| 色彩の女王。世界の全ての色彩を紡ぎ、我らを見守る「神」。 女王がいるから世界は保ち、世界は女王のためにあり、色彩は我らのためにあり。 女王が死ぬとき世界も一度死に、また新たに女王を生むだろう。 間違うことのないサイクル。 決して揺らぐことのない世界の法則。 色彩の女王。 未だ彼女の姿を「正式」に見たものはいない。 ダークオレンジ 10 「よーし、じゃあ勉強しようかー」 間伸びたティティの声にパディはあくびで返す。もちろんそっぽを向いて。それでも一応耳はティティに向いているが、いまいち聞く気があるのか疑問だった。ティティはブラックテューマーにいたころから全く変わりないパディを見てため息をついて教鞭で頭をかいた。 「パディ・・・・・聞くなら聞くでこっちを向いてくれよ・・・・」 「うっせえな。気持ち悪い声出してんじゃねえよ」 「ひどい・・・・」 ティティは苦笑いを浮かべながら今度は頬をかく。 「これでも一応お前の家庭教師なんだ・・・・・」 「聞く気はある。だからさっさと言えよ」 「はあ・・・・・・」 ティティは肩を落とし、自分でまとめた資料ノートに目を落とす。そこには黒く塗りつぶされそうなほど言葉がびっしり詰まっていた。それらをパディに全て託さなくてはいけない、とエリエステスより言われいてた。失敗すればもちろん・・・・再び地獄を見るに違いないと、ティティは一人身震いをした。 「・・・・・・・」 パディの耳がぴくん、と軽く動いた。ティティも同じように反応し、後ろを向いた。 「あ・・・・ウナ様」 「・・・・・・・・」 ウナはティティをちらりと片目に入れ、汚物を見るようにすぐさまそらした。 ここのところウナはよくパディの部屋に来た。別に何か言うわけでも行動するわけでもなく、ぼんやりとティティの説明を聞いているようだった。そしてまたふらりと風のように物音なく自分の部屋に帰っていく。男二人はもちろん、彼女の真意はわからない。 パディは舌打ちを軽くしながらウナを視界にいれ、しぶしぶティティの方へ向いた。 「ウナ様、よく来るようになったなあ」 「しつけ役のカルアがいねえせいじゃね?」 「あー、そうか。なんだか最近騒がしいよな、城内。・・・・何か起こるのかな・・・・」 「・・・・・さあな。それよりとっとと説明しろよ、女王について」 「ああ、もちろん。なんだかみょーにあるからな、これ・・・。・・・えっと・・・」 ティティは頭をかきながらページをめくる。その間にパディは虚ろに考え事を浮かび上がらせた。 ティティが言うとおり、最近城内は騒がしい。 エリエステスの姿はほとんど見ず、カルアの姿もちらほらしか見ない。カルアは一応ウナとパディの監視役なのだがたまにしか見に来なくなった。理由を尋ねても「忙しい、何でお前に言わなくてはいけない」といらだった口調で跳ね返す。パディのような人間を忌み嫌うバール少尉も廊下をどしどしと右往左往するだけでかまうことが少なくなった。 もうすぐ戦争が始まるかもしれない。 いつかエリエステスが言った言葉がふとよぎる。 大きくも破裂しそうな悲壮が詰まったエリエステスの背中、必死に何かをこらえる深い声。彼女は一体何を思っていたのだろうか。 一体どうなっていくのか。 「・・・・・どうにもならない」 「・・・・・は?」 パディは風船がはじけるように考えの海から浮上させられ、無意識のうちにウナの方を見つめた。彼女は窓際にもたれかかり、目を瞑っていた。薄い色のまつげが頬にとろける。強い日差しは彼女を神々しく浮かび上がらせた。 パディは眉間のしわを増やし、上目にウナを睨んだ。 「・・・・・何がだよ」 「世界」 ウナの目が少し開いた。空洞にも似た色素の薄い眼が問う。「世界がどうなるか、全てがどうなるか疑問に思ってるんでしょ?」 「どうにもならない。ただどんどん黒く染まっていくだけ」 「どういうことだよ・・・」 「それは、ウナ様が目覚めないからか?」 恐る恐るティティの声が入る。パディはティティとウナを交互に目をやりながら「何がなんだ」といらだちながら首を振った。 「世界は女王によって保たれる。