29・眠りと目覚め 乾いた砂漠の砂粒のように、弾丸は虚空を飛び交う。崩れそうな砂山に小さな人影。太陽に照らされ、つやつやと輝く。 「どーだ!」 それとは対照的に、這い蹲うように人々が折りたたまれている。まるで地獄の釜の中のように。呻きながら砂に還っていく。 「僕に敵うと思ったかー!」 下に落ちた者は動かず、苦しげに上を見上げる。まだ幼い顔が得意げに鼻を鳴らし、銃口を突き付けている。赤いマントがさわやかに揺れ、少女は満面の笑みを浮かべた。 「久々の盗賊倒し!しゅーりょうっ」 ぱんぱん、と乾いた拍手が小さく響いた。 「はい、お見事・・・・・」 「へっへー」 少女は再びVサインを送った。 Heaven? うきうきと鼻歌まじりにタイザーは体をゆすり、徐に懐からピンク色の巾着を取り出した。ずっしりとした感覚に期待膨らむ。一体どれだけもらったはまだ確認していない。 逆さにすると、きらめく硬貨がざらざらと零れ落ちた。同時に二人から歓声が上がった。 「おお〜すごーい!これで当分、宿には苦労しないね!」 「ああ、そうだな」 二人は山積みの金を覗き込んでほう、とため息をつく。ここのところデザートシーブスに出会っていなかったため、貧困たる生活を送っていた。しかしそれも今日でおさらばだ。夕飯はハンバーグだけでなくスープにライスも付けれそうだ。 「久々にデザートシーブス狩ったね。あれ、結構大きな集団だったみたいだよ」 「ほー、そうなのか」 間伸びた呑気な返事を曖昧に返しながら、こっそり数枚の硬貨を着服する。それを見逃すタイザーではない。 「で?いっきー、何やってるの?」 「え?」 ごそごそとポケットに金を入れていく。タイザーが見てるからといってやめるイツキでもない。 「それ、僕の稼いだお金だよ?」 イツキは乾いた笑いを浮かべながら、「まあいいじゃねえか」とタイザーの肩を叩いた。タイザーはその手をはたき落とし、きつくイツキを睨んだ。 「よくないよ!」 「でも、それで俺の飯と宿代だしてるんだろ?ならいいじゃねえか。おんなじ、おんなじ」 「違うよ!お金は僕が管理するの!支払う時も僕がするの!じゃないと、いっきーまた女の人連れ込むもん」 「いいじゃねえか、と毎回言ってるだろ?女の一人や二人」 「よくなーい!」 ヒステリックに叫ぶと、ポケットに入れられた硬貨を無理やり取り出す。いつの間に入れたのだろうか、大分入っていた。 「とにかく、これは僕が管理するからね!」 「へいへい・・・・」 へらへらと引きつり笑いを浮かべながら両手を振る。相変わらず彼女には勝てない。 だがよかった。タイザーはすっかり元の調子に戻っていた。落ち込むことも、泣くことも、今のところない。 イツキも同じだった。苦しくも痛くもない。ただ、何かがうずくだけ。 いつも通り、二人はじゃれあう猫のように笑いあう。 「ねー、この後どうしよう?ご飯までまだ時間があるよ?」 外はまだ日がさんさんと照りつけていた。二人が宿を取ったのは昼を過ぎてから、昼食を食べた後だった。こうしてしゃべっていても、まだおやつの時間になる少し前だろう。時間がたくさんあった。こんなにも時間のことを考えるのは初めてかもしれない、とイツキは後頭部に手をあてた。 「そうだな・・・・・」 ぼさぼさの髪をかき回し、ぼーっとまぶしさに目を細めながら外を見る。少し風があるのか、砂が細かくきらめていていた。 「そうだなあ・・・・・」 タイザーはじっとイツキを見る。日差しが強いせいか、陰影が深かった。 のんびり外を見る姿は、空に溶けそうだった。細めた目が、閉じてしまわないようにただ見つめる。 「んあ?」 気づいたのか、イツキは眠そうな目でタイザーに振り向いた。とたんに陰りは消え、いつもの気だるい顔が戻る。 「んーん」 首を横に振り、もう一度「どうする?」と訊ねた。 