世界は女王によって保たれ、女王以外を「王」として認めなかった。女王だけが唯一の「神」であり、統一してよい独裁者だった。

 しかし世界は小さく区分化・・・・「国」というものがいくつかある。

 ラスティカを中心とした各国が。

 各国は女王の意思で動かされ、生かされ、そして「国」としての個々の意思を持つ。いくら統一されていようと、それだけはばらばらだ。そのばらばらをまとめるのが各国のトップに立つもの。

 例えば「マルファ」にはレイシー、「ファンダム」にはイアン、そして女王が住む「ラスティカ」も女王以外の者・・・・5賢者と呼ばれる老人とエリエステス。大体が「大将」もしくは「大佐」の位置にあるものだ。

 そして亜熱帯地区「シャワル」には


「エリエステス大佐、シャワルより電報です」
「ああ」

 エリエステスは大体の仕事を任されていた。こうして細かい電報や知らせを受け取るだけではなく、鍵ことパディの捕獲やブラックアウト実行、さらにマルファとの友好条約などの大きな仕事まで。それは死んだ女王の意思であり、5賢者たちの押し付けでもあった。だがエリエステスはこうして仕事をしているときが何よりも心地いい。

 例え、電報の中身が体中の力を絞り出し、しぼませようと。

「・・・・・・シャワルの・・・・・」

 花弁の多い、大輪の華を文様としたスタンプで封されている。亜熱帯にのみ咲くという世界で最も大きな花だ。鮮やかなマゼンダ色というまるで夜を艶やかに舞う熟年の女性を彷彿とさせる花だが、爽やかで柑橘系のフルーティーな香りを放っている。こってりとした情熱と張りのあるさっぱりとした思考を持つ「シャワル」人にぴったりの花だ。

 だからシャワルは他の国々から愛され、そして恐れられている。

 突拍子もない考えのせいで。

 エリエステスは封を開ける前から嫌な予感で胸がいっぱいだった。

 先日行われた形式ばった条約会議をふと思い出す。

 口では皆、女王の不在に嘆いて「これからも仲良くしましょう」と手を繋ぎあう。だが手の平で交じり合う脂汗は気持ちの悪いものだ。お互いを拒絶し、腹の中で探り合う。しかし思いは一つだ。
 

 誰もが国を、世界を狙っている。
 

 世界は一つであり、ばらばらだ。
 

 女王を慕うものもいれば、女王を反対するものもいた。


 反対した者たちは言う。「これでは女王のするがままだ」と。


 それは違う。何度否定したか。 

 生まれてからずっと女王の下にいたエリエステスは全ての体を持って、力を持って、命を持ってそれを否定し、粉砕したかった。粉々にした後もその粉を集めて地中に埋めて何もかも消し去りたかった。そして言う。「お前たちは女王の何を知っているというのだ」「何も知らないくせに吼えるな」。

 乾いた紙がかすかにこすれ、インクの字を浮き彫りにする。

「・・・・・・・シャワル・・・・・ディアンダ・・・・!」

 電報は悲痛なうめきと共に丸められ、拳につぶされた。

 
 女王、ゼファーナ様。
 愚かな国の長が、この国を狙っています。・・・・・つぶしてやりたい。あなたの為に。


 封の大輪が砕け散った。

  

 
       ダークオレンジ 4




「で?」

 彼に対する言葉はそれで沢山だった。パディのこの「で?」には全ての思いや文句、それに疑問が詰まっている。

 それに対し、ティティは笑って硬直するだけだった。

 このひ弱な男、ティティはパディがエリエステスに連行される直前、捕まって捕虜になった人間だ。それより以前は、ブラックテューマーとなった町でバーのマスターをしていた。パディはそこの常連でそこそこ仲がよく、パディにしては話をする方であった。

 そのティティが今ここにいてパディに勉強を教えてくれるという。

 そもそも死んだと思った人間がここにいて、パディはこれでも少なからず驚いていた。本当はもう少し大げさに驚いてもよかったのだが、たて続いて起こる出来事で脳や体はすっかり慣れてしまったらしく、死人が蘇ったところでどうということではない。問題は・・・と頭で提示するが、問題は「特になかった」。

 だから余計に「で?」しか言えない、言うことがない。

「・・・・・もう少し驚いてくれてもよかったんだけど・・・・」

 ティティはしょんぼりと骨ばった肩を落としてパディを上目にちらりとだけみて床に落とした。もちろん、それで何か言うパディではないと知っているので1人続ける。

「あれからさ、殺されるかと思ったんだけど・・・あのエリエステス大佐?だよな。そいつが助けてくれたっていうか・・・・拉致られたというか・・・。気がつくとこういう・・・パディのこの部屋よりは小さいんだけどさ、そこにいて。目を開けたとたんに「勉強しろ、猶予は3日だ」って意味不明だろ?」
「お前の存在が意味不明だ」
「わーもーだから、言った通り、助けられたんだって」

 パディは近くにあった椅子に腰掛、脚を振り回すように組んでふんぞり返った。光の加減のせいなのか、眉間のしわはより深く濃く刻まれていて威嚇する子猫のようだった。

「あのエースに?まさか」
「そのまさかなんだって。俺だって殺されると思ったさ。でもこれもパディのためだとかなんとか・・・・・」
「・・・・・はあ?何で俺なんだよ」
「パディに世界のことを知ってもらうためだってさ。なんだお前、なんだか大変なことになってるなあ?」

 言いながらティティの声は嬉々としていた。トーンだけは「心配」を装っているが、表情からしてまるで推理小説を読み進めていくうちに出てくる謎を拾い集めて何になるか喜んでいる子供のようだ。

