15・FIGHT!FIGHT!

 街は波打つようにざわめく。砂嵐よりも耳障りな人の声。絡み付く人の目、手、体。
 それらを押しのけて、9thは大またで街の中を闊歩する。

「9th、こっちこっち」

 大柄の男が9thを手招く。9thは女にしては筋骨隆々、男よりも強く大きく見える方だが、今手招いている男はそのさらに倍あるように見えた。隆起した肩が重そうに動く。

「ご苦労ね、5th。帰って来たばかりなのに」
「全くだよ。嫌になるねえ」

 いかつい肩をさらにいからせ、ため息をついて建物を見上げた。一見普通の木造建築だが、明らかに日常との境界線・・サブマシンガンが走った痕が縫いつけられている。

「どうよ、これ?」
「どうにもこうにも、マルアス本人に違いないわね」
「だよな」

 5thはため息まじりに、棍棒のようながっちりした指を銃の痕跡に這わせる。元は柱だったがあまり原型がなく、たこ殴りにあったあとのようにぼこぼこにえぐられていた。

「これだけならよかったんだがな。ほれ」

 無造作に手を返す。太陽に反射し、きらりと強い光が9thを差す。

「ちょっと。危ないわね」

 蚊でも払うように軽く手を空中に滑らすと、器用に人差し指と中指で「刃」をはさんだ。

「・・・・・・・・ナイフ?」
「おっかしいだろ〜?そっちの方から見つかったんだがな」

 くい、と太い親指を左方向に向ける。建物から向かって左手にある倉庫だ。争った痕跡はなく、ナイフの痕も見つかりにくい。

「関連はあると思うか?」

 9thは黙ってナイフをまじまじ見た。灰色の瞳が鋭く光った。気がつくと、頬は緩んでいた。

「・・・・・珍しいな?あんたも笑うんだなあ」
「笑いたくもなるわ。関連ね・・・・おそらく、私にはあるわ」
「?」
「妙な縁かもしれないわね?・・・・もしかして、私男運がないのかしら」




          Heaven?


 肌と肌が吸い付くように絡みつく。全てがとろけてしまいそうな、熱が内部から込みあがり、赤くうねる。
 女は笑い、男の髪に長い指を入れた。

「・・・・・・ふふ、いいの?」
「何が?」
「あんなかわいい連れ、放っておいて」

 女はこつ、と額をくっつけると、そろりと顔を動かしてくちびるを男の首筋に押し付ける。男はため息をつくと、女の頬に手を這わせた。

「ばか言うんじゃねえよ。ありゃあ、単なる相棒」
「かわいそ。おちびちゃん」
「・・・・それこそばか言うなよ。そういう趣味はねえよ。ガキ抱いて何が楽しい?」

 女は男の腕の中で肩をすくめる。笑っているらしく、肩が揺れた。

「女の私にはわからない問題ね。かわいいものはかわいいのよ。年なんて関係なくね」
「はあ・・・俺にもわかんねえな。ガキはガキ。それ以上もそれ以下もねえよ」
「子供もいつかは大人になるのよ?特に女の子は早いわよ〜。・・あー、わかった。大人になるまでってやつ?結構大事にしてるんじゃないの〜?」

 おどけるように胸を揺らす。男は顔を上げ、女を一瞬だけにらみ・・・獲物を駆ろうとする獣のようににんまりといやらしく口をゆがめて笑った。

「あんまりばかな事言うと襲うぞ〜!」
「きゃははは!も〜」

「・・・・・・・・・・・」

 女の笑い声が掻き消えた。

 男はそれだけで、全部理解した。見覚えのある展開だ。

「・・・・・・・いっきー」

「・・・・・・・・はい」

「・・・・・・撃つよ?」

 男は反射的に両手を上げ、女は息を飲むように悲鳴を小さく上げた。顔もどんどん青ざめ、くちびるが戦慄いている。腰はすでに砕け、それでも逃げようと男の体をどけている。

「・・・・・・撃つよ?」

 死を宣告。黒い二つの口は女を見つめる。銃持つを向ける少女は本気だ。今逃げなくては、絶対に撃たれる。

「ひい!」

 恐怖が頂点に立ち、女はイツキを押しのけてトイレから出て行った。突風のように女の体は逃げて消える。余韻の香りすら残さない素早さに、イツキは当たり前と思いつつも肩を落とした。

「あ〜あ・・・・・・・」

 扉が振り子のように開閉する。情けなく軋む音はイツキの声のようだ。イツキ所在無く上げた手を下ろすこともできず、泣く泣くタイザーを見た。

「どうしてくれんだよ〜」
「変態!!」

 タイザーは顔中を真っ赤にほてらせ、イツキに銃を向ける。吠える前の犬のようにいきり立っていた。

「服、ちゃんと着てよ!」

 イツキの上着のボタンははずれたままだ。それを直そうともせず、まだ手を上に上げている。どうやら聞いていないようだ。

「あ〜中途半端・・・・・・どーしてくれんだ・・・」

 髪をぼさぼさにかき回し、ようやく手を下におろした。

「どうもこうもないよ!変態変態変態変態・・・・!!女の人とえっちなことばっかり!」
「いいだろ、別に。あー、お前にはわかんないだろうな〜この中途半端感。なんつーの?こう、しこりが残るというか、欲求回復できずというか・・・・・。スープに入ったコーンがうまく食えないっつーか・・・・・」
「何の話だよ!」
「具体的に詳しく言ってもまあ、いいけど?」

