26・Cigarette いっきーが撃たれてからもう一週間経ちました。 血が沢山出てとっても怖かった。死んじゃったらどうしようって、毎日泣いちゃったけど、傷はちょっとかすった程度だってお医者さんが教えてくれました。だから酷くはありません。銃の傷による熱もありません。 でもいっきーは起き上がりません。もう起きてるけど、起き上がりません。 目が覚めたのは撃たれてたった一日後。すごく元気そうに笑ってて、ちょっと怒れました。でもよかった、本当に。でもなんだか悔しいから絶対に言わないもん。 元気なのに。・・・ベットから起き上がろうとしないんです。 どうしてでしょう。・・・・・わかりません。 ただ、一日中窓の外を見ています。 今日は晴天です。久しぶりに真っ青な空を見ました。砂漠の砂で汚れてない透明な青い青い空です。 そのせいでしょうか。 いっきーの顔も青いです。 Heaven? 痛いほど空は青い。差し込む日差しは容赦なく殴りつける拳のようだった。イツキは瞼を落とすと、軽く息をついた。暖かいが、心地よさよりも痛みが走る。 「・・・・・いっきー・・・・どっか遊びに行こうよー」 イツキの横たわるベットの側で、タイザーは小さくつぶやいたが彼から反応はない。ただ、食い入るように窓の外を眺めている。ずっと。一週間、イツキは空を見続けていた。 からかってくるイツキも嫌だったが、無反応なイツキはもっと嫌だった。タイザーはくちびるを噛むと、布団をゆすった。 「いっきー。聞いてるの?」 「ん・・・・ああ」 ようやく反応を返し、髪をかきまわしながら横目でタイザーを見た。黒い瞳に覇気はなく、照り返す光もない。まるで別人のようで、タイザーはどきりとしたがなんとか飲み込んだ。 「聞いてた。・・・お前だけで行って来い」 「え〜・・・」 「俺はけが人なの」 「もう治ったってお医者さん言ってた〜」 「医者は医者。これは俺の体だぞー。俺はまだ無理だって傷口が騒いでるー」 再び窓に視線を戻し、手をぱたぱたタイザーに振った。目から再び生気が失せる。 タイザーは心配を通り越して怒りを覚えた。何があるか知らないが、それでもむっとした。少し頬を膨らまし、ルガーP90を構える。ほとんど無意識だった。 「撃つよ?」 「・・・・・・・」 「撃つよってば!」 「・・・・・・・・」 ちゃき、とわずかに銃はうめいた。しかしイツキは無反応だ。ぼんやりと外を見つめたまま動こうとしない。どうやらイツキの耳に音は入っていない。 「いっきー!!」 いつもの軽快な音と違い、タイザーの声を代弁するように少し煮え切らない声をピストルはあげた。 イツキの頭がぎぎ、と揺れた。機械じみた動きをしながらタイザーに振り向き、震えながら仁王立ちする彼女に目を上げる。 「お、お前・・・・・・」 ようやく反応したイツキはしわくちゃの服の心臓部分をさらにくしゃくしゃに押さえ、肩で呼吸する。まるで心臓発作でも起きた人のような姿にさすがのタイザーも少し動揺すた。 「驚かすな!!」 何か変な病気では、本当に傷が痛むのかと思ったが、単に驚いただけだった。ということは、本当に気づいていなかったらしい。 「撃つなら撃つって・・・ていうのもおかしいが・・・・」 「僕ちゃんと言ったよ!!」 むっとさらに頬を膨らまし、ベットに飛び乗ってイツキの頭にピストルをねじり込む。 「聞いてなかったの!?」 「あー・・・・・・」 冷たい感触が地肌に届く。きりきり、とピストルはイツキを脅す。通常なら考えれない行動だが、イツキはとうの昔になれている。 「あー・・・・・」 焦点が合わないほどタイザーは近くにいて、その表情はわからないが、「ものすごい剣幕」のオーラは嫌というほどイツキを襲っている。 全く聞いてなかったので、どう反論していいか迷う。少し悩み・・・にやりと笑った。ようやく双眼が生き生きと輝く。 「ほーらほら。あんまり近づくとおにーさん、ちゅーしちゃうぞー」 「っな・・・・・・」 冷たい感触が消える。瞬間移動かと思うほどタイザーは素早く身を引いた。 効果あり、とイツキはいやらしくにやにや笑う。 「ほ〜・・その反応、やっぱり処女だなー。ちゅーもないのかあ?」 「う・・・・・・」 じりじりと近寄るイツキ。じりじりと身を引くタイザー。 「かわいそうになー」 「う、うるさい!!ぼ、僕だって・・・・」 「僕だって?」 