| ダークオレンジ 5 5賢者=干からびた老人共。失笑の対象であり、古びた考えだけを頼りにさびた鎖に繋がり、縛ろうとする存在。 疎むべき存在だが、今は従うしかない。 エリエステスは軽く下くちびるを噛んでその場に挑んだ。 前回集まったときよりもさらに大人数になっていた。 長細いテーブルに集うラスティカ全部隊。 まず目の前に5賢者が座っていた。5人とも骨と皮だけになったかさついた手を折りたたむように重ね合わせていた。かき集めた枯葉のように頼りない手にラスティカの全てが入っていると思うといくらお堅い人たちでも焦りを感じるというものだった。 時計回りに5賢者が口を開く。 「シャワルか。あの野蛮な民共」「教養のない阿呆の姫が」「女王になりたいと願うか」「愚かなリ。女王の意味を知らぬ阿呆が」「だが我らも至らないことがある」 次の台詞はわかっていた。 世界は世界のことを知らず、世界は女王のことを知りつつも隠している。 人々は国は知れど、世界のことそして女王のことは知らない。この5賢者たちによって封印されているからだ。その意味はと問うと沼がぱっくり割れたようなぬめりの混じった口がゆったりと言葉を吐き出す。 「女王のことを知れば反発し、民はうろたえるであろう」 「女王の存在は異質だ。・・・・人間ではないものに守られていたと知れば少なからず、畏怖するものはでてくる」 そうして世界が混沌と戦に落ちていくのを防いでいる、というのが答えだ。それは古臭い鎖が守っている単なる妄想に過ぎない。だが妄想はやはり何か「見た」ものから自分の意思と入り混じってできあがる1つの貴重な意見だ。一概に無視できないという非常に鬱陶しい事態であった。 もどかしいものを感じながらエリエステスは立ち上がった。 「せめて各国の主要の人物たちには女王のことを言っておいた方がいいと思います。女王は誰にでもなれるものではない、と」 「しかし今さらそれを飲み込めと言われて飲み込めると思うか?」 向かいに座る第二軍の大佐・ライスが顔を上げた。ややつりぎみの目とハリネズミのようにつんつんした黒髪のせいでまだ若い青年に見えるが、エリエステスとそう大して変わらぬ年齢の男だった。見た目は砕けているが中身は堅い。エリエステスの部下であるカルアも堅いといわれる部類だが、ライスはさらに堅い上に人のことをつついてばかりの嫌味な奴・・・・ととにかく軍人というのは自分の肌に合わないとエリエステスはふと思ってしまう。 エリエステスは軽く目を背けて苦虫をすりつぶしたようにくしゃくしゃに顔中のしわを寄せた。 「確かにこれは御伽噺のようなこと・・・・・・だが、事実だ。現にあいつらは預言を信じている。私たち並に。・・・・・・それに信じてもらう以外もうないのだ」 「だがエリエステス大佐。言って信じたところで・・・彼らの次の台詞はきっとこうだ。今までどうして黙っていた。信じられなかったのか、他の国が。ラスティカだけを守ればそれでいいのか、と・・・・色々な意味で戦になるぞ」 うるさい、お前はちくちくと細かいことしか言えない姑かと腹が吹き荒れる。だがそれは正論であり、もし自分が逆なら少なからずそう思うだろう。 「では、ライス大佐はどうしようとお考えなのですか?」 エリエステスの炎が少し鎮火された。珍しいこともあるもんだとエリエステスは眉毛だけ上げるとそっとその場に座り、2つ席向こうに座るカルアを視野に入れた。ライスも目を向けたがその瞳は「少尉ごときが」と見下していた。 「私か?私は話し合いなんて無意味なことは望まない。なぜなら話し合いはいつだってうまいこと「成立」しないからな」 「では戦を望むというのか」 エリエステスが睨むとライスは黙った。 「戦はさらに無意味だ。何の利益も生まない。女王が死んだあともなお緑や水や空気は息づいている。それもあとわずかだろうが・・・。それらを壊し、私たちの住むところの寿命を縮めようというのか?私は反対だ。それに戦うのは民だ」 「随分と偉そうな口を開くな、エリエステス大佐。