37・求む者

 苦しいの?苦しいの?馬鹿な人。
 もう君の命は少ない。何か欲しいの?死にそうな目で、何を求めるの?

「・・・・あの歌が欲しい・・・・」

 切望する歌が離れない。たった一回、あの聞いた曲が忘れられない。あの瞳が忘れられない。
 どうしようもなく欲しい。自分だけを見てほしい。欲しい、あの姿。
 あの姿で、温もりを与えてくれ。孤独に振るえ、死という閉ざされた一人の世界から救い出して。残された時間を、ひたすら埋め尽くして。

「・・・俺は欲しいんだ。・・・もう俺は・・・あと少しの命だから・・・・せめて・・せめて傍にいてほしい」

 叶えてあげましょうか?君の望む姿で、君の側にいてあげましょうか。
 どんな姿でも自由自在。・・・・君の側にいれるなら。孤独を埋めることができるのなら。
 望む姿になり、君と共に歩むでしょう。

 さあ。何が欲しいの?

「・・・・・あの歌が・・・・アイラシェリが欲しい・・・」

 求める人間。求める姿。
 欲しいのは情報。なりきるための、記憶、声、姿、全て。
 全てを手に入れ、人となる。吸い尽くして、人となる。
 ずっと側にいてくれる人。永遠に、私のものになる人を。
 私を愛してくれる人を。ただひたすら求める。

「傍にいてあげるわ・・・愚かな人。ずっと・・・・。好きよ、アキイ・・・・」

 孤独を、埋めて。




          Heaven?


 気だるく車を降りる。砂埃が激しく舞い上がり、車も街の入口もみな消える。だが次の瞬間には風が吹き、砂が空高く舞い上がって消えた。

 懐かしい匂いにイツキは振り返り、笑った。まるで幼い日に戻ったように錯覚する。そこには姉も兄もいて・・・記憶にはまるでないが、両親の姿もあるような気さえした。青い鳥のことなんて、幻のように。

 しかし現実は姉一人、ぽつんと立っていた。砂で表情は隠れているが、仁王立ちする姿は多分怒っている。それでもイツキはへらりと弱く笑った。

「ただいま」
「・・・・・お帰り・・・・」

 イツキはキシュリーのものとにゆっくり歩み寄る。声はひどく落ち着いているが、眉間にはしわが刻まれている。やはり怒っていたが、激昂することはない。ただしんしんとキシュリーは弟に話しかける。

「やせたわね。お見舞いに行ったのよ。あんたってばいくら叩いても叫んでも起きないから、つまらなかったわ」
「タイザーから聞いたけど・・・病人に何するんだよ・・・・」

 それは初耳だった。病人でも容赦しない恐ろしい姉だ。姉はさらに目をとがらせると、じろりと横目でイツキを観察した。

「・・・で?そのタイザーちゃんはどうしたのお?」
「捨ててきた」
「は?」

 きょとんとするのも無理はない。だが、言葉通りの意味以外何もない。

 ずっとくっついてきたものを振り払って、元の状態に戻しただけだ。なんてことないのに、キシュリーはなんて言っていいかわからず目を右往左往させる。

「・・・・どういうことなのよお・・・あんた、どういうつもりで・・・あんなに寂しがってた子を?捨てて?・・・何を考えているの」
「なんつーかな・・・捨てたっつーか、家に帰した」
「家にい・・・・?」

 キシュリーはまだ腑に落ちない顔をしていた。それなのにイツキは笑うことしかできなかった。

 何を考えてるなんて自分でもわからない。ただ、ある予想が浮かんだ。その予想通りであってほしくないがためにタイザーを切り捨てた。

 それは誰のための行動だったのだろうか。イツキは少し目をそらし、自嘲気味に自分に尋ねる。

 タイザーがこれ以上泣かないため?家族を失わないため?誰の、誰が。

 俺も優しくなっちまったもんだ。ガキのために?・・・違うだろ?

