5・ギャンブラー

 まったく。何やってんだろうな、俺は。

「む・・・ん・・・・・」

 ブルーヘブンを探してから・・・・いや、ブルーヘブンと出会ってから、運がねえ。

「すう・・・・・・・」

 運も運ですげえよなあ・・・・。

 女運、だ。

 ぜってえ悪い。

 どの占い師でも言うぜ、きっと。

 これもお前が用意した道だというのか?ブルーヘブン・・・・・


 お前は一体、何者だ?




          Heaven?


 何が悲しくてガキの寝顔を見つめなければならないのだろう。イツキはため息をつき、ベッドに腰かけた。スプリングの弱い、粗悪なベッドはかすかな振動でも激しく揺れたが、彼女が起きる様子はない。

「ったく。このガキ、よく寝るな・・・・」

 こつ、と額を叩く。寝息以外何も言わない。隣で寝るタイザーは、何も知らない赤子のように無垢な顔で眠っている。何も辛いことのない、不自由のない子供みたいに。

「タイザー。俺、飯くいに行くけど」

 軽く揺さぶっても起きない。寝息の返事が戻ってくる。
 ようやく宿屋についたと思った瞬間、疲れが出たのだろう。タイザーは倒れるなり即効で寝息をたてた。連日のデザートシーブス退治と称した路銀稼ぎは小さな体に相当負担がかかるようだ。デザートシーブス退治も少しは控えればいいのだが、気がつくと突進している。まあ、自業自得だ。

 しかし着いたのは日が少し傾いたぐらい。夕飯にはまだ早かったので二人はまだ何も食べていない。イツキの腹が情けなく鳴った。余計にひもじい気持ちが込みあがる。

「おーい」

 耳元でささやいても起きない。少し音量を上げてみたが、効果はなかった。タイザーは何事もなく眠り続け、イツキは頭をかく。

「成長期ってやつか?やれやれ・・・・・・。つーか、なんでガキの世話まがいを俺はしてるんだ・・・・・」

 しかし金銭面ではタイザーが全て支払っている。食事、宿、ついでに酒に煙草。

「・・・・・・」

 イツキは軽く咳払いをして言葉を飲み込む。

「もとい、ガキなんぞ連れてるんだ・・・・・」

 自嘲気味に自分を問うが、答えなんてわかっていた。

 あの時、零れおちた欲望。ブルーヘブンのかけら。届くはずのない手が無理やりつながれた、焦燥感。

 数々のキーワードがイツキを襲い、たまらない焦りを思い出させる。

 それらは全て、「ブルーヘブン」という鳥で結ばれる。

 ブルーヘブンという言葉が持つ恐怖が背中にのしかかる。

 だからこのガキを無碍にできない、それはもうわかりきっていることなのだが。

「はー・・・やれやれ、だな・・・」

 どこまでも自嘲するため息がこぼれおちる。

 ・・・とりあえず、このガキがたまらなく上等な女だったらよかったのにな。ため息の中にはそんなぼやきも入っていたりするが、結局世の中はうまくいかないものだ。

 ひと思案した後、イツキは立ち上がった。路銀が出てくる財布の位置ならもう知っている。マントを漁り、財布からいくらか盗み出す・・いや、後で言えばいい話だ。盗んでなどいない。

「・・・・・タイザー!飯食いに行くからな!」

 大声を張り上げたつもりだったが、やはり起きなかった。

「よく寝るなあ・・・・」

 あきれながら金をポケットに突っ込むと、そのまま手を突っ込んでだらだらと部屋から出て行った。空はちょうど、どろりと濃い太陽が落ちていくところだった。腹の虫が悲しく鳴った。





 街の食堂はだいぶ繁盛しているようで、テーブル席は満席だった。家族を連れた人が食堂に来ることはまずないため、ほとんどが旅人・・・もしくは気まぐれなカップルや、独り身の人たちだろう。それなりの賑やかさと笑いが立ち上っている。

 イツキは仕方なく、カウンター席に着くと早速ウエイトレスを呼んだ。しっかりしつけられているようで、忙しいのに嫌な顔一つしないで駆け寄ってきた。

「ねーちゃん。こっちにステーキとビールな。あと、灰皿」
「かしこまりました」

 バーと違って、食堂はまだ品格が備わっている。こういった仕草ですぐにわかる。制服をきっちり着込んだウエイトレスは素早くメモに書き記すと、そのまま小走りに厨房へ行った。何も待たないで灰皿が置かれる。