 タイザーの顔がさらに赤く膨れ上がる。

「遠慮する!」
「うん、懸命な判断だ」

 イツキは真面目に頷くと、女の香水が残る服を着なおした。着てもなおだらしがないのは仕方がないのだが、タイザーは小声で「変態」と繰り返していた。

「あ〜あ・・・・・・結構いい女だったのにな〜。胸もやわらかかったしな〜」

 名残惜しそうに自分の両肩を抱いてみる。

「・・・・・・変態」

 むすっと腕を組んで横目でイツキをにらむ。イツキはその目線に気づきながらも続けて言う。微妙に口元がいやらしく弛んだ。

「しかもさ〜肌がめちゃくちゃきれいでよ〜ツルツル?」

 タイザーはまだ頬を膨らましたまま、今度はそっぽを向いて聞いてないふりをしている。

「・・・・・やべ・・・思い出したら・・・・・。・・・タイザー」

 無視することに決めたのか、タイザーは動かない。イツキは身を乗り出すと、にやりと破顔して真っ赤な顔を覗き込んだ。

「俺とやるか〜?タイザ〜!」

 覆いかぶさるようにイツキは両手を上げた。

 タイザーの瞳孔が一気に収縮し、声を発するより、よけるより早くルガーP90が口を開く。

「撃つよ?」

 タイザーはどこまでも本気だ。引き金が今すぐ吼えれるように構えられている。
 またしても所在をなくしたイツキの手はすぐさま「降参」と訴えた。

「最近のガキは切れやすいね〜冗談に決まってるだろ」
「冗談じゃなきゃ、訴えるよ」
「そりゃ負ける。ただでさえ俺は未成年拉致気味なんだ」
「婦女暴行、未遂だよ」
「んー?猥褻行為?」

 タイザーから殺意がどっと抜け落ちた。銃も威勢をなくし、力なくマントに戻った。

「・・・・わかってるじゃん・・・・」
「わかっててやってるの」

 タイザーは小さく「あっそ」とつぶやくと、奥へ消えた。

「どこ行くんだ?」
「あのね」

 頬がかすかに赤くなる。

「ここはトイレ!僕はいっきーのばかとしゃべるために来たんじゃないんだよ!」

 叫ぶと、女子トイレに大またで入っていく。

「おお」

 タイザーが消えた後で、イツキはぽんと手を叩いた。

「ちょっと早く段取り決めちまったのがよくなかったな〜今度は奥の個室にしよう、うん」
「変態!ヒトリゴトは静かに言って!」
「・・・・・へーい・・・」

 軽く頷くと、やれやれと外に出た。






 ここの酒場は品がなかった。今まで静かなバーでばかり飲んでいたせいで余計にそう感じる。
 壁一面にラクガキされた意味不明の文字つづり、汚れて点滅する照明。飲み合うテーブルも薄汚れ、食べかすが散らばる。もちろんジャズやブルースの音色はなく、ひたすらシャウトするロックが適当に流れていた。

 それでも人々は楽しそうに馬鹿笑いを上げながらビールをあおり、人に掛け合ったりしてふざける。誰もがフランクで、嫌な空気はない。気軽でよいといえばよかった。それに情報を集めるなら、こういうところの方が案外とあるものだ。

「よお。楽しそうだな」

 イツキは片手を上げ、集団に入ってみた。ビールを飲みあう男女の集団は突然の侵入者を拒まず、いきなり肩を組み合う。薄いイツキの肩はがくっと一瞬下がった。弱い。

「へえ〜!かわいいお兄さんね」

 集団の中の女たちは煙草をくわえながらイツキをじろじろ見て息を吹きかける。

 香水の混じった煙を浴び、かわいいというのは引っかかったものの、まんざらでもなさそうに女の肩に手をかける。相手もまんざらじゃなさそうだ。

「あんたもかわいい姉さんだな」
「それはどーも」

 酒に濡れたくちびるをイツキに押し当てる。相当酒に酔っているらしく、見境がないがそれはそれでイツキもおいしい。にたりと笑うと、あたりの男たちもどっと笑った。

「おいおい!俺たちには〜?」

 羨ましそうにイツキと女を交互に見やる男たちに、女たちも大笑いする。

「もちろん!はい、ちゅ〜」

 そしてまた歓声が上がった。陽気なロックと混じり、酒が入ってなくても心が愉快になった。

「ねえね、お兄さんは旅人??」
「ま、な〜。おもしろーい、薬を探す旅」

 ぴく、とその場の人たちの耳がわずかに動いた。

「薬い?」
「そ、薬。知らねえ?・・・・・・ブルーヘブン」

 ざわめきと沈黙。波のように交互に押し寄せる。笑いはふっと掻き消え、動揺だけが広がった。

「知ってる?」
「俺は知らない」
「あたしも〜」
「聞いたことはあるけどな〜」

 イツキは椅子にどっしり座り、机に足を放り出してその様子を眺めた。こういう所はフランクだが、長居をすると危険だ。何せ薬はこういうところこそ回転がいいのだから。いつ注射を打たれるかわかったものではない。

