30・Bird and drug ブルーヘブン考察。 素気ないタイトルがまず目に入る。そして分厚い書類を太い指でしっかり持ち、片手でゆっくりめくっていく。タイトルと同じく淡々とした調子で綴られた奇麗な字をなぞっていく。簡潔だが内容は濃い。 ボスはふう、と深く短い息を吐き、ページを閉じて机に叩きつけるように置いた。目頭をぐっと押さえる。わずかな時間しか見ていないが、疲労が込みあがる。 微動だにしない圧縮された重厚な沈黙の中、ねっとりととぐろを巻くように「ブルーヘブン」という単語が脳内を巡る。ボスはもう一度目頭を押さえた。 「会いたいものの幻影を見せる麻薬、ということかね?9th」 9thは全くくちびるを動かさず「はい」と端的に答える。 「そうか・・・・・・」 ぎし、とボスの椅子の背もたれがしなる。両手を膝の前で組み、鼻で息をつく。ブルーヘブンというものに関わってからろくなことがない。それは9thも同じだろうが、彼女は直立不動のままわずかに額を寄せた。 「一つ気になることがあります」 「なんだ」 「麻薬の出所です。全てばらばらなんです」 参考のページを、と9thは促し、ボスは少々嫌々ページをゆっくりめくった。 「・・・・・・なんだこれは」 「真実です」 「・・・麻薬の組織から・・・ではないのだね。・・・会いたいものからの・・?自分が一番出会いたいものからの「招待」?・・・例えば、死んだ人に会いたい・・・それがある日目の前に現れ、薬を手渡す。これでいいのか?」 「はい」 太い指を目頭に当て、揉むように少し抑える。 「そして効能も同じ・・・会いたいものに出会わせる・・・・。たとえ死んだものでも・・・。一体なんだというんだ・・・。ブルーヘブン・・・・麻薬・・・鳥・・・・」 ほとんど独り言に近いぼやきを延々続け、ブルーヘブンという単語ばかり繰り返す。 「ああ、どうにもこうにもわかりにくい・・・・・」 そのまま目を閉じる。9thは一言だけ「では」と目を伏せると、水に沈むように姿を消した。 考察結果。 ブルーヘブンとは常習犯、前科のない者問わず効く。効能はどれも同じ。 会いたいものに、会わせる。 たとえ、それが憎い人物でも。死んだ人物でも。 心に描かれた者は、映される・・・・・・・ Heaven? 穏やかなぬくもりの中、イツキは薄暗い天井を見つめる。木造の宿の天井はくすんで、痛んであちこちに穴がある。木の模様は、まるで人の目のようにじっとイツキを見下ろしているようだ。子供のように思わずぞっとしてしまった自分がいる。だがそれを表に出すようなイツキではない。 たっぷりと時間をかけ、瞬きをする。月明かりに影がゆらりと浮かび上がる。 「・・・・・なんのようだ?」 イツキは少しも動かず、天井を向きながらつぶやく。くすりと失笑するような声が耳に入った。 「さすがはあの人の弟、っていうところかしら?」 闇が月に浮き彫りにされる。引き締まった筋肉とうっすらと笑った豹のように流れる顔立ちがイツキの側に立つ。 「よく言うぜ。さんっざん俺の事、疑っておいてさ。・・・で、何のようだ?9th」 イツキは気だるそうにゆっくり体を起こす。寝癖のついた髪をさらにかき回し、大きなあくびを一つした。 「わかってるはず」 9thは表情を崩さず、素早くつぶやく。均整のとれた顔立ちは人間味が少なくて、闇夜で見るのには少し恐ろしい。 「・・・まあな」 手を思い切りのばし、こきこきと首と肩を鳴らす。 「むー・・・・・」 もぞもぞと布団が動いた。忘れていたが、隣にはタイザーがいた。あの日だけだと思った一緒の就寝は続いている。もちろん今日も。寝る前になると枕を宿の亭主から必ず借り、何も言わずに入ってくる。一人は寂しいと泣き叫ぶ彼女のことだ、寂しのだろうかと考えたが・・・・そうではないことをイツキは知っていて見ないことにしている。 