34・Sleeping Singer

 とある小さな街に、歌の好きな少女がいました。
 少女の声は空に溶けるように透明で、突き抜けるように強く鮮やかでした。
 少女は両親に言いました。
 私、歌手になる・・・・それは誰もが憧れる職業でした。
 がんばって・・・・両親は優しく応援しました。

 少女はやがて大きくなり、声に色香も混じり、それはそれは魅力的な女性に変貌しました。
 そして念願の歌手への一歩を進んだのです。それは代理の仕事でしたが、舞台で歌うことを許されました。代理でもいい、そこが彼女にとって最高の舞台。

 彼女はマイクを握り、見据えます。何もない空間で鏡を見るように。
 歌声はバーに広がりました。
 ゆらりゆらりと波紋のように優しく響く歌声に、人々は皆聞きほれました。

 曲の後、マスターは言いました。
 ここで働かないか?
 もちろん頷きました。

 でも彼女は歌いませんでした。歌うことはできませんでした。

 そうして彼女が自分の家に戻ってきたのは舞台が終わったすぐ後。頷いた後。

 残念なことに、彼女は自分の足で帰って来れませんでした。もう歩くことができなかったからです。

 そう・・・それはそれは美しい眠り姫となって、王子様を待つようになってしまったのです・・・・。




          Heaven?


 荷物をたたみ、扉を開ける。消毒の匂いがつんと鼻を刺した。もうここに来ることはないだろう。

「気をつけて」
「ああ」

 主治医とナースはは軽く会釈をし、イツキもうっすら笑いながら同じように頭をさげた。その後ろで、タイザーも小さく下げる。

 あの後何も問題はなく、穏やかに一日が過ぎて行った。おかげでイツキは無事退院できた。問題はないらしい。一応薬も受け取った。これで薄暗い廊下ともお別れだと思うと清々する。

 胸をほっと撫でおろし、タイザーはイツキの背中をぼんやり見つめて考えた。考えるという表現は好ましくない。思いつくこと思いつくこと、頭に浮かんでは消えて行ってしまう。大切なことを思っているような気がするのに、四散して行ってしまう。

 それが何であったか、覚えて否ぐらい曖昧に粉々に。

「??」

 いつまでも後ろの方でぼんやりするタイザーをイツキは不審そうに眺めた。いつの間にか足が止まっている。

「タイザー?」
「え?」

 ぱ、と焦点が戻ってくる。眼前に痩せたイツキと薄暗い廊下が広がり、タイザーは思わずきょろきょろしてしまった。

「何あほなツラしてんだよ」
「あ、あほじゃないもん!」

 タイザーは軽く頭を振った。無理に考えると変になってしまいそうだ。てとてととイツキの隣まで小走りに向かい、二人は再び歩き始めた。

「何考えてたんだ?」
「え?う・・・うーん、よくわかんない。えっと・・・行くの?その・・・・その街に」
「よくわかんねえやつだな。・・・・ああ。もちろん」
「ふうん・・・・・・・」

 イツキは知っているのだろうか。眠りにつくイツキは軽くだがうなされていた。隣でずっと看病していたが、目覚めることも悪夢が溶けることもなく、イツキは唸り続けていた。この悪夢を自分が取り去ることはできないのだとタイザーは何となく思ってしまった。

 こうして本当は、ぼんやりと何を考えていたか・・・実は知っていて無理やり消していた。

 あんなに歪んだイツキの顔は今まで見たことがない。イツキに何があったかとか、アイラシェリって誰なのか・・・聞けたら多少解決にはなるかもしれない。いつもならぱっと聞いてしまうのに、聞けなかった。

 何があったとかは、なんとなくだが聞きたくなかった。

 矛盾した考えと、やっぱり何かしら考えてしまう自分にタイザーは少し苛立ち再び思考が四散する。

 今はっきり考えれることは、このまま行くのは反対だということ。

 アイラシェリという人物に会って、イツキがどんな顔でどんな風にしゃべって、また夢でうなされて・・・また靄がタイザーの中でとぐろを巻く。いつからこんな風に思うようになったのだろう。

