いい加減に、と何度言ったことだろう。

 それこそいい加減に飽きた、と言いたくなる。だがその台詞も何度心の中で思っただろうか・・・・。


 カルアは頭を抱え、軽くかいてため息をついた。しかしそんな風にあきれて見せても彼らが止まることなどない。何度やってもやっても・・・結果は目に見えている。


「・・・・・パディ・デュランダ。・・・・・いい加減に」


 してくれないか、と言いかけたところでパディは勢いよく振り返った。余韻で金色の髪が細く素早い鞭のように宙を返ったが、その隙間から見える顔はくちゃくちゃに縮んでいた。小動物が怒り狂ったらこのような顔になるかもしれない、とカルアは大分麻痺してきた頭で思いながら残りの「してくれないか」をつぶやいた。


 その瞬間パディは顔を赤く昇らせ、瞳を尖らせた。


「うるせえ!プリンは黙ってカラメルソースでもすすってろ!」


 その文句はどうかと思う、と今日という日は冷静だった。いつもなら同じように顔をはじけんばかりに顔を赤く染めて口の思うがままに台詞を連打するのだが・・・疲れてるのかもしれない、とカルアは自分を慰めた。


 日に何度見たかわからない光景。

「あ、てめー!俺の肉を勝手に取るんじゃねえよ!」
「うるさい男女」
「誰が男女だ!腐れ童女!」
「死ね、ロリ男」
「ああん?んだと、犬以下童女が!よしわかったぞわかった。これからてめーはポチだ、ポチで十分だ!わんわん吼えてみろ!」

 食事の時ぐらい大人しくできないのだろうか。

 カルアは平穏を求めに自分の思考にふけった。


 

        ダークオレンジ 2


 

「食事のお時間です」

 と、ラミィは人懐っこいころんと丸い笑みを浮かべながらかたかたとカートを引いて入ってきた。入ってきた部屋は放心したパディとウナのいるおもちゃ箱のような・・・ウナの部屋だ。


 食事は共に、ウナ様の部屋で取るようにというのがカルア経由エリエステスからの命令だった。親交を深めるのに食卓を囲みながら会話するのが適切だろう、と。カルアはエリエステスを敬愛しており、命令は絶対正解だと思っていた。だが今回だけはこれは本当によい案だったのだろうかと思う。


 カルアがため息に埋もれている向こうでパディはパディでもう逆らう気力を無くしかけていた。


 次々と畳み掛ける事実。
 

 単なる一般市民・・・いや、それ以下かもしれない人だったつい数日前から一気に世界に色彩を放つ女王の王へと。誰もが羨むであろう、シンデレラストーリーである。しかも相手は年頃も近い女。男にとってこれとないチャンスとも言えよう。

 側で見ているカルアそしてちらちらと2人の世界を担う子供を見るラミィも少なからずそのように思っている。おいしい事態だ、と。

 だがそれはお互いがノーマルかつ平穏を好み、相手を思いやり、世界を夢みる色々な意味での「純粋さ」が条件だった。


 かん、と不快な金属音を立てて盾の皿にフォークの剣が歯向かい、弾かれる。

「て・め・え!何が楽しくてフォーク飛ばしやがる!」
「・・・・ちっ・・・・・」
「舌打ちしてーのはこっちだ!この幼女!」
「幼女はそっちだ」
「ああん!?どこのどーーこを見てそう思いやがる、このクソ!目が腐り落ちてんじゃねえのか?!あーそうかそうか、抉り出して煮て食っちまえ!」
「・・・・・・ばかかお前。人間の目玉は食えん」

 失笑と甲高いがなり声の往復戦。不毛に輪をかけて不毛だった。

 最初に交流・・・争いを求めたのはウナだった。今まで何も反応・・・唯一カルアの手に噛み付いていたのを置いても、ほとんどないに等しかった。それがパディが来てからウナは僅かに人らしさ・・・会話や行動、食事などを思い出したようにするようになった。それらにエリエステスは感嘆の声を上げて、いつもの少し皮肉っているような笑みで「それはよかった。やはりパディはそういう役目なのだな」と頷いたものだった。


