白い封に鮮血のような赤い印が控えめに押されている。

 リーレンは兵士から封を受け取ると、女にしては体格のいいごつごつした岩のような印象を受ける隣国の大佐を思い浮かべ、怪訝な顔にならずにはいられなかった。さらにその受け取り先がレイシーであることも、不快の種・・・・いや、もう開花しているかもしれない。
正直渡したくないという気持ちでいっぱいになりながらリーレンはレイシーの元へと素早く移動した。


 リーレンは階級を持たない。一般市民と同等の地位しかなかった。しかしモデルのように堂々と風格のある歩きはその辺りで無駄話をしている兵士よりも大きく、強い。全員が一旦体を引かせるぐらいだ。


 こんこん。


「開いてるよ」


 低く透明な声が返事を返すと同時にリーレンは扉を開けた。


「マルシャル=レイシー様。封が届いています」
「へえ?」


 ソファーにどっしり座り、優雅に紅茶の深い香りを堪能しながらレイシーは肩眉を上げて笑みを作った。


「誰から?」


 レイシーは一口すすり、そっと音を立てずにカップを戻した。
 リーレンは少し間を置いてから無言で手紙を差し出した。ほんの短時間でしわになった手紙はリーレンのわずかな反抗。しかしレイシーの目線はしわを通り越し、赤い印へと釘付けになっていた。


「・・・・・エリエステス大佐からだね?」


 受け取り、裏を見るとそこには予想通り「エリエステス・ランファル・フィルデフィラ」と流れるような字で書かれていた。


 レイシーは軽く微笑みに温かみをプラスすると、机に向かった。引き出しにはきっちりと筆記用具が並べられている。単に収納されているだけなのに美術品のように陳列されていた。その細々しい道具の中からただ銀色のシンプルなペーパーナイフを取り出し、そっと手紙の封を解いた。


 

 エリエステスが手紙を寄越すことはほとんどない。


 しかしレイシーとエリエステスは昔からの友人・・・親友と呼べる仲だ。国が違うため、昔はよく手紙交換をしていた。だがお互い地位を入れてからはそれほどやりとりをしたことはない。あったとしても、会議や国の現状についてだけだった。


 今回もそうだろうと多少がっかりした気持ちを心に浮かばせながらもほんのわずかな期待を込めて手紙に目を通した。


 その様子をリーレンは一つもこぼさず見つめる。レイシーの目の動きも、指先のリズムも。しばらく沈黙が続き、ふとレイシーの目が細くゆれた。


 

「・・・・・・エリエステス大佐は一体何を」
「・・・・・・リーレン。シャワルから手紙は?」
「いえ、何も。手紙はこれ以外」
「そう」


 レイシーは笑ったまま手紙をしまった。リーレンは恨みがましいような目でその動作を追い、何かと問う。


「・・・・・何でもない。ただ・・・・またあの姫が唐突なことを言い始めたよ。近々、もう一度ラスティカで話し合いがある」
「では私も行きましょう。色々知りたいことが」
「いや」


 切れ長の目が、一瞬金に見える薄茶の瞳がリーレン以外のものを映した。


「・・・・・・私一人で行こう。そういうお達しだ」
「危険です。せめて国の入り口まで・・」
「大丈夫だよ。変に付き人を連れて行くとなにやら怪しまれてしまうからな・・。それにマルファとラスティカは協定を結んだばかりだ。突然襲うことも・・・その意味もないだろう?・・・・・・そう不安そうな顔をしないで。後日、エリエステス大佐と会う。・・・そのことを他の誰かに言わないでほしい」
「他の・・・・大佐たちにもですか?」


 リーレンはさらに顔を曇らせる。雨が降る前の厚ぼったい黒い雲のように。


「ああ」


 対するレイシーの声はやや冷たい。雲も凍り付いてしまいそうだ。


「・・・・・三日後あたりかな。他の人たちには適当に言い訳をつけておいて。特にアレイ大佐には」


 一度怒ると三日三晩嫌味を言われるからね・・・とレイシーは肩をすくめ、リーレンに背を向けた。


 