「おい、どこ行くんだ。出口はあっちだぞ」
「え、う、うん」

 ぷつりと思考の糸が断絶されて今まで考えてたことが全部消えた。タイザーは首を振ると、ふとイツキを見てちょっとびっくりした。

「いっきー。その格好でいくの?」
「んあ?俺はいつもこの格好だぞ」
「ううん、じゃなくて・・・・・・・。髪の毛。ぼっさぼさだよ?」
「んー?」

 言いながら髪を撫でてみる。元々長髪気味だった髪はさらに伸び、肩に付きそうな勢いだった。

「本当だな・・・・・長くなった」
「早いねー・・・。早く髪が伸びる人は変態なんだよ」
「そうかー髪もわかってるってわけだ」
「そういういっきーもね・・・・・。いっきーいっきー。僕、結んであげるー」

 わくわくしながらポケットからゴムを取り出し始めたが、イツキは体をそらして逃げ腰だ。

「ああ?いいって・・・・・・・・」
「だってみっともないよ!今から、・・・・今から、人に会いに行くっていうのに、それは失礼だよ!」
「な、何だかひでえ言われようのような・・・・・・」
「気のせい!ちょっと・・・・・あ、そこの椅子に座って」

 待合室の椅子を指すと、しぶしぶイツキは腰掛けた。タイザーは後ろに回ると、イツキの髪をすくって手に乗せた。

 出会ってからどれくらい経ったのだろうか。イツキの髪を見てると、もう随分と長くいる気がした。

「本当に長いね」

 手ぐしでとかしながらまとめていく。柔らかいのでまとめやすい。

「痛てえっ」
「我慢してよね!・・・・はい、これならいいよ。かなーりすっきりしたよ」
「そうかあ?あんまかわってねえような気がするな・・・・・」

 面倒そうに髪をかきまわそうとするイツキの手を急いで取り押さえる。

「折角結んだのに、ぼさぼさにしないでよね!」

 やれやれと軽く息をついて手を下ろす。まあ確かに顔にまとわりつくことはなくなったが、常に引っ張られてるようで落ち着かない。だがほどこうとしようもんなら、タイザーは多分烈火の如く怒るだろう。

「っち・・・。じゃあ、行くか」
「うん」

 二人は病院を出た。乾いた砂粒が二人の足元を優しく誘う。






 晴天を背景にすう、と妖艶な体が浮かび上がる。空と似つかわしくない、濃厚な色香を放つキシュリーに9thはゆったりと余裕をもって振り返った。急ぐことはないのだから。

「9thちゃん、ご苦労さま。ど?いっこちゃんの様子は」
「元気でしたよ。何でも、大丈夫らしいです。例の病気というのは」
「そう・・・・」

 ほっと胸を撫で下ろす。最悪の魔女と言われる最強の傭兵も唯一の家族である弟には弱いらしい。人にあまり見せない、弱った顔をちらりと見せてすぐに仕事の顔に変わる。

「それで。メモはあ?」
「渡しました」
「・・・・・・そう」
「聞いてもいいですか?」

 キシュリーは嬉しそうに微笑み、「なあに?」と甘ったるく訊ねた。9thがこうして話しかけてくるのは珍しい。悔しいが弟に感謝してあげてもいい、とキシュリーは内心頷く。

「アイラシェリ、という人物は知り合いなんですか?」
「・・・・そうねえ・・・・・・。兄のね、恋人だったのよお」

 キシュリーは9thを椅子に勧めた。しかし9thはきりっとした動作で手を出し「大丈夫です」と無表情で答えた。残念そうに肩をすくめ、しょうがなく話を進める。

「兄がね、一目惚れしちゃって。仕事一筋の人が、アイラちゃん一筋になって・・・一番元気に見えたわねえ、あの時の兄さん・・・。でもねえ、おかしいのよ・・・・・」
「何がですか?」

 キシュリーはまどろむ記憶をゆっくり進む。微笑む兄は弱くて崩れそうで怖かったけど、とても好きだった。イツキが兄を慕っていたように、キシュリーも同じくとても慕っていた。時には弟と兄の奪い合いっこもしたぐらいに。

 そんな兄が恋をした。とても美しい人と一緒になれた。とても幸福そうで、でもやつれていく兄が怖くてどうしていいかわからなくて、ただ見守った。

 そうしているうちに、兄は短い生涯を終えた。哀しい以上に体が凍りついて動けなかった。このまま一緒に死ねたらよかったのにとさえ思った。どうしてこんなにも、家族が消えていくのだろうと嘆いた。

