2・飴と拳銃と 星の瞬きが鮮やかに浮かぶ日が続いている。 「♪ねずみがにわに」 紫紺の空に、絹のように軽やかな鼻歌。月の光と混じり、あたりは滑らかなクリームのようなまどろみが生じる。 人々のほとんどが寝静まる夜更けのはずだが、砂漠はにぎやかだった。 男たちが焚き火を中心に輪を作り、みな酒を飲んで小躍りする。よほどいいことがあったのだろう。頬を焚き火と酒で高揚させ、地鳴りのような声で笑いあう。 その輪を一歩出れば、黄色く冷たい砂がある。砂漠の風は全てを掴んで流していく、無表情のため息ように。これから起きる悲劇の中のショウのように。男たちから喜びを奪うだろう。 再び鼻歌が風と共にたうたう。男たちはまだ気付いていない。 「♪とらえろタイザー。めうしがはたけに、おいだせはやくっ」 くすくすと、笑いながら砂がささやく。月はすでに鼻歌の主を浮かび上がらせているが、男たちは一向に気づく気配はない。 「♪ねこがミルクを、いますぐとめろ!」 鼻歌が作り出したクリームの空間がはじけ、砂漠の砂が一面に舞う。 乱れる銃声。男たちのだみ声が次々とつぶれ、陽気な声は一転して苦悶の呻きへと変わる。 追い討ちをかけるように銃声は次々と訪れる。悲痛な呻きと銃声が重なるたびに黄色い煙幕が上がり、月を隠していく。 黄色く、飲み込む。全ての声を。 たった一つの声を抜かして。 「♪おやまがかじだ、にげだせみんな!ってね」 砂が炎をかき消し、少女は笑った。 Heaven? 「しまった・・・・」 イツキは懐を探り、愕然となった。昨日まであったはずの煙草がない。愛しい煙草。甘い、甘い、何よりも甘い煙草。ひしゃげた緑色の箱だけが虚しく懐に鎮座している。 煙草がない・・それだけのことだが、イツキは愕然と顔を覆った。 「・・・・そうか・・・昨日調子にのって吸い過ぎちまったようだな・・・くそ!」 適当に石をけり、あたりを見回した。後ろに街が遠く見える。まるで箱庭のように、砂漠にぽつんと丸く存在してた。 暖かい光が手招いている。しかしちょうど街から出たところだったので、今更戻るのも気が引けた。また戻ってきたのか・・そう言ってくれる相手はいないものの、戻って行っての二度手間ということを考えるとやはり気が引ける。かと言って次の街は遠く、今日は野宿する予定だった。 「畜生〜」 一面の砂漠に叫ぶ。返ってくるのは砂嵐。ささやく砂の黄色い声たちのみだ。 「あーあ・・・どうすっか・・・」 とはいえ歩くしかなく、ジャケットに手をつっこんでとぼとぼと足を進ませた。歩くたびに小さな子供が邪魔をするように砂が足元を絡みつく。履き潰れそうな靴は黒かったはずなのに、最早真っ白。イツキの脳内も真っ白だった。 特にこの辺りの砂は深く、もつれやすい。もたつく足をいちいち地面から離しては一歩を踏み出す。 次の街へは当分つかないだろう。そう思った瞬間、歩く気が失せた。 適当にぽすっと砂の上に腰を下ろす。太陽が傾きかけた空の下の砂は少し冷えていて、歩き詰めのイツキには心地よく感じた。この瞬間に煙草を吸う、最高のひと時だ。 「・・・あ」 いつものくせで懐を探ってしまうがもちろんあるはずなく、何だかどっと体が重くなった。 あれがねえと歩けねえよ・・・・・あーくそ!もう寝るぞ! イツキは自分自身に叫ぶと、煙草の代わりにブランデーをあおり、ふてた子供のように折り曲げた膝に顔をうずめた。 アルコールが駆け巡り、体は徐々に熱くなる。酒の効果は偉大だな・・・とあほなことを考えつつ、イツキはゆっくり瞳を奥へ沈めた。 甘い匂い。 甘い肌。 甘い髪。 甘い声。 甘い煙。 甘く、甘く―そして冷たく。重く。 「あなたってクリームみたいね。甘くて、甘くて。でも食べると消えちゃうの。そしてまた食べたくなる」 ―それはお前のことだろう? 黄色い砂が、「彼女」を覆い隠す。それでも声は聞こえた。 「あー!はずしちゃった・・・・うー・・しかもジャム(詰ま)ってる・・・最悪だよ、もう」 甘い声―いや、おどけた道化のように妙に明るい声がイツキの耳を刺激した。 とたんに現実に戻ってくる。どうせならもっと甘い声を聞いていたかったのだが。 「んあ・・・・・」 現と幻が混同する意識の中、イツキは顔を上げた。まだ数分しか寝てなかったのだろう。太陽はまだしぶとく空にしがみついている。 「あ、起きちゃった・・・・」 イツキは目をこすりながら声の主を探す。寝ボケて辺りはぼんやりして見えるが、本能は動いていてすでに察知している。 