それを認めてしまったら、自分の体のこと、その先に起こり得る可能性を知ってしまったら、耐えれない気がした。それこを怖くて、この木の模様よりも怖いものが圧し掛かりそうで恐ろしかった。 タイザーはイツキの胸の中をわかっているのだろうか。決して口に出さない。何も言わないし聞かない。時々不安そうに瞼を伏せるだけだった。 それは返って辛く、それでも天真爛漫に手を引く存在はありがたかった。 「ん・・・・・」 不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、タイザーは布団をどんどん引っ張って丸まっていく。きっと夢の中でもイツキを叱っているのだろう。 微笑ましい姿に9thは口元に指を添えて笑った。珍しい笑顔だった。 「あら。仲がいいのね。・・・・・かわいい。まるで羽化したばかりの雛みたい」 少し目を細めてタイザーを見つめる。その瞳には鋭さはなく、慈愛が満ちていた。子供には甘いようだ。それくらい自分にも甘くしてほしいのに、とイツキは内心苦笑した。 「・・・ここで寝たいんだそーだ」 タイザーは枕に頭をこすりつけると、また気持ちよさそうな寝息を立てた。当分起きないだろう。 「・・・・それで、何の用だ?」 「少し話そうと思っただけよ」 イツキはちらりと横目にタイザーを映し、「場所を変えよう」と起きないように静かにベットからそっと降りた。 二人はそのまま闇がうごめくより静かに宿を出た。 月は真上から降り注ぐように輝く。民家の光は消え、酒場の喧騒だけがノイズのように風に乗って響く。 二人はざわめきを逃れ、裏路地へ入っていく。しばらく歩いて、ぽつんと取り残されたように光る看板を見つけた。二人は何も言わずにそこへ吸い込まれる。 入ると、沈むようなジャズが流れていた。狭いバーだったが、客はいない。二人はカウンターに腰掛けると注文をした。 「グラスホッパー」 「ビールでいいわ」 「味気ねえやつだな。・・・・・・・マスター、ビールとかはやめてマティーニな」 とたんに9thがせせら笑う。馬鹿にしているのか、あきれているのかわからない笑い方だったが、どこか嫌味のように思えたのでイツキは頬杖を付いて眉間にしわを寄せた。それでもなお9thは肩を震わせている。どこがこのカタブツを動かしたのかイツキにはわからなかった。 「気障ね。気持ち悪い」 ますますイツキの眉間が深くなる。 「悪かったな」 「悪いわ」 「あんたにぴったりだと思ったんだがな」 「そこが気障で気持ち悪いのよ」 9thはゆっくり足を組む。笑いは止まったが、頬がどことなく痙攣していた。やはり9thとの相性はよくないようだ。取り消そうと思ったが、マスターが先に二人の前にグラスを置いた。 淡い光がよく磨かれたカウンターを照らす。二つのグラスがそれぞれの色を醸し出す。香りまできらびやかに映っているように、美しい。 「それで?」 まだ不機嫌なイツキはむっとしながらも、くちびるを湿らすようにグラスホッパーをなめた。体中をなまけさせる甘さがずるずると胃を満たす。アルコールが程良く血を巡らせ、ようやく機嫌も鎮火し始める。 横目で9thを見ると、彼女も元の固い顔に戻っていた。 「・・・・どうせ姉貴の差し金だろ?」 合っているのか、9thはちらりとだけイツキを見るとマティーニを一気に放り込んだ。グラスの中は数秒と持たずして空っぽになり、イツキはぎょっとしてグラスを口から放した。 「・・・・んなあほな飲み方するとすぐ酔うぞ。ああ、それともあれか?早く酔って俺と寝ようって作戦か?案外しおらしい演出だな。ちと豪快だが、酔ったら介抱してやるぞ」 9thはグラスを置いて肩をすくめる。表情は全く動いていなかった。それどころかイツキの方すら見ない。 「誘っても無理」 そのままウイスキーを頼む。すぐにグラスが取り替えられ、ウイスキーは出てきた。9thは掲げるようにガラスを手に取る。