31・微笑を模って

 朝日が霞む。周りが見えない。あんなに暗い天井が真っ白だ。息が詰まる。

 目をつぶしそうな太陽がさんさんと降り注ぎ「今日もやってきたな」と実感する。

 そして魚のように跳ね起きてベットから立ち上がり、隣で寝るイツキを起こす。

 何も変わらない日常・・・・は、もう違う。

「うー・・・・・・」
「よお。起きたか」
「んー・・・あれえ・・・・・」

 白い息がタイザーの顔に降りかかった。なんだかお菓子みたいな匂いがする。

 それが何なのか、回転できない脳みそは理解できなかった。だが徐々に目が覚めるにつれそれが煙草の煙だと判断できるようになった瞬間、タイザーは布団を蹴り飛ばしていた。大きな目をさらに見開かせてイツキを見る。

「いっきー!」
「んあ?」
「いっきーが煙草吸ってる!」

 イツキは瞳を輝かせるタイザーにあきれた目をやんわりと向ける。

「当たり前だろ?」

 苦笑交じりに一口吸う。

 笑った顔が、弱弱しかった。




          Heaven?


 イツキは困ったような、渋いような、嫌がるような・・・・ありとあらゆる負の感情を固めたような複雑な表情を浮かべて煙草をもみ消した。引きつる頬と眉間にしわを寄せる力にいい加減疲れが出てきた。

 原因・タイザーはそんなイツキにも満面の笑みを浮かべて覗きこんでいる。余計に顔が引きつった。

「・・・・・・・・・」

 イツキはふらりと回転し、どっかり椅子に寄りかかった。するとタイザーは笑顔のまま近づいてきた。いつもなら「煙たい!」と怒って文句を言うのだが、今日はなぜだか嫌味も文句も言わない。色々な意味で異常だ。

「・・・・・・お前さ・・・・・・」
「んー?」

 瞬きするタイザーは今まで見たことない、特上の笑顔のままだ。幼い顔立ちが余計幼く、太陽の光が反射する頬は弾けそうなほど輝いている。

「なーにそんな笑ってんだ・・・・・・?」
「えー?」

 くわえて酔っ払いのようなへらへらした笑い声だ。大きな瞳が確かめるようにもう一度瞬きした。そしてイツキと吸殻のいくつか入った灰皿と交互に見つめる。それを見てまた笑った。何もおかしいところはないが、彼女は満面だ。

「・・・・変なものでも食ったか?」
「違うよ!・・・だって・・・だって!いっきーが煙草吸ってるんだもん!」
「だーから、当たり前だろって言っただろうに・・・・・・」
「だって・・・・・最近・・・・・・・」
「ん?」

 一瞬影が見えたのは気のせいだろうか。タイザーは急いで首を横に振って「何でもない」と何度も首を往復させた。

「今日は、具合いいの?」
「いいも悪いも、俺は元々こーだぞ」
「・・・・・でもさー。最近やせたよね。それに朝、僕より早いなんて信じられないよ」

 そう言いながらまじまじ見つめる。顔はまだ笑っていたが、大きな双眼は半分瞼に隠れた。

 タイザーの言う通り、最近のイツキはやせていた。元々筋力のない体つきだったが、最近それが増してきている。首筋や少し見える鎖骨も浮かび、手もかさついてどことなく筋っぽい。とても二十代半ばのハリはなく、全体的に干からびて見える印象だ。

 顔も心なしかくまがうっすら影を残していた。イツキらしい、猫の飄々たる仕草は変わらないが、時折老成した息を吐く。その瞬間は脆くも崩れ去りそうな気配があった。タイザーが何となく名前を呼ぶと、その陰りは消える。だがあることに違いはない。怖いと、言葉に出したくない自分がいた。