体が動く。考えるより早く、言葉にするより早く。それでもゆっくりと、黒い瞳は声の主を見つけた。赤い太陽の中、朧げにその輪郭を浮かびあがらせている。硬直しているのか、動く気配はない。 「・・・・・・・・」 声の主は呆然とイツキを眺めていたが、次の瞬間我が目を疑う。 彼は視界から消えた。しかし今は自分の頭の上を旋回している・・・ひどく遅く。そこだけ時間に取り残されたように。切り取られた空間を縫い、イツキは「標的」に向かう。 黄色い砂が舞い上がる。イツキは瞬きを三回ほどして、その人物を見た。 「・・・・っと?」 そこにいたのは子供だった。しかも小さな女の子。 まだ十代半ばか前半か―小さい背丈、元気にはねる茶色い髪、大きな目、低い鼻とそばかす。一瞬にして捉えた姿はどうみても「ハムスター」にしか見えない。とても敵意を向けるような存在に見えず、思わず首をかしげる。 「・・・・・迷子か?」 「まさか!」 少女は両手をイツキに掲げる。小さな手には黒い銃が、イツキを今か今かと狙っている。ブレることのない照準、躊躇のない度胸。鼻息荒く見つめる大きな瞳は「敵」を狙うのに慣れている。 イツキは面白そうに口笛を吹くと、赤いマントが砂と共に軽く舞った。まるで赤ずきんちゃんのような容貌だが、侮れないようだ。 「・・・・・へえ?」 イツキは嬉しそうに笑う。猫のようににんまりと口の端が上がった。 「ルガーP90・・・・しかも二丁とは驚いた」 「ふん!」 少女は嬉しそうに勢いよく鼻を鳴らした。それでも油断はかけらもしない。 小さな手には余るスライド部分。しかし細身のグリップは恐ろしいほど少女の手にフィットしている。まるで銃自体が彼女の「手」のようだった。 「なかなか詳しいね。盗賊の分際で・・・・」 「はあ?」 「動くな!」 前にも同じような間違えがあったよな・・・とイツキはあきれた。自分の運のなさと、煙草がない事態と、重なってしまった今日という厄日に、そして少女に。 どうして俺のような男を厄介な人物ととらえるのだろう、と内心ぼやきながら、ぼさぼさの頭をかいた。 「俺のどこを見れば盗賊に見えるわけ?」 「・・・・・・」 じーっと少女はイツキをにらむ。丸い目が細く細くゆれる。 「・・・・・・ちょっと待って」 左手の銃をマントに隠し、代わりに紙の束を取り出した。器用にも片手でばらばらばらっと紙束に目を通す。 「・・・・盗賊リスト、賞金首リストに載ってない・・・そっかそっか」 今度は右手の銃もしまい、紙束もしまった。 そしてにへらーっと明るい笑みをイツキに押し付けた。つやつやと光る頬が赤く高揚している。こうして笑うと、少女はますます幼く無害に見える。二丁拳銃を扱う人間とは思えないほどだ。 「人違いだったみたい。ごめんね!」 「おいおい・・・・」 「だって、こんなところでゆーゆーと寝てられるってデザートシーブスか図太ーい神経の人しかいないよ」 「残念だったな。俺はその図太ーい神経の方だ。・・・・・ちびた、賞金稼ぎか?」 少女はむっと頬を膨らませて仁王立ちした。 「ちびじゃないし賞金稼ぎでもない!シーフラフネスだ!」 「シーフラフネス・・・・?ああ、盗賊を襲う盗賊」 「僕をそんなばかなやつと一緒にするな〜」 小さな腕が胸の前で交差する。赤いマントが閃光のように瞬いた。 瞬間、少女の手から灼熱の砲弾が爆ぜ、砂は一瞬にして空を覆いつくした。劈く銃声が次々と嵐となって襲いくる。 「お、おい・・・・!」 少女のあまりに素早い変化に頭は焦っているが、体は冷静なものだった。手は懐を漁っている。冷たい感触目指して。少女=敵を倒さんと、エモノを探る。 黒い塊が手に当たった瞬間、イツキも引き金を引いていた。 静かに一発。爆音と共に爆ぜる。 余韻がゆっくりこだまする。遠くの空まで響きわたる音が消えかかるところで、イツキは自分が何をしたかようやく理解できた。敵は倒す、それは必然だ。だが相手は少女だ。何を焦ってしまったんだろうか― 「しまった・・・・・」 銃を握り締めたまま、少女のほうに駆け寄る。舞い上がる硝煙と砂に紛れ、少女の姿は見えない。それでもイツキはもたつく足で走った。 「おいおい、生きてるか・・・?」 「・・・・・・」 少女は立っていた。ほっと胸を撫で下ろす。 「ねえ・・・・」 少女は青ざめた頬でげんなりと口を引きつらせていた。 「は?なんだ?怪我でもしたか?」 少女は無言でイツキの後ろを指差す。