| 女王はいつから女王となるのだろう。 女王はどうして女王であるのか。 世界はどうして女王を求め、女王を常に君臨させ続けようとするのか。 それを知る者はいない。 それは夢物語、世界に潜む神話の話。 人々が知る話ではない。 世界は無邪気に色を紡ぎ、人を生み続ける。 ただそのサイクルを繰り返すだけ。 ダークオレンジ 11 凍結した空間に小さなひびが入る。かち割ろうと必死にひびを大きくしていくが、柔らかくも冷たい空間はすぐさま修復してしまう。 いつでもどんなときでも、全てを知るからゆえに偽者の暖かさを帯びる無空間。それが世界の巫女、セロとラスの部屋だ。 世界に何の影響も及ぼさない小さな亀裂が二人の名を叫んだ。 二人はまぶたを開ける。とはいえ、二人で一つの体を所有している。まぶたを開いたのは自分か相手か。わからないが、それでも二人は彼の姿を捉える。 パディは走ってきたのか軽く息を弾ませ、肩を揺らしていた。 セロとラスは微笑み、やはり来たと嬉しそうに喉を鳴らして笑い声をあげる。 「パディ、知ったんだね」 「女王のこと」 「そう、女王はパディたちの言うところの人間の定理からはずれている」 「でも女王は人間」 「パディたちと変わらない」 「それが女王の願い」 代わる代わる顔が変化していく。パディはついていけず、どんどんおぼろげになっていく二人の顔を半眼で睨み、凝視する。だが見つめれば見つめるほど遠くに行ってしまうような、蜃気楼のような存在になっていく。 パディは夢から自分を引きずり出すように頭を思い切り振り、二人の名を呼んだ。だが二人の口から出る台詞は決まっている。「わかってるよ、パディ」。まるでおちょくっているようではらわたが少し煮えた。 「もう少しちゃんと説明しろ。・・・・頭がごちゃごちゃしてわっけわかんね」 「そうかもしれないね」 「そうだね。理解しにくいね」 セロとラスの顔から笑みが漣のように引いていく。それだけで場の空気は再び冷たく凝固していく。 「・・・・・世界は箱庭」 「女王の家」 「女王は神の意思」 「女王は神のエゴで生きる」 「かわいそうに」 「かわいそう」 まぶたを閉じる。今はセロなのかラスなのか。瞬間に変わる顔は全く覚えれない。 だがその姿は全てに祈っているようだった。 女王にだろうか、とパディはふと思い、ただ眺めた。 「もうちょっと話してあげるよ、女王の鍵、力ないもの、色彩の子供、全てを知る者パディ・デュランダ」 「これは世界が始まる最初の話。世界の礎、世界の秘密。知ることは許されない、知ることは無意味。・・・・・今生きてるのだから」 「でもパディは知る者」 「だからそのために私たちは存在している」 「そしてパディも知るために存在する」 まぶたが開く。その先にはパディ。お互いにとってその瞬間は「特別」だった。 セロとラスはにっこり微笑み、遠くを眺めた。 「いずれ消える記憶」 「知らなくてはならない」 「知らせなくてはならない」 「知る者がいなければ続かない」 「歴史は閉じる」 「黒に飲み込まれて」 「だから語ろう、世界のことを」 雨雲が重たくこうべを垂れる。黒い塊のような雲は今にも下の世界へ落ちて行きそうだった。そしてそのまま黒く染まるのか・・そんな重いしか浮かばない悲観的な気持ちにエリエステスはそっと拳に力を入れて四散させた。 「・・・・・雨かな」 いつの間にか後ろ隣にレイシーが立っていた。二人の姿は薄いガラスにおぼろげに映っていたがやがて窓を叩く小さな雨粒で消されていく。 「言ってる側から、だね」 レイシーはエリエステスに一歩近寄る。しかし彼女は振り向かず、ただ空を眺めていた。レイシーはこれといって表情を変えず、そっと彼女の肩に手を添えた。 「・・・・・シャワルがもし戦を始めたとしたら。おそらく反女王派で好戦的なやつらはシャワルにつくだろう」 「そうだね」 エリエステスはレイシーの手をどけると、ようやく振り返った。ふさぐように窓ガラスに寄りかかり、腕を組んだ。かつらはもうつけていなかったが、服は変えることができないのでそのままだ。あまりない彼女の姿にレイシーはそっと微笑んだ。 「大した数ではない、と思うが・・・・被害は大きく出る。そうしたら女王の力はどこまで持つか・・・・」 「でも時期女王がいるんだろう?」 「まだだ、目覚めない。・・・・・そうしたら世界は」 「こればかりはわからない。何せ文献もなければ今回のような例外もない。・・・珍しく不安みたいだね」 「・・・・・・どうだろうな。