「特別、やることねえように思うな・・・・」 「そだね・・・」 二人は同時に腕を組んでうなるりながら考え始めた。だがイツキはどこか遠いところを見ていた。今日のことは考えることが難しかった。 ブルーヘブン。謎の鳥。 いろいろなものを引き合わせる、青い鳥のことが浮かぶ。どうやっても、そればかりが浮かぶ。 「じゃあさ」 タイザーはゆっくり腕を解いてふ、とイツキを見る。 「ん?」 「遊びに行きたい!僕、買い物行きたい!」 「買い物〜?」 露骨に口を曲げ、げんなりとタイザーを見下ろす。しかし彼女はさも名案と言わんばかりに高揚と頬を輝かせている。ぴょこぴょこと飛び跳ねる姿が幼かった。 「うん!買い物だよ!僕ね、僕ね、僕・・・・」 「僕?」 「何でもいいや。何でもいいから、何か買いたいな。早く行こう!」 イツキの腕をしっかり両手で掴むと、ぐいぐいと体重をかけながら引っ張っていく。 「おいおいおい・・・・・」 ふらふらしながら、引きずられる。タイザーはそのまま止まらず、二人はよろけながら部屋を出た。 昼間という時間帯であるせいか、外はにぎわっていた。洋服を物色している者、夕飯の材料を買っている者。旅人であろう、飲み物を買いこんでいる者。楽しげな大声と金貨の音が混じり合い、活気があった。見ているこちらまで元気になってくるから不思議だが。 「買い物、ねえ・・・・・」 数多くの店があるにもかかわらず、二人が来たのはある駄菓子屋だった。 「女の買い物っつーと、服とか化粧品とかだろ?」 やっぱりガキだなーと肩をすくめながらため息をついた。 「いいの!」 勢いよく振り返り、ぎ、と強くイツキをにらむ。イツキはもう一度同じように肩をすくめた。やはりタイザーは中身も幼い。 「どれにしようかなー」 宝石のように色とりどりのキャンディーやガム、よくわからない食べ物からビー玉のようなちょっとした雑貨が所狭しとビンヅメにされて置いてある。太陽の光をほのかに浴び、万華鏡のように七色にきらめく。 「やっぱりいちごキャンディーかなあ・・・・・」 タイザーは嬉しそうにいつも食べているぺろぺろキャンディーを物色していく。自分の顔と同じぐらいあるギャンディーをぺろりと平らげる芸はすごいが、よくも飽きないもんだとイツキは息をついた。 「こっちのも捨てがたいなあ・・・・」 その後姿をイツキはのんびり見つつ、懐かしい駄菓子を眺める。幼いころはあまりお金がなかったので買えないことが多かったが、たまに兄と姉は買ってきてくれた。生活のために、自分のために傭兵になってくれた二人。感謝の気持ちが砂と共に届けばいいと何度願ったか。 「いっきーどれがいい?」 年齢の割りに幼い笑みが振り返る。太陽のようだった。心が晴れ渡る。イツキはうっすら笑い、「どれでも」とつぶやく。答えが不満だったのか、タイザーはくちびるをとがらせる。 「優柔不断〜」 「そりゃお前だろ・・・・。俺に聞くなって。それにキャンディーは食わないからいい」 「参考までに聞いたの!・・・・・おばさーん」 手を高く伸ばし、ぶんぶん振ると奥から腰の曲がった中年女性が顔を出した。やせていてしわが多かったが、どことなく柔らかい雰囲気があった。 「このいちごと、メロンと、ブドウと、あと・・・この青いのと、ミルクのと・・・・」 「そんなに買うのかよ」 「買うの!」 中年女性はしわの多い顔にさらにしわを寄せ、嬉しそうに袋にキャンディーを詰めた。 「はい」 「ありがと」 懐からもらいたての硬貨を手渡し、また大きく手を振ってイツキの元に戻ってきた。 「はい」 「んあ?」 「これ。いっきーの分だよ」 緑と白の渦をまいたぺろぺろキャンディーを手渡す。 「僕はこれ」 一番のお気に入り、赤とピンクのキャンディーをくわえる。残りのキャンディーをポーチに入れると、口から離して手に持ち直した。 