3・雨のように拳銃を

 青い鳥、ブルーヘブン。
 迷い人を招待し、追い求めるものを笑う。
 あざけるように空を飛び、頬に降る涙のように羽を落とす。
 ある時は空に溶け。またある時は声を紡ぐ。
 鳥は言う。

「早くおいで」

 青い空でただ一人、孤独に笑い、誘い出す。
「早くおいで。馬鹿な人たち」




          Heaven?


「いっきー」

 砂漠の真ん中は何もない。砂塵が吹き荒れ、群青の空がどこまでも遠くまで続いていく。砂のさざ波だけが音となり、耳に残る。二人はとぼとぼ、黄色の砂に埋もれるようにもつれる足と格闘しながら、ひたすら真っ直ぐ突き進む。目印などどこにもないが、足を運ばせる他ない。

「いっきーってば」
「・・・・は?」

 言われて、イツキは素っ頓狂な裏返った声をタイザーに向けた。くわえた煙草が落ちかけ、イツキは急いで落下をとめた。火がついている部分を触らなかったのは幸いだった。

「はあ?何やってるの」

 慌てるイツキを白い目でタイザーは斜に見上げる。彼女の方が大分小さいので、かなり上に顔を上げていた。

「別にいいだろ・・・・。・・・ところで、いっきーというのは俺のことか?」
「もう、他に誰がいるんだよ。こんな荒野の真ん中に」

 この場に二人以外存在しない。黄色い粉に包まれて、空の存在、太陽の位置すら曖昧になっている。植物だってない。
 イツキはもちろんわかっているが、それでもつい言いたくなってしまう。聞きなれない単語にもほどがある。

「おいおい。俺はイツキだ、と言ったはずだが」
「そんなの知ってるし、ちゃんと覚えてるよ。でも言いにくいもん。それにイツキ、なんて言うよりいっきーの方が言いやすいし、かわいいでしょ」
「あ、あのなあ・・・・人の名前をなんて呼ばわりかよ・・・」

 苦笑いを浮かべながら煙を吐く。タイザーはけろんとした顔をしつつ、赤いマントを揺らした。

「いいでしょ。うるさいと撃つよ?」

 いつの間にか手に持ったルガーP90の銃口をイツキに向けている。細腕でもしっかりと構えていた。黒く、深い穴はいつ吼えようかとにんまり笑っているように見える・・・舌舐めずりする獣も同然だ。

 イツキは笑顔を崩さないまま、両手を軽くひらひらと挙げた。冗談だと思うのだが、どうにも躊躇なさそうで恐ろしい。無言で流れる冷汗という本能が彼女のどことない恐ろしさを物語っているようだった。

「まったくもー。硬いんだからぁ〜」

 降服するイツキに満足したのか、タイザーは手早くくるりと銃を返すとマントにすっと戻した。イツキも両手を元のようにだらりと下に下ろし、煙草をつまんで煙を吐き出す。甘い煙草は最初の二口が格別にうまい。

「で、いっきーはさ、ブルーヘブンの居場所、目星ついてるの?」
「全く?」ぱくりと煙草をくわえる。

 あまりに素早い返答にタイザーはむっと頬を膨らました。小さなくちびるがへの字を書く。

「ちょっと、なんだよそれ!何もわかってないでこっちに行ってるの?」
「そうだけど?」
「・・・・・・撃つよ?」
「どーしてそうなるんだ!」

 銃口がぴったりイツキの姿と重なり、イツキは急いで彼女にに振り向き睨みつけた。しかしもともとの垂目がよくないのか、いまいち迫力に欠けている。どう見ても、三下マフィアのチンピラ程度の威力しかない・・・いや、それにすら届かないだろう。

 タイザーはもちろんひるまず、引き金をいじった。ちゃき、と銃たちが微笑む。イツキの睨みよりも威力は強い。イツキの睨みつけはものの三秒でくじけた。

「おいおいおい!俺はお前にとやかく言われる筋合いはねーぞ!お前だって何も言わずについてきただろー!?」
「とやかく言うよっ。僕だってブルーヘブンを探してるもん!」
「そりゃそうだが・・・・だからって、文句言うな。それに俺と一緒に行動する意味はねえだろ」