ただこの足が妙に落ち着かないのは・・・そういう感情からくるものかもしれない」 エリエステスはゆっくり背中を浮かせ、窓から離れた。 二人は今、黒く染まってしまった町の一角、お化け屋敷のような宿らしきの一室にいた。ここは人の気配もないし使用されている形跡もない、とレイシーの案だ。確かに誰もいないようだった。だがたまにうめき声が聞こえる。それは世界の悲鳴か、黒に堕ちていった者の嘆きか。どちらにしても話し合いをするには最適の場所だな、とエリエステスは固いベットに腰掛けながら心の中でつぶやいた。 「君は女王が死んでから何か落ち着かないね。・・・・どうしたんだ、エース。君らしくない。君はもっと情熱的で、こんな皮肉の混じった笑みは浮かべなかった。もう少しかわいく笑っていたような気がするけど」 「・・・・はっ・・・それはいつの話だ。私が、いつそんなやつに。・・・・・レイシー。話を横にそらすな。私は世界の行く末を話しに来たのだぞ」 「いいや、違うね」 一歩、一歩、這うようにレイシーは近づく。そのたびに冷気が強まる。 「君はそういうことで私を呼んだことはない。それにそういう話を二人でしたこともない」 そうだったか、とエリエステスは目をそらしながら笑う。我ながら不自然だ、と思うがどう対応していいか頭に並べられたありとあらゆるマニュアル本の中に回答は載っていない。相手が氷の女王なだけに脳の機能も停止させられる、とうめくしかできない。 気がつくとレイシーは見下すようにエリエステスを上から見つめていた。お互い顔を見なくても、今の表情はなんとなく想像できた。 数秒の間を置いてレイシーの物悲しい冷たさを含む笑みが落ちてきた。 「君は私を利用しに来た。・・・・・違うかい?」 氷の女王の笑みが途切れた。瞬間、部屋は凍りつき、吐く息が白くなる。それは想像かもしれないが、そう思わずにはいられないほどエリエステスの全身に鳥肌が立った。 エリエステスはショールをきつく両手でつかみ、少しでも暖かくなろうとレイシーから顔を背けたが余計に寒さを感じてしまう。 「君から手紙が来たとき、なんとなく感じていたよ。君の意思をね。でもこれを考えたのは違う人物だろう?誰の考えか知らないけど、安直だ。君と私の仲を利用しようとしている。 ・・・・それに君は女王の意思だったら、世界の意思だったら簡単に動く。・・・・・作戦はいたって単純すぎるがいい考えだね。頭のいい人だ、実に。冷徹でさぞかしいい動きをしてくれるだろうよ」 「レイシー」 「マルファの動きをそうまで知りたいだなんて、ラスティカは怯えてる。世界の中心を奪われるからだ」 「レイシー」 「でもどうしてか私はここにいる。君が呼んだからだ。マルシャルとしての私を利用して、国を救おうと来た!だが私は・・・」 「マルシャル=レイシー!」 悲鳴に近いエリエステスの声と雨粒の弾丸がはもった。一瞬、音波のような音で鼓膜がバカになり、声が遠のく。レイシーは目を見開き、立ち上がるエリエステスの姿をただ見つめた。 「お前こそどうした!感情的になるな。これは私とお前との話ではない。国と国の、世界と人々の話だ。・・・・・・もう今日は止めよう。・・・これ以上話すと凍え死んでしまう」 レイシーはいつの間にか荒くなっていたことに恥じたのか、顔を背けて肩で息をした。部屋の温度も戻り、今はささやくように雨が泣いている。 「・・・・らしくないのはお互いだったね」 「私はいつもと変わらない」 止めを刺すように一喝し、エリエステスはかつらを装着した。格好は違えど、彼女から放たれる赤いオーラは消えず、髪で隠れていても背中は猛々しかった。 レイシーは遠目に眺め、エリエステスが出て行く寸前で呼び止めた。 「マルファはおそらく君たちラスティカを裏切るだろう」 酷く透明な声だった。いつもの冷たい声も、先ほどの熱い声もない。 エリエステスは振り向けなかった。 背中で聞くしかできなかった。 言葉が何度もこだまする。なのに聞き取れない、その台詞。 つい数時間、自分も吐いた言葉。 友と呼ぶにはあまりに近い存在に向けて、簡単に言ってしまった言葉。 「それは決して、私一人の感情ではない。でも私のわがままだ」 エリエステスはドアノブに触れた手を下ろした。 「・・・・・・なぜだ」 「私は知っていたよ、女王のことを。それが合っているかどうかは知らないが・・・。・・・・そもそもおかしいと思っていたよ。なぜ予言というものがあり、それらを実行しなくてはいけなかったのか。女王の君臨している歳月。そもそもなぜ女王はいるのか、どうして女王の言い成りにならなければいけないのか・・・」 「それは違う!」 