「俺、別にいらないんですけど・・・・」 「いーの。・・・・・・・煙草の代わりには、なるよ」 「あ?」 「ううん」 小さく首を振り、あむあむとキャンディーにかじりついた。おいしいのか、目が微笑んでいる。 「まあ、ありがとう」 イツキも食べようとしたが、どうしていいかわからなかった。苦笑しながらとりあえず同じようにかじりついてみた。子供でもないのに、キャンディーを食べる日が来るとは思わなかった。 「メロン?」 「うん」 「嘘くせー・・・・・・」 どう味わっても、メロンの味はしなかった。ただ甘ったるい、偽者の味がした。砂糖でも、はちみつでもない、眠くなるような味だった。 二人は無言で食べながらさらに通りを進んだ。繁華街を過ぎると大分人がいなくなり、とたんに静けさが耳に膜を張る。仕事でいないのか、家の中から声はしなかった。 「なんだかやることないねー」 かり、と小さくかじる音が響く。まるで小動物が食べてみるみたいにこりこりと音が続く。 「あー・・・・そうだなあ」 イツキは口から離し、くちびるの周りをなめた。やはり甘い。 「あ!」 にや、とタイザーはイツキを見て笑う。 「いっきーの口きもーい!緑だよ〜」 「はあ?」 「キャンディーの色が移ったんだよ」 「げ」 急いで袖で口元を拭く。甘い香りばかりが充満し、袖に砂糖がついた。取れただろうかと彼女に確認しようとしたが、タイザーはにやにや笑っていた。まだ付いてるらしい。 「無駄だよ。あとね、舌にも付いてるよ。僕も赤い?」 べ、と舌を出す。まるで別の生き物のようにぬらぬらと赤く光っている。 「あー、真っ赤真っ赤」 「いっきーは?」 イツキも少しだけ舌を出すと、タイザーは嬉しそうに笑った。 「いっきーは緑〜!きもーい」 「きもいとか言うな」 「きもい〜」 「お前の赤も相当気持ち悪りいぞ」 「でも舌は元々赤いもん〜」 「まあ、それもそうだが・・・・・」 困ったように苦笑し、頬を少しかいた。これだから子供には勝てない。 「あ、こっちに露天街があるよ!行こうよ〜」 タイザーはまた腕を引っ張り、イツキはふらふらと付いていった。日はまだ高かった。 太陽はすっかり落ち、二人は夕食をのんびり食べて宿に戻った。お望みどおり、ハンバーグにポテトやサラダやスープを付けれたが、イツキはあまり食べなかった。その代りタイザーがぺろりと完食し、満足そうに笑った。 「なんだか久々に遊んだ気がする」 「そうかあ?」 「そうだよ!」 二人は階段を上がり、自分たちの部屋に向かう。客は少ないらしく、声は聞こえないし使用している雰囲気もない。 「さ、風呂でも入るかなー。・・・・じゃあな」 「・・・・・うん、おやすみ」 「おやすみ」 二人は別々の部屋に入り、同時に扉を閉めた。少し遅れて隣の部屋がぱたんと閉まった。 部屋に一人、イツキはぼーっとベットに腰掛けた。一人になったとたんに青い鳥が瞼に浮かぶ。 何もない。全てが嘘のように、静かだった。ざわめく体内は異様なまでに穏やかだった。 「・・・・・さて」 ゆっくり腰をあげ、風呂場へ向かう。案の定、この宿は空いていた。風呂場は誰も使用しておらず、一人で堪能できそうだった。イツキはボタンを面倒そうにだらだらはずすし、丸めてかごに放り込む。 「・・・・・・・・・」 古ぼけたかすんだ鏡に自分の姿が映る。白熱灯は切れそうなのか、体は貧相に見えた。 ぺたぺたと自分の胸や腹を触る。その間抜けな姿は、もちろん虚ろな鏡にも映る。 「・・・・・少し痩せたか?」 イツキの胸と腹の間に、うっすら肋骨の影が映っている。触ってもぼこぼこしてて、骨ばっていた。もともと筋力がないほっそりした体つきなので、気のせいかもしれない。 「・・・・・・ま、いっか」 ぺし、と腹を叩くと、いそいそと風呂に入った。少しぬるかったので長く入った。 夜は急速に過ぎていく。