 お互い一歩も引かず、吼えあう。銃がある分、イツキの方が引け越しだがガキに負けるわけにはいかない。タイザーも負けるかと精一杯背伸びして銃を振りまわす。

「何だよ何だよ!意味オオアリだよっ。だって、よく考えてよ」
「その前に銃口を下ろしてくれるとありがたいね」

 タイザーは軽く舌打つと、二丁取り出したうちの一丁をマントの置くに潜めた。威力は格段に下がったかもしれないが、威嚇レベルは高いままだ。一歩間違えれば蜂の巣には違いない。

 タイザーは空いた人差し指でぴ、っと上を示し、さも偉そうに言う。

「・・・・・よく考えてよ。―ブルーヘブンは「鳥」だから小さいでしょ?そうなると、砂漠中を探し回らなきゃいけない。この物騒な世の中、砂漠の中をか弱い僕は進むのが大変。なら一緒に探してくれる人が必要でしょ?」

 か弱い?

 そこにつっこみを入れたいイツキだったが、銃口がじっと見つめているのでやめておいた。

「そこら辺の傭兵とかでもいいんだけど、なるべくなら事情を知ってる人の方がいいでしょ?だからだよ」
「まあ、一人よりも二人の方が倍率的には上がるがなあ・・・・」
「ね〜?だから、いいでしょお〜一緒に探そうよお〜」
「・・・・・・」

 本当に今更なことだったが、甘ったるい声でイツキに媚びた。しなを作ったところでどうやっても子供にしか見えず、イツキは嫌そうにタイザーを見下ろすしかできない。それに銃を持った女が媚びるという状態にどうやって鼻の下を伸ばせばいいんだ、と内心ぼやきつつ、フィルター近くまで迫っている煙草をぷっと吐き捨てた。砂粒が酸素を奪い、火は即座に消えた。

 ため息を一つ。イツキは頭をかいた。

「だがなあ・・・。ブルーヘブンは一羽だぞ?俺たちに両方がって訳には・・・・」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」

 ふっと、タイザーは顔を伏せる。先ほどまでらんらんと輝いていた銃も目をそらし、とたんに覇気が消えた。おや、とイツキは目を点にして彼女を見る。

 二人の間に細かい砂が過る。ささやきながら転がり、沈黙を誘う。

 しばしの間を置き、彼女はぽつりと言葉を漏らした。


「・・・・・寂しいの」


 幻聴かと思うほど小さな声で彼女は言う。

「・・・・・は?」

 一体何が・・・同情に似た感情が表に出そうになる前に、再び銃口が視界に現れた。ついでにもう一つのルガーP90も顔を出す。


「―・・・・ねずみがにわに」

「は?」

 条件反射のように体をそらすイツキをよそに、小さなくちびるが歌を紡ぐ。

「とらえろタイザー。♪めうしがはたけに」
「は??何だよ、急に・・・・」

 訳のわからぬタイザーをイツキは目を丸くして眺める。彼女はすぐ目の前にいるのに届かない。見えない外壁でもあるようだ。手を伸ばしても触れることのない、ガラスの向こうにいる。

 タイザーは凛と顔を上げた。少女の表情は消え失せ、銃と同調した、獣の顔と変貌する。

「おいだせはやくっ!!」

 叫び、再び表情が変化した。おもちゃを与えられた子供のように、喜々とした言動にイツキはひたすら動けない。

 次の瞬間、砂塵が視界を覆いつくした。二丁拳銃が嬉しそうにはしゃいでどこかに行くのがかすかに見える。

「おい!待てよっ」

 タイザーはイツキを置いて砂漠をすべり、どこかへ駆けていく。

「おいってば!」

 イツキの声を無視し、タイザーは砂に混じり、軽やかに走る。

「なんなんだ・・・・?あいつは・・・・」

 伸びっぱなしのぼさぼさの頭をかきむしり、タイザーの行った方向を眺める。黄色い砂をまとってかける姿は磨きがかかってさらに小さく見えた。

 ふと思い出したように、とある考えが浮かぶ。最善の策だ。

「・・・・お、チャンスか」

 ぱっと頭から手を離し、大きく瞬きを一回した。

 あのガキからいなくなったんだ・・・・今、ここで俺を見失ってもわけねえよな・・・。

 どさくさにまぎれて、タイザーから離脱する方法にうんうん、と一人頷き、あごをさする。我ながらさりげない演出だ。


 パウン!