「僕だって・・・・・一つや・・・・二つ・・・」 「えー?聞こえなーい」 タイザーの代わりにルガーP90が吼える。まるでご主人様を守ろうとする番犬のように。 「うるさい!僕だってキスの一つや二つ、あるもん!できるもん!」 「ほー?」 それでもイツキはにやにや見ている。タイザーははちきれそうなほど頬を赤らめながらもイツキを睨んだ。 「じゃあ、試してみろよ」 にやついた顔を近寄せると、タイザーはその倍以上引き下がった。 「ぼ、僕はいっきーみたいに安売りしないの!いっきーの変態!知らない!」 そのまま後ろに引くと、タイザーは勢いよく部屋から出て行った。かたん、かたんと扉の余韻が残る。 「ああ〜ら。元気がいいわねえ、タイザーちゃんは」 タイザーと入れ違いに、キシュリーが入ってくる。相変わらずうっとりとした目をタイザーに向け、にやにやしている。 「それにくらべ」 目つきががらっと180度変わった。軽く鼻で息をつくと、扉を閉めてイツキのベットに近寄る。 「ばかねえ・・・・・あたしなんかかばって」 「あのなあ・・・助けた恩人に向かってその台詞はねえだろ・・・・」 「恩人だろうとなんだろうとばかはばかよ。・・・・あんたはあたしより弱いんだから・・・もしものことがあったらどうするの・・・」 「さーね。ばかにはわかんねーよ。無事なんだからいいじゃねえか」 露骨に嫌がり口をゆがめると、ぼす、と後ろに倒れて寝転がった。 「さ・・・・ほら。いっこちゃん。タイザーちゃんと遊びに行ってきたらあ?」 「冗談。俺はけが人だぞ」 「嘘。もう治ってるわあ」 針のように細い指をイツキのわき腹にそっと乗せる。イツキはこれといって何の反応もせず、窓の外を見た。痛みはない。 「・・・・・・ねえ」 青い沈黙。空が止まる。先ほどまで優雅に流れていた雲も止まった。 「・・・・煙草、吸わないのお?あれだけヘビースモーカーだったあんたが」 「・・・・煙草切らしてるんだよ」 「あるわよ〜」 ぽん、とイツキの腹の上に手を乗せる。緑色の真新しい箱。ほのかに甘い香りを漂わせている。 「・・・・・・・」 イツキは見慣れた煙草の箱を掴み、キシュリーに押し返した。甘い香りだけが行きかいする。 キシュリーは受け取ると、一変して今にも溢れそうなほど泣きそうな顔になった。ぐっとくちびるを噛み、ベットシーツを握り締めた。わかってしまったのだ。弟がどんな状況なのかを。 「・・・いつからなの・・・・・・一体、いつから・・・・・」 イツキは無言でへらっと笑った。自分自身も気づいている。だからこそ笑うのだ。 「どうして!どうして・・・・・あんたまで・・・・・」 くしゃくしゃになったシーツからうっすら、赤いものが混じる。キシュリーの悔しさと悲しみが混じった、血。今彼女がどんな思いでいるか、弟はわかっている。でもどうすることもできない。 「やめろよ」 イツキはそっとキシュリーの手に触れる。ふわ、とシーツが解放され、キシュリーはうなだれた。伏せた顔はどんな表情で苦しんでいるのかわからない。まだ泣いていないが、つついてしまえばすぐに崩れてしまいそうだ。 「帰ってきたとき・・・・・あんたの顔・・・顔色・・・・悪くて・・・」 「さっすが姉弟。俺の顔色、そんなにわかるぐらい変わるほうじゃねえのに」 姉と対照的に、弟はからっと明るい声を出した。返って不気味だった。 「ねえ・・・・いつ?・・・・いつから煙草吸ってないの?いつから具合悪いの・・・?まさかあんたまで・・・?」 一瞬だけ、風が吹いた。 それは二人にとって懐かしいような風だった。暖かい、大きな存在。少し前までは隣にいた家族の姿。 「ねえ・・・ねえ・・・なんとかいいなさいよ・・・・。あんたまで・・・あんたまで兄さんと同じ病気じゃないでしょうね・・・?ねえ!?」 イツキは目を瞑る。笑みは消えてしまった。もう出すことはできない。でも体内は穏やかだ。わからない。 「さあな・・・・・」 「あんたも」 キシュリーはやはり必死に涙をこらえていた。垂れた目がくしゃくしゃにしわより、どうしていいかわからないように頬を痙攣させている。 「あんたも・・・・兄さんのように・・・・アキイ兄さんのように、からからに干からびて死ぬの・・・?」 全てを吸われた様に、干からびていった二人の兄。 幸せそうに眠る。痛みも苦しみもないように。 「・・・・おいおい、まだ発病かどうかもわかんねえよ。