 パディはこの嘘のつけない子供よりも子供らしい顔をする年上を睨みつけて頬杖を付いた。

「またか・・・・。知りたい知らないなんだなの、鬱陶しいんだよ畜生が・・・」
「まあいいじゃないか。こうして再会できたし、俺は生きてられたし。勉強も中々興味深かったぞ?恐らく、これはあんまり市民の知るようなことじゃあないと思うけどな・・・・」

 と言ってティティは横目にパディを見た。パディはその目線にため息で答え、軽く目を瞑った。そうやって特別感を出してパディの興味を引き出そうという魂胆だ・・・・というのに気付いてしまったからだ。だが、どちらにしてもパディはそれを興味深いとは思わないだろう。

 
 それよりも早くどこか行きたい、そればかりだった。
 

 ティティに会えても「黒」の時代は蘇ってこない。静かな掃き溜めはやはり、あの鮮烈な赤に燃やされて今はどこにもないのだろう。あのエリエステスなら空間を消滅させるぐらいわけない、とパディはどこかしらで思っていた。そしてそれは現実だった。

「パディ、何か疲れてるな。ちゃんと飯食ってるか?」
「・・・・うっせえぞ」
「・・・・・反抗期の子供を持つ親ってこういう気分かな」
「黙れよ」

 だんだん、ティティを視界に入れるのも声を聞くのも億劫になってきた。エリエステスの放つ赤と記憶の中に埋もれつつある黒の時代、黒を知るクリーム色のような男ティティ、太陽の眩い白、そしてウナのどろりと腐った泥の色、セロとラスの水のように透き通った印象が入り混じり、溝のような色になっていく。全ての食物を腐らせる威力のある「色」がパディの中でこねくりまわり、胃を破壊して腸を搾り出し、全身に突き出た針のような鳥肌を立たせる。
 

 もう限界だ、と自分で言ったのだろうか?


 声は切迫していた。もう吐き出してしまう、と。
 

「・・・・・・パディ?」

 うるせえ、と体内で言葉が駆け巡る。出たくても出せない迷路に迷い込み、泣き喚いているようだった。

「どうかしたのか?」

 
 黙れよ、ほっとけよ。だがどの言葉も行き場をなくして体内で粕ととなって溜まっていく。

 
「・・・・・・」

 ティティも黙り、そっと近寄った。

「・・・・・お前、具合悪いんじゃあ・・・・。ちょ、俺、誰か呼んでくるわ」
 

 誰も呼ぶな、誰も。俺は何も欲しくない。
 

 だがこうしている間も言葉の粕は体を重くし、沈めていく。

 ティティの姿が歪み、引き伸ばされてまた縮む。歪んだ鏡の世界にいるような錯覚と共に途端に目の前がふつんときれた。


 

 

 ラスティカの5賢者は各国で有名だった。何せ平均年齢が70歳を超えている。
 表では風格のある、とそれでも失笑気味に称えられているが、大半の人たちが「この死に損ないの化石」と陰口をたたいている。

 まさしく、と同意してしまうのはもちろんエリエステスだけだった。部下のカルアもそのようなことは言わない(もっとも、カルアは固い男だが)。そのほかの部下たちや大佐たちも言わなかった。

 その自分が今、こうして5賢者の言いなりになっている。だがそれも国のためと思うと嬉しいのが本音だ。

 エリエステスは恐らく誰もがふざけたと思う電報を持って大またに闊歩し、5賢者が囲う部屋へ向かった。

「エリエステス大佐、いかがしましたか」

 焦っているせいか、腹を立てているせいか、後ろから現れた巨体を一瞬「暑苦しい」と一喝しそうになった。煮えたぎる体内の「赤」の鼓動はそれほどマグマのごとく吹き荒れて爛れていた。それに気付き、エリエステスは急いで鎮火の水を注いだ。赤とオレンジ、そして黒き灰がまだ渦を巻いていたが何とか治まった。

 軽くこめかみを叩いて一息つき、顔を上げた。

「バール少尉。何か特別な用でないのなら私の用事を先にしてもらいたい」

 暑苦しい巨体と筋肉が隆起し、バールは岩のような口を動かし「特に用事はありません」と言葉静かに足した。

「・・・・・ついにシャワルがふざけた手紙を寄越した。・・・・・悪いが、第一軍、第二軍、第三軍の全軍の大佐及び少尉クラスまでの者たちを部屋に」
「何か起こりましたか?」
「・・・・・・シャワルのディアンダ姫からの宣戦布告だ。・・・・・恐らく、戦が始まるぞ」

 エリエステスのポケットの中でくしゃくしゃに丸まった手紙がかさかさと乾いた笑いを上げて肌をくすぐる。
 

 親愛なるエリエステスへ。

 女王が死んでせいせいしたわ。昔からあの女王は嫌いだったのよ。この私が言いなりになるなんて許せない。全てを女王の意思のままに?冗談じゃないって・・前に言ったかしら?だからね、私はまずあなたに言う。

 これを機会にラスティカを頂戴。

 全部頂戴。

 私の手のひらに乗せたいわ。

 戦をする気はないけれど。でも戦わなければだめなのであればもちろんそれでもいいのよ。もちろん、話し合いで済むのならそれでも構わないわ。

 今度じっくり話し合いましょう。

 そうね。その時に他の国もどうせだから呼びましょう。

 みんなで鍋でも突付きながらね、話しましょうか。

 いい話し合いになるといいわね。

 とりあえず今はそれだけ。

 じゃあね。

 シャワル国・ディアンダ・トール・シャワル








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