「何を笑ってるの・・・。だからあんたもここに帰って来たの?」
「ま、そーなるわな」

 肩をすくめ、久々の我が家の戸を開ける。イツキはそのままソファーに倒れ込み、仰向けになってだらりと足をたらす。

「りぃ姉〜俺、もうブルーヘブン探すのやめるわ」
「どうしたのよお・・全部が急すぎるわ。・・・ねえ・・・あんた、気づいてる?なんだか・・・変よ」
「俺が?何がどう変なんだよ」
「タイザーちゃん。わざわざ家に帰さなくてもいいじゃない。そもそもあの子、家族いないんでしょ?一人なんでしょ?何で連れてこなかったの」
「俺はやめるけどガキは続ける」
「・・・・家に、返したんでしょ?」

 少しずつ歯車が狂っていく。がちがちとかみ合わなくなって、はじけ飛びそうだ。

 イツキはだらりと体の力を抜きながら「本当だ」とぼんやり思った。キシュリーと会話しなければ気づいて・・・明確に気づくことはなかっただろう。でも何が狂っているかわからなかった。

 青い鳥をやめる自分。家に帰れとタイザーに言った。そう。「帰れ」と。

 家族を失わせないように、タイザーの望む家族たちが本当に失せてしまわないうちに帰した、つもりだ。

 だったら、帰れじゃなくてやめろと言うべきだったのではないか。やめて、共にここに戻ってくる選択肢もあったしそれはタイザー自身も言っていた。なのに、帰した。

 何という矛盾だろうか。一体自分はどうしてしまったのだろうか。

 本当は誰のためにやった?誰が、何を求めそうになった。求めたらどうなるかだなんて。

 今は青い鳥が怖く感じる。

 イツキは逃げるように目を閉じて、眠るアイラシェリを思い出す。美しいままの姿で延々と眠る姫。

「・・・・アイラ、見てきた」
「・・・そう」
「寝てたよ。アキ兄といたとこと全くかわんねえ姿だった」
「そうね・・・・・・・・」

 まるで時間など進んでいないように。今にも、兄が笑顔で帰ってきそうなほど懐かしい空気が流れる。

「結局さ、ドラッグコントロールなんで引いたんだ?」

 キシュリーはお茶をテーブルに置くと、ソファーに座り足を組んだ。色気のあるむっちりとした腿がゆっくり動く。

「機密、よお」
「機密?」

 寝転がったまま、目だけを姉に向ける。キシュリーは鋭い目をしていた。仕事の時に現れる厳しい顔つき。

「・・・・ブルーヘブンというのは、後でつけられた名前」
「後で?」
「おそらく、自分でつけた名前だろうって・・・・言ってたわあ」
「誰が?」
「もちろん秘密。一応仕事なのよお。・・・でももう一つ。ブルーヘブンが求めるのは人間らしいわあ」

 キシュリーは頬をつき、足を組みかえる。たっぷりと間を置いた後、目を瞑った。

「孤独、よ」
「は?」

 うっすらと目が開き、イツキを眺める。

「もしあんたが一人だとしたら?兄さんも、あたしも、両親も。みないなくなってしまったら?もしあたしだったらあ・・・寂しくて他の人を求めるわあ・・・誰か、一緒にいてくれる人を」

 イツキは起き上がり、キシュリーに体を向ける。どくんと心臓が大きく脈打った。

「それと同じ、なのか?」

 キシュリーは頷き、お茶をすする。イツキも少しぬるくなったお茶を一口飲んだ。

「だからあんたたちみたいな人間を呼ぶのよ。そして望みどおりの人間になり、人間としての人生を歩む。そうすることによって孤独を埋めてるんだと思うのよお・・・・・・・」
「俺もそう思う・・・・・」