 泣いた。体中の体液がなくなるほど泣いた。泣いて何かが変わることなどないと、嫌というほどわかっているのに涙が止まらなくて悔しくてまた泣いた。イツキも同じように泣いていたに違いない。姉と弟は意地っ張りだから、お互いにそんな姿は見せないようにと隠れてたからわからないけど、でも絶対に泣いていた。自分と同じぐらいに。

 その時、アイラシェリも。泣いていただろうと思ったのに。

「兄が死んだあとねえ・・・・アイラちゃんはいなくなっちゃったのよ。・・・・どうもね、いっこちゃんは知ってるみたいだけど、答えなかったわ」」

 兄が死んだ時、弟はアイラシェリの家にいた。何があったのか、後になってわかった。本人の口からは聞いていないが、安易に想像できる。イツキは兄の好きなアイラシェリが好きだったから。どうしようもない弟だ。

 9thは軽く「はあ」とだけ答え、崩れかかった姿勢を直した。

「その後ねえ・・・・・・いっこちゃんがブルーヘブンを追うようになったのは」
「ならばそのアイラシェリという人物がブルーヘブンだと?」

 キシュリーは目を瞑って肩をすくめた。アイラシェリの顔はもうよく思い出せない。

「さあねえ・・・・・・・。でも一つわかってることがあるわ」

 開いた目の先に、微笑んだ兄が見えた気がした。

 一人だけ幸せそうに溶ける。天国に連れて行かれた人。

「アイラシェリは、この街に来たのはたった一回。その後は・・・・・・」

 兄を連れて行ったのは?アキイは何に飲み込まれてしまったのだろう。

 キシュリーは頭に指を添え、軽く首を振った。

 この事実をどう受けとればいいだろうか。どう転んでも「悪い」部類に入る事実を。受け止めた上で、自分はどんな行動をとればいいのか。

 弟は一体どんな事実と結論を持ってくるだろう。どちらにしても、最後の家族は失いたくない。







 舞い上がるスカートを押さえ、タイザーは顔を上げた。思いのほか早く街に着いた。まだ日も高い。もっとゆっくりでよかったのに、とタイザーは内心ぼやいた。

「飯でも食いながら詳しい場所を聞くか」
「・・・・うん」

 最初に見つけた食堂に入ると、まだ夕方ということもあり人の出入りはまばらだった。暇そうなウエイターが気だる「いらっしゃい」と席を指でさす。二人は座り、早速メニューを覗きこんだ。小さくまとまった街だが、物資は豊富なようでメニューのバリエーションもいい。

「うんとー・・・僕ねー・・・ハンバーグランチ」
「俺・・・・・・んあー・・・・・野菜スープ」
「と?」
「そんだけ」
「だめだよ!ちゃんと食べないとだめって、言ってたよ」
「食べてるだろ。野菜っていやあ、ビタミンが豊富で肌にいいんだぞー。お前も野菜取って、肌きれいにしろよ。女は肌の曲がり角が早いからなー」

 くちびるを尖らせ、頬を膨らませ「余計なお世話だよ!」とヒステリックにタイザーは叫ぶ。幸い、人が少なかったので怒られることはなかったが、それにしても大きな声でイツキは肩を飛びあがらせてしまった。

 とりあえずその二つを頼むと、イツキは手前にいた40代そこそこの中年の男に目をつけた。服の具合や持ち物から察するにこの街の住人だろう。食堂の置きもののようにしっくりとなじみ、新聞片手にお茶をすすっている。

「あのさあ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?何だ?」

 男はお茶漬けをかけ込み、温厚そうな笑みを浮かべた。

「この街にアイラシェリって女がいると思うんだが・・・・・・・」
「ああ、アイラちゃんかい」

 男の顔に少しかげりが生じた。ほんのわずかな影だったが、逃すイツキではない。しかし今はそれよりも詳しい居場所だ。

「どの家か教えてほしいんだが」
「アイラちゃんか・・・・・アイラちゃんの家はな、この先5件ほど行ったところに雑貨屋がある。そこを右折した2件先の家がそうさ」
「ありがとうな」

 意外とあっけなく聞けてほっとしたような、不安なような心を抑えながら、顔に出ないように息を吐いた。
 続きを男に聞こうと思ったが、男はウエイターと顔見知りらしく、しゃべり始めてしまった。