お前の意見は矛盾している。・・・・ではブラックアウトはどうなんだ?一体何人の民が死んだ?黒に染まったものはみな「民」・・いや、「人間」の枠から外れるのか?」 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・そもそもね、私は疑っているのだよ。本当か?この世界は女王の意思で保っているのか。私たちは見てきたはずだ、女王の姿を。女王は普通に生き、普通に城に住み、私たちと会話をした。普通の人間と変わらない。・・・・・まあ・・・とはいえ、私たちとてショールの向こうの顔は見たことないがな」 全員が黙った。 そして浮かべる。在りし日の女王の姿を。 真っ白なショールを頭からかぶり、同じく純白に守られた針金のような指を人形のように両手を添える。そして常に車椅子で城を動いていた。 エリエステスの中でもまだ息づいている。女王が話す姿を、自分に命令する姿を。 くす、とかすかに息が漏れる。ライスだ。 「・・・・・・・だからといって私も戦は避けたいと思っている。だが、安易に女王のことを言うものではないと言っているのだ。おわかりか、エリエステス大佐、それにカルア少尉。まったく、2人はいつも意見が一緒で羨ましい・・・・・。そう思わないか、バール少尉」 エリエステスの歯軋りが虚しく響き、カルアは頭を垂らしてバールは無言で肉厚のまぶたを閉じた。ライスはそれ以上何も言わず、5賢者へとバトンを渡す。 「エリエステス大佐の言うことも一理ある」「ライス大佐の言うことも一理ある」「だが忘れてはならない」「次期女王のことだ」「目覚めるのはまだか?」 エリエステスは歯の力を抜き、「いいえ、まだです」と目を閉じながら言う。 「以前より話せるようにはなっています。しかし女王としての目覚めはまだ・・・・・」 「次期女王か、それも怪しいものだな。本当に目覚めるのか?世界はまた綺麗に元通りになるだろうね?」 いちいち嫌味を、とさすがのエリエステスもきれそうだった。 「ライス大佐。口をつつしみたまえ」 続いて体を乗り出したのは第三軍のミース大佐だ。第三軍はラスティカのナビといわれる。ラスティカという国全てを数字で割り出して示していく、所謂参謀を任された部隊。そのせいなのか、部隊はいつも冷たい空気が下に沈むようにひんやりと部隊の底でもぞもぞと動いている。縁の下の力持ち、といえば聞こえは多少よくなるかもしれないが、何をやっているかわからない根暗な科学者のようだった。 それでもこのライスをとめるには丁度いい。静かな声は何よりも重くライスを沈める。 「今は物事を1つ1つ片付けよう。ブラックアウトは5賢者と巫女たちの意見、そして何より私たち全員が賛成したこと。無論、他の国もだ。何もこれはラスティカのみの問題ではない。だから今になってそれを言うのは時間を消費するだけだ」 数字をはじきだすようにミースは淡々と述べ、ライス、エリエステスと他軍たちをぐるり見渡した。誰も彼の言葉に口を挟むものはいない。ミースは落ち着き払った声でさらに続けた。 「・・・・エリエステス大佐。あなたは亡き女王の意思でラスティカ代表となっている。しかし今はもう少し落ち着いてもらおう。よって、シャワルとの話し合いは私たち第三軍が受る。そして第二軍はブラックアウトを」 「なっ・・・・・・」 うめいたのはライスだ。エリエステスが軽く腰を上げると同時にライスは声を上げながらはじかれるように立ち上がった。皮肉に吊り上げるその目は、今は動揺して虚ろだ。 「待ってください、ミース大佐。いくらエリエステス大佐が今冷静を欠いているからとはいえ代表だ。そういった話し合いはやはり彼女でなくてはならないかと。それにブラックアウトもどうして第二軍が・・・・・」 「エリエステス大佐」 ライスの言葉をさらりと無視し、ミースはエリエステスに向く。突然ふられ、エリエステスは軽く肩を震わせた。 「君はマルシャル=レイシーと繋がりがあったね?」 ミースは40歳になる、と常にぼやいている。