| レイストロ歴1145年。 誰もが忘れることのできない年。 色彩の女王が死んだ日。 その日を境に世界中に飛び散っていた「黒」が服に落としてしまったワインのようにじんわりと・・そして急速に広がっていった。 そこで女王を支えていた家臣たち・・・女王亡き今は彼らで国が成り立っているが・・・彼らは考えた。 この世界を汚す「黒」を焼き払おう。 レイストロ歴1146年より、「ブラックテューマー」を焼き払うという意、「ブラックアウト」が実施された。 「彼」がその被害を被るのはまだ先の話である。 レッドゾーン 1 灰色の煙が立ち込める。 まるで湿気をふんだんに含んだ雲のように煙は天井にもくもくと立ち込めていた。 「・・・・・ここにいると肺が病むな」 ぽつりと女は言葉を漏らしたが、誰も答えるものはいない。吐き出されるのは灰色のよどんだ空気のみ。 色彩の女王が死んで早くも世界は2年を迎えた。 即ち、今はレイストロ歴1147年。 色彩の帝国と呼ばれる世界、レイストロは女王という柱を失い急速に衰えていった。まるで肥料をなくした樹木のように、枯れるように。吸い取られるように、目のくらむように鮮やかだった世界が「黒」に染まっていく。 音を立てるかのように「黒」に飲まれた町を「ブラックテューマー」と・・・・誰が言い始めたか定かではないがそう呼んだ。 女のいるこの空間・・・・音楽も洒落た照明も何もない、あるのは男たちが吐き出す煙のみの寂れたバーも「ブラッくテューマー」の一部であった。 女王は万能だ。この世界の全てだ。 世界は女王によって構築されていた。 女王が世界を繁栄させる「色」を「力」を「光」を放ち、世界を安定に保っているのだ。 ・・・・即ち、黒く染まった町というのはイコール色彩の女王の加護を失ったということイコール町の死滅を意味する。 大地は枯れ、水は毒水に変わり、空はいつも暗黙明かり一つなく、人々の活力はなくなる。あるのは煙草と酒と、くたびれた日々。息までも無気力。 そしてこのバーにいる者(ロットシャドウ、と呼ばれている)も例に漏れず、こうして先ほどから何をするわけでもなくただ煙を吐いているのだ。 「・・・・中々・・・暇なものだ」 女は埃の浮いたグラスを突付きながら頬をつき、辺りを見回してため息をついた。やはり反応は何も返ってこなかった。 黒ずんでもはや影と化している男たちだったが、女だけは違った。 同じ黒でも少量の光でも艶やかに揺れる肩まである黒い髪、鋭くも色気を含んだ切れ長の藍色の目。瞳の奥には獣のようにたぎった赤で満ちている。何より、全身から噴出すオーラ。全ての色を放つこのオーラは普通の人なら圧倒され、ひれ伏すだろう。 そこにいきなり咲いた花・・・にしては、輝く力が強すぎるが、大げさに言うと太陽のようだった。いや、太陽を食らった獰猛な獣だろうか。女を見つめたものはおそらく目がくらみ、よけいに黒ずんでしまうだろう。 それほど強い色彩を放つ女がこんなよどんだバーにいるのか。 誰も興味を示さず、誰も何も言わない。 「・・・・マスター。何か話してくれ。暇でしょうがない」 そう言いながら女は少し見上げたが、初老のマスターは何も返さなかった。このようにマスターといえど、反応はない。 完全に影になる日はそう、遠くないかもしれない。 女は黙り、じゃれるようにグラスを突付く。しかし沈黙は1分と持たず、女は薄い唇を開けた。 「そうそう。忘れるところだった。マスター、少年を一人知らないか?」 やはり返事はない。周りからの反応もなかった。女はもうそれを了解しているのか、一人続ける。 「長い金色の髪に華奢で白い体・・・・瞳は海のように透明な翡翠色。しかもまるで何かの動物のように大きい・・・・見た目は少女と間違うほどだ。・・・・まあこれは資料で見たものを口頭で答えてるだけだが。実際は会ったことなどないんだがなあ」 女の放つ言葉の一つ一つ、意味深なものを含んでいるようにはっきりと発音する。機械でもこれほど明確に発音する人はいないだろう・・・それほどぴし、っとしたものだった。 言葉を放つと女の色は余計に強くなる。 「そしておもしろいことに、そいつは「コヨーテ」と呼ばれているらしい。意地汚い獣なのか・・貪欲なハイエナなのか・・・・。・・・・興味深いと思わないか?」 女は喉をくく、と鳴らしてマスターを見上げた。彼はようやく嫌々そうに彼女を見て、グラスを取り上げた。 「あんたみたいな女と話してる時間はねえんだ。とっとと帰んな」 「それはそれは・・・随分な言い方だ」 「でねえと、ここも「ブラックアウト」に遭うかもしれないぞ?そうしたらあんたみたいな女でも一網打尽だ」 ブラックアウト。