 タイザーの不安は増すばかりだが、いつも通りへらへらよれよれと気だるそうに煙草を吸う姿を見て嬉しく思った。

 あの影は嘘なんだ。きっと、白昼夢でも見ていたに違いない。タイザーは何度となく自分に言い聞かせた言葉をもう一度つぶやいた。

 それに今日は特別な日だ。笑って過ごしていたい。もちろん、イツキも。

「えっと・・・それでね、いっきー・・・・・あ、あのさ」
「今度は何だ、今度は・・・・・」

 満面すぎる笑みが今度は少し変わってもじもじと、俯いて恥ずかしそうに頬を赤らめる。手も落ち着きなく、虫のようにちまちま動かしてどこか照れている様子に変わった。

 イツキはただ眉間にしわを寄せて見るしかできなかった。ただでさえ予想外の笑顔なのだ、次何が起こるかなんてさっぱりだ。

 そんなイツキを知ってか知らないでか、タイザーはなおもじもじと俯いた。

「あのね・・・僕・・・・・・・」

 もじもじと動かす指がさらに激しく動く。髪で隠れた顔はわずかに赤かった。

「・・・・・・僕さ」
「さっさと言えよ・・・」

 言われてぱっと顔を上げる。嬉しいような困ったような、どこか緊張した笑みをうっすら浮かべた。

「僕さ、今日誕生日なんだ」
「へー・・・・・・・」

 イツキはやる気ない息のような声をわずかに発すると、火のついていない煙草をぐるぐると弄り始めた。

「ちょ・・・ぼ、僕、勇気出して言ったのに・・!!な、何だよっ・・・反応薄い!」

 笑顔がとたんにころっと変わり、頬を膨らまして怒り始めた。やはりタイザーはこうでなければ。お得意の怒り顔にイツキは笑って甘い煙草を堪能する。

 しかしそれどころではないタイザーはベットから立ち上がり、大またでイツキの元へ近寄って目の前で仁王立ちをした。普段なら見上げるところだが、逆に見下すように大きな瞳をぎらりと睨みつける。

「僕、十六歳になったんだよ!」
「へえ〜・・・・・・」
「もうもう!もうちょっとおめでとうとか言ってよ!」

 イツキは頭をかき、やはり気だるそうに「おめでとう」と全く感情のこもってない声でつぶやいた。

「ちっとも祝われてないよ!」

 さらに頬を膨らまして小さな拳をイツキの頭めがけて振り落とした。

「って・・・・・。あ、あのなあ・・・・・」

 大して痛くなさそうに頭をさすり、いやいやタイザーの目を覗き込む。やはり彼女は怒っていて、表からも奥からも瞳はたぎっていた。下手すると泣きそうでイツキも少しだけ慌てることにした。

「誕生日って祝われて嬉しいもんかあ?」ちっとも慌ててない。
「嬉しいよ!僕だって大人になったんだもん!十六歳って大人だよ!」
「まー世間一般では、な・・・。まあ」

 ゆっくりと腰を浮かせ、重そうに体を立たせた。体勢は逆転し、イツキの方がタイザーを見下ろす感じになった。

 タイザーは頬を膨らましたまま上目にやはり睨んでいる間、イツキはじっくり下から上へと目を這わせた。別段、変わりない姿だ。十六だと叫ぶわりに、どうやっても幼い印象ばかりが飛び込んでくる。

「・・・お前は違うみてえだけど」
「な、何でだよ!」

 イツキはへらりと笑うと、タイザーの隣に並んで背丈を測った。イツキも決して大きい方ではないが、それでもタイザーは頭一個分以上小さい。腕を置く手すりにちょうどいい高さだ。やれば怒られることうけあいだ。

「まずは、チビだしー」

 笑いながらぽんぽんとタイザーの頭を叩く。バネのように柔らかなくせ毛がふわりと浮かんだ。そして少し離れる。

「胸ねえしー」
「い、いいでしょ!これから大きくなる・・・んだよ・・・!」
「ほお〜ん・・・」

 上から下までじろじろ眺め、鼻で一笑する。まるで凹凸というものが見当たらない。マントのせいもあるが、ワンピース姿でも同じだ。普段から大きいものを見ているせいもあり、タイザーの体は貧相この上ない。

「じ、じろじろ見ないでよね、変態!」
「そうやってすぐムキになるしなー」
「う・る・さ・い・よ!!」

 ルガーP90の二つの穴がじっとイツキを睨みつける。いつもながら素早さに感嘆する。まるで見えないのだ、タイザーの腕前のよさがよくわかる。これで冷静だったら恐ろしいが、生憎タイザーはヒステリックに叫んだ。

