11・Blue entrance

 本日も情報はなし。どこかわかりきっていることだったが、それでも止めれないのが天国への招待の道。
 二人はいつも通りゆらりと気だるく、バーに入り浸っていた。

「そういえばいっきー」

 ミルクを飲むのをやめ、隣に向く。イツキは一杯飲み干し、煙草をのんびりと吸っているところだった。甘い酒の残り香とさらに甘い煙が混じり合う。

「ん?なんだ」
「9thのおねーさん?だっけ?」
「んん、あ、ああ。どうしたんだ急に・・・・」

 タイザーは首を横に振った。

「別に?思い出しただけだよ。そう言えば聞きそびれたなーと思って」

 そして一口、ミルクを飲んだ。今日はブランデーが入っていない、普通のミルクだ。何か懲りたらしく、イツキは念入りにマスターに頼んで出してもらってものだ。

「で?9thがどうした」
「何かあったの?」
「は?」




          Heaven?


 次の言葉が出るまでに数分と要した。灰と共に、まだ半分しか吸っていない煙草が重そうにぼてっと灰皿に落ちたところでようやくイツキは意識を取り戻した。

「はい?」

 イツキは自分でもおかしくなるぐらいひっくり返った声を上げてタイザーに向いた。

「何かって、ナニ?」

 ちびちびとミルクを飲みながら少しだけイツキを上目に見ると、再びグラスに目を移動させた。タイザーはイツキの台詞を待っているのか、それ以上何も言わない。イツキは目をそらし、煙草をふかした。煙ばかりが上に昇って行く。

「何もねえよ」
「ふうーん」なぜか半眼だ。
「・・・どうしてんなこと聞くんだ?」

 煙草を吸うイツキのように、ミルクを飲み終えたタイザーは大好きな赤とピンクのぺろぺろキャンディーをなめ始めた。一瞬だけ嫌そうに顔をしかめたが、今は普通すぎる冷静な顔をしてた。

「いっきーの彼女かと思った」
「・・・・どこをどう見てそう思うんだ・・・何にもねえよ」

 げんなりと肩を落としながら、新しい煙草をくわえ素早く火をつけた。オレンジ色の火が早急に付いてちりりと音を立てた。

「珍しい〜」

 小さな口でキャンディーをゆっくり溶かす。甘い匂いが二人の間で異様に立ち込めた。客が少ないせいか、文句は言われず二人は甘さを堪能した。のんびりとした合い間に二人はしばしまどろむ。
 イツキは紫煙を目で追いながら、にんまりと口を緩めた。

「なんだ、タイザー。何かあって欲しかった?」

 煙を思い切りタイザーに吹きかける。タイザーはびっくりしたように肩を飛びあがらせ、頬を膨らませた。ハムスターフェイスがますます「らしく」なり、イツキは思わず吹き出しそうになった。

「な、何で笑うんだよ!もうもう!煙たいっ。ち・・・違うよ!ただ、珍しいなーって思っただけ。そもそも、なんでドラッグコントロールと知り合いなの?僕、初めて番号の人見たよ・・・・・幹部でしょ?」

 よく考えれば、とても珍しいことだ。子供でも知る麻薬取締組織班の出現頻度は高く、見る機会もそれなりにある。しかし数字の付く幹部となると別だ。目にしているかもしれないが、近づいて話したりましてや・・・本名ではないとはいえ、数字を名乗ることはまずない。イツキは今になって珍しさに笑った。最も、これがイツキの好みであれば・・・おいしいことこの上ないが。