「おう、ありがとな」

 イツキの返事を受け取る前にウエイトレスは次のテーブルへ向かっていた。

 忙しいのに気がきくな、と感心しながら火をつけた。

 肉や魚の焼ける香ばしい匂いと、シチューのほっこりとした匂い、酢の物のような、よだれが口中に広がる匂いに混じり、イツキの煙が店内に加わった。おそらくこの場で一番そぐわない匂いだろう。

「・・・・・・・・」

 近くに座る、おそらく警備軍か何かをやっている男だろう―胸元にそれらしきピンバッチをつけた大柄の男がイツキをにらんだが、かまうことなく吸い続ける。

「お待ちどうさま」

 ごとごと、と頼んだものがイツキの前にきっちり並べられる。

「ご注文は以上ですか?」
「ああ」
「それと」
「?」
「その煙草はおやめください。他のお客さんにご迷惑ですから」
「ちぇ・・・・・わかったよ」

 まだ半分しか吸えてない煙草をもったいなさそうにすりつぶす。それを確認すると、ウエイトレスはまた厨房に消えた。

 くすくす、と警備軍の男が笑った。先ほど睨んできた男だったが、どうやら結構シャレの通じそうだ。イツキは垂れ目を思い切り尖らせ、男を見据える。もちろん、冗談まじりの目で。

「んだよ、感じ悪いな」
「それはおあいこだよ」

 警備軍の男はすぐに返事を返し、再び笑ってステーキを豪快に切った。イツキも視線はそのままに、料理に手を付ける。

「・・・俺は何もやっちゃいねえぞ」
「食事中にその煙草を吸った。飯を食ってる俺に迷惑をかけた。・・・・ほらな」
「・・・・・・へーへー。ごもっともで」

 肩をすくめると、早速ナイフとフォークを手に持つ。

 久々のまともな食事だった。湯気の立つ肉に感動すら覚える。砂漠に出ている間は非常食の日干ししか食べれない(もしくは日持ちのする食べ物)。運がよければ行商人などから買えるのだが、出会う確立は低い。イツキたちは行商人に会わなかったので日干しで過ごした。

 ちなみに、イツキは文句ばかりをこぼしていたが、タイザーは何も言わなかった。それどころか、おいしそうに食べている。同じ食べ物なのに人でこうも違うものか、とイツキはさりげなくタイザーに感心したものだった。