黄金色の液体がとろりと揺れた。 「これくらいの度数じゃ酔わないわ。だから安いビールでいいのよ。ただ飲むだけなら」 「そういやあ、いつぞやもビールとか安いワインだったな」 言っている間にもウイスキーは半分になった。随分と強いようで、イツキはいつかの出来事を思い出す。もしかしたらスキンヘッドのあいつよりも強いのかもしれない。 「話が反れたわね。・・・・・ブルーヘブンのこと」 「・・・・・ああ」 からん、と氷が鳴る。虫が白熱灯に当たり、揺れた。9thの瞳も揺れる。酔いそうだ。 「この近くで取引をしているそうよ」 「・・・・・なんのつもりで俺に教える?」 「あなたのお姉さんの意思」 「姉貴の真意は」 「かき回すことで情報を得ること。そしてあなたに知ってもらうため。薬を使う人たちの姿を」 ジャズが引きずり込むように演奏を繰り返す。哀しい声が聞こえた。歌詞は聞こえない。 「見極めろってことか・・・?」 厳しい姉の言いそうなことだ。いつか、タイザーの受けた辛辣な麻薬をこの目で見ろと、見て自分のしようとしていることを知れと姉が傍で言っているような気がした。 「それに情報なんかでねえよ」 「なぜ?」 「招待を受けてない者は会えねえよ」 9thのウイスキーがなくなった。グラスを空しくくるりと回す。氷がじんわりとけながらも涼やかな音を立てる。滴を垂らすグラスは物悲しくカウンターに座る。 「わからないわね。麻薬からの招待なんて」 「何回も言わせるなよ。あれは鳥」 「何回も言わなくてもわかっている。でもやっぱりわからないわね。鳥が何をもたらすのか」 グラスホッパーを半分飲み、静かにグラスを置く。甘さばかりがイツキを酔わす。アルコールは効かなかった。 瞼の裏側で青い鳥が手を伸ばす。愛しいと思う姿となり、笑う。追いかけて、と。あなたを一人にしない、ずっと傍にいてあげると惑わす。イツキはカウンターにこぼれた滴を指でなぞった。幻影はぱちりと消えた。 「・・・鳥は・・・会いたい者の姿となり、望むものと共に生きる」 「それがブルーヘブン?」 「そうさ。・・・ばかげてる、とか夢見てる、とか思ってるだろ?」 9thは肩をすくめる。少し笑っているようだった。 「で。麻薬だと思ってるだろ?」 「ええ、もちろん」 「ま、確かにな。得るものが似ている」 会いたくてしかたがない。 欲しくてしかたがない。 憎くてしかたがない。 強く、願う。得るのはブルーヘブン。孤独を埋めるためにかの鳥はただ一人のために形を変える。 薬でも鳥でも。得る効能は同じ。それはイツキも体験した。悪夢に似たおぞましさと切望する懐かしさが交錯する。 マルアスは兄に、タイザーはアイラシェリ。あの時と何も変わらない姿でイツキを見つめる。 自分自身に笑った。まぬけな子。ばかな、イツキ。たったそんなことで悩んでる。ちっぽけだ。 「・・・・・イツキ?」 「んあ・・・・?」 「顔色悪いわね」 そうでもない、とつぶやいてグラスホッパーを舐めた。妙に甘ったるい味が体内を満たす。心地よくアルコールは回っていくはずなのに、どろどろと侵食するような酔いだった。まどろみとも付かない泥沼。地獄だ。でも飲まなければ心地よくなれない。 「それに少しやせたわね。男ってやせたほうがもてるわけ?」 「さあ?好みの問題だろ。ま、女は気にしてるみてーだけどな」 9thはもう一杯おかわりをもらい、口をつける。やっぱり底なしだ。強いアルコールが鼻を突く。 「今から取引を見に行こうと思うんだけど、あなたもどう?」 「・・・・・・・・」 「まともに見たことないでしょう」 「まあなあ・・・・・・」 体験はしたけどな、と心の中でこっそりつぶやく。見たいとは思わなかったが、見ておかなければいけないかもしれなかった。 グラスホッパーを飲み終え、イツキは立ち上がる。9thも一気に放り込むと同じように立った。 「わかった・・・・・見に行くだけだからな。