19・sister 砂漠は広い。しかし世界は狭い。世間となるとさらに狭い。 全てを砂で隠しているくせに、全てを手に取れるほどこの世界は狭い。 「あ、珍しい〜。いっきー、看板があるよ」 方向もわからず。まるで巨大な迷路。巨大なダンジョン。 風により砂漠はいつも顔を変える。だから目印など、ない。 「よく今まで倒れずにあったなあ」 昔は看板が立っていた。しかし今は、風に倒れて消えてしまっているのが大半だった。黄色い砂粒は小さいが、集まれば脅威となる。 その中で立っていられるこの看板はよっぽど運がいいか、強情か。旅人にとってはありがたい目印に過ぎないのだが。 「たくさん街の名前が書いてあるねえ・・・・」 「そうだなあ。・・・どこに行きたい?選べよ」 「えっと・・・・」 四つほどある街の名前を指でなぞる。立っているだけでなく、字まではっきり見えるのだ。奇跡に近い。 いくつか並ぶ名前を小さな指先が回り、ぴっと一点で止まった。 「じゃあここ」 「・・・・・・ラフレア・・・・?」 「うん。僕、行ったことないし。どういう街なのか見てみたいな」 「やめとけ」 「え?なんで」 「何もない」 珍しく速攻で返事を返すイツキは渋い顔をしていた。苦虫をかみつぶした、という表現がぴったりなほど嫌そうに口元を歪ませていた。 「知ってるの?」 覗きこむ茶色い瞳が不思議そうに瞬く。イツキは逃げるようにそっぽを向いてしまった。 「・・・・・・まあ」 「でも僕は知らないよ。じゃーここ。決定〜!」 「勝手に決定するな!」 「・・・・・撃つよ」 「わ・・・わがまま・・・・」 Heaven? 「何もないなんて嘘じゃん!」 道の真ん中でタイザーは叫ぶ。大きな瞳はきらきらとにぎやかな街並みと人々を映しこんでいる。 ラフレアの街は想像以上に活気があった。立ち並ぶ店。どれもうらびれたようなぼろ屋ではなく、しっかりした建物の「店」。しかも罵声的な下品な店ではない、家族で入ってもよさそうな健全なものが多かった。 人々も活気付いている。道を往来する人々はどの人も笑顔で、昼間でもけんかしているような人は全くいない。 叩き売りする亭主たちもどなっているが、けんか腰ではなく「商売」をしている。買い手は商品を笑顔で受け取る。すりもいないようで、殺伐とした空気はどこにもない。 平和な街もあるんだなーと、タイザーは大きな瞳をさらに開いて輝かせた。心底嬉しいようで、頬がピンクに染まる。 「わー!洋服も売ってるんだね、この街!」 「なんといっても資源が豊富だからな。糸も生産してるし、職人も結構いる。それを売ってもうけたり、旅人が多く寄ったり、行商人が売買したり・・・・とにかく不自由さがないんだ」 結局、タイザーの意見に折れたイツキはどこか不審な人物のようにきょろきょろと周りを一生懸命見ている。しかも目立たないように、ただでさえ猫背の背中をさらに丸めている。誰かに追われているように、行動が怪しい。 「・・・・何やってるの?」 「んあ?」 それでもきょろきょろすることをやめない。イツキの頬にはいつの間にか汗が伝っていた。 「誰か探してるの?」 「まさか!」 急いで手を振る姿は余計に怪しかった。タイザーはふーん、と「納得してない」瞳をイツキに投げかける。 「別にいいけどさ・・・・・いっきーはこの街に詳しいんだね。来た事あるんだ?」 「ん・・・・・まあ・・・・・・」 どこかで果物が転がった。それだけなのにイツキは肩を震え上がらせ、さらに辺りを見回しに見回し始めた。タイザーの問いには一応答えるが、不審な行動は続く。 そして何度か頷いたあと、イツキは珍しく笑顔でタイザーの頭をなでた。 「な、何?」 「さあ、タイザー」 少し頬を赤らめるタイザーをよそに、イツキはひたすら笑顔を浮かべた。やはり怪しい。 「もう十分見ただろ?さっさとブルーヘブン追いかけに行こうか」 「は?