「すぐわかってよかったね」
「まあな」 

 ちょうどよく料理が出てきた。まあ行けばわかるのかもしれない、とイツキはひとまずアイラシェリのことを忘れた。

 二人は同時にいただきますを言うと、のんびり食べた。こんなに穏やかな時間は久しぶり・・・いや、なぜ普通のことを穏やかだと感じているのだろうか。イツキはここ数日で自分が老成してしまったような気がしてうすら寒くなった。

「いっきー、本当にそれだけで足りるの?僕のお肉、あげるよ」
「これでいっぱいいっぱいだから、いい。だから食えよ。胸大きくなるように」
「もう!うるさいなー・・・。いっきーって人を胸でしか判断できないの!?」
「あと、尻」
「ばか!」

 タイザーは頬を膨らませながらポテトを投げつけた。

「食べ物を粗末にするなよ〜」

 受けとって、しぶしぶ食べた。そうしているうちに食堂はピークに入った。人の声と言う声がやかましい楽器となって辺りに鳴り響き、食べ物の匂いが薄気味悪いマーブル模様となって鼻を刺激する。

「そろそろ行くか」

 二人は食べ終えると同時に外に出た。やはり夕飯時、外に人はあまりいない。歩くのがらくだな、と思いながら二人は言われた通りの道を歩く。

 太陽の残り火がわびしく砂粒を照る。空を見ると群青が迫ってくる。もう夜だ、とタイザーは鼻をすすった。

「ね、いっきー」
「ん?」
「あのね」

 下を向く。どう切り出していいかわからなくて、黙ったまま数歩進んだ。

「あのね・・・えっと・・・アイラシェリって人・・・だあれ?」
「ああ。言ってなかったか?そいつはな、前言ってた兄貴の彼女だよ」

 答えは簡単に返ってきた。あまりにも素気ない台詞にタイザーは思わず嘘だと思ってしまった。

「お兄さんの?」
「ああ」

 タイザーはそれきり黙り、心の中で少し怒った。イツキも何も言わなかった。

 アイラシェリの名前を口にするイツキの表情は、どこか切なく、遠かった。イツキじゃないみたいだった。

 絶対他に理由があるくせにそれに関して何も言わないことに少しだけ怒った。そして怒りの感情が吹き出る自分の内側にも釈然としない思いで怒った。

「ここか?」

 メモと照らし合わすと、住所は合っている。特に変哲もない普通の一軒家だ。小さくてこじんまりとしているが、クリーム色の壁と伝うアイビー、そよぐレースカーテンのコントラストが切り離されたオアシスのようで砂の上に立っていることを忘れさせる。

 ここにアイラシェリが歩問うに住んでいるのだろうかとイツキは家を仰いだ。でもここまで来たら引き返すわけにはいけない・・・人差し指がベルに向かい・・・しかしそのまま腕を落とす。

「・・・・・・・」

 このまま帰っちゃえばいいのに、とタイザーは黙って見つめる。それでも数十秒経ってから、イツキはようやくベルを鳴らした。じりり、と虚しく部屋中にベルが鳴り響き、続いてぱたぱたと走る音。

「はい?」

 出てきたのは懐かしい面影のある・・・・・・見知らぬ中年女性だった。痩せて骨ばっているが、白い肌はまだ柔らかくふんわりと花の香りを含んでいる。所々の部分でアイラシェリと重なるところがある。おそらく母親だろう。雰囲気もまた似ていた。

「あの・・・・ここにアイラシェリという人は」

 女は困ったように頬に手を当て、首をかしげた。そういう仕草もアイラシェリを彷彿とさせ、体が落ち着かなくなる。

「お友達かしら・・・・・・・?」

 一瞬躊躇したが「はい」と答えておいた。

「こっちへどうぞ・・・・・・・」

 女の声は酷く暗く沈んでいる。拒絶されるのかと思ったが、すんなり入れることに、イツキもタイザーも思わず顔を見合わせつつ誘われるままに家に入った。

 家の中は一言で言えば清潔。外の壁とは違い、中の壁はほのかにミントグリーンの入った淡い白い壁。家具も同じく白を基調としたもので、所々花や小物が飾ってあるが乱雑な空気はない。まるで箱庭のようだな、とイツキはぼんやりと眺めた。

「この部屋です」

 かしゃん、と小さな音を立てて扉は開く。ノックはしなかった。

 イツキの中からアイラシェリの記憶があふれだす。この匂いは、耐えがたい甘い匂いはアイラシェリの肌の香りと同じ。

 もう二度と見ることはないと思った、嗅ぐことはないと思っていた人。いや、もう一度会いたいからブルーヘブンを追いかけた?