 イツキはお茶を全て飲み干し、下を向く。情けない自分の顔がたぽん、と揺れた。

 孤独だから、孤独に飢えた人間を。愛情に飢えた人間を呼ぶ。
 求める力が強ければ強いほど、ブルーヘブンは人になれる。近づける。

 一緒に、なれる。

「兄貴・・・・・孤独だったのかなあ・・・・」

 また寝転がり、天井を見る。眼前には何も映らない。

「そうかもねえ・・・・。一人だけ体が弱くて、いつも死と隣り合わせ・・・だからアイラちゃんを望んだのかもねえ・・・寂しいわね、無性に」

 人を殺しそうな目で、切望する声で歌うアイラシェリ。孤独の匂いを漂わせ、張り詰めた声の糸にアキイは見事引っかかる。
 そして願う。ブルーヘブンに。望みの姿を。

「でも本物のアイラシェリはああなっちまった・・・・・・・」
「あたし、思うんだけどねえ。ブルーヘブンというのはね・・・・・人となるために人を食べているんだと思うのよお・・・」
「何でそう思う」
「・・・・だって、その人間になるのよ?アイラちゃん見たでしょお?完ぺきよお・・・・姿も記憶も完ぺきだった。だから、ブルーヘブンは、人間の情報を得るために吸い取ってしまい・・・・最後、今のアイラちゃんに・・・・」
「もうやめよう」

 イツキの声がはっきり響く。

「全部予想だ。・・・・・本当のことなんて、ない・・・・・。兄貴と住んでたのは本当にアイラかもしれねえし、最初から最後まで本当はアイラで・・・」
「何逃げようとしてるのよお。それに・・・あんたはこのことをなんとなく感じ取っていた。だからタイザーちゃんを家に帰したんでしょ?」

 イツキの喉がぴくりと反応して止まった。でかかった言葉がつるりと胃まで落ちていく。

「あれが・・・求めるのは家族だ。・・・自分の願いのせいで、家族が永遠の眠りなんて嫌だろ?」
「そうね・・・・・・」

 ふ、とキシュリーの髪が揺れた。遠くまで飛んで行きそうなぐらい、スローモーションに髪はなびいた。

「・・・・じゃあ」

 キシュリーは力なく笑う。ようやく姉としての顔が優しく浮かんだ。

「兄さんを殺したのはあたし・・・あたしたちかもね・・・・・・」

 兄に生きて欲しい。兄にもっといて欲しい。兄がいることを願う。

「・・・かもな・・・・・」

 だが兄は病気で、眠る前に死んでしまった。

 いや。アイラシェリは生きている。ただ寝ているだけで。

 眠りながら生きるだけの体力がなかったのだろう・・・・それほど、アキイの病状は悪かったのだろうか。そしてブルーヘブンは、そこまで思うほど飢えているのだろうか。全てを吸い尽くしてしまうほど。

 人の思いは、そんなに強いのだろうか。

 だとしたら、追いかけることは悲劇だ。

 何と滑稽な姿だっただろう。あんなにもずっと追いかけてきたイツキ、タイザー、それにマルアス、まだ他にいるであろう人々。

 叶う先にあるのは偽りの愛情と罪深き現状。

 残された姉弟はただ目を瞑るしかできなかった。

 兄が耳元でささやく。


 天国に飲み込まれるなよ。








「わあ〜!おねーちゃんのピストルかっこいい!」
「この赤いマントかわいいね〜」

 タイザーは幼児たちに囲まれ、ぐるぐると目を回した。現にマルアスの家にいた子供たちはタイザーの周りをぐるぐる回っている。何が楽しいのか、全員満面の笑みを浮かべていた。

「あたしもこんなマント欲しい!」
「え・・・あ、うう・・・」

 小さい子供に慣れてないため、タイザーは何も言えずやはりぐるぐると目を回した。
 もう涙は出ない。悲しさも込み上がらない。まだ笑えないが、タイザーは少しだけ元気になっていた。
 マルアスは楽しそうな子供たちを横目に、椅子に座り一息ついた。

「おじさん。無茶してない?」
「ああ」

 一番年長のティエと名乗った少女は心配そうにおじを見つめる。タイザーよりもまだ幼い少女の瞳は愁いがあって、どことなく大人びている。

「気をつけてね・・・・じゃないと、母さんみたいになっちゃうから・・・・・」
「わかってる」

 ティエは不安げに瞳に映し、ふとタイザーを見る。

「あー!触んないでっ!」

 タイザーはどうしていいかわからず、ぐるぐるとその場に回って子供たちの排除を行っていた。子供たちは嫌がるどころかますます奇声をあげて、嬉しそうに散る。

 いくら嬉しそうでもタイザーは限界だった。子供たちの和が崩れたところを見計らい、マルアスたちのいるところまで一気に駆け抜けた。

「もうもう!」

 ティエは嬉しそうにくすくすとか細い笑い声を上げながらタイザーを見る。

「珍しいんですよ。お客様なんて滅多にないから・・・・・。タイザーさん、お茶でもどうぞ」
「ううん、ごめんね。僕、もう行くからいいよ」
「行くって・・・・・・・・もうですか?今来たばっかりなのに・・・」