 窓ガラスに映る彼の姿はおもちゃを買ってもらえた子供のように輝いていた。



 


            ダークオレンジ 8



 珍しいこともあるもんだ、とカルアは一人こっそり肩眉を上げた。それもそのはず、今この目前で繰り広げられている光景が知る者が見れば「異様」な、普通に見れば「普通」の少年少女の会話だったからだ。


 
「・・・・・・おい、クソ女。お前、何か知ってるだろう」
「主語は。さっさと言って、時間の無駄」
「うっせえぞ、お前の存在自体が無駄だこの野郎」
「何度言ったらわかるの。野郎じゃない」
「じゃあクソアマ」
「頭、悪い?」
「それはお前だろう」
「それしか言えないんだ。やっぱりバカだ」
「熱湯注ぐぞ」


 

 ・・・・・いや、普通とは捕らえにくいかもしれない。しかしもう随分と見てきたパディとウナの駆け引きを知る者は普通だと思う・・・ようになってしまった。


 いつもの通り、カルアが見守る中パディとウナの二人は顔は向かい合ってないが、多少近づきながらも会話を続ける。二人とも野生動物のように警戒心が放たれていたが、物や食べ物が飛び交わないだけよかった。


 パディは眉間のしわを深めながらも、上目にウナを睨みつけながら顔を引きつらせた。
それでも埒が明かないと思ったのか、一息吐き出してからまた「クソ女」と切り出した。


「ふざけろ畜生。・・・・女王についてだ。何か知ってるはずだろう」
「知らない」
「ふざけろと言ったが、本当にふざけてんじゃねえぞ。・・・・知らないはずがないだろ。・・・
おい、カルア」
「は?」


 突然のことにカルアは目を点にしてパディを見る。相変わらず男か女かわからない、威嚇し続ける小動物の目は翡翠色に眩き、強くカルアを見据えている。


「何か知ってるか」
「・・・・女王のことか?」


 カルアは少し首をかしげ、腕を組んだ。そして「そうだな」と言いかけて止まった。つるりとした顔には眉間にかすかにしわがよった。


「・・・・どうして君に教えなくてはいけない?君は鍵とはいえ、一般市民でロットシャドウだ。世界の事情をそう、教えるわけには・・・・」
「・・・やっぱり何か潜んでやがるな?女王は極秘ってわけか」
「・・・・・・・どうしてそう思う」


 パディは鼻でせせら笑い、カルアを斜に見上げた。


「そういう言い方するってことは何かある以外に考えられない、そうだろ?プリン男。それとも言いたくて仕方ないとか?・・・・・暇でいいねえ、軍人さんよ。こんなところでつったってねえでとっととブラックアウトに行きやがれ」


 にやけた口をさらに引き伸ばし、カルアをあおるように目で笑う。まだ子供らしいあおり方だったが、カルアには効いたらしく彼は顔を赤らめたかと思うと青くし、軽蔑の目でこれでもかとパディを睨んだ。


「硬いんだか柔らかいんだがわかんねーぼっちゃんだな、おい」
「プリン、プリン」


 珍しくウナもパディに便乗し、失笑しながら「プリン」を連呼した。


 カルアはどうしていいかわからず、とりあえずパディを睨んだ。エリエステスから頼まれてる以上、手出しはできない。カルアは殴りたくてしょうがない気持ちで全身を震わせながらもこらえた。


「ま、知ってたところでどうせエースのやつが言わせないよーにしてるんだろうけどな」
「・・・・・パディ・デュランダ。エース様のことをやつ呼ばわりするのはやめろ」


 パディは手を頭の後ろに組みながらちらりとカルアを見た。カルアは心底エリエステスを慕っている。誰の目で見てもそれはよくわかった。彼は身分も忘れ、思わず愛称を言ってしまったがそれに気づかないほど、頭に血が上っているらしかった。