「あーあー、そうだったなあ・・・そういやあ、一応エリートだな」

 手を打つ代わりに灰をぽん、と落とす。生憎と9thは「辛」すぎた。激辛だ。

「のんきだね・・・・・」

 頷く代わりに煙草を吸う。

「まあ、今回みてーに間違われただけさ。んで、酒奢ってもらった」
「うわー、女の人に奢ってもらったの?普通逆でしょー?」

 じとーっとくりくりした目を半眼ににらみつける。イツキは苦笑しながら煙草をもみ消した。最後のあがきとばかりに甘い紫煙は強く立ち上り、天井に到達する前に消えた。

「お詫びの印ってやつさ。まー、その後ホテルにでも行こうとしたんだけどなー」

 やっぱりそっちに向かうじゃん・・・とまだ半眼の瞳が無言で語る。その後も嬉しそうに語るかと思いきや、イツキは苦々しく頬を引きつらせ、忌々しそうに誰かを睨みつけた。

「・・・触ろうとしたら、投げられた」
「ぷ」

 瞬間、タイザーは吹き出して危うくキャンディーを落としそうになった。

「笑うなっての」

 ますます苦い顔をして、今度はイツキが半眼でタイザーを睨んだ。いじけた子供のような仕草にタイザーは震え、キャンディーを口から離し・・・瞬間、声を裏返して笑った。

「あはは!いっきー、ひょろひょろだもんね!」
「うるせえ」

 照れているのか、怒っているのか、イツキは珍しくほんの少し頬を赤らめると、気を取り直すようにまたグラスホッパーを頼んだ。

「で?どうして急に9thのことを聞いたんだ」
「うん」

 タイザーは涙をぬぐうと、ゆっくり吸い込んだ。そこまでおかしかったか、とイツキは文句を言いたかったがなんとかこらえ、そっぽを向いた。タイザーは「いっきーだって子供みたいだよ」と独り言をつぶやくと何かをさえぎるように手を振った。

「えっと・・・どうして9thねーちゃんは「ブルーヘブン」のことを知ってたのかなって」
「・・・・・」
「もう笑わないから、話してよ」

 ぽり、とイツキは頭をかいた。何も言わないというのも、それこそ子供のようだ。

 イツキは思考を整える。9thはブルーヘブンを薬だといっていた。しかし二人の求めるブルーヘブンは薬ではない。
 アレは単なる「青い鳥」。腹に痛みを抱える人々を誘う意地悪な鳥だ。

「細かい理由は知らねえが・・・・あいつが動いたということは、ドラッグコントロールも動いてるってことだよなあ?」

 そうなると冗談抜きに、ブルーヘブンは向こうで「麻薬」と認知されている。万が一薬だとしても、麻薬に「ブルーヘブン」と名付けられることはまずない。

「火のないところに煙は立たない、か・・・・・・」

 誰かが招待を受けている。青い鳥の味を知っている。それをもっと味わいたいために、擬似的な「ブルーヘブン」を作った。そういう可能性もなくはない。ただ、そうして作れるやつが果たして招待されるだろうか。力のある・・・しかし賞金首であるマルアスですら追っているのだ。鳥に招待された者は皆、足で追っている。

 イツキはぼんやりしながらグラスホッパーをなめた。心地よい甘さとアルコールが身に沁みる。

「そうでなくてもなんにしても、だ。最近、ドラッグが多いな・・・・」
「そうだね・・・僕の情報屋も変になってたし。あの人、麻薬に頼らなきゃ生きていけない、なんて人じゃなかったよ。あんまり会ったことのない人だけど」
「でも立派なヤク中だったな・・・・・」

 ふうと少しため息をつくと、イツキは席を立った。酒はまだ半分しか飲んでいない。

「いっきー、もう出るの?」
「いんや。トイレ」
「んー」

 ひょろひょろとイツキは奥へ向かう。アルコールのせいか、足は軽くステップを踏んでいるように軽快な千鳥足を踏んでいた。タイザーはイツキが奥に消えるのを見ると、ちらりと横目でグラスを見つめた。





 トイレで用を足し、ぼんやりと手を洗う。バーにしてはきれいな洗面所だ。蛍光灯が何度も瞬く。もうすぐ切れそうだ。点滅する光がイツキに暗闇を落とし、深いくぼみを鏡に映した。

 ふ、と目の前の鏡が鈍く光る。おぼろげに自分が映る。モノクロームの世界がそこに広がっていた。

 いるのかいないのか、存在しているのか。曖昧に映し出す。

「・・・俺も・・・・・」

 鏡に触れようとして、首を振る。「まさか」の予感は・・・心に留めておくものだ。口にしたら恐ろしくてこの場で倒れてしまうかもしれない。いや、心に思うことすらやめた方がいい。