俺は手伝わねーぞ」 「もちろん。あなたに手伝ってもらうほど弱くないわ」 イツキよりも体格のよい9thはたくましい肩をすくめて横目で笑って見せた。イツキは舌打ちして適当に代金を置いた。 取引現場というのはバーのすぐ近くの裏通り、月明かりも届かない、電灯も何もついていないところだった。ちょうど表通りや店の死角になっているので取引場としてはうってつけだった。 闇にまぎれてもぞもぞと塊たちがひしめき合う。イツキと9thはマンホールを覗き込むように屋根に上って上から眺めた。風はなく、砂も舞い上がらない。 「ほおー・・・・・べただな」 「こういうシンプルな方が見つかりにくいのよ」 「実際、こうやって見つかってるがな」 へらっと笑ってやれやれと腰を下ろす。二人はアルコールも手伝ってか、余裕の笑みを浮かべる。 「でも本当よ。まだまだルートをつかめてないところが多いの。虫みたいね」 うごめく人々は息を殺してひっそり笑い合う。何かに取り残された、人ではないもののようだった。 ちらりと何かが光る。青い、光。9thは灰色の目を光らせる。 「あれがブルーヘブンね」 「お前は初めて見るのか?」 「そうよ。成分とかの中身は見たけど。あなたは?」 「あー・・・・5thから聞いた」 「そう」 9thは月から逃れるように立ち上がる。暗闇に溶け込んでいく9thは下でもがく人々と同じように人ではないものに見えた。 風もなく、するりと9thの体が路地に滑り込んだ。 そよ風にゆれるカーテンのように軽やかな閃光があちらこちらに響く。 「・・・・・・・・」 本当に出番がない、と思いながらイツキはぼりぼりと頭をかいて見物した。 人数は相当いる、ということはわかる。次から次へと闇の塊が9thに覆いかぶさるが、ストロボのように一瞬の眩い光に似たキックが人を蹴散らし、後ろから来る敵は肘を突き出して吹き飛ばす。倒れた人々の首筋次から次へと打って行く。面白いほど、頭は事切れたようにかくかくと倒れていく。 その動作が続き、ついに9th一人になった。他の者は地面に埋もれている。 一番怖いのは9thだ、と身震いしてイツキもするりと路地に下りた。埋もれる人は全員死んでいるのかと思ったが、ほどよく意識があるらしく、唸り声を上げている。なんて阿鼻叫喚な地獄絵図だとイツキは舌を出す。 「お疲れ」 「折角のアルコールが抜けたわ」 「・・・・・・よく言うぜ」 方や9thの額には汗一つ浮いていない。酒を飲んだような紅潮もなく、今来たばかりですと言ってもおかしくない様子だった。 「これがブルーヘブンね」 倒れる人々から少し離れたところに小瓶を置くと冷徹な目で服用者をじっと見て腕を組む。 「イツキもよく見て」 「ああ・・・・・・」 唸り声を上げていた人達の声が次第に低い声となり、喉を鳴らし始める。まるで獰猛な野獣のように唾液をこぼし、口角泡を飛ばす。何を言っているかわからない。酷いノイズ。ざあざあと流れ、青い光がこぼれた。 ブルーヘブンがすぐ傍にあるとわかると探しはじめ、見つけた者はむさぼる。人々は次第に壊れた人形のように関節を鳴らして動き、お互いを疑いはじめる。 「どこだ」 「俺のもの」 「会いたいもの」 「薬」 焦点の合っていない目とろれつの回らない口を開き、力の入っていない手でお互いをがくがく揺らす。 9thはわざと音を立て、零れた薬を足で蹴飛ばした。青い光がちらちらと光り、人々は顔を歪めた。 「あ・・・・・・」 「ああ・・・・・・」 「ブルーヘブン・・・・・・」 這いずりながら手を伸ばす。砂にまみれた手を、必死に伸ばすが届かない。 体が邪魔だといい、足を切りそうになる。相手が邪魔だと蹴り倒す。 たとえ自分の体がどうなろうと相手がどうなろうと、血みどろになって這いずり回る。 欲しくて、たまらない。 「そこまで・・・・・・・・」 イツキは目を反らし、路地を出る。