 しかし、薬が充満していることは周知の事実だが、それを表だって好評する人はいない。だから人々は皆怯えながらもそれでも知っているのだ。

 口々にこぼれる言葉を耳にいれる。ここで得る情報はあんまりないな、と思いながら椅子を少し傾け、


「ぶる〜〜〜へぶんだと〜〜!」


 立ち上がることなく仰向けに倒れた。


「どいつだ〜!!それを言ったやつ〜!」

 店内がびりびりと震えた。ロックはいつの間にか消え、照明がせわしなく揺れた。
 酔いが冷めそうな音量に耳を塞ぐと、非難の目線を男とイツキに注いだ。

「お前か!」

 頭や腰や耳を押さえるイツキに声主は大またで近寄った。床板が弱いのか、まるで恐竜が闊歩しているのかと思うほど地面が揺れた。

「お前だな!」

 声の主である男は大きな手でイツキの頭をぐっと片手で持ち上げると、そのまま自分の前に引き寄せた。

「は・・・・あ?」

 情けなく、人形のよう吊りあげられた状態でイツキはぽかんと口を開けた。

 男は特徴がありすぎて何から言っていいかわからない風貌だった。まずスキンヘッド。毛、毛穴ひとつ見つからない見事な頭。そこに三白眼が張り付いているが、厳しい雰囲気はしない。堅気ではなさそうだが、どことなく鋭い光は見当たらない。それでもイツキの三倍以上ありそうなほど異様な大きさの体に似合わないピンクのアロハシャツ。さすがのイツキもなにやら混乱してますます声が出なかった。

「ほ〜お前か〜。さーあ、薬を出せ!」

 宙吊りのまま、ぷらぷら振られる。がん、がんと机や椅子がイツキの振り子でなぎ倒されていき、イツキはようやく意識を取り戻した。

「い、い、痛てえ!!おい、やめろ!!」

 暴れてみたり手を引きがはそうとするが、金具で固定されたようにびくとも動かない。男はにんまりと笑うとふん、と荒い鼻息をぶつけた。

「薬を出したら、離してやってもいいぞ」
「ちげーって!俺は売り手でもなけりゃ、買い手でもねえよ!!」
「じゃあなんだ?今からやろうってのか?」
「それもちげー!!とりあえずおろせ!!」

 男の手がぱっと開き、イツキはそのまま尻餅をついた。

「痛って・・・・」
「さあ、話せよ」

 イツキは腰をさすりながら立ち上がる。やはり男は大きく、イツキはけだるそうに思い切り見上げた。スキンヘッドが眩しい。

「そういうあんたこそ、ブルーヘブンが薬って・・どうして知ってるんだ?売り手か?」
「違うぞ。俺はなあ・・・・・お、そうだ」

 何か思いついたように手を叩く。

「勝負しねえか?」
「勝負?」

 男は嬉しそうに歯を見せて笑う。猪突猛進に攻撃されたが、実は人懐っこいのかもしれない。

「そうだ。・・・・・・そうだなー・・・・・・ビール。おお、ビール飲み比べ大会!多く飲んだ方が勝ち、どうだ?」

 今まであっけに取られていた店内中の人から歓声が巻き起こった。

「いいね〜!!わけわからんが、それやれよ!」
「いいぞいいぞ!」

 やんややんやとはやし立てる。調子のいい連中だ、今まで硬直してたくせに。イツキは面倒くさそうに頭をかいて周りを見る。店内はもう乗り気で、人々は賭けをし始めている。断れない雰囲気にイツキはため息を吐き出すしかできなかった。

「わかったよ・・・・・・・」
「うっし!おい、親父!」

 男が人差し指を立てると、でっぷりと太った中年の男が嬉しそうにビール樽を持ってきた。どうやらイツキ以外はみんな楽しんでる。イツキはますますがっくりと肩を落としたが、そうも言ってられない。グラスにはなみなみとビールが注がれ、外野ははしゃぐ。後戻りはできない。

「ほら、たーんと飲めよ!」
「おうよ!」

 スキンヘッドの男は樽を軽く叩くと、口の端を吊り上げた。

「ルールは簡単。つぶれた方が負け。で、あんたが負けたらブルーヘブンの情報を」
「俺が勝ったらそっちの情報を」

 笑えない状況だが、イツキは無理やり笑った。そうすることで何とか自分を奮い立たせ、男と共に椅子に座った。

「よっし!じゃあ、スタートにつくぞ!」

 イツキは引きつりながらビールの樽を見る。

 どうしてこんなことに。心の中で何十回もため息をする。
 ま、こんなこともありか?たまにはいいだろう、と何回も自分を元気付ける。我ながら情けなかった。

「準備・・・いいぜ・・・」
「よっし、俺もOKだ!じゃあ、いくぞ!」


 男の掛け声と共に、二人はグラスを持った。





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