけだが・・・それはまた別の話。 ―時折思う。 もし、私があの時いろいろに気づいて・・・母親を助けることができていたなら。何もない、普通の日常を送っていたら。 今ここはどんな風になっていただろう、と。 少なくても、私は胃潰瘍にはならなかったはずだ・・・・。 「ボスちゃ〜ん」 やたら上機嫌のキシュリーがどこからともなく現れた。 最初のころはどうやって入ったか疑問でしょうがなく、何度も問いただしたが彼女は答えず、昔にはなかった色気と、妙に皮肉に歪んだいやらしい笑みを浮かべた。そして、「秘密」と答えてそれ以上何も言わない。 何度か聞いたが、あまりに答えないので私も聞かないことにした。昔はそれなりにかわいい娘だったのに。 「・・・何だ?」 今はアマデウスのいろいろの最中だ。 私とキシュリーは元々味方同士ではない。ドラッグコントロールと傭兵というのは、そういうものだ。 かといって敵に回ったこともなかった。 しかし今は―どういうわけか、キシュリー自ら敵に回った。 だがこうして、頻繁にここに現れる。どういう神経かと思うが・・・・まあ付き合いが長い分、というやつだろう。 だが、私の胃はひくひくと痙攣している。まるで何かの信号のように、キシュリーが来ると胃が痛い。 それを知ってるのか知らないのか・・・キシュリーはいつにも増して機嫌よく笑いながら私のディスクに近づいた。 「これ。見て見て〜ん♪」 差し出したのは一枚の写真だ。私は首をかしげながらそれをそっと手に取る。 そこに映っていたのはヘルメットに作業服、スコップを持ったみつあみの少女だった。少女というにはもう少し大人かもしれない。だが、私たちにとっては「少女」といってもいいほど、まだまだ幼く見えた。 みつあみの少女は、写真の中で太陽に照らされ、頬を紅潮させながら生き生きと微笑んでいた。柔らかく、優しそうだという印象を受ける。 「これがどうかしたのか?」 見たことがない。それにカメラ目線ではないのが少し気になった。・・・隠し撮り? 「んふふ。かわい〜いでしょお?」 キシュリーはくねくねと異様にしなったポーズで嬉しそうに笑い、頬を赤らめた。昔はこんな娘じゃなかったのに。時間は彼女をどう変えてしまったのか。 「前に言ってた、お気に入りの子よお♪」 「あ・・・ああ・・・。・・・・この子が?お前より一回り小さ」 「何か言ったかしら」 「なんでもない」 一瞬、飲み込まれそうな殺意に、私は潔く身を引いた。キシュリーはすぐに機嫌を取り戻し、またくねくねと身体を動かした。 「かわいいでしょお〜?とろーんとしてて・・・・んっふっふー・・・すっごくいい子なのよお〜」 昔のはりはりした口調はどこに言ったのか。いつぞやはぼそぼそとしか言わない、人見知りの激しい子だったのにな・・・と年寄り臭く昔の光景が見えてしまう。 今の彼女と昔の彼女・・・・あまり重なるところはなかった。別人かもしれない、と思うところすらある。 私はため息をつきながら写真をぼんやり見つめた。写真の少女は変わることなく笑い続けている。 「ん」 ふとあることに気づく。何となくだが、この少女は見たことがある。記憶の中の何かと繋がりそうだ。 「何より優しそうだしね〜」 ふふ、と嬉しそうに笑う声を耳に入れながら考える。 白く眩いフラッシュバックに、一瞬、写真の少女が消えた。 ああ・・・。わかったぞ。 「アマデウスに巻き込まれる前に、どうにかしてあげたいわ・・・・」 私はちらりとだけキシュリーを見てから、また写真に目を戻す。 昔のキシュリーと今のキシュリーが少し重なった。もじもじと母の後ろに隠れていた少女。 母の面影をまだ追っていたのだろうか。 「ちょっとお。もう返してちょうだい」 ぴ、と目にも留まらぬ速さで写真はキシュリーの元へ帰っていった。 「・・・・・・何笑ってるの」 私は肩を軽くすくめて「別に」と答え、ゆっくり背もたれに寄りかかった。シートの皮の冷たさが背中にしみる。 「さ。あたしはもう行くわ」 「・・・・まさかそれだけのために来たのか?」 キシュリーは少しだけ見開くと、軽く肩を揺すって「悪い?」と驚いたように言った。 「暇じゃないけど暇なのよ。今のところ、ね」 「そうか・・・・?私は忙しいがな」 「そう見せかけてるだけでしょ?実際、ドラッグコントロールなんて動いてないじゃない。ま、せーぜーどうにかするのね。・・・じゃあね〜ん、ボスちゃーん」 そういうと来たときと同様、消えるようにいなくなる。これに慣れるのにどれだけかかったか・・・。 ―ボスちゃん、か。 キシュリーは私と再会してから、一度も私の本名を呼ばなくなった。 昔のキシュリーはもういないのかと思っていたが・・・・そうでもなかった。 ゆっくりと、写真の少女を思い出す。白い光に目を焼かれる。 あの少女とキシュリーの母は・・・・ほんの少しだが、似ていた。 「やれやれ・・・・」 やはりキシュリーはキシュリーなのだろう。 これからも。 近づくことも離れることもない。 隣にいる、子供なのだろう・・・・。 おわり
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