何・・・・いきなりやる気だしちゃって」 疑いの眼差しを向けると、イツキはいつにない笑顔で「俺はいつだってやる気満々だ」と、銃で撃たれそうな台詞を返した。 その台詞に、今度はタイザーは苦虫をつぶしたように非常に苦い表情を浮かべた。 「・・・・・・・頭パー?」 「いや、天然パーマはちょっとかかってるけど・・・」 ちゃき、とルガーP90が素早くイツキの前に飛び出る。 「ボケてるの?それとも、わざと??なんにしても撃つよ?」 「あ、お、お前!向ける場所おかしいだろ!間違って撃たれても冗談じゃ済まねえぞ!!」 「じゃあ、いつも通りにしてよ」 「いつも通りねえ・・・・・・。この街を出てくれたらいいぞ」 「そんなにこの街が嫌なの?住み心地よさそうなのに・・・・・」 「確かに住み心地はいいが・・・・・」 「イツキ・・・・・イツキじゃねえか!」 ふいに野太い声が遠くであがった。イツキの額に脂汗がみっしり浮かぶ。まるで病人のように、顔色が汗と共に流れ落ちる。 周りが微かにざわつき、波紋のように広がっていく。 「え?なになに?」 タイザーは急いで銃を収めると、街の人々をぐるりと一周眺めた。誰もがイツキを見ている。 イツキはお尋ね者だったのか?とタイザーは首をかしげながら人々を見るが、特に敵意は見られない。むしろ友好的でいつつも驚きの眼差しで見つめていた。タイザーの頭がますます混乱する中、一人の男が前に出る。 「イツキ!」 声の主は太い腕をイツキの肩にどん、と乗せた。 「おめーイツキか?いや〜久々だなあ!」 「イツキ!髪が伸びてたから気づかなかったぞ!」 「全然いなかったじゃない!本当に久しぶりねえ〜」 街の人々が一斉に群がった。とたんにイツキはもみくちゃにされた。 小突かれたり、叩かれたり、頭をかきまわされたり・・・・無理やりかわいがられる犬のように歓迎されていた。 「おいおい!やめろって・・・・っ。俺は犬じゃねえぞっ」 人々の波を押しのけるとようやくたかる人の手が引っ込み、一番最初にイツキに気づいた男はにっと豪快な笑顔を浮かべた。 「お帰り」 それに対するように、イツキは力尽きたようにうっすらとだけ笑った。 「・・・・・ただいま」 あれよあれよと人々のなすままに食堂に連行され、気がつけば祝杯をあげられた。 イツキは苦笑しながらもどことなく嬉しそうにグラスを傾け、いまいち事情の呑み込めないタイザーはきょとんとするばかりだった。とりあえず、歓迎されていることはわかる。お尋ね者でもないようだ。 男たちは豪快に笑い合い、イツキと無理やりグラスを合わせる。 「しっかし。本当に久々だな〜。しかもなんだそのちんちくりん??お前、そんな趣味だったのかあ?」 ふいに言われた単語に、ぼんやりしていたタイザーのスイッチがとたんに入る。 「誰がちんちくりんだよ!」 「はいはい、怒るな怒るな。・・・・ったく、違うっつーの。これは単なる相棒」 「へーえ・・・・・」 イツキを連れて行った男たちはじ、とペットでも見るような目つきでタイザーを眺める。何が言いたいか手に取るようにわかる目線にタイザーはむっと頬を膨らましながら、男たちの好奇の目を押し返そうと目つきをぎゅっと鋭くする。 「よく旅してたなーちびちゃん」 男の一人がタイザーの頭をかき回す。タイザーの気迫は伝わっていない。 「う〜!!ちびじゃない、僕はタイザーだ!!」 ちゃき、とその手をルガーP90で押し退ける。黒く冷たい感触が男の分厚い皮膚を伝わる。さすがの男たちもぎょっとしたが、それも一瞬で次の瞬間は鼓膜が破れそうなほど大笑いし始めた。 「お嬢ちゃんどうしたんだ、それ〜!そんなおもちゃじゃあおじさんたちは殺せないよ〜!!」 それぞれ大笑し始めるが、イツキだけが青い顔で頬を引きつらせた。誰もこの危機的状況に気づいていないのが恐ろしい。そして一人気づいているイツキはもっと恐ろしいと感じていた。 