医者に見せてないし」 「でも、感じてるんでしょ?五日・・・いえ、三日か二日に一回は吐いてるでんじゃない・・・?煙草も不味いでしょ?・・・・兄さんが言ってた。酒が不味いって。好きなものがどんどん、不味くなるって・・・」 「・・・・・・・・・」 イツキはキシュリーに背を向けるように転がった。 「・・・・言ったでしょう?やっぱり、あんたはもう無理よ」 「・・・・・・・・・」 「もう、旅はおしまい。お願いだからあたしの言う通りにしてちょうだい。・・・・起きたら、病院行くのよ。・・・・単に疲れてるだけかもしれないから・・・・。検査だけでも、ね」 キシュリーは立ち上がると、音もなく出て行った。気丈な姉は今頃泣いているかもしれない。 イツキは一人、ぼーっと外を眺める。ブルーヘブンの溶け込んでいるように青い空。 「・・・・・・・・・」 目を瞑る。何も考えれなかった。考えるものも、ことも思い浮かばない。 ただ、兄の笑みが浮かぶだけだった。・・・まだ夢から覚めない子供のように。 「・・・・・・・・・」 元気だ。 ようやく思い浮かんだ言葉。 なぜだか泣けてきた。涙は出なかったが、喉が焼け付くように重たく熱を帯びる。 胸を支配するのは、どの感情だろうか。 はちきれそうな胸を抑え、イツキは再び眠った。 どれくらい寝たのだろうか。青い世界は停止したままのように、空々しく笑っている。太陽は相変わらずさんさんと部屋に降り注いでいた。そんなに時間は経っていないのだろうか。 「いっきー」 目を開けると、タイザーがちょこんとベットの側に座っていた。彼女は心配そうにくちびるをへの字に曲げて、大きな瞳を伏せている。さっきまでの元気はどこにいったのか、小さな肩がさらに縮んでいる。 「・・・・・・なんだ?」 イツキは少し息を吐くと、腕を額に乗せて瞬きを二、三回繰り返した。何となく熱っぽい。 「遊びに行ったんじゃねえのかよ」 タイザーは無言で首を振る。 「・・・・・・いっきー」 タイザーの声は震えていた。細くて折れてしまいそうな腕も、小刻みに震えている。 イツキはその姿勢のまま、もう一度息をついた。今日はどうも人の心が読めるらしい。タイザーは知ってしまったのだ。自分の様子に。 「俺たちの話、聞いてたのか・・・・・」 どうしようもなくやるせない思いが静寂という重さに拍車をかける。タイザーはシーツにしがみつき、ゆっくりイツキを見上げた。まだ泣かない。 「・・・いっきー・・・いっきー、病気なの・・・?ずっと・・・・病気だったの・・・?」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・もう、旅・・・・・ブルーヘブンは探せないの・・・?」 イツキは答えれない。黙って小さな声を聞く。彼女の声は哀れ過ぎて口を塞ぎたくなる。 「ここで、おしまい?」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・いっきー・・・・・・」 くちびるが戦慄いている。必死に何かをこらえようとするが、止まらない。 言ってはいけない。話してはいけない。ぶつけてはいけない。 言ったら、全てつぶしてしまいそうだから。言葉には魔力があるから、言ってはいけない。言ってしまったら、それは本当になりそうだから。 でも、聞かなければならない。タイザーは見開き、イツキにすがった。 「いっきー・・・・・死んじゃうの・・・・?」 タイザーの目から丸く、水晶のような涙が零れ落ちた。イツキは掬い取るように、涙を指に伝わせる。 「ばーか言うんじゃねえよ」 イツキは起き上がり、いつもと変わらないへらへらした笑いを浮かべる。そして俯くタイザーの頭に手を軽く乗せた。 「そうそう死ぬかって」 「でも、お姉さんが・・・・・・」 「あー、あれは、・・・・俺の兄貴のことを言ってたんだ・・・・・前に少し言っただろ?俺に兄貴がいるって。・・・兄貴はな・・・」 僕はその日、いっきーのお兄さんのことを聞きました。 病気で死んだそうです。だから気にしてるだけって言ってました。安心しろって、笑いました。 でも。 でも。 でも・・・・・・ 僕は知ってました。 いっきーが煙草を吸わなくなったのを。 それは、どうしようもない事実です。
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