「変態!ばか!撃つよ!?」

 タイザーは威嚇しながらじりじり銃口をイツキに近づける。硝煙の臭いがかすかに残っている。それに構わずイツキは笑い「はいはい」とタイザーの頭をもう一度叩いた。

「そういうところがお子様だなー」
「もう!僕お子様じゃないもんっ」

 黄色い悲鳴と共に銃声が耳を突き抜ける。銃口から閃光が走りイツキの頬すれすれでえぐるような弾が駆け抜けた。一瞬の出来事だが、お花畑が見えた気がした。

 つつ、とイツキの頬から冷や汗が流れる。

 タイザーは少しだけ頬を吊り上げ、にやりと笑って見せた。不敵な笑みをするタイザーは少しだけ大人びて見える。

「はいはい・・・・わーった、わーった、降参だよ降参。・・・じゃあ、何か買ってやるか?」
「へ?」

 目まぐるしく変わる彼女の顔は、今度は一発殴られたように硬直し、凝縮した動向をイツキにじっと向けた。これといってイツキは変わった様子はない。ただ気だるそうに頭をかいてぼんやりタイザーを見ている。二人はじっと目を合わせたが、言葉は出なかった。

 買ってやる、つまり何かくれる。誕生日だから、何かくれる。ようするに、プレゼント・・・・タイザーは何度かゆっくり瞬きをして無言で頷いた。まだ意味は飲み込み切れていなかったが、「プレゼント」は「欲しい」という思考は繋がった。

「ん?欲しいのか?」
「・・・・うん・・・・・・」

 まだ焦点の合わない顔をして、人形のようにこくんと頷く。

 だが、脳内はようやく繋がってきたらしい。プレゼントという単語がはっきりと理解できた瞬間、タイザーははっとなって、瞳に表情を取り戻した。

「・・・・・う、うん、うん、うん!僕、何か欲しいっ」
「そーかそーか。んじゃてきとーにやるよ」
「で、でも、いっきーってお金持ってないじゃん・・・・」

 本当は「別に欲しくないんだけど」という少し疑いの交じった表情を浮かべたかったが、その作った感情よりも浮き上がる歓喜に負けてしまい、瞳を輝かせてしまった。そういう仕草がまた面白く、イツキはふらふらと椅子に座りなおし、顔を緩めた。

「俺だってなあ、んな貧乏じゃねえよ。それにこの間家でくすねてきたしな」
「・・・・どっちにしても、いっきーのお金じゃないんじゃあ・・・・」
「そうとも言う」
「もー。やっぱりだめだめだよー」

 あきれた声は出たが、やはり顔に出てしまう嬉しさは消せなかった。頬はにこにこと笑い続けている。

 イツキもそこまでして喜ぶタイザーににやりと笑って見せた。いつもの猫の顔だ。

「ほ〜そうか、そうだよなあ・・・姉貴の金だしなあ・・・。じゃあ買うのやめるか」

 タイザーは急いで首を振って「やだ!」と力の限り叫んだ。

「言ったからには頂戴よね!」
「へーへー。じゃあ何欲しい?ガキの欲しがるもんはわかんねーからな」
「ガキじゃないよ!いい加減にしてよね」
「じゃあごきぼーは?」
「え、えー・・・えっと・・・・うー・・・・・・」

 くちびるをきゅっと結び、への字に曲げていく。腕をきつく結んで上を向いたが、何も思い浮かばない。

「・・・・・・・・・・・」
「高いもんはだめだぞー」
「わかってるよ・・・・・えー・・・・・・っと・・・・」

 さらにぎゅっと全身を強張らせる。頭をひねらせたり体を動かしたり腕を代えてみたりしたが、思い浮かばない。

 キャンディーはいつでも買えるし、服は特にいらない。かといって小物は旅に邪魔になるし、記念の物・・・というとよくアクセサリーと相場は決まっていると聞いたことがあるが、そんなものを恥ずかしくて言うことできないし、第一似合わない。それにいっきーにもらってどうする気か、別にそういうわけじゃなくて・・・・ああ、これじゃあ何だか僕・・・・