 だがそれはなくてもよかったかもしれない、というのが世話係の意見だ。

 パディのおかげで多少のコミュニケーションが取れるようになったのはいい。問題はその発言、行動だった。

 前に述べたように、最初に行動を起こしたのはウナだった。

 ウナは運ばれた食事に必ず付いているフォークを見るなり、目にも留まらぬ速さという言葉がしっくりくる動作でパディに投げ飛ばしたのだった。パディは行動を理解するより早く、ブラックテューマーで生かした本能で回避。ウナが自分目掛けて攻撃してきたと理解するやいなやこの状況、今に至る。


 パディは口汚く時期女王をにらみつけた。とはいえ、見た目は黙っていれば人形のような風貌。睨んだところで小動物が毛を逆立てて怒っている程度にしか見えず、ウナは思わず笑うもとい失笑してあきれていた。

 かく言うウナのその口も大して変わらぬものだった。淡々と述べる言葉全てに悪意が詰まり、パディを攻撃する。棒読みに近いかすれた声と共に顔を歪ませ、目をそらしていかにも「こいつはばかだ」とあざ笑うように鼻から息を漏らす。


 これらももちろん、パディは律儀にも全て文句をつけ、怒りに燃えた。


 正直なところ、食事どころではなかった。


 おもちゃ箱のような部屋はもはや戦場と化している。

 ソースで数時間ゆっくり丁寧に煮込んだやわらかい肉が空中を飛び、今朝取れたばかりの朝露残る新鮮なシャキシャキレタスが踏まれ、ティースプーンが相手の体に突き刺さり、付け合せの熱々でかりっとしたポテトが頬を焼く。

「・・・・・・・・・・・」

 ラミィはしばらく笑顔のまま、手を前に合わせて背筋を伸ばして立って見ていたが(だが目はどこを向いているかわからない)、2人の世界の重要人が攻撃により皿の中身をなくすと「おかわり、もってきますね」とのんびりといつものテンポで言って素早く部屋を出た。

「あー・・・・・」

 カルアは唯一の中立人をなくし、思わず手を上げたがラミィは扉を閉めたあとだった。

 その場に崩れて泣けたらどんなに楽だろうか。

 思わず弱気で屈辱的な考えが浮かぶ。

 軍人でなくとも、貴族に生まれ、男として正しく生きてきた身、どちらにしろそれは許されないが今だけはそうしたいと強く願ってしまう。

 かん、と再び金属音の悲鳴が上がる。 

 それを合図に2人の攻防戦が終わった。いや、一時中断された。もうお互い、投げるものは何もない。


「・・・・・・おい、プリン」
「カルア、だ。・・・・もう・・・・呼び捨てで・・・・・」
「何でもいいだろ。・・・・・ほんっとうにこれが女王か?ああ?俺はこーーーんなやつの世話をしなきゃいけねえのか?」

 攻撃するものがなくなるや否や急に大人しくなったウナを横目にパディは唾を吐くそぶりを見せる。電池が切れた人形のようにウナはその場にしゃがみ、俯いている。目深に被ったフードのせいか、その表情は暗闇に落ちてわからなかった。

 パディは気にせず、唯一残ったアイスティーを一気に飲み干し、大きく息をついた。

「しょうがないだろう・・・・これは上が決めたことなんだ。僕に言われても困る」
「っち・・・所詮はプリン野郎ってところか・・・。・・・・エースのやつはどこに言った?」
「どうしてそれを君に教えなくてはいけない?」
「ああ?じゃあお前は教えない理由でもあんのか?」
「・・・・・・・・」
「けっ、プリンな脳みそしやがって・・・・。・・・・・もういい」