 しかし何はともあれ、やはりこうして食堂で食べる肉汁たっぷりの肉が何よりうまい。

「あー。ジューシ〜!やっぱ肉はこの歯ごたえだな、うん」

 分厚い肉を切り裂きながら次々口に運ぶ。じゅわ、じゅわ、と肉汁が口中に広がり、しっかりとした固めの歯ごたえがイツキの腹を満足させる。

「うまーい」

 やはり感動を覚えながら、あっという間に食べつくしビールも飲み干す。

「ねーちゃん、おかわり」
「はい」

 空になったジョッキと食器を回収しながら頷く。

「あんた、賞金稼ぎか?」

 先ほど警備軍の男が自分のジョッキを持ちながらイツキの目の前に座った。食事は大体終わったようだ。

 イツキは適当に口を拭うと、首横にを振る。

「いんや。単なる遊び人」
「遊び人?・・・・・仕事はしてないのか?」
「生憎、俺は働くのが大の苦手でね。そういうあんたはこの町の警備軍か?」
「ああ」

 男も一気に飲み、ウエイトレスに注文する。

「遊び人が、こんな辺境の地まで何しに?」
「別に・・・・・。そうだ。あんた、青い鳥知らねえか?」
「青い?」
「ああ。青くてキレーな鳥」
「あんたのペットか?」

 ウエイトレスがジョッキを二つどん、と置いた。二人は同時に掴むと、やはり同時に口をつけた。

「やはり仕事のあとはこれだな。・・・・と、すまない。・・・・で、ペットを探してるのか?」
「いんや。これからペットにしようとしてるんだ」
「は?」

 男は首を傾げたが、イツキは構わずビールを飲んだ。

「鳥。青い鳥。通称ブルーヘブン」
「なんだそれは・・・・?あれか?魔法のセイレイみたいな感じか?」
「そうともいえるし、そうともいえない」
「???」

 男は余計にかしげて、「?」を大量に頭上に浮かべる。

「とにかく、青い鳥さ・・・・・」

 イツキはビールを飲み干す。瞳が一瞬、遠くに飛んだ。

「ネガイゴトでもかなえてもらうつもりか?」
「さあね。・・・そーそ。この辺でいい女、いねえ?」
「は?」
「そろそろ女がこいしー季節でね」

 何せガキばっかりで潤うがない、と心にこっそり付け加える。砂漠の非常食より食堂の肉がうまいように、薄いガキよりも熟れた女がいい。

 警備軍は苦笑いを浮かべつつも、それとなく反応した頬を緩ませる。

「なんなんだ・・・・それは・・・・・」
「なんだよー。あんた、男のくせにわからねえのかよ」

 男は肩をすくめてビールを半分まで飲んだ。

「まー、わかるけどな。俺は女房がいるんでね」
「羨ましいかぎりだ」
「あんたはいないのか?」
「いねえいねえ。・・・・・ガキはいるが」
「は?」
「いや。こっちの話。で?で?女はいねーのかよー」

 だだをこねる子供のように男の制服のすそを引っ張る。

「変な男だな・・・・・」
「あら」

 二人の後ろに座っていた女がイツキにしなりかかってきた。唐突に降りかかる息に、イツキは背筋を震わせた。もちろん悪寒ではなく、武者震いだ。ほんのり蒸気した頬にとろりと眠そうな目、ふうとアルコールの息、微かに香る香水。匂いは悪くない。

「あたしなんてどーお?」

 横顔をちらりと見る。化粧が多少きついが、それをとってもパーツパーツは整っていて、美人の部類に入れてもいいだろう。体もイツキ好みの、豊満なバストと細い腰つき。太ももが怪しく電気に照らされる。

「いいかもな・・・」

 思わず鼻の下を伸ばすイツキに、女は嬉しそうに口を釣り上げた。魅惑的だ。
 やわらかい胸の感触を背中で感じつつ、イツキはにんまりとだらしのない笑みを浮かべる。

「あたしねー。今日振られたのー。だからぁ・・・・ごはんも一人で食べてたのー・・・」

 ろれつの回らないくちびるをイツキの耳の側で動かす。

「じゃー軽くそのへんで。トイレとかでもいける口なんだけど」

 舌なめずりしながら女の方に向く。すると、気のきく・・ききすぎるウエイトレスが音もなく登場し、素早くジョッキを下げた。あまりに俊敏なので、イツキも警備軍も女ものけぞる。

「お客様。他でお願いします」
「しょうがねーなあ・・・・」

 イツキは女の腰を抱いて立ち上がる。

「じゃあな。青い鳥見たら言ってくれよ」
「ああ」

 男はまだ飲みきれてないビールを飲みながらイツキに手を振った。イツキも軽く手を上げると、女の感触を確かめながらふらりと歩いた。こうして間近に女を感じられるのは久々だ、肉を食べた時と同じ感動が再び胸に灯る。

 扉を開けると、風と共に黄色い砂が流れ込む。外は静かだ。星の瞬きすら聞こえてしまうほど。

 冷たい。雪女に触れられたように。その冷たさが、イツキにはちょうどよかった。酒と女の体温に助けられている。

「ようやく日常って気がするな・・・・」
「えー?なにぃー?」

 真っ直ぐ歩けない足をイツキに絡ませる。相当酔っている。

「何でもねえよ」

 イツキはまだ酔っていなかったが、女の息で頭がのぼせてくる。

 イツキの日常はこうだった。いるかいないかもわからないブルーヘブンを探し、煙草を浴びるように吸い、気の向くままに女を抱く。

 まどろんだ日常。夢にも近い。全て、忘れていく。

 砂漠に飲まれるように。

 甘い。匂い。グリップにしみこんだ彼女の手。 笑う、あの顔も。

 のんびりとした旅の中で忘れていた。ブルーヘブンも、どうでもいいとすら思っていた。

 なのにタイザーに揺り起こされ、再び現実の砂漠を歩く。あの顔が近づいては遠のき、忘れたいのに思い出させる。苦痛と快楽が入り混じり、どうしようもない欲求で体がせめぎ合う。