「・・・・・大丈夫だ・・・・・」

 寸前で止めた手をそっと離し、ゆっくり下におろした。

 とめどなく流れる蛇口の水が渦を巻いて排水溝へと飲み込まれる。

 いつまでも、いつまでも、とぐろは消えない。まるで、絡みつく不安のように。

 まだ気付きたくない。これは違う。イツキは洗面台を握りしめた。温度は徐々に奪われ、全身が寒かった。






 一人残されたタイザーはキャンディーをちびちびなめながら、カウンターの置くにずらりと並ぶ酒瓶を上目遣いに眺めた。

 まだ酒の飲めないタイザーにはどれがどういう酒かわからなかった。ただ、ラベルと瓶がきれいだなーとぼおっと眺めていた。目を細めると万華鏡のように緩やかに光彩を放つ。

「・・・・・・いっきー遅いなあ・・・・」

 一人だとやることがないので、つまらなそうにぷらぷら足を揺り動かす。ずっと一人だったのに、とタイザーは口元を緩めた。ようやく見つけたブルーヘブンを求める人。アタリ・ハズレで言ったら迷うものがあるが、それでも旅は暖かい。砂の道が軽く思える。こういう感覚を覚えるのは久々で、タイザーの心は穏やかだった。あることを抜かして。

 また女の人連れ込んでるのかなあ、と考えがよぎると無意識に頬が膨らむ。いい加減慣れてしまえばいいのだが、どうしてか苛立ってしまう。自分がわがままなせいだろうかと思うが、いまいち気持ちの正体はわからない。とにかく腹が立つ。

 以前もトイレに行ったイツキの帰りが遅いと心配して覗きに行ったら、イツキは今まさに女の服に手を入れようとした瞬間だった。しかも顔はでれでれ、ココアに砂糖を十杯ぐらいいれたような甘さでそれはタイザーには絶対見せない顔だった。思い出しただけで腹が立つ。どうやっても腹が立つ。

「・・・・・・・・・・・」

 心配するだけ損だ。一人心の中で頷くと、これはチャンスだとタイザーは指を立ててマスターを呼んだ。タイザーとて冒険したいお年頃だ。

「えっと、えっと・・・・・これ」

 イツキの飲んでいたグラスを指すと、マスターは無言でシェイカーを振った。しばらくすると、濃厚そうなクリームがそっと差し出された。未成年ということはどうでもいいらしい。

「・・・・・・・・・・」

 キャンディーをなめるようにグラスホッパーを飲んでみる。

「甘い!!」

 思わず叫んでしまった。酒がこんなに甘いなんて知らなかったと、驚いてもう一口二口飲んでみる。後味にどうしてもアルコールのほろ苦さがきてしまうが、悪くない。

「本当に甘党だったんだあ〜・・・・でもおいしー」

 嬉しそうに半分まで一気に飲むと、ふんわりとほのかに甘さが頬を赤くさせる。

「ほ〜・・・・・」

 ぼけーっとまた酒の並ぶ棚を見つめた。やんわりと照らされる光がさらに美しい色彩を放った。白いクリームも七色に揺らめく。

「うにー・・・・・・・・」

 ぽやぽやと、しばらく棚を見つめる。

 小さな鈴の乾いた音が鳴った。

 ゆがんで見える視界を必死に凝らし、タイザーは入口を見た。

 真っ黒の塊だ。そうとしか見えない客が一人入ってきた。

「うー・・・・・・」

 もっとよく目を凝らしてみる。

「!」

 とろんとしていた目が見開かれた。

 見覚えのある、黒尽くめの男・・・・・・

「マルアス・・・・・・」

 間違いなかった。先日会ったばかりなので姿ははっきり覚えている。岩のような風貌は入った瞬間から小さなバーを支配してしまいそうだ。ブルーヘブンを追う者同士、もう恐ろしさはないがそれでもやはり背中が寒くなる。