 砂よりも乾いた音が鳴り響く。

 一呼吸置いたのちにもう一拍の銃声と、荒い息遣いが手に取ってわかる乱れ打ち。カラスの大合唱のように、銃声が轟きはじめる。ちょうどタイザーが行ってしまった方角だ。

「・・・・・何なんだ・・・・?」

 砂のモザイクでそこがどうなっているかは全く見えない。

 イツキは無言で頭をもう一度かきむしると、そっと懐にしまってあるルガーブラックホークに触れた。滑らかな質感が無表情に冷たさを伝える。

「・・・・・・・・」

 甘い甘い、女の匂いがグリップにしみこんでいる気がした。なだらかな肌、思い起こされる「ブルーヘブン」と「記憶」。

 溶ける。アイスクリームのように。

 何かを追いかけなくては、追いかけなければ過ごせない日々。

 後悔と虚しさ、青い鳥。誘う鳥はイツキの奥を深くえぐり、誘い出す。

 もしこの思いをタイザーも持っているとしたら。だからこそ「招待」されたというのであれば。ぽつりとこぼれた台詞、それが本心でイツキにくっついてきたとしたら。

 ありとあらゆる記憶と感情が入り混じり、汚いマーブル模様を心に浮かび上がらせる。

 イツキは自分自身に舌打ちした。結局、甘いのは自分だ。


「・・・・・くそ!俺は恨むからな・・・っ」

 ルガーブラックホークを取り出し、イツキは急いですべり、駆けていった。その間にも銃声は群青の空を塗りつぶしていく。







 なんて激しい攻防戦。ダンスをしている暇もない。リズムなんて刻めない、転げて笑う余裕もない。ちらりと光る汗だけが自由に空を舞う。熱い銃弾が再び頬をかすめたが、髪すら解けない。

 それでもタイザーは嬉しそうに笑っていた。

 相手はデザートシーブス・・・・所謂、盗賊。二人。

 こちらはタイザーと相棒の拳銃たち。

 やや不利だが、デザートシーブスたちの腕はあまり正確ではない。乱れ打たれる銃弾はタイザーに届きもしない。正確さと威力を考えれば、タイザーの方が有利だ。

「(自称)百戦錬磨の僕にかなうと思うなよ〜」

 ぺろりと乾燥したくちびるをなめ、山になった砂山の陰に隠れる。

 呼吸を整える。少しははしゃぎすぎた。酸っぱい唾液と砂が混じり、喉の奥でじゃりじゃりと唸っている。不快だが、タイザーは思い切り飲み込む。

 相手の拳銃はリボルバー。連続打ちはあまり素早くできない。それに比べ、こちらはオートマでしかも二丁。弾の数も多く、ストックもある。それに早撃ちはタイザーの得意とする技だ。

