6・甘くまどろむ

 眠る。
 深い眠り。
 暖かい眠り。
 やわらかい。
 安息が欲しいだけ。
 ブルーヘブンを求めるものは、安らぎを求めているだけ。
 眠る。
 眠るような安息と。
 ぬくもりと。




          Heaven?


 階段から転げ落ちるような浮遊感と恐怖。そして後からがつんと頭にこだまする女の悲鳴。

「・・・・・・・」

 全く回らない脳みそをかき回すようにイツキは髪をくしゃくしゃとなでる。寝癖のついた髪が余計に膨らんだ。

「・・・・・またか」

 重く、だるい上半身をゆっくり起こす。頭の中で黄色い悲鳴が何度もエコーしている。

「はあ・・・・・」

 垂れた瞳がよけに垂れた、寝ぼけた眼差しをドア付近に向ける。ふわ、ふわ、と枕から飛び出た鳥の羽が白くぼやける視界を余計にあやふやなものにした。
 がたん、と隣が地震のように小刻みに揺れ始めた。ベッドのスプリングがぎしぎしと苦しそうに軋む。

「きゃああああ!!!」

 女はさらに切り裂く悲鳴をあげる。ベッドの音と重なり、耳障りな不協和音を奏でた。
 女はシーツにしがみつきながら悲鳴を上げると、急いでスリップのみを着ると、そのほか着ていた服を抱えて出て行った。裸足で逃げるほど、女は恐怖を覚えたのだろう。それもそのはずだ、とイツキは寝ぼけながらも案外と冷静に対応していた。

 あくびを一つこぼすと、先ほどまで頭を預けていた枕をちらりと横目で見た。

 イツキと女の二つのくぼみの真ん中に穴。

 逃げるのも無理ないよな、と呑気に思いながら煙草を加えた。昨夜の女の感触が蘇るような甘さにイツキは惜しいと思いながらも、何となく満足そうに息を吸い込んだ。肺まで甘さが満たされる。

「おはよう。タイザー」

 甘い息を吐き出しながらイツキは安穏とした調子で顔を上げた。目線の先・・銃声の主・タイザーは入口で銃を構えたまま立ち尽くしていた。朝日に照らされたルガーP90は、冷たく赤い光を反射している。

 かたかた、と地震が再び起きる。タイザーの体にのみ、だが。

「・・・・・いっきーの変態!」
「・・・・んあ?」

 煙を吐きながら首をかしげる。

「どこがだ?」

 瞬間、タイザーの顔が赤くなる。

「とりあえず、上着を着てよ!!」
「・・・・・・・・」

 煙草をくわえたまま、イツキはにんまりと猫が笑うように細くいやらしく笑った。

「上着だけでいいのか?」
「はあ?!」
「下もはいてないんだけど」
「変態変態!!!そこが変態って言うんだよ!」

 パン!と重い衝撃がまたベットを襲った。イツキはベットに開いた穴を見ながら、また髪をなでた。慣れたとはいえ、危ない以上に命が危険のさらされている。
 そんなことはお構いなしに、タイザーの銃は火を噴き、彼女自身も火を噴く。

「女の人なんか連れ込んで・・・!」
「お前はどこぞの女房か?いいだろ・・・・女の一人や二人」
「よくない!」
「なんでだ・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「やーい、答えれない。やーいこの処女〜」
「なっ、なっ!」

 思ってもみない単語にタイザーは余計に顔を赤くし、一歩引き下がった。その反応にイツキは余計に笑う。

「それとももう処女取れちゃったかな〜?最近のガキは早いからな〜」
「・・・・・・・・」

 タイザーの震えが大きくなった。イツキはその様子を舐めるように見てはにやにやしていたが、ややってタイザーは顔を上げて激しく目を尖らせた。

「死ね!」

 パン、パン、パン!