もう拳銃はしまったようだ。 イツキはゆっくり後ろを向いた。後ろでも砂が盛り上がり、火を噴くように黄色く舞い上がっている。新手の敵でもいるのだろうかと考えたが敵の気配はない。人の気配もない。いるのは二人のみのはずだ。でもそこで火を噴いている。 少女の指が意味することを理解する前に、少女は怒りににも似たうめき声を上げた。 「どういうコントロールしてるんだよ・・・」 「おおう?」 「あ、ん、た、の、た、ま!こっちに撃ってきたくせに、どーして後ろに飛ぶわけ?!」 「おーう・・・・」 ぼさぼさの頭をかきまわす。そういうことか、とようやく納得できた。 「さあ?」 「・・・・・・」 少女はあきれている。イツキはただ苦笑いを浮かべた。 「どうもピストルはなあ・・・・。死ぬほど好きなんだがな。どういうわけか、この暴れ馬は懐いてくれねえ・・・」 言い訳っぽく、歯切れ悪く言って笑う。実は銃は苦手だったりした。 「ルガーブラックホーク?しかもレトロなリボルバー・・・・ばかじゃない?ノーコンのくせに、そんなでかい暴走銃使って・・・・」 「お、ルガーブラックホークってわかる?なかなか通だな、ちびた」 「撃つよ」 「やめてくれ」 イツキは降参とばかりに手を上げる。少女はもう一度あきれて、ため息をついた。 「あーあ。無駄な時間過ごしちゃったあ・・・・。もー、追いつくかなあ・・・」 「何か追ってるのか?」 「とーても大変なターゲット」 「盗賊?」 「盗賊はもちろんだけど、もっと大変なやつ。ねえ、知らない?青い鳥・・・・「ブルーヘブン」ってやつなんだけど」 イツキは懐に銃を戻し、頭をかく。 ブルーヘブンめ、仲間を増やしやがって・・・。招待したのは俺だけじゃねえのか。とんだ浮気者の鳥だ。心の中で軽く毒づく。 イツキは目をつむると、軽く頷いた。少女の顔がぱっと明るくなるのを肌で感じる。 「今あいつはどこにいるの?!」 「・・・・知らねえよ」 「そっかあ・・・って、ええ?・・・ブルーヘブンのこと、知ってる・・の?」 イツキは肩をすくめながら困ったように笑う。 「俺も探してるのさ」 「・・・ブルーヘブンの招待された一人?」 「そういうことだ。奇遇だなあ・・・・」 「・・・・・・本当・・・・」 少女はぽかんと口を開け、しばしイツキを上目に眺めていた。イツキも突然の「同志」に頭が回らない。 「あっ、そーだ」 流れ始めた沈黙を少女は破り、にんまりと年齢らしからぬ意地悪な、目のすわった笑いを浮かべる。 イツキの背中に寒いものが少し走る。風邪だと思いたい。 「よし、きーめた!」 「・・・・・・・何を」 「あんたについてく」 「やだ」 「子供みたいなこといわないでよね。いいでしょ、こんなぷりぷりの女の子連れれて」 「ガキはお前だろう?俺はガキにはたたねえよ。うちに帰れ!」 「撃つよ?」 「撃ち返すヨ?」 「ノーコン」 「・・・・・・・・・」 「付いてくね。あ、ぺろぺろキャンディーあげる」 露骨に嫌そうな顔をするイツキの口に少し砂の混じった赤と白のぐるぐる模様の飴を無理やり突っ込む。 「あ、食べたね?その飴、結構したんだから。そういうことで、付いてくからね!」 「ふぁごふぁご」 有無を言わせぬ見事な飴攻撃に、イツキは声も出せない・・もとい、口にぴったり入るサイズなので取り出せないし話せない。 なんてやつだ。 ブルーヘブン。お前は相当節操なしだな。こんな子供にも手えだしやがって。どうせならもっといい女にしておけよ! 覚えてろ、青い鳥。やっぱり焼き鳥にしてやる。 「ふぁおごーーー!」 空に叫ぶ。冷たく光る暗闇に、イツキの想いは隠れるように溶けていく。 「わーい!これで多少、ブルーヘブンに近づけた!やったあ!・・・あ、僕はタイザー。よろしくね!」 そんな思いを少女は知らず、一人砂漠に跳ねる。茶色い髪と赤いマントも元気よく跳ねた。 今日は厄日だ。というか、ここのところ女運に恵まれねえ。 これからは砂漠で野宿はやめよう、標的にされる・・・。 イツキの中で教訓が一つ増えた。 「まってろーぶるーへぶーん!」 ま、しょうがないか。 俺もこれで少しは近づけたんだろう?こいつみたいにそう思いたいぜ。 とりあえず、今日は煙草の代わりにこいつでもなめとくか・・・・。 イツキはしぶしぶ、煙草より甘ったるいぺろぺろキャンディーをなめた。
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