女王が死ぬ前に時期女王が予言され、城内に連れて行かれる。・・・・そして女王の死と同時に新しい女王が生まれ、数秒の間もなく世界は平和に保たれる・・・。・・・・・連続していくこの平和・・・・それは全て女王の力。・・・女王がいなくなれば・・・・」 ティティはちらりとウナを見つめた。彼女の色素の薄い透き通った瞳は虚ろに目の前のものを映すだけ。それは肯定を意味しているようだった。 「・・・・・・世界は暗転していくばかりだ。・・・・・でもどうして」 「わからない」 「は?」 ティティとパディの声、それに目が点になる表情まで重なる。 「・・・・・死ねばいい。こんな世界・・。・・・・パディ」 抑揚も声量もささやくぐらいしかないウナの声がはっきりと突き抜ける。何かの呪文にかけられたようにパディはすぐさまウナを見た。 「あんたにはわからない。女王のことなど。・・・・・わかっても私は目覚めない。・・・阿呆なパディ・デュランダ。全て踊らされ、全て世界の意思のままに動く」 のっぺりとした能面のような顔がみるみる皮肉にゆがめられていく。眉間も口元も頬も、全てを憎むように皮膚がしわを作っていった。それは見るものの背筋を凍らせ、知らずのうちに脂汗を浮かばせる。 しかしそらすことはできない。 パディとティティはぐにゃぐにゃとゆがめられていくウナの顔をただ見つめた。 「女王の姿、見たことある?女王の存在を、女王を・・・・。・・・・・阿呆なパディ」 声が深く低く沈む。そして呪いという思いをこめながらウナは言葉を吐いた。 「女王は人にあらず。世界は神のおもちゃ。・・・・・・おろかなおろかなちっぽけな世界。女王を守るための檻」 歌うようにつらつらと低い声が紡がれる。 パディの中で何かが走った。最初ウナを見たときの、彼女の内で転げまわる強い光のようなもの。肌では恐ろしいほど感じるのに言葉にはできない。頭で「そのこと」について考えようとしても形にならない。 もし言葉にしてもいいのなら。彼女はまさしく「女王」だった。 誰もが侵入できない、誰もが従う気迫。 二人はただ飲み込まれるしかない。 ウナは軽く口をゆがませた。 「ティティ、続けて。私の言いたいこと、わかるから。知ってるんでしょ」 ティティは焦点の合わない瞳で頷き、ノートをめくった。 「・・・・・世界は女王によって保たれる・・・。・・・・でも見たことあるか?女王のちゃんとした姿を」 パディは上目に睨みながら首をゆっくり横に振る。 「・・・・そもそも俺は女王自体見たことねえよ。いるんだかいねえんだか・・・」 「いることにはいるよ。まあ俺も小さい頃一度だけ見たことあるだけだからな・・。・・・・俺が見たときは上からショールで顔を隠して車椅子だったな・・・。たしか。別に何があるってわけでもなかったんだが・・・・」 「もったいぶらずに言えよ」 「そうだそうだ」 パディの隣でウナも同じような半眼の目つきで頷き、ティティは引きつった笑みを浮かべながらページをめくった。 「そういうときだけ意見が合うんだから・・・。・・・・そのとき俺は「あーもう酷いばーちゃんなんだなー」と思ったんだよ。何せ5賢者・・・っていうのは、女王の次に偉いこの国をまとめる70歳前後のじーさんたちなんだが・・・。そいつらが初めて城に来た時からもうすでにいた・・・いや、僕たち誰もがあの死んだ女王しか見ていない。どんな年寄りでも」 ティティの表情から感情が抜け落ちる。そしてウナを見た。二人の間で妙に冷たい空気が流れる。パディはまだその空気の正体を知ることを許されず、ただ交互に見つめた。 数秒の間が開き、ティティは口を開いた。 「・・・・・そうなると一体女王はいつからこの世界に君臨していた?・・・・もし80歳として・・・賢者たちの70歳が最高齢だとする。彼らが生まれたとき、女王は10歳だ。・・・ウナ様もそりゃあ18歳だが・・・・10歳で世界が?」 三人は無意識のうちに外を見た。今日の空は薄墨色した雲がうっすら膜を張っている。珍しい天気だった。いつもなら透明なフィルム越しから見るような鮮やかでどこかよそよそしい青い空をしているのに、今日の雲はパディの故郷に似ていた。