 ティエは初めて子供らしくしゅんと肩を落とすが、タイザーは行かなくてはならなかった。

「カリスの街まで、行かなきゃいけないから。・・・・・すぐそこだしね」
「でも・・・・・・」

 ティエは心底残念そうにしょんぼり下を向く。

「また来るよ」

 タイザーは明るく笑ってティエの肩を叩いた。ティエは顔を上げ、やわらかく、でもぎこちなく笑った。ブルーヘブンのことが終わったらまた遊びに来ようかな、タイザーはこっそり思ってもう一度ティエの肩を叩いた。

「じゃあ」

 タイザーは手を振り、背中を向ける。

「おじさん。タイザーさんを見送ってきてね」
「ああ」

 マルアスも重そうな腰を上げた。

 あっという間の出来事だったが、タイザーの胸は暖かくなっていた。まるで優しいスープを飲んだ後のように、ほっこりと暖かい。

 だからこそ疑問に思う。

 タイザーは顔を上げると、マルアスの顔を追った。賞金首として外で出会った時よりも幾分か明るい顔をしているように思えたが、やはりほの暗い。

「マルアス・・・・・なんで賞金首なの?」

 マルアスは無言でタイザーを睨む。しかしタイザーは怯まず、続けて質問する。

「あとあの子達、誰?」

 マルアスから息が漏れる。初めて見る、観念した顔だ。

「ティエは妹の子だ・・・・後はこの町で行き場をなくした子供」
「え?でも・・・・妹・・・あの子のお母さんいなかった・・・・あ・・・・」

 タイザーは急いで口を塞ぐ。そして消えそうな声で「ごめんなさい」と謝った。

「・・・・・・俺が殺した」

 タイザーの小さな心臓が大きく脈打った。マルアスのほの暗さに触れたような気がした。

「それをたまたま、街のやつらが見ていた。それも殺した。だから賞金首になった」

 淡々と、岩のような口は言葉を漏らす。何の抑揚もなく。

「父親は・・・・・?」

 マルアスの顔のように重苦しい沈黙。脈が速く、大きく響く。

「・・・・・正確には」

 こくん、とタイザーの小さな喉が鳴る。いつの間にか砂は沈黙している。

「俺がティエの父親を殺そうとして、かばった妹が死んだ。だが二人とも死んだ。それだけだ」
「・・・・・ブルーヘブンへの願いは」

 マルアスの瞳が少しだけ輝いた。刃物を研いだ後のような美しい鈍色を反射して。

「・・・・・・妹が蘇ること」
「そっか・・・・」

 タイザーは止まってマルアスを見る。以前よりもマルアスのことを怖いと思わなくなった。
 やはり飢えているんだ。どうすることもできない寂しさと孤独で、倒れそうになっている。

 ブルーヘブン。なんて残酷な鳥だろう。

「もうここでいいよ。僕、行くね」

 マルアスは最後まで仏頂面のまま、目だけでタイザーに合図を送って踵を返した。

「ティエちゃんによろしくね〜!また、遊びに行くから!」

 タイザーは大きく手を振り、また前に進む。今は振り返らない。何に対しても。


 イツキに追いつけなかったのは。
 その嘘をわかっていて、まだ心が決まってなかったからだ。
 暖かい小さな手たちにふれて、欲しいものが形を成した。

 ブルーヘブンが形を変えていく。その姿は?

 さあ、故郷に帰って家族に会おう。父に、母に、弟に。
 そして言いたいことを言ってやろう。
 その後、その後は。

 イツキの元へ帰ろう。

 タイザーは心に決め、駆け抜けるように砂漠を走った。

 その空を、鳥は歌う。


 願いが強い人間は大好きだよ。
 人間として生きて生きたいから。
 もっと強く願って。
 そして人間になりましょう。







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