その単語に女は眉をぴくりとかすかに吊り上げた。 ここ2年で急速にブラックテューマーは広がっている。 それらを消すために、残された色彩を保つように世界を治める上位の人々が作った政策だった。 ブラックテューマー及びそこに住むロットシャドウたちを一斉に焼き払う。 誰が泣こうと叫ぼうと、全て焼き尽くす。 血も涙もない、という文字通りの作戦だった。 「ひでえ話さ」 マスターはグラスを乱暴に拭き、割れそうな音を立てながら棚にしまうと「閉店だ」とつぶやいてとぼとぼと少し腰の曲がった体を歩かせ、入口にある立て札をひっくり返した。 「そうかそうか・・・・・閉店、か」 女はやれやれとため息を少し漏らすと、隣のスツールに置いておいた帽子とマントを手に持った。暗がりにあるそれらはまるで黒い塊のようだった。 女はぴん、とそこにいる男たちよりもたくましい体を背筋を立てて立つと、少し笑うように口をひん曲げた。 そしてぽつりと「それは残念だ」と荷物を持つ手とは反対の手を振り上げた。 「少しだけここが気に入りそうだったが・・・・まあこれも仕方ないことさ」 女は入口からよれよれと戻るマスター、そして閉店になったにも関わらず煙草をふかしてそこにただ座っている男たちをぐるりと見渡した。 「グットラック、皆様?」 振り上げた手がふおん、と風を纏いながら下りた。 女の笑みが一層強くなる。 「焼き払え!」 ごうん! 獣が咆哮を上げるような、けたたましい爆音。 黒く沈んでいたバーが一瞬にして赤く、夜明けのオレンジ色に染まる。 「な・・・・・!」 バーのマスターは少し腰を伸ばし、一瞬にして起こった出来事を把握しようとしたが、時間が経てば立つほどあたりは赤い竜に飲み込まれていく。 「何が起こったんだ・・・・・!」 マスターはがくがくと震える足を叩きながら女を見た。 女は先ほどと代わらぬ笑みを浮かべながら、帽子とマントを着用した。 マスターの目がはっと見開かれる。 「その帽子の紋章・・・・・赤いマント・・・・・・・!!そうか・・・・・!」 彼は全てを把握した。 赤く消えていく黒き腫瘍、赤い炎を背負う女、そして帽子に刻まれた剣に絡みつく蛇の紋様。 ぶわ、とマントが舞い上がった。 「貴様・・・・・・・!・・・・・ラスティカの軍人か・・・・・!」 女は肩をすくめ「今さら気付くとは」と、とんとん、と帽子を叩いた。 「ま、あんな暗がりじゃあ気付くはずもない、がなあ・・・・・本当にお前たちは腐ってるよ。少し心地いいなーと思ってしまった私も腐ってるかもしれないが・・・。・・・さあ、マスター。悔いるがいいよ。この土地に住まっていたことを」 女はさらに手を振り上げ、落とす。 それと同時にどこに潜んでいたのか・・・・・甲冑に身を包んだ兵士だちがぞくぞくと火を吹き、剣をひらめかせ、血の花と炎のワルツを奏でる。 「中々お似合いの音楽じゃないか・・・やはりバーにはしっとりとした音楽が一番」 と、女は満足そうに鼻歌を歌い、兵士の一人から剣を受け取った。 「もう一度問おう、マスター・・・・」 艶やかに光る剣がマスターの喉元をかする。ただす、と通り過ぎただけなのに彼の喉元は鮮やかな緋色の血を流していた。 「かわいいかわいい、コヨーテの存在を知らないか?」 「・・・・・・・・・・」 「イエス?ノー?」 炎を含んだ彼女の目が細く揺れ、口元からこぼれる歯は今にも食い殺しそうなほど光輝いた。 「し・・・知らん・・・・・!」 「それは残念。グッバイ、マスター」 剣がひらめいた。 血しぶきが軽やかに宙を舞い、炎と共に消え去った。 「ふうむ・・・中々つかまらないものだ」 ぶん、と剣の血を振り払うとぽいとつまらなさそうに捨てた。剣は倒れたマスターにぶつかったが、彼が起き上がることはない。 女は見下しながら振り返ると、「ブラックアウト」の終えた兵士たちが集結し、剣を掲げていた。 集団から一人の兵士が一歩前に踏み出し、女の前に跪き、手を胸に当てた。 「エリエステス大佐、ブラックアウト完了しました」 「生き残りはないだろうな?」 「完全に葬り去りました」 「ご苦労。下がってよし」 「はっ。・・・・・・色彩の女王に栄光あれ」 「栄光あれ」 兵士がもとの集団に戻ると、全員剣を上げたまま「栄光あれ」と叫んだ。 赤く照らされる剣は黒を打ち消した証拠。 黒き影がどす黒い赤血に溺れるのは色彩への忠誠。 マントが大きく翻る。 女・・・・エリエステスは声を張り上げ、兵士に手を振りかざす。 「引き続きターゲットを探せ!早急にだ!!」 遠くで誰かが泣いている。 色彩を、早く。
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