24・メロディー&メモリー ♪It is not cold ice that is buried in the snow. ・・・・・・・The gun that twines around blood will painfully thrust you. 歌わないでくれ。狂ったように、同じフレーズ。 歌わないで、ブルーヘブン。 そこにいるんだろ? わかってる。俺は忘れてない。 だから・・・歌わないでくれ。その声で。 眠らせないで。夢を見せないで。 覚えてる・・・全て覚えてるから・・・・だから。俺を眠らせないで。夢を、見せないで・・。 ♪It is not cold ice that is buried in the snow. ・・・・・・・The gun that twines around blood will painfully thrust you. 繰り返すフレーズ。俺の悪夢のように。思い出のように。 Heaven? 街はまだ盛んではなかった。ごく普通の、そこそこ怪しい人が闊歩する街だった。両親は早くに亡くした。俺はいまいち覚えてない。ただ、楽しい兄貴や姉貴がいたから、寂しかった思い出はない。毎日楽しかった。 「イツキちゃ〜ん!こっちにお酒、追加ね」 「いっちゃん!こっちもこっちもお」 猫なで声をする女たちは次々にイツキを呼ぶ。カウンターの向こうで、イツキはシェイカーを振りながら「今やるよ」といまいちやる気のないだらけた返事を返した。 「もっとしゃきっとした返事をしろ」 どか、とカウンターが揺れた。イツキの表情が困ったように眉毛を潜めた。でもどこか嬉しそうに。 「兄貴!」 「よ。・・・ほら、鼻の下伸ばしてないでさっさとカクテル作っちまえって」 「わーったよ」 素早い手つきでシェイカー振ると、しゃかしゃかと軽快な音を立ててリキュールが混ざり合っていく。一瞬の動作でグラスに移すとウェイターにトレーを手渡し、あごで持っていくテーブルを差した。中々生意気な姿だ。 ようやく注文が終わり、イツキはのんびりとグラスを磨き始める。気持ちいいほどグラスは透き通って輝いていた。 「兄貴、今仕事終わったのか?」 「ああ。・・・イツキ、俺はビールで」 「はいよ」 ビールをジョッキに注ぐ。泡がきれいに7対3の割合で注がれる。最もおいしいとされる入れ方で兄はイツキの入れるビールが大好きだ。誰が入れても同じだろ、と弟は苦笑したが心の底ではこそばゆくって嬉しかった。 「はい」 「おお」 イツキの兄、アキイは嬉しそうにそのビールを一気に飲んだ。喉がおいしいそうにごくごく鳴る。相変わらず豪快な飲みっぷりにイツキは笑った。 「っかー!やっぱ、仕事の後はこれだよなあ」 裾で泡を拭うと、もう一杯おかわりを注文した。 アキイはイツキとあまり似てない。垂れ目のイツキに対してアキイは頑固そうなつり気味の切れ長の目。短髪の髪が似合う豪快な男だった。イツキと並ぶと、本当に兄弟かと思うほど似てなった。イツキの姉、アキイの妹であるキシュリーが言うことに、イツキとキシュリーは母似でアキイは瓜二つで父似だそうだ。 男らしいアキイをイツキはいつも憧れと尊敬、そしてほんの少しだが妬んでいた。強くてたくましくて頼れる兄が少しだけ憎かった。 外見はなんにしても、三人兄弟は仲がいい。街でも評判だった。特に、イツキとアキイは年が離れているせいか、親子のように仲がよかった。 「イツキ。どうだ?バーでの仕事は」 「んーまあ楽しいよ。なんといても、いい女が来るわ来るわ」 にやにやしながら女たちに顔を向けると、女たちもそれに気づいて手を振った。当然、イツキも手を振り返す。 「あいっかわらずの女好きだなあ・・・・・・誰に似たんだか」 そこまで女好きではないアキイはあきれながら弟を見る。イツキは指を立てると、意味もなく胸をそらした。 「当然。りぃ姉以外に誰がいるよ」 「・・・・・まあなあ・・・・」 二杯目を半分まで一気に飲む。よほど喉が渇いていたのか、喉はおいしそうに上下して飲み込んでいく。 「・・・アキ兄、あんまり急ピッチで飲むなよ。また体壊す」 「ああ?こんなの、飲んだうちに入んねーよ。仕事も、調節しながらやってるし」 たくましく見える兄は、病気を持っていた。どんな病気かイツキは知らされていない。ただ無茶をしなければいいらしい。適度な運動やアルコールぐらいでは倒れない。現にアキイはキシュリーと同じ傭兵をしている。キシュリーはあちこち回るのに対し、アキイはこの街の悪党退治をしている。たまに現れるデザートシーブスももちろん倒していた。 そのおかげで街の人たちは三兄弟を英雄とはやし立てている。イツキは特に何もしてないのだが、二人の兄姉のために家のことを請け負っているので偉い、と言われているらしい。 