黒く無気力、だが何かがたぎる不穏な色。 「・・・・・こいつが女王になれるんだったら別に10歳でもおかしくねえだろ。女王の力をもらうんだからな」 パディは振り払うようにすぐにティティに顔を戻したが、ティティはまだ空をぼんやり見ていた。 雲がどんどんよどんでいく。薄い墨色は濃度を増し、下に住む世界中の人に重圧をかける。 「・・・・・・一体何が言いたいんだよ。さっさと言えよ、結論」 「・・・・じゃあ言おう・・・かな?」 「うざ・・・・曖昧なことぬかしてんじゃねえって」 「そう・・・言ってもさあ」 虚ろな目がようやくパディに向き、そしてウナへ移っていく。 「・・・・・・・・」 ウナは静かに瞬きをした。ティティに「早く言えば」と言っているようだった。 ティティも同じように静かに頷き、パディを向いた。 「・・・・・パディ。じゃあ結論から言うぞ。・・・・・・女王は人間じゃない」 「・・・・・・はあ?」 パディの目が大きく見開かれ、大きく歪み、感情をコントロールできないのかぐにゃぐにゃとせわしなく表情を変えていく。 「ちょ・・・待てよ。何だそれ。俺はんなオトギバナシみてーなことを聞いてんじゃ・・・」 「・・・・これ、見ろよ。・・・そのまあ・・・たまったま見つけちゃってさ・・・・。・・・・あ、言わないでくれよ。見つかったら絶対串刺しにされる・・・!」 言いながらティティはポケットから一枚の写真を取り出した。写真はまだ真新しいのか、しわも折り目も表面の艶のある加工もはげていない。 パディはそれを受け取った。 頭がしびれていく。 目の前で火花が散り、二人の姿を消していく。 「・・・・・・・おい・・・・これ・・・・・。・・・・・なんだよ、これ・・・本物・・なのか?」 「ああそうさ。・・・・・・これが女王なんだ。俺たちを統括する「神」なんだよ」 「じゃなくて、これ・・・・・」 そこに写る女王の姿は、どう見ても20前後にしか見えなかった。 体全身をくるむたっぷりとした薄い黄金色をした金髪、血色のない頬。しわひとつ見当たらない卵のような肌。狐のように釣った目つきは鋭くも光が薄い。一瞬ウナに見えたが、よく見ると違う。それでも印象がかぶる。 若かりし頃の写真だろうか、と一瞬思ったが、隣に立つもう一人の女によってその考えは打ち砕かれた。 パディの胸のうちにいつの間にかできた女王に対するしこりが一つつぶれたような気がした。 ティティはパディがその姿をじっくりと確認するのを待ち、しばらくしてから言葉を再開させた。 「そう、エリエステス大佐だ・・・・・・」 その隣の人物。もう誰もが見慣れた猛々しい体、射抜く顔。数日前に会話したときと寸分もたがわない姿をしていた。 それの意味することをパディはわかっていても口にできず、ただ写真を凝視した。 「・・・・・・・・」 何分経過しただろう。部屋の空気は凍りつき、空には暗雲しかない。 よどんでいく世界の音が聞こえてきそうだった。 地面がぐらついていく。 「・・・・・・・・・女王は」 ウナは遠くを見つめながら立ち上がる。 「人ではない。・・・・・・女王になるものは人間をやめさせられる。・・・・・・踊らされる、全てに。世界という枷を付け、無理やり生きろと命じる。神のエゴよ」 くす、と笑い声が歯の隙間からこぼれる。 「おかしいでしょ。私たちを守っていたのは、人じゃない。・・・・・神という名の化け物」 化け物、の単語だけがリアルに浮かび上がる。鮮烈に鼓膜を叩き、脳にくっきりと刻みつけられる。 「・・・・・だから何?って感じだけど」 ウナは言葉を放り投げると、飽きたように大きなあくびを一つして部屋を出て行った。 逃げ場のない孤島に取り残されたように残る二人はウナの去った方を見つめていたが、しばらくしてパディが立ち上がった。 「あ・・・パディ。どこへ?」 「セロとラスのところだ」 パディは振り向かず、そのまま廊下へ出て行った。小さな部屋に扉の閉まる大きな音だけこだまし、ティティは知らずのうちに疲労の溜まった体を横たわらせた。 |