もう限界だ。アルコールは夢を見せてくれない。 「そこまでして・・・・・あいつらは何が欲しいんだ・・・・」 甘い。甘い味が再び戻る。手にブルーヘブンの感触が、アイラシェリの感触が、兄の笑顔が浮かぶ。醜悪な自分と共に、こみ上がる思い出たち。 「う・・・・・・・」 たまらなくなり、イツキは壁に手をついて嘔吐した。 同じく路地を出た9thは冷めた目でイツキを見て、ブルーヘブンの入った小瓶を懐に入れた。 「・・・・イツキ」 嘔吐は止まっていない。脂汗と冷や汗、そして胃液が入り混じる。 「そのままのことを、私は言うわ。・・・・そこまでして何が欲しいの?」 胃液で喉がつぶれたのか、イツキは横目で9thを睨んで再び吐いた。 イツキは小さく呻いた。様子がおかしかった。ぶるぶると肩を震わせ、異様なほど息を欲する。ひいひいと気管支が鳴り、肺はおかしいほど膨張した。 「・・・イツキ・・・・あなた・・?」 9thは眉間にしわを寄せ、一歩近づく。 再びイツキの肩は震え、生み出すように塊を吐き出した。胃液とは違う赤い塊を。 あえぐように咳をし、唾を捨てた。 9thは黙ったままじっとイツキを見ていた。何も言ってほしくなかった。 「・・・・・あーあ・・・・」 ようやくイツキは口を開き、情けないほど小さくか細く笑った。冷汗が頬を伝い、泣いているように見えた。 「・・・・・あなた、病気なの?」 「さあな・・・・・」 「でもそれ」 目を口を拭った袖に向ける。黒い染みができていた。 「・・・血よね」 「暗くてそう見えるだけだ・・・・・・」 「そういうことにしておいてあげるわ。・・・・お姉さんは知ってるの?」 「もちろん。・・・・・でもまだ結果は知らない」 「検査はしてるのね。・・・・でももし黒だったら」 イツキはへらっと笑って肩をすくめる。 「もし黒だったら、姉貴は・・・・わかっちまうか」 「そうね」 「じゃあ・・・・・もし俺が黒の場合。・・・タイザーに言うな。絶対に」 「どうして?」 「もうガキがびーびー泣くの飽きた・・・・・」 9thはようやく眉間のしわを解いて笑った。 「優しいのね」 「ちげーよ・・・・」 もう一度唾を吐き、口を拭う。呼吸は整い、いつもの飄々とした姿が戻る。服についた染みさえなければ、普段と何も変わらない。 「服、早く洗った方がいいわ」 「そうする・・・・・俺はもう行く。用事は済んだだろ?」 「ええ。大体」 「ってことはだ。まだなんかあるのか?」 「鳥のブルーヘブンについてよ」 「・・・・・少なくても、薬じゃない。だが・・・結局は同じなのかもな」 イツキは倒れそうな体を抱きしめ、何とか一歩踏み出し、9thに背を向ける。 「鳥は望む者になる。そして共に歩む」 「・・・・・・偽者なのに?」 どんな時でも9thは辛い。だがその通りだ。偽物の天国。偽りの人物。舐めるように甘えさせてくれる、孤独を埋めてくれる愛する人。なんて滑稽なものだろう。それでも求めてしまう自分はもっと滑稽だ。 「もし、恋焦がれた人間が遠くの存在だったら。近くにいてほしいと鳥に願ったら。・・・・・本物はどこにいってしまうのかしらね」 また一歩、踏み出す。二人の距離は次第に離れる。これ以上言うことはない。 「そしてそこまでして鳥はどうして追ってほしいのかしら」 砂になるようにイツキは遠く、離れていく。 「・・・・・まあいいわ。お大事に」 9thもまた、溶けるように姿を消した。一人になったイツキは空を仰いでつぶやく。 「知らねえよ・・・・何も・・・・・ただ欲しいだけ」 何を? 「それを確かめるため・・・・・・」 兄とも違う、アリシェリとも違う、別のもの? 安らぎを。平穏を。 「甘いな・・・・・・・」 イツキは目を瞑る。 そのまま溶けてしまいそうだった。
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