「おいおい・・・これはおもちゃじゃないし・・・・あんまり・・・」 どうしていいかわからない手を、イツキは空中で浮遊させる。 タイザーは震えている。くせの強い髪がぷるぷると細かく揺れ・・・ 「おもちゃじゃな〜い!!」 轟音を立て、息まく獣の咆哮。二匹の銃がついに暴走し、小さな体が踊り出た。イツキは顔面を押さえ、息を吐き出す。こうなると誰も止められない。 イツキが「あーあ」と息をついている間にも、タイザーの放つ弾は男たちの隙間を縫っていく。腕がいいので、混乱している食堂内でも弾は人にあたらず、うまい具合に軌道がそれる。タイザーにとっては威嚇かもしれないが、男たちにとっては死ぬか生きるかの戦場と化す。 細い紫煙が立ち上る。いきり立つ小さな肩と赤いマントがふわりと揺れ、店内が静かになった。黒い銃はもうほえないが、二つ穴はまだ狙っている。 「僕はタイザー!シーフラフネスだっ」 「俺よりも腕がいいぞー。つーことだから・・タイザー、もうやめてやれ」 「むう・・・・・」 店内にいる人という人のたくさんの目がタイザーに釘付けになる。 「い、いやあ・・・・」 波紋のように乾いた笑いが広がる。 「冗談だよ、冗談!」 「なあ」 はっはっは。 イツキは見逃していない。男たちの背中に大量の冷や汗が流れているのを。 「もうもう!いっきー、なんなの?こいつたち!」 「許せ、タイザー。悪気なんてない連中だ」 「知り合い?」 「・・・まあ。・・・・・ここは・・・・俺の故郷だからな・・・・」 「そうなの?!なら、始めからそう言ってよね!!そうしたら僕だってもうちょっと加減・・したかもしれないし。それに故郷なら、そんなに嫌がらないでよ。何かあるの?」 イツキは死にそうな顔をしながらビールをちびちび飲み始めた。 これ以上にない、嫌な顔。例えて言うなら、厨房に大量発生したゴキブリを発見した以上に嫌な顔をしている。 「そうだぞ。折角帰ったんだ、お姉さんに会っていけよ。もう少しで来ると思うぞ」 「嫌だ!」 わがままな子供のように首をがんがん振る。 なぜ自分がこんなに故郷を避けているか、今すぐ逃げたいか。その原因は他ならない、姉にあるというのにこの街人たちは何もわかっていない!どうしよう、とそれこそ子供のように「火事になれ」「地震でも起きてしまえ」と願ってしまう。 「そ、そこまで嫌がるなよ・・・・」 「そんなに嫌だったか?お前たち姉弟、仲いいだろうに」 男たちは肩を下げてイツキを見るが、イツキは手でバツ印をさらにして首を振る。 「ぜってー会わない!!ほら、タイザー、とっととこの街出るぞ」 しかしタイザーは瞳を輝かせている。さすが百面相、怒っていた顔はどこかへ全く消えている。 「え?いっきーのお姉さん?僕、見てみたい」 「やめとけ。やめとけったらやめとけ。何でもいいからやめとけ、つーことで、出よう」 タイザーの肩に手を乗せてやはり首を振る。嫌がっている以上に、この街を出ることを懇願するイツキが少しかわいらしく見えて、タイザーは思わず吹き出しそうになる。 「ちょっと、いっきー。どうして?」 「悪いこと言わない。いいから、やめとけ」 「だから、どうして?お姉さんなんでしょ」 「姉と思いたくねえが、一応実の姉だ。でもそれよりもそれよりも、だ。いいか?あいつはな」 肩に手を乗せたままぴ、と指を立てる。その顔は最早蒼白を越して透通ってしまいそうだ。 「あいつは八方美人の凶暴な上に、女好きの変態だ。お前の操が危ないぞ」 「はあ??」 「処女を女に取られちまうぞ・・・・!」 会話がふつりと切れた。タイザーは何事かと思ったが、目の前のイツキはしなやかな猫のような動作でタイザーから離れた。ゆるりと放物線を描き、ゆっくりと離れたかと思えば・・・イツキは消えた。 「あれ?」 ぴしい!!っと、まるでラップ音のような音がイツキのいた場所に落ちる。 その場が再び静かになった。