気がつくと、月が青白く光を湛え、人々を安眠へと誘おうとしてた。 少し湯冷めした体を横向け、イツキは暗い木の壁の目をじっと見つめた。 眠るのが怖い。だが暗闇も怖い。 濡れた髪が冷たく額をぬらす。目を瞑れば赤い毛細血管が危険信号のように点滅する。 自分の体の調子はわからなかった。これといって、自分の兄アキイのような症状は出ていない。 ただ煙草が吸えない。眠れない。 ため息を長くつき、天井を見上げた。暗くて何も見えなかった。 どれくらいぼんやりしていただろうか。耳にかすかなノック音が届いた。こんな夜更けに、と気のせいかと思ったが違うようだ。何度も何度もノックは聞こえた。 「いっきー」 返事を返す前に、か細いタイザーの声が扉の向こうからわずかに耳に届いた。イツキはゆっくり上体を起こすと、タイザーは入ってきた。ちまちまと小さな動きで、音を立てないようにゆっくり閉めて近寄った。 「タイザー?何だどうした・・・・・・・ほほう」 イツキはタイザーに向いてにやにや笑う。暗がりでもタイザーの表情ははっきりわかる。むっと眉間にしわよせ、上目にイツキを睨んでいるがイツキは続けた。 「夜這いか?」 「いっきーじゃないんだから!」 自分の部屋から持ってきたのか、枕を思い切り投げつける。それは見事イツキに当たり、イツキは痛そうに顔面を押さえた。 「そんなんじゃないもん!」 いつも通りヒステリックに怒ると、イツキの眠る布団を素早くめくった。 「タイザーちゃん?言ってることとやってることが違うんですけど?」 「違うくないもん!」 そのまま華奢な体が滑り込み、枕を自分の頭が来るようにちょうどよく整える。うまく枕を設置し、思い切り頭を倒す。羽毛の匂いがむあ、と立ち上がった。 タイザーは枕より小さな背中をイツキに向け、布団をかぶる。あまりに素早い動作にイツキはぽかんと口を開けた。何をしたいのかさっぱりわからない。 「よくわかんねえんだけど・・・」 「・・・・・僕、今日からいっきーと寝る」 「は?」 「・・・・宿代が勿体無いの!」 タイザーは振り返らずに台詞を続ける。声は怒っている。なぜかはやはりわからない。 「だから一緒に寝る。そう決めたの」 「おいおい。金ならたんまりあるって・・・・・」 タイザーは何も言わない、返さない。頑なに枕にしがみついた。 タイザーの行動はよくわからなかったが、思っていることは何となく見当がついた。恐らく・・・自分とは違う意味で恐ろしいのだろう。何が起こるともわからないことが、見えないことが恐ろしいのだろう。 イツキはため息をつき、同じように背中を向けて寝転がる。布団の中はあったまっていた。 「・・・・はあ、まあ、好きなようにしろ」 「こっち、向かないでね」 「へいへい」 「変なことしたら怒るからね!」 「変なこと?」 もそもそと布団が動く。 「これも変なことに入るか?」 「!!」 イツキは小さな体を後ろから抱きしめる。同時にぶわ、と布団が舞った。 「・・・・・撃つよ?」 「お前・・・・・寝る時も装備してるのかよ・・・」 「当たり前だよ」 「シーフラフネスの鏡だな・・ったく、降参だ降参。心配しなくてガキは襲わねえよ。ほら、寝るぞ」 「もう」 安全装置を入れると、そのまま懐にしまった。 二人はもぞもぞ布団を整えながらかぶり、背を向け合う。 「おやすみ」 「おやすみ」 同時に言うと、ゆっくり瞼を閉じた。じんわりとお互いのぬくもりが伝わる。確かめるように。 眠るのが怖い? 違うよ。僕は目覚めるのが怖い。 朝、それが来て。いっきーは眠ったまま。 そうなってしまわないように。 ただ不安で だから。 だから・・・・。 暖かさを感じつつ、二人はゆっくり眠りへ転げ落ちていった。
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