 次第に焦りへと変化していく。何でこんなに悩んでしまうのか、返って恥ずかしい気持ちになってきた。

 タイザーの頬からじっとりとした汗が滲み、つ、と撫でていく。

 そんなタイザーの揺れる気持ちなど少しも気づかないイツキはのんびりと煙を吐き出し、気だるく足を組んだ。

「欲しいもん、ねえんだったら俺が勝手に決めるぞー」
「や!ちょっと待ってよ・・・そ、そんな・・・・いきなり言われても思い浮かばないよ・・・・・」
「お前だっていきなりだっただろ・・・昨日言っておけばよかったな」
「だ、だってえ・・・」

 イツキが心配でそんなおめでたいことなんて考えれなかった、とは言えなかった。タイザーとてイツキが元気に煙草を吸っていなければ言わないでいた。

 言ってしまったからには、何としてもプレゼントをもらわなければ。タイザーはうんうん唸りながら必死に天井を向いたり下を向いたりしながら思考をめぐらせる。

 やはり心境知らずのイツキはおもしろそうに百面相タイザーを眺め、ゆっくり息を吐いた。

「ほれほれ〜もうすぐタイムリミットだぞ〜」
「な、何それ!いつ決めたんだよっ」
「今」
「ばか!」

 タイザーの表情がさらに目まぐるしく動き始めた。これだからガキいじりはやめられない。

 イツキは意地の悪い笑顔をにやにや浮かべながら「ちっちっちっち・・・・」と口で秒針を言っていく。それにつられるように彼女の頬から大量の汗が流れ始める。

 突然「ぶっぶー」とイツキのくちびるが尖った。タイザーは急いで振り返ったが、イツキは相変わらず猫のようなにやにやした笑いを浮かべて「タイムリミット」とわざと残念そうな声を出した。

「ええ〜!なにそれ!!酷いよー!」
「いつまでも決めないタイザーちゃんが悪いんです〜。じゃー俺が勝手に決めるぞ」
「・・・・変なものにしたら怒るからね」
「もらう側だってーのに随分ないいようだな・・・・・・。ま、いっけどな・・・・」

 イツキはごそごそと懐を探った。タイザーはじっと見ているしかできなかった。

 お金だったらやだなあ、煙草だったらやだなあ、何か変態なものだったらもっとやだなあ、でもいっきーならあり得る話だなあ・・・数々の不安がよぎる。

「ほらよ」

 ふいにイツキの手が宙を舞った。

 黒い塊がふわりと軽く、次の瞬間には高速でタイザーの胸に落ちてきた。タイザーは慌てて抱きしめ、ふうと一息吐き出した。

「いきなりすぎるよ・・・!びっくりした・・・」
「そりゃ悪かったな。とにかく、見てみろよ。すげーいいものだぞ」

 落ちてきたものを確認したとたん、タイザーの顔が青ざめた。その顔のままイツキを見たが、彼は呑気に煙草をくわえようとしているところだった。

「やるよ」
「ちょ、ま・・・・・で、でも・・・・・・いっきー・・・・・?」

 イツキと胸に収まる黒い塊を交互に見つめる。ずっしりとした重さと冷たさが、タイザーの体の芯まで冷やしていくような気がした。

 イツキは笑ったまま何も言わない。いつもより優しい顔をしていた。

 何で何も言ってくれないの、どうしてこれなの、よりによって、なんで。疑問を吐き出したいけど、言えない。

 悪寒が走る。どくろを巻く不安のように。喉の奥がぐらついた。言葉が奈落へ落ちていく。

 しゅ、と夕日のようなオレンジ色の火がイツキの青白い頬を撫でるように照らす。

 甘い煙が絡み合うように立ち昇る。くちびるがうっすら割れた。

「それ・・・・もういらねえし」

 ゆっくりと息を吸う。ちりちり、と侵食する音が鼓膜の底に響いた。

「・・・・・お前、何で泣いてるんだ?」
「だって・・・・・・・」

 煙が音を立ててタイザーに絡みつく。

「やだよ・・・・・・」
「どうしてだよ?めちゃくちゃいいもんじゃね?」
「いいものとかそういうのじゃないよ!だって・・・・だって、これじゃあ・・・・!それにこれはいっきーの宝物だし・・・・」