だがそうには見えない、ぱりっと張ったシーツのような顔をしている。目鼻立ちがはっきりしないのがよかったのか、30歳そこそこに見えた。 しかし今はしわのない顔にしわがうっすら寄り、年相応にまで引き上げられている。 エリエステスはふと、レイシーのことを思い出す。マルファとしてのレイシーか、友としてもレイシーか、最近は脳内の彼がなんなのか見分けがつかない。自分の記憶に刷り込まれている姿にも関わらず。 うっすらと冷たく笑う彼の姿に亀裂が入った。それは次に放たれる台詞の予兆だったのかもしれない。 「君にはマルファを探ってもらいたい。第一軍はその補佐に回れ」 「恐れながらミース大佐!ブラックアウトは今まで第一軍がやってきたこと・・・・今から他の部隊に変えるのは・・・・・それにマルファとは友好条約を交わしたばかりです!」 カルアを含めた第一軍がわずかに腰を上げた。しかしミースは穏やかに続けた。 「わかっている。だがマルファとて侮ってはいけない。マルシャル=レイシーの意思がわからぬ。だから「念のため」探って欲しいのだ。それに次期女王の件も第一軍が主にやってきたことだ。大変だろう?だからブラックアウトは二軍に。第二軍とて第一軍に負けぬ戦力を持っている。・・・そうだな、ライス大佐」 先ほどの勢いはどこにいったのか、黙って頷く。しかしその顔には明らかに不満が充満していた。だがミースはそういった心情は無視する。あくまでもとより持つ形からはずれないのが彼の特性だ。 「だがらブラックアウトの件は第二軍に。第一軍は引き続きウナ様の覚醒とパディ・デュランダなる鍵の扱い、そしてセロ様とラス様からの預言を受け取ること。そしてエリエステス大佐はマルファの状態を。我ら第三軍はシャワルとまだ沈黙している国々との話し合いをしよう。・・・・それでいいですか、5賢者」 老人たちは黙って頷いた。動くたびに枯葉がもろもろと音を立てて崩れていくようだった。かさついたくちびるはそれ以上何も言わない。 「これ以上反対がなければこれにて話し合いを終わろう」 ミースの体が大きく伸びをするように立ち上がった。 あたりはかすかにざわついたが、誰も異論を唱えなかった。 「では解散」 最後はミースでしめ、第三軍から消え、5賢者がよぼよぼと出て行った。 「・・・・・・エリエステス大佐。マルファとの繋がり、消さないでくださいよ?私たちが必死で繋ぎとめてる唯一の友好国ですからね・・・・」 ライスも立ち上がり、軽くエリエステスを見下した。軽蔑がたっぷり含まれた目線はしばらく絡みついたが、ライスたち第二軍が出て行くと同時にそれは消えた。あっけなく弱いものだ。 「・・・・・・エリエステス大佐・・・・」 気がつくとその場にいるのは第一軍だけだった。白い空間は沈黙を含みすぎて耳を押さえ込むようだった。いるだけで息苦しい。そのせいだけではないが、みな苦しそうに首をさすったり深呼吸をしたりしていた。 カルアも軽く息を吸い込むと、エリエステスを呼んだ。 「・・・・・・カルア少尉」 「・・・は」 「お前は引き続き、ウナ様とパディのことを。オゥン中尉は預言の解読とさらに細かい内容をはじき出せ。アンレン中佐とマイ少佐、2人は第二軍にブラックアウトの手ほどきをしてやれ。・・・・・・解散だ。私はしばらくここで資料をまとめる」 第一軍は一糸乱れぬ動作で敬礼をし、はじけるようにその場から一人一人出て行く。 しかしその中、カルアだけが後ろを振り向いた。 「カルア少尉、まだ何か用か?」 「・・・・・・いいえ。・・・・その・・・・。・・・・・・何でもありません」 カルアはもう一度敬礼すると、そっと出て行った。 全くの一人になってしまったエリエステスはため息をつくことすら忘れ、ただひたすらマルファのことを考え、女王を思い浮かべた。 レイシーはただひんやりとしているだけで、女王もまた微笑んだまま動かない。 誰もエリエステスを見ない。 誰も。
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