「・・・・そうだよね・・・同じもの探してるんだもん。偶然会うのもアリだよね・・・・・」

 なぜか気づかれたくなかったのでタイザーはそっと目を離した。

「・・・・・・」

 マルアスはカウンターではなく、テーブル席についた。一人の飲むのかとタイザーは思っていたのだが、連れがいるようだった。

「・・・・・・・・」

 横目でちらちら覗く。後姿で全貌はわからないが、マルアスに対峙するのは男だった。年齢も一緒ぐらいか・・・しかし「友人」というほど友好なオーラは出ていない。どちらかというと、殺気立っている。

 二人は回りに聞こえないように、小さな声で話し始めた。

 耳をそばだててみたが聞こえない。少し距離が遠い。それでも時々単語が聞こえるが、結局何の会話をしているのか検討が付かなかった。

「・・・・・・・・・」

 それでもじっと集中する。ブルースの音量をもう少し下げてくれれば、と思うが集中すればするほど聞こえてしまう。

「・・・・・・・・・・・だ」
「ああ・・・・・・・・・・・・」

 全くわからない。少しイライラしながらも、もう少しと聞いてみる。

「これが・・・・・・・・」

 集中力が増したおかげか、大分声が届くようになった。ブルースも気分的に聞こえない。

「・・・・そう・・こ・・・・・ブルーヘブン・・・」
「!?」

 タイザーの目がみるみる丸くなる。しかし、気づかれてはいけないと高揚する気持ちを必死に抑える。
 顔をそむけ、マント越しに胸に手を当て心臓を押さえる。

 ブルーヘブンの情報交換!

 ますますタイザーの胸は高まった。

 近づいたんだ。いろいろな人に会うことで、ブルーヘブンに近づけている。
 タイザーは確信した。

 会話は途切れ、二人は出て行った。鈴の音が大きくこだました。

 もしかしてブルーヘブンのとこに、と思うと足が自然とばたつく。タイザーは店内をきょろきょろと見渡した。ブルースよりも体内をめぐる血潮の方がにぎやかい。

「もう!こういうときにかぎっていっきー来ないし!」

 慌しく目を巡らせるが、イツキが戻ってくる気配はなかった。

 スカートを思い切り握り締める。 

 トイレに行きたい子供のようにその場で足踏みし・・・・








「あーやれやれ・・・・・・んあ?」

 イツキは一瞬、席を間違えたかと思った。そこにいるべき相棒がいない。

「タイザー?」

 トイレは男女共同なので入ればすれ違うはずだ。やはり席を間違えたかと確認するが、先ほどまで吸っていた吸殻が甘くかすかに残っている。

「・・・・・マスター。ここにいたちびのガキは?」
「出て行かれました」
「はあ?一人で?」
「はい」

 一人を何よりも嫌う彼女が、イツキに何も言わないで出て行くなんてほとんどない。盗賊を見つけて飛び出すことはあれど、彼女はイツキが追うことをわかっているのだろう、どこか安心した顔をして戦う。イツキの自意識過剰かもしれないが、戦闘中も戦闘後もタイザーは一人は嫌だと泣かない。

 イツキは髪をかき回し、とりあえず席に座る。すぐに戻ってくるかもしれない。

「・・・ガキは何か言ってたか?何かあったとか」
「そうですね・・・慌ててたようですが、特に伝言などはありません」

 マスターはのんびりとした丁寧語で言いながらグラスを磨いた。

 イツキはあごに手を当て、ふむと首をかしげた。何かあったのかもしれない。

 残りのグラスホッパーを流し込むと、イツキはもう一度席を立った。

「お客さん」
「何だよ?」
「会計がまだです」
「・・・・・・・・・」

 基本的にイツキは金を持っていない。おかしいことにタイザーが大体払っている。そういう条件で一応一緒にいる旅なのだから、二人にとって当たり前といえば当たり前なのだが。

「・・・・・・・・・・・」

 そのタイザーはいない。なぜか汗が額からすべりおちた。

「・・・・・どこに行ったんだー、早く帰ってこーい・・・・・・・」

 情けないことに、イツキはその場に座るしかできなかった。


 タイザーが大変な目に合うとも知らずに。





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