 とんとん、と灰皿に灰を落とす。溶けるように灰は皿の奥深くに沈んだ。

「言っただろ?もういらねえんだよ・・・・・・・」

 タイザーはぎゅっと塊を抱きしめる。

 黒く、冷たく、重い。

 イツキの手がしみこんだ様な、甘い、鉄の匂い。

 グリップの油。さびることなく回転するシリンダー。黒い黒い・・・ルガーブラックホーク。

 音もなく、タイザーの目からは涙がこぼれ続ける。しんしんと降り注ぐ雨のようだった。

 何で泣いてるんだ・・・彼女の言いたいことはわかっていた。

 なのに自分のことはわからなかった。なぜタイザーに、なぜブラックホークを渡そうと思ったのか。持っていてほしいと思ってしまったのか。たった数分前のことなのにまるで自分が自分ではない。何を考えてたなんて忘れた。

 答えが遠かった。自分が遠かった。

「ま、もともと俺は銃専門じゃねえしな」

 適当な理由しか出てこない。タイザーは泣くばかりだ。

「でもいいよ!これは返すね・・・・・・」

 タイザーは無理やりイツキの懐に入れる。どう入っていたかわからないが、ブラックホークはなかなかイツキの元へと帰らなかった。

「だから〜いいっていってるだろ?やるよ。誕生日なんだろ?」
「いらない!」

 だって・・・タイザーは絶対に言いたくない言葉を心の中で弾けそうなほど叫ぶ。

 死んじゃうみたいなこと考えないで、形見を作ろうと思わないで!

「いっきーが元気になったらもらう!」
「はは、何言ってんだよ。俺はいつだって元気だろ〜?」
「元気じゃないよ!」

 ようやく懐に収まった銃を確認してタイザーは一歩後ろに下がる。

 泣きながら、涙を拭うことを忘れるほど。苦しそうに言葉を飲み込みながら後ろに下がっていく。

 イツキはその姿をただぼんやり見るだけ。煙草をくわえながら。吸うことも忘れて。

 ぼて、と灰が落ちても。ただぼんやりと。

「ばか、ばかばかいっきー!僕が何も知らないって思ってるの!?・・・僕、知ってるんだからね・・・気づいて・・・・・いるんだからね・・・・!いっきーのことなんか、お見通しなんだから!」

 差し込む瞳が痛い。お互い苦しい。お互いの目がせめぎ合う。

 ぽろりと火のついたままの煙草が床に落ちる。力が入らない。音が聞こえない。タイザーの声だけが世界にある。

「わかってたんだよ・・・僕・・・。いっきーが苦しいことも、夜寝てないことも・・・・!気づいてないと思ったの?・・・なんで僕に言ってくれないの?ねえ、何で何も言わないの!?どうして・・・僕は・・・どうしていいかわかんなくて・・・子供だから、なんて言っていいか・・知らなくて、どうしていいか・・・」

 イツキは目をそらす。むき出しのタイザーが怖い。真っ直ぐに自分を見てくる丸い目から逃れたい。

「時々吐いてることだって・・・知ってるんだから・・・・お酒も・・・煙草だって・・・・それに・・・それに・・・・!」

 床に落ちてもなお、煙草は煙を吐き続ける。紫煙がイツキの喉を焼いていく。

 もう、これ以上はやめてくれ。何も言わないでくれ。イツキは何度も懇願する。

 なのに彼女は動いた。永遠と思われた空白の後、タイザーは言った。

「知ってるよ・・・・血を吐いたことも・・・・・・」

 何だ。知ってるのか。

 そう、弱弱しくてもいいから笑いたかった。

 笑って終わりたかったのに。いつまでもそうやって。

 煙草の火が消えた。大きく、煙が固まりになって天井で分散する。甘い匂いだけが取り残される。

 タイザー。

 目を反らしてろよ。絶対見るな。この部屋から出ろ。早くしろよ。見るなって、そんな目をするな。

 ・・・・どうして、こういう時ばっかりお前は強いんだ。どうしてそんなところばっかり大人びてるんだ・・・。

 言いたい台詞も出ず、イツキはかがんだ。

 笑わせて、ただ何もなく。

 天真爛漫な笑顔が、数分前に見たあの笑顔が、ざわつく胸を落ち着かせる。

 唯一の、救い。

 笑ってる?

 確認したくて顔に触れる。

 そこにあるのは笑顔ではなく。


 こびりつく、赤い血液だった。






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