 見事な腕前で、ルガーP90は正確にイツキの側をかすめてベットや壁を殴る。

「冗談だ、じょーだん」
「死んでから言えよ!」
「へいへい」

 そろそろからかうのもあきたのかイツキは煙草をもみ消し、もそもそとそこら中に散らばる下着や上着を着る。その間、タイザーは後ろを向いて着替えを待った。顔の火照りはまだ消えていない。苛立ちながら腕を組み、足をとんとんと鳴らす。

「まだ?」
「見る?」
「汚さそうだからやだ」
「・・・・・汚くねえって」

 ぱんぱん、とジャケットを払うと「いいぜ」とタイザーの側に寄った。彼女はまだ機嫌が悪いらしく、恨めしそうな目でイツキを見上げる。

「近寄らないでよ。汚い」
「汚くねえって。何だよ〜。女とやるのは男の性なのにさあ」
「僕のいない時にやりなよ!」
「お前のいない時・・・・・・?お、コンビ解消か?」
「?!」

 とたんにタイザーの瞳がぼやける。こぼれそうな大きな瞳からあふれ出る水。

「あ〜!あ〜!わかった、わかった!冗談だ。冗談〜」
「うう〜!!」

 悔しそうに泣くタイザー。

「ああ〜もう!何なんだよ、お前は!そんなに一人が嫌なのか?!」

 涙を必死にマントで拭うと、刺すような鋭い瞳で「嫌に決まってるじゃないか!」と叫び、また溢れ出てきた涙を拭った。

「・・・・・・・・まあ、落ち着けって」
「落ち着けないよ!」

 完全にヒステリーに陥ったタイザーをなだめようと肩に手をかけるが、獣のような爪で引っかかれてしまった。

「みんなそう言う!僕を捨てようとするんだ〜!!」
「なんのことだなんの!」
「うわ〜!!!」

 滝のような涙をとめどなく流しながらペタリ、とタイザーは床に崩れた。

「・・・・たく・・・・・。何があったか知らねえが、俺は当分、お前とコンビ解消する気ねえよ」
「本当お?」
「ああ。お前の路銀、あてにしてるからな」

 本当のことだった。イツキの路銀はほとんど尽きた。われながら情けないと思いつつ、頬をかく。

「・・・・・・・・・」

 それでもタイザーには効果があったようで、涙が止まってきた。まあよかったと胸を撫で下ろす。

「今まで一人じゃなかったのか?」
「一人だよ。僕は捨てられたんだ」
「??」
「内緒。ブルーヘブンが見つかったら言う」
「わかったよ。・・・・で?朝食食いに行くんだろ?」
「ばかいっきーのせいで忘れるところだったよ。早くいこ。僕、朝の市場に行きたいんだよね」
「へーへー。行きますか」
「うん!」

 真っ赤になった小さな鼻を擦ると、タイザーはようやく笑顔を取り戻した。

 何とまあ、表情がころころ変わるやつだ。すごい拾いモノ・・いや、拾われたというべきだろうか。とにかくにぎやかい奴とコンビを組んだな・・イツキは気だるそうに息をついた。






 朝の市場は活気があった。
 砂漠が街を攻めているというのにこの街は野菜や果物といった、水っぽい食べ物が多かった。最近ではオアシスがなくても育つ、乾燥に強い植物も増えてきているらしい・・・そのおかげかもしれない。街自体は古いものだったが、技術はなかなか進んでいるようだ。

 そのおかげだろう、様々な人々で表通りはあふれかえっていた。

 二人も歩きながら店を見渡す。りんごやみかん、なしやぶどうといったオーソドックスなものに加え、見たことも無い棘のあるフルーツや異様な匂いを放つ小さな実がところ狭しと陳列している。

「わあ!」

 タイザーは瞳を輝かせて食い入った。朝の白い太陽に照らされ、より生き生き見える。

「すごい!僕、こんな果物見たこと無い!」
「あ〜・・・・そりゃあ、パリウリっつーやつだ。珍しいな・・・・。一部の、水気の多少ある砂漠でしか育たないやつだ」
「へえ〜・・・・・」
「お兄さん、詳しいね!」

 露天商の亭主が果物の棚からひょこっと顔を出し、人なつっこい笑みで麦わら帽子を取った。

「このあたりでしか育たないんだよ。・・・・ひょっとして、お兄さんこの辺の人?」
「いんや?」
「へえ。じゃあ物知りさんだ」
「・・・・・兄貴が詳しかったんだよ」
「え?いっきー、お兄さんいるの?」
「え?ああ。まあな。姉貴もいる」なぜか目線を泳がせた。
「へー・・・いいなあ」
「そういうお前は?」
「・・・・・・・・」