 砂山の後ろで銃声が三発、悲鳴を上げた。鳴り響いたところでタイザーは両手に構えたルガーP90を打ち放つ。

 決して軽快ではない音と振動がタイザーの華奢な手首に襲い掛かる。

 しかし彼女は全くダメージとしてない。むしろ、その手ごたえに笑いがこみ上げる。


 憎い、憎い、盗賊。デザートシーブス。


 青い鳥は言う。


『倒せ、倒せ、そうすれば君は助かる』


 相手は盗賊。世の中に疎まれた存在。撃ったところで、誰にも咎められず、誰にも憎まれない。それに退治すれば、報酬もでる。・・・・いいこと尽くしだ。


『倒せ』


 うん、そうしよう。


 遠くで重い銃声が一発、低く吼えた。太い声をしているくせに、余韻は子供が駄々をこねた時に発する大声に似ている。

 駄々っ子の悲鳴は、タイザーともデザートシーブスたちともつかない方向から聞こえた。一体何を狙っているかわからない。そういう方向性も、まるで子供だった。

 だが、銃には違いない。それも特大の威力と暴走性。

 砂が揺れ、おぼろげに人影を映す。きらめく黒い塊が、よれよれと歩く姿と反比例して、強く映る。タイザーは目を丸くすると、首をかしげた。

「・・・・いっきー・・・・?」
「ほれほれ、今のうちに倒せよ」

 その銃声に盗賊たちは動揺していた。それもそうだろう。訳も分からぬ方向から銃弾が飛び出し、しかも肝心の銃の主はいない。

 ノーコンもこういう時は役に立つ、タイザーは頷く代わりに銃を乱れ撃つ。

 唄うように鳴く銃弾は正確に、盗賊たちを貫いた。



「よーし、しゅーりょう!!」

 ぐっと伸びをすると、倒れた盗賊の元に嬉々としながら近寄る。大きく丸い瞳がきらきらと転がる物体を映し出す。

「げえ」

 スプラッタになっているだろうデザートシーブスを想像し、イツキは思わず舌を出した。

「わ〜!結構金持ってるよ!やったやった」

 ぴょこぴょこはねるタイザーに、イツキはただ感服する。小さくて華奢で子供だが、神経は超絶的に図太いらしい。

「これでぺろぺろキャンディーが何十個も買えるよ」
「そ、そりゃよかったな」

 イツキの元に戻ってきたタイザーはデザートシーブスから精気を吸い取ったかのように生き生きとして頬が紅潮していた。

 回収したものを懐に入れ、銃をしまうと彼女は両手を後ろに組んだ。そしてなぜか、小さな足でもじもじと砂をいじり、くちびるをとがらせている。先ほどの上機嫌はどこへやら、どことなく不機嫌そうにイツキを見上げた。

 一体何を言われるのか・・・イツキは嫌そうに眉間を寄せたが、思いのほか違う答えが返ってきた。

「・・・・加勢、ありがとね」

 少し恥らいながら、ぶっきらぼうに言う。
 イツキも、ようやく見せる少女らしい反応ににやけながら「おう」ぶっきらぼうに返す。
 タイザーは少し目を伏せると、頬を膨らました。

「・・・あのまま、どっかにいけたのに」
「ま、俺もそう思ったんだがな。ガキはガキでも女だからな。見捨てるわけにはいかねえんだよ、ということだ」
「・・・・なんだよ、それ」
「まんま、まんま。優しいだろ?俺」

 けけけ、と肩をすくめながら笑い、煙草を加えた。火をつけると、とたんにその場は甘い香りに包まれた。ようやく平穏な空気が戻ってくる。

 タイザーはなおもくちびるを尖らせ、上目にイツキを見続ける。

「変なのー・・・・」
「変じゃねえよ」

 ふーっとタイザーに甘い煙を吹きかける。顔についたくもの巣を払いのけるように煙を撒くと、むっとイツキをにらんで銃口を差し向ける。

「言っておくけど!僕、いっきーは趣味じゃないからね!」
「そりゃあ気が合うな。俺もあいにくガキとやる趣味はねえよ。あまーい女が趣味だからな」
「は?甘い?」
「そ。この煙草ぐらい甘い匂いのする、やさしー女だよ」

 とたんにタイザーの目が猫のように湾曲した。

「へえ・・・・?いっきーってカノジョいるの?それとも」
「お前が思ってるようなニンゲンカンケイじゃねえよ。これは単なる嗜好」

 ふうん、とどこか腑に落ちない返事を鼻で返すと、ぱくりとキャンディーをくわえた。どこからいつ出たのか不思議だ。

 そんな子供っぽい彼女をじっと横目で見る。赤いマントに隠れた体はとても小さく、華奢で折れそうに見えた。

「後、乳がでかいのも基準だな。うん」
「あ、なんかムカツク」
「まだ何も言ってねーけど?」
「目が言ってるよ。撃つよ?」

 どういう器用さか、片手に銃が装備された。思わずイツキは身を引く。

「だから、言ってねえって」
「撃つよ〜!」

 にやにやひたすらにやけるイツキを追いかけるタイザー。

「ほれほれ。俺を追いかける暇があったらブルーヘブンでも探せって」
「うるさい!今はいっきーを追う!」

 もつれる砂で踊るように突き進む二人。


 空を見上げれば、うそ臭い青。

 とろけるように、ブルーヘブン。

 あきれるように鳥は歌う。



♪・・・・・Deserted girl. The family is eaten, and it is lonely.
   
    A man who dreams sweet woman. It doesn't obtain even if it requests it. ♪It has
                   understood. It never becomes my thing.

          「Now what is the wish?」
  ♪

       「It takes the shape of the appearance that you request. 」



 乾ききった砂よりもしがれた声で。

 二人を見下ろし、ただ唄う。


 まだ、まだだよ。


 きっと君たちは追いつけない。





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