アキイは一口ビールを口に含むと、嬉しそうにイツキを見上げた。笑うと二人はやはり似ている。 「今日はなあ、久しぶりにデザートシーブスを倒したぞ。おかげでほら」 じゃら、と重そうな音を立てて巾着を取り出し、机にどっしり乗せる。 「賞金も沢山だ。しばらくは食いっぱぐれないぞ」 「だな。じゃー俺、肉食いたい。肉肉〜」 「あのなあ・・・・お前、もう食べ盛りとかいう年じゃねえだろ?」 「ええ〜兄貴い」 「甘えるな!気色悪い・・・・・・」 「弟に向かって気色悪いとか言うなよ〜」 二人は声を合わせて笑った。誰が見ても二人は仲がよく、羨ましい関係だった。 「はは、そんなに肉食いたきゃ、お前も傭兵やれよ。銃とナイフ、一通り教えただろ?」 イツキはバツの悪そうな顔をしながら頬をかいた。 「んー・・・・アキ兄、知ってるだろ?俺、銃好きだけど向いてねえよ」 「だったらナイフはどうだ?なかなかいい線してるぞ」 「俺は血なまぐさいのは嫌いなんだよ。ここで、おねーさんたちに囲まれてるのが一番」 手を振ると奥から甘ったるい声が返ってきた。イツキは満足そうに笑い、グラスを置く。 「まあ・・・確かにそうだけどなあ。いざって時に身を守れるからな。一応修行はしとけよ。・・・ほら、ナイフ」 手のひらに収まるぐらい小ぶりのナイフを置く。持ち手にあるわずかな装飾は剥げているが、それは使いこんでいる証拠。刃が鈍く光り、イツキの頬を照らす。イツキはぽかんと見つめ、思わず蛍光灯にかざした。 「これ、兄貴愛用のナイフじゃん・・・・・」 「もういらないから、練習用にとっとけ」 「いいのか?・・・・サンキュ」 折りたたみ、懐に入れる。にやにやした顔がグラスに映る。やっぱり兄のことは好きな自分がここにいた。 ふ、と店内が暗くなった。 「お、歌が始まるな」 「ああ。今日から新しい歌手が来てさ」 「へえ・・・・またお前好みのいい女か?」 「さあ?俺、まだ見てないんだ」 徐々に暗くなり・・・幻影が浮かぶように舞台が赤く、白く、浮かび上がる。 ピアノが転がる。ジャズだ。 こ、と小さく足音が鳴る。枝のように細い指が真っ白に浮き彫りにされ、マイクスタンドを絡め取る。 形の良いくちびるが重たそうに開く。切望するような声。愛する人を殺しそうなほど、かすれた声。 ♪The kind which snow dropped. it will bud, if spring comes -- ・・・ ・・・ ♪Gentle snow It is my kind without killing. 流行の曲だ。イツキもアキイも聞いたことのある曲だった。 歌は決してうまいとはいえなかった。どこにでもいる街娘が唄っているだけだった。 でも吹き上がる声は、なんともいえない「音」だった。揺れるようなリズム、心地いい響き。目を瞑れば、暖かくなる。 そして。 たった今、母親を殺してきたような子供の瞳。真っ赤に濡れた瞳。覆い尽くすような黒い髪。美しい幻想でもみるように、心を惑わす。 「・・・・・きれいだな」 ぽつりと言った兄貴の声。ああ、人が恋に落ちる瞬間っていうのは本当にあるんだな、と思った。見ているこっちが恥ずかしくなるぐらい、兄貴の目は「恋する乙女」のように潤んで、頬はほんのり染まっていた。 兄貴は、歌手に恋をした。ちょっと寂しい気がしたけど、嬉しかった。 これで少しは仕事に手がつかなくなって、働きすぎることがなくなって、体がよくなるかもしれないと思ったから。 兄貴には長生きしてほしかった。兄貴は俺にとって「絶対」な存在だから。俺は、兄貴や姉貴がいるから笑ってられるから。 俺は醜い。羨ましかったんだろうか。どうしてだろうな。 どういう風に、どうやってそうなったのか、俺にはわからない。 ただ、本当に突然。俺の働くバーに兄貴は来た。 いつも通り、仕事後の汗臭い体じゃない。すっきりした顔で。服もしっかりしてて。いつもの兄貴じゃないみたいで。 その兄貴はいつも通り、カウンターに座った。 いつもと違うのは。 二人だった。兄貴と、 「紹介するよ。・・・まあ、お前は知ってると思うが」 うっとりするような甘い香りを漂わせる彼女は微笑む。 「初めまして。私はアイラシェリ。アイラでいいわ。よろしくね、弟くん」 細くやわらかい瞳は、どこまでも深い赤で。黒い髪は全てを包む。声は人を絡め取る糸のように。 「いつか、ここで唄っていた歌手だよ。お前、覚えてるか?」 もちろん、覚えてるよ。兄貴が恋焦がれた相手だ。 俺は言う。 「おめでとう、兄貴」 どうしてだろう。 俺は二人に目を合わせることができなかった。
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