 タイザーはその問いに答えず、ふらりと露天商の亭主に他の果物について聞いた。表情は何も変わらなかったが、明らかに不自然な仕草だった。

「?・・・・・知られたくない、てやつか・・・・・」

 イツキはそれ以上聞かず、艶やかなりんごを手にとって空に投げた。

 青い空に手を伸ばす赤子のようなりんご。

 いつか食われてしまいそうに。

「ところで、おやじ。青い鳥、知らねえか?」
「青い?」
「そ。キレーな鳥。ブルーヘブンっつー名前」

 亭主は首をかしげ、無精ひげのあるあごをさすって「知らないなあ・・・・」とつぶやく。

「そうか」

 期待はしていない。この名を知る者は稀だろう。自分やタイザーのように、招待されていなければ知ることのできない名前。何かを求め、追いたいと渇望する者が知る名前。それでも聞かずにはいられない。

 亭主は悪戯小僧のようににかっと笑うと、ごぞごぞと棚を漁った。

「似たような名前なら知ってるけどね」
「え?何々〜?」
「これだよ、お嬢ちゃん」

 ぽん、とタイザーに果物を渡す。宝石のように透明感のある青い粒。一見ぶどうに見えるが、ぶどうのように房になっていない。三つだけついている。さくらんぼとぶどうの間のような果物だ。見たことないのだろう、タイザーは目を丸まるとさせて食い入った。

「これはね、ブルーヘリズっていうんだよ。近くに「ヘリズ」って街があってね。そこでしか取れない、貴重な果物だよ」
「あはは!聞いたか、タイザー。ヘリズだってよ〜!二文字違い。そりゃーいい」
「あほくさー」

 イツキは笑いながらブルーヘリズをつまむ。青い粒が空のようにきらりと輝いた。

「俺たちの鳥も、これっくらい簡単に見つかればいいのにな」
「全くだよ」 

 鼻でため息つくタイザーに、亭主は微笑みかけた。

「お嬢ちゃんにあげよう」
「え?いいの?」
「ああ。おいしいよ、食べてごらん」
「うん!」

 薄い青い皮を丁寧に剥ぎ取ると、ビー玉のように艶やかな実が顔を出す。

 ぱく。と一口。

「甘い〜」
「だろう?特にこの季節は砂糖菓子のように甘いんだよ」

 亭主はにこにこと微笑みながらまた麦藁帽子をかぶり、奥に消えた。次の客が押し寄せている。
 タイザーはしばらく甘い味を堪能していたが、ふと思い出したように空を見つめた。太陽の位置がすでに高い。青い空はますます深みを増し、白い雲とのコントラストを浮かびあがらせている。茶色い瞳に雲が流れる。表情は消えていた。

 そしてぽつり、とくちびるを動かした。

「いっきーみたいな味がするー」
「は?」
「甘いんだよ」

 タイザーは空から目をそらし、また一口食べた。イツキは彼女をじっと見つめたが、答えは出てきそうにない。

「・・・・・どういう意味でしょう?タイザーちゃん」

 ちらっとイツキを見て、また口に放り込む。

「甘いんだって」
「は?」
「・・・・・・僕にも、女にも、自分にも。きっとブルーヘブンにも」

 ヒトリゴトのように続ける。熱に浮かされた子供のように。

「だから女の腹の上で寝るのが好きなんだ」
「甲斐性だって。俺は単なる女好き」
「そして変態」
「一言多い」
「ふんっ」

 そして最後の一つ。

 味わうようにタイザーは口の中で転がす。

 どうか早く見つからないでブルーヘブン。

「何か言ったか?」
「ううん」

 小さな喉がごくんと鳴った。

「おいしかった」
「そりゃよかったな」

 イツキはけけ、と笑い、露天街を歩き始める。

「次はそのヘイズの街にでも行くか?偽者の、天国へ」

 ブルーヘブンが本物かどうかわからない。

 天国へ誘う鳥なのかも。

「ある意味、おいしい果物の育つ、偽者の天国の方が「本物」なのかもな―」


 二人は歩く。砂漠の向こうへと。まどろんだ、地平線へ。





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