 ブルーヘブン、まるで麻薬のように。



「ん」

 裏路地に入るなり、女はイツキを引き寄せ、くちびるを合わせた。酒で熱くたぎった舌は滑らかにイツキに絡む。

「いいのか?こんなところで」
「あたしーこういうとこの方が好きなの」
「ふうん」

 いろんな女がいるもんだな、と思いつつ、今度はイツキからキスをする。

 さてさて、と心のなかで手をごますると、服のボタンに手を伸ばし・・勝手に弾けた。

「?!」

 よく見ると、ボタンが爆ぜたわけではなかった。


 銃声だ。吠えつくような、低いうなり声をあげて空に放たれる。


 アルコールが体内をめぐるように、二人はゆっくりとピストルの存在を受け入れた。

「・・・・・・きゃあ!」

 女は耳を塞ぎながらイツキを突き飛ばすと、ハイヒールだというのにものすごいスピードを出して一目散に逃げてしまった。

「あ・・・・おい!」

 手を伸ばした時にはもう見えず、そのまま女は暗闇に消えていった。

「ちぇ・・・・・・惜しいことした・・・・・・」

 たまにしか抱けない女が逃げていく。それだけでイツキの心がずどんと重くなった。

「・・・・・・・・・」

 しかし暗くなるのはまだ早い。
 暗闇の、銃の持ち主が動く。もう気配で誰かわかる。
 イツキはゆっくり振り返った。本音を言えば、このまま逃げてしまいたかったのだが・・・。

「タイザー」
「・・・・・いっきーのえっち・・・・変態・・・」

 声が震えている。暗がりに落ちる顔は何を思っているのかわからなかったが、全身震えていた。怒りかもしれない、とイツキは少し身構えながらも、おどけてみた。

「お。いっちょまえにやきもち・・・・・ん?・・・・泣いてるのか?」

 暗闇が少し晴れる。瞳を潤ませ、くちびるをかみ締めていた。

「どうした?」
「置いてかれたと思った・・・・・・」
「は?」

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら裾で涙を懸命に拭う。しかし涙は止まることなくタイザーの頬をぬらしていく。

「また一人になっちゃうかと思った〜!!僕を置いていかないでよぉ〜!」

 犬が遠吠えするようにヒステリーな声を空に放つ。

「よ、よしよし・・・・・ど、どうしたんだ・・・・急に・・・・・」
「僕を捨てないで〜!」

 通りがかった人たちがぎょっとして二人を見る。暗がりに映る二人はもしかして親子に見えたかもしれない。
 さすがにやばい。イツキはタイザーの背中を押して宿屋まで連れていったが、始終涙は止まらず、置いていかれると呪文のようにつぶやき続けた。

「僕を一人にしないで・・・・・」

 宿屋に戻っても調子は戻らず、ベッドの上でほろほろと泣き続けたが、疲れたのだろう、うとうとと頭を揺らしてついに眠りについた。

 あまりに突拍子もないことにイツキの頭はついていけず、ただ目を丸くして頭をかく。見ても、タイザーは何事もなく安らかに眠っている。涙の筋だけが、先ほどのことを現実だと教えていた。

「・・・・・・なんだったんだ・・・・・?」
「すう・・・・・・・・・」
「まったく・・・・俺の日々が・・・・」

 のうのうと眠るタイザーの前髪をかきあげる。

「結局・・・・・こいつも、いろいろあったんだよな・・・・」

 ブルーヘブンを追う者が背負うほの暗い思い。
 吸えなかった煙草をくわえる。

「そして俺も・・・・・。結局はブルーヘブンをしっかり追わなきゃいけないんだな・・・・・」

 火をつける。
 そしてタイザーを起こさないように、そっと煙を吐いた。

 甘い煙が鳥を呼ぶ。

 ブルーヘブン。

「天国か・・・・・・」


 結局これが、お前の招待する道なんだな・・・・・。
 あいつのことを、忘れさせないように。
 俺の迷う気持ちを示すように。
 俺が選ぶものを、教えるように・・・。





<<−− TOP −−>>