 答えは出るのだろうか。


 そして、そこにアイラシェリはいた。


「アイラ・・・・・」

 変わらぬアイラシェリ。豊満な胸、真っ白な体、あの時のくちびるも全て。懐かしいあの日のまま。

「ア・・・イラ・・・・?」

 笑わない。話さない。
 彼女は、ただ眠っていた。
 イツキは茫然とアイラシェリを見下ろすことしかできなかった。時が氷結している。

「・・・・これは・・・・」
「まだ知らなかったんですね・・・・・・この子は・・・・突然、眠り姫になってしまったんです・・・・」

 豊満な胸が上下に規則正しく揺れている。間違いなく、生きてはいる。かろうじて・・・。

「どういう状態・・・なんですか?」

 がくがくと震えそうな体を内面から必死に押さえ、母親を見る。もう慣れてしまったのか、母親は笑みすら浮かべて首をかしげた。

「ただ眠っているだけなんです・・・・ただ・・・・。成長しない人形を見るように、この子は時の中に埋もれてしまった・・・・だから目覚めない」

 あの日のまま。
 歌ったあの日のまま。兄と笑い合っていたまま。

「・・・・かわいそうな子です・・・折角街で歌手としてスタートを切ろうとしていたのに・・・たった一回歌っただけで・・・仕事も決まったのに・・・歌うことなく、眠ってしまったんです・・・・・・」
「え?」

 イツキはアイラシェリの母親に振り返る。

「仕事?決まった・・・?歌う、ことなく?・・・・・あの、アイラシェリはいつから?」

 母親は少し遠い目になり、ゆっくりと秒針刻む時計を見る。

「かれこれ・・・・・・・そうですねえ・・・・・2年・・・・2年と数ヶ月ほどになるでしょうか・・・もうすぐ3年になります」
「え・・・・・・・・」

 酷いめまい。上も下も感覚を、時間すら感覚が消えて落ちていく。

「嘘だ・・・・・・・・」

 イツキの時間が、戻る。心が逆流する。景色がわからなくなっていく。

 アイラシェリを見たのはもうすぐ3年・・・・・3年前になる。そしてその後兄と暮らすようになった。それが1年弱。アイラシェリがブルーヘブンになって消えたのは2年前。数字がごちゃごちゃと入り混じる。

「いつから・・・はじめから・・・・・ブルーヘブン・・・・」

 歌ったのは真実。でも暮らしたのは夢。

 だとしたら、どうして本物は眠っている?不思議なほど、穏やかに。

 穏やかに、干からびていった兄。

 みな、不思議なほど・・・・幸せそうに。

「ああ・・・・・」

 アイラシェリの母はいつの間にか流れていた涙をそっと拭うと、イツキに微笑みかけた。

「すみません・・・・。まだお名前を伺っていませんでしたね・・・・・」
「え?ああ・・・・・・。イツキ、です。こっちはタイザー」
「イツキさんですか。・・・・この子とはいつ・・・・・・・」
「え・・・・ああ、兄・・・アキイがこのアイラ・・・アイラさんと・・・・」
「もしかして・・・・・アキイさんの弟さんですか?」
「え?・・・・・・あ、ああ、そうですが」

 この家に入れたようにすんなりと母親はアキイの名を飲み込んだ。仕組まれたように進む会話にイツキは吐き気すら覚える。

「そうだったんですか・・・・・。アキイさんがここまで運んでくれたんですよ。わざわざ、ラフレアの街から」

 兄はアイラシェリがこのようになってここまで運んだ。でも、アイラシェリと暮らした。

 それはブルーヘブンで・・・・本物は眠ったまま。

 アイラシェリの声で鳥が嘯く。

 求める者の姿となり、共に歩みましょう・・・・・。

 なら。求める者の姿となるにはどうする?

 「本物」はどうなる?ブルーヘブンの意志は?

 天国に、飲み込まれるなよ。

 兄貴、何を知ってる?何をわかって、願った?

 ブルーヘブンはどうして共に人と暮らす?ブルーヘブンは人を取り込み、求めるものとなり、共に歩み、人を食らい、人になりたくてまた求む・・・・・9th、どういうことだ?

 歌が、聞こえる。切望する、アイラシェリの声が・・・・・。


 歌に、気をつけて。







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