序章・ハジマリノソラ

 世の中ってやつはさ、あれだよな。

「ちっ・・・・またか」

 無情だよな。

 車一台止まろうとしねえ。人も俺をクソみたいな目で見やがる。野良犬なんか俺にえさをたかりに来るんだぜ?おいおい、犬だろ?獣は獣らしく自分で狩れってんだ。

 捻くれてるなって?正直、苛立ってるさ。俺の指に誰も止まってくれねえ。つまんねえヒッチハイクをしている真っ最中。

 景気悪いよなあ。みーんな通り過ぎる。

 俺はただ、青い鳥を追っかけてるだけなのにさ。

 天国へ通じるための、空よりも遠い「青い鳥」を。

 ・・・あー、また通り過ぎた。

「いい加減、つかまんないかね?」

 歩いてこいって?

 無理だよ。

 俺はまだ、流される道の方がいいからさ。まだ自分の足じゃ未熟で立てねえよ。

 だから、さあ。

「誰か止まれよ、畜生〜!」




          Heaven?


 ガソリンの匂いをまき散らし、ぽつりぽつりと車が通り過ぎる。
 あたり一面の荒野。サボテンすら生えていない。黄色い砂埃が立ち上がるのみ。砂は真っ青な空を覆い隠してしまいそうなほど高く高く、黄色く染めていく。

「あーあ・・・」

 黄色い砂を白い煙が細く蛇のようにとぐろをまいて空を目指す。しかしそれは到達することなく、砂に飲まれた。

「あーあ・・・煙草がまじいまじい」

 イツキは一人つぶやくと、もう一度加えてゆっくりと肺に煙を満たした。甘い香りが一面に広がる。シロップのように甘い煙だ。

「おいおい、兄ちゃんよお。その煙草どーにかしてくれないか?」

 おんぼろトラックを運転する少し小太りの男は運転しながら後ろを振り返った。ただでさえ「甘い煙草」という存在すら納得できない事態だというのに、煙はさらに甘い。先ほどから耐えいたが、限界だった。
 車体が軽く左右にゆれる。砂漠の道は不安定だ、溝に埋まらなかっただけでも運がいい。
 イツキは口笛混じりに煙草を吐き出し、肩を揺らして笑う。

「おやじ〜ちゃんと前見ろよ」
「お前がそれをやめたらな」

 イツキは軽く舌打ちすると、適当にもみ消して外に放り投げた。まだ半分残っていた煙草は即座に飲み込まれて消えた。

「おい!俺の車を焼くな!」

 男はさらに後ろを向いて片手を挙げた。しかしイツキは知らん顔。

 激しく左右に揺れる車。イツキの体がのらりくらりと起き上がりこぼしのようにゆっくり揺れた。

「おいおーい。俺はあんたと心中する気ねえよー前向けー」

 今度は男が舌打ちした。前にちゃんと向くと、ぶつぶつと一人文句を言ったがイツキには聞こえない。イツキはなのものんびりと体を左右に揺らしている。

「おいあんた。どこまで行けばいいんだ?」
「決めてねー」

 耳を軽くほじり、忘れてしまったのかわざとなのかトリ頭なのか・・・もう一度煙草をくわえた。火をつけていないというのに甘い香りがむっと充満する。

「てめえ!がくしゅーのーりょくねえのか!それ、やめろっていっただろう!」
「ああー・・?ああ。いいじゃん」

 軽く手を添え、火をつける。揺らめく炎にくすぐられ、煙草はゆっくり点火する。オレンジと灰色が交じり合うように葉を燃やしていく。くすぶる音が胸を躍らせる。

 車内が一気に甘くなった。

 この車に窓ガラスがなく、外の空気が常に循環しているというのに甘い香りはどこまでも車内にまとわりつく。

「あーうま」
「畜生!普通の煙草吸えよ!」
「やだね」

 イツキは垂れ目を吊り上げて猫のようににたりと笑った。

「俺はあまーいのが好きなの。女の肌のように滑らかな甘さのな」
「げ、言ってろ。・・・気持ち悪いやつだな・・鳥肌立った」

 イツキはいたずらが成功した子供のように無邪気に「けけっ」と笑って煙草をくわえた。

「ところで、行き先は?旅人野郎」

 男はきつくハンドルを回した。大きな岩が転がっていたのをよけたのだ。車体は先ほどより、浮くように揺れた。おかげでイツキは倒れ、窓枠に頭をぶつけた。窓があったら今頃大怪我をしていただろう、と大きくなってきたたんこぶをさすった。