タイザーが暴れた以上の静けさだ。 イツキの座っていた椅子は、落雷にでもあったかのように真っ二つに切り裂かれていた。 「・・・・・・ひい!」 少し離れたところにイツキはいた。顔をゆがめ、これ以上ない汗を垂れ流して震えていた。 「俺はにげ」 そろりと踵を返した瞬間だった。ぽに、っと何かやわらかい物体にぶつかる。 微かに暖かく、やわらかい匂い。普段は大好きな感触だが・・・ 「んふ」 もしこれが普通の女だったら、イツキはそのまま宿に連れていったかもしれない。 「んふふ」 非常に不気味な声。 死神にでも出会ったように、イツキの背中に滝のような汗が流れる。そろそろ体が溶けてしまうかもしれない。 「んっふっふ〜」 声の主・・・女はそのままイツキを思い切り抱きしめた。 「んふふふふ!!」 男たちは羨ましそうにイツキと女を交互に見た。色々譲れば、中々おいしい状況なのだ。でも相手はかの彼女。男たちの頬は少し引きつってはいるが、笑顔でその人物を迎える。 街の英雄にして、イツキの姉である彼女を。 「お帰り・・・・・キシュリー」 「はあい、みんな。ただいま〜・・・・・そして」 よれよれのイツキを胸からはがす。よれよれの衣服よりもイツキの顔はげんなりとしてしわくちゃだった。 キシュリーと呼ばれた人物はたっぷりと笑顔を浮かべて、イツキの頬を優しく撫でた。 「お・か・え・り、いっこちゃん♪お姉さんですよ〜」 「・・・・・・・・・」 「ただいまはぁ?」 「・・・・・・・・ただいま・・・・・りぃ姉・・・・・・」 にこにこ笑顔を浮かべるキシュリーとは対照的にイツキは今にも泣きそうになっている。実際、瞳には透明な液体がせり上がっているが、泣いている場合ではない。 「そういうことで」 イツキの表情ががらっと変わった。垂れた瞳が鋭く光る。獲物を見つけた獣のような瞳だ。 風が巻き起こった。イツキは目にも留まらぬ速さでキシュリーの前から姿を消した。 普段のイツキからとても考えれない行動に、見ることしかできなかったタイザーの思考がついにスイッチを切る。一体何が起こっているかさっぱりだ。 「ど、どこだ?!」 かろうじて理性の保っている男たちは驚いてイツキを探すが、キシュリーは立ち尽くしたままやはり笑っている。 そしてその手にはどこからともなく取りだした真っ黒な「鞭」が装備されていた。 「あはん・・・・あたしから逃げられると思って?」 鞭はまるで意思のある蛇のような動きをする。キシュリーの呼吸にあわせ、妖艶に空中を舞う。 「そこぉ!」 のんびりとした口調とは裏腹に、腕の動きは素早い・・・なんてものじゃない。 イツキ以上に見えない。残像なら見える。黒いノイズが蛍光灯の光を消し、視界をぼかす。 幻のような光景に全員、ただぽかんと口をあけてみているしかなかった。 「ほらぁ!」 ぱしい、っと先ほどと同じラップ音・・・正体は彼女の放つ鞭の音だった。 「いてえ!!」 ぼと、と上からイツキが落ちる。まるでゴキブリみたいだ、と全員思った。 「なにしやが」 「あははん」 イツキと似たような垂れた瞳が、笑っているはずなのに殺気立っている。ぬらぬらと光る瞳はイツキを捕らえて放さない。蛇に睨まれた蛙のように、イツキの体が硬直した。もう逃げられない。 「どーこに行こうとしたのかなあ?いっこちゃん」 「あはははは」 イツキはただ乾いた笑い声を上げるしかなかった。 「や、やだなあ・・・・ちょっとトイレに・・・・・」 「へえ・・・・・わざわざ天井這って?」 「ははははは・・・・・・・・」 タイザーはわかった。イツキがあれほど拒んでいたわけを。思考スイッチがとたんに入った。 「・・・・ああいうお姉さんって、見てるぶんには楽しいけど、身内は嫌だね」 タイザーの言葉に全員、深く頷いた。とりあえず、早くこの街を出ないとイツキの体と心は持たないな、と何となく感じるタイザーだった。
|