 糸でいきなり引っ張られたようにパディの髪がつん、と一直線にカルアの眼前で揺れる。気がつけばパディの華奢な体はカルアを通り過ぎ、扉付近にまで近づいていた。

「あ・・・おい、パディ!」

 うっせー、と耳に届くか届かないかの小声の悪態と共にパディは姿を消した。

 カルアはまたも逃してしまったことに落胆せずにはいられなかったが、そんな間なく腹をすかせたウナがカルアの手に思い切り噛み付いた。


 
 


 喉をつぶしたような悲鳴をパディは無視し、もう数回渡った白い廊下を1人音もなく競歩のペースで進む。歩いても歩いても変わらぬ景色にうんざりし、赤い絨毯はベルトコンベアかと心の中で文句を言う。

 廊下から一斉に降り注ぐ太陽の日差しが心地よいを通り越して痛みを感じる。それは今まで暗がりにいたせいだろうか、それともラスティカの強い生命に押されているせいだろうか。

 とりとめのない泡沫の考えを浮かべては消していると、無意識のうちに足は大きな扉の前で止まっていた。

 
 巫女・セロとラスがいる部屋だ。


 ここだけは昼間だというのに静かで、日陰の冷たさが放たれていた。それは中からくる冷気か、それともパディが受けたセロとラスの最初の印象のせいか。


 パディはこれも無意識のうちに手を添えていた。
 

「何をしている」

 
 聞き覚えのない声が突如静寂を破り、無意識に身をゆだねていたパディの体は大きく飛び上がり、すぐに元々持っている野生に近い本能をむき出しにして毛を逆立てた。

 後ろにいたのは身の丈はパディの倍以上だろう。扉に深い影を落とし、パディをすっぽり包み込む。威圧しているのか、それとも元々もつ威厳だろうか。気配は強く、濃い。

 縦にも大きいが、横にも大きかった。鍛え抜かれた熊のようにがっちりと鋼のような筋肉が制服越しにでもわかるほど隆起し、熱を発する。それに見合う少ししゃくれた顎にぽつぽつとひげが生え、眼光鋭くパディを見据えている。


 手は後ろに回してあるはずなのだが、いつでも攻撃できるような戦いの殺気を放っている。


 パディは一瞬にしてこの男が嫌いになった。自分よりも大きい、というだけではない。

 目だ。

 蔑んだ目をしている。

 パディの存在自体を否定するように、元黒い腫瘍にいたという事実だけで全てを排除する目。

 その目はパディの全身を確認しても変わらない・・・むしろ強くなっているようだ。

「・・・・その風貌・・・パディ・デュランダか」
「・・・・・・・・」

 パディは答えず、にらみつけた。宝石をはめ込んだような緑の瞳はかすかにおびえている。

「・・・・・・・・こんなところでうろうろされては困る。さっさと行け」

 一言一言にパディへの排除の気持ち、「命令」の強い発音が施される。

 パディは一瞬身を引かせたが、構わず背を向けてノブに手をかけた。

 その瞬間だった。
 
 小さな体が空を飛んだ。

 撫でるようにガラス越しの太陽の光がパディの体を照らす。スローモーションに流れていくパディの華奢な体は、そのままゆっくり降下し、上から殴られるように赤い絨毯に急降下してめり込んだ。

 体重が軽いせいか、パディの体はそこまで音を立てずに転がり落ちた。

 男は表情一つ動かさず、パディを見るともう一度「行け。近寄るな」と深い声で制圧するといつの間にか後ろに手を組むポーズに戻りその場を後にした。

「っくしょ・・・・・・」

 声にならない悪態と共にパディは軋む体を起き上がらせた。

 癪だがその時エリエステスの言葉が蘇った。

 ロットシャドウであるパディ・デュランダを誰も歓迎していない。 

 欲しいのは女王を目覚める鍵であり、パディは疎まれているのだ。

 だからと言って大人しくしょげしょげと肩を落としてウナを「目覚めさせる」パディではない。小さな拳で廊下を殴ると、蹴り飛ばすように扉を開けた。







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