「で?」
「うるせえな。俺は旅人じゃねえよ」
「じゃあなんであんな、何にもないところにいたんだよ」
「空が青かったから」
「はあ?」

 男は素っ頓狂な声を上げたが、イツキは煙草を含んでしまったので即座に答えなかった。真っ白な煙を真上に吹き出す。とびきり甘い煙だ。
 男は後頭部をかくと、悔しそうに顔の皮膚を寄せた。

「ちっ・・・狂ってんのか・・・妙なやつひろっちまったよ、まったく・・・・」
「けけ」

 今度は最後までちゃんと吸えた煙草を放り出す。黄色い砂に絡められ、小さなシケモクはすぐさま姿を消す。
 遠くに消えたカスを見つめ、イツキは何かを思い出すように目を細めた。

「俺は探してるのさ」
「探す?恋人か?」
「んなおもしれーもんじゃねえよ。鳥だよ、鳥」
「鳥?」

 男は声を裏返らせてばかりいるがイツキは笑ってばかりいた。

「あーあ、そうさ、鳥。しかも真っ青な鳥。幸せの青い鳥ってか〜!?」
「あーもう、降りてくれ!」
「そう言うなよ。とりあえずあんたがいく街まででいいからさ」
「ついたらとっとと降りてくれ」
「へいへい」

 男二人を乗せた、今にも壊れそうな車は走る。

 荒野を、黄色く塗りつぶして。

 青い鳥は笑った。


『まだそんなところにいるんだ。だから言ったんだよ、歩いて来いって。そんなんじゃ、捕まえれないよ』


 青い鳥は空に溶けた。


 イツキは窓から身を乗り出して空を見る。

「あーしてやられたな」
「今度はなんだ」
「あんたもこりないやつだな。俺に毎回つっこむなんてさ」
「お前が妙なことばっかり言うからだ」
「妙か?ふーん。・・・・いやあさ、鳥が空に溶けたんだよ。俺の探してる鳥」

 男は答えない。イツキからは見えないが、おそらくあきれてるかこめかみをぴくぴくさせているかのどちらだろう。どちらに転んでも、男はイツキから早く身を引きたいと思っているに違いない。

「俺はあいつの飼い主なのにさ、すぐ逃げる」
「ならかごに入れとけ」
「無理無理」

 体を元の位置に戻すと、手を軽く振った。

「あいつはかごになんて入れねえよ。むしろ逆さ。かごから人を出しちまう」

 足場の悪いところにちょうど入ったのか、ごとごとと細かく揺れ始める。イツキの声にも振動がかかる。

「一体何なんだ?その鳥は」

 イツキはまたも笑った。

「俺のラッキーアイテムにして最高の「女」だよ。そして俺はその「女」の尻を追っかける単なるあほ男」

 車が止まった。

「さあ、降りてくれ」
「え?話はこれからなんだけど」
「もーいい。もーいい」

 男は思わず二回繰り返して言うと、さっさとエンジンを切ってしまった。

「さあ」
「ふうん。ま、いっけどさ」
「じゃあな、変態」

 イツキは素早く降りると、男をちらりと横見した。

「失礼だな。俺はイツキ。単なる遊び人」

 適当にコインを投げ、男に放り投げた。

 コインを受け取ると、もうイツキの姿は数メートル先にいた。

「ちっ・・・わりにあわねえ料金だぜ」

 やはり文句を垂ながらコインをポケットに閉まった。もう彼の姿はない。


 代わりに遠くで金色の光が強く瞬き、砂漠の真ん中に落ちた。

「―お、表だ」

 こいつみたいにさ、コインで全てが決まりゃあいいのにな。

「いいことあるかねえ?」

 そうしたらお前なんかすぐに捕まえてやれたのに。

 捕まえて焼き鳥にしてやる。

「それまでくたばるんじゃねえぞ」

 俺もくたばりはしねえさ。

 たぶん。

 運、強いしな。

 いける、きっと。

「まずは酒だな、酒ー」

 絶対見つける。

 まってろよ、青い鳥、俺の女、俺の恩人。


 ブルーヘブン。


 それがそいつの名前。


 青き楽園へいざなう鳥―




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