 パディは真っ赤に膨れ上がるカルアを見下すようにさらに斜に見上げ、にんまりと笑って見せた。


「エース様ねえ・・・・。何がよくってあんなやつがいいのやら・・・・」
「・・・・・・・!」


 カルアの目が覚めた。酷く驚いたように見開き、赤かった顔が徐々に鎮火した。かと思いきや、次の瞬間には青くなり、パディから逃げるように首を振った。


「ま・・・・待て、パディ・デュランダ・・・・。・・・ま・・・前も言ったように、このことはエリエステス大佐には・・・・・・」



「には?」
 

「!!」

 

 カルアの肩がこれでもかと飛びのいた。青い顔からは脂汗がじんわりと噴出し始めている。そして恐る恐る振り返り、慌てているとはいえ染み付いた習性からか何もなかったように敬礼をした。


「・・・・・・・これは・・・・バール少尉」


 カルアを多い尽くす重圧のある体がゆっくりと敬礼を返した。カルアからはみ出て見える巨体を見て、パディは眉間にしわを寄せ、ウナは言葉なくひっそりと窓際へ逃げた。


「楽しそうですな、カルア少尉」
「・・・・・・・・・・」


 カルアは軽くくちびるをかみ締め、聞こえるか聞こえないかわからない声で「そうですか」と履き捨てた。


 バールは小さな目だけをぎょろぎょろと動かし、パディとそっぽを向くウナを見てまたカルアに戻った。


「鍵と時期女王の様子は?」
「・・・・・まあまあです」
「そんなことでは困る。早く二人を」
「・・・・・わかっています。しかし二人はまだ顔を合わせたばかりです。まだ色々となじめないところがあるのでしょう・・・・・それよりも何か他に用があったのではないですか?」
「ああ、もちろんだ。・・・・・エリエステス大佐からの伝言だ」


 カルアのまぶたがかすかに動いた。パディも少し身を乗り出し、聞き耳を立てた。


「しばらく留守にする。鍵と時期女王のことをよろしく頼む、だそうだ」
「どこに行くとは?期間も。・・・それに一人で?」
「一人だ。大した仕事ではないと言っていた。・・・どこに行くまでは言っていなかったがな」


 カルアは少し顔をうつむけ、そうか、と独り言のようにつぶやいてそれきり口を開かなくなった。


「では、これで」


 バールはちらりとだけパディを睨むと、巨体にしては素早く廊下へ出て行ってしまった。


 

 パディは軽く舌打ち、足音が遠ざかるのを確認してからカルアの名を呼んだが、中々反応しなかった。そして三度呼んだ後、ようやく振り返ったが彼の表情は暗鬱としていて先ほどのバリエーションにとんだ顔はどこかへ消え去っていた。


 

「・・・・・・・何落ち込んでんだよ。なんか心当たりでもあるのか?」
「・・・・・君に話すことでもない。ただ・・・・・きっとエリエステス大佐はマルファのマルシャルに会いに行ったのだろう・・・・・」


 パディはくちびるを尖らせながらカルアを覗き込む。


「なんだよ、知ってんじゃねーか。・・・・・・マルシャルねえ・・・・俺はそういうのに詳しくねえんだよなー・・・。・・って、そういやあティティのやつどこに行きやがった・・・・」


 まだ動かぬカルアから目をそらし、探るように頭を動かしたが誰かが来る気配もなければカルア、ウナの二人が動くこともない。時間が止まってしまったような部屋にパディは苛立ちと妙な焦りを感じ、とりあえずベットに腰掛けた。


 

 そしてふと思い出す。


 

 ただ一人部屋に残されたエリエステスの姿を。


 

 猛々しくも破裂しそうな悲しみの詰まった背中。


 

 これから一体何が起こっていくのだろう。


 

 

 初めてに等しいほど、パディはこの時国の行く末と自分を取り巻く人々の思いを考えた。













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