エリエステスはようやく振り返り、両手を広げた。酷く切迫した顔。冷静で眉毛しか動かないような彼女の顔は、今は迷子になって泣きそうな子供のようだった。 「違う・・・・違うんだ、レイシー・・・。・・・・私たちは女王の言い成りなど・・・・」 「君は刷り込まれている。女王に従わせるように作られたんだ」 「どうしてそんなことを」 「言ったね、知ってると。・・・・君は予言された。女王に従うものとして存在すると。全ては女王のために、君はラスティカに、女王に売られた!」 「違う!私が女王の下に行ったのは私の意志だ!私は私の思いで女王を守り、女王の配下になり、女王に全てを捧げた。・・・・何も知らないお前が口を挟むな!」 「はさむよ、どうしても。君がどう叫ぼうと知らない。私はマルシャルだが、レイシーだ。君と同じ学び舎で育った友の一人。君のことを女王よりも深く知っている」 エリエステスは顔をもぎ取りそうな力で顔面を多い、吸い寄せられるように扉にもたれかかった。 「では問うよ。女王は君に何を与えた?金でも名誉でも何でもいい。・・・・何をくれた」 力なく、エリエステスの手は花が枯れ落ちるように解かれた。そしてゆっくり顔を上げる。その顔には脂汗がうっすら浮いていた。熱に浮かされているように。 いつの間にか焦点が合わないほどの距離にレイシーがいたが、エリエステスは動揺しなかった。見えていないのかもしれない。深い湖よりも濃い紺色の瞳はどこも見ていなかっ た。 「何もなかったはずだよ。・・・・・それに傷を」 冷たく長い指先がショールをくぐり、胸元へ這いよる。 「負わされた」 女にしては硬い肉の上にレイシーの指がすべる。いくら男のように振舞っていても肌は柔らかい。日に照らされない白い皮膚が鈍い蛍光灯の下で不気味に浮かび上がる。 だがそれ以上に強く浮き彫りになるものがあった。 「一生消えることのない傷を」 皮膚の一部が白い丘を作っていた。引きちぎれた跡となり、まるでエリエステスを半分に切ってしまうように深く、下まで続いていた。 「だから君は女としての一生を歩めなくなった。貴族の娘から軍人が出るなんて、誰も思わなかっただろうね。しかもラスティカの王に近い地位まで得て今はこうしてマルファを探る。・・・・全ての不満や疑惑、嫉妬の念を背負い込む羽目になったんだ」 「・・・・・・離せ、レイシー」 エリエステスの気配が元に戻る。そしてそのまま気を強くし、這う指をそっと離した。 「お前の思い違いだ。・・・・・私は女王から何かを得たいと思ったことはない」 はだけたドレスとショールを戻すと、エリエステスの瞳に暖かさがほのかに灯った。 「私は、私があの人を守りたいと思ったから城へと行き、自分の力で大佐となった。予言のせいではない。・・・・それに私は女王から多くのものを得た」 二人の視線がかち合う。レイシーはわずかにひるみ、エリエステスはいつもの獣のように鋭い目を向ける。 「女王は私を自由にしてくれた。だからこそこの傷がある。・・・・・この傷を憎いと思っていない。むしろ」 「もういいよ。・・・・その先は聞くに堪えない」 緊張が解ける。いつの間にかお互いこわばっていた体を緩め、同時に背けた。 「・・・・・いつからこうなったんだろうね。私たちはお互いのことを知り、信頼しあってた」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・。・・・・・今日はここまでにしよう。私が言えるのはここまでだ」 「そうだな・・・・・」 「でも・・・・。・・・・次にまた違う情報をあげるよ。君に利用されよう」 エリエステスは口に出さず、心の中で「どうして」とつぶやく。レイシーはそれを読み、同じように心で答えをつぶやく。それは彼女に伝わっているだろうか。エリエステスからまた答えが返ってくることはなかった。レイシーは一度瞬きをし、続けた。 「まだ君とは味方同志だ。それに来る日にそなえて情報交換しておくのは有効だと思う。特にシャワルを始めとする国を挙げての反女王派の正式な数や行動パターンをね。また開いている日を指定して欲しい。私から言ってもいいがそれだとこのことがばれるだろう?それは私にとっても有効じゃないからね・・・」 「・・・・・・わかった。また近いうちに手紙を出そう。なあ・・・・・・レイシー。ここまでわかっていてなぜ情報をくれる?確かに有効的だが情報の流出には違いない。もし私が逆だったら・・・・おそらくNO、を言っていただろう」 レイシーはまた氷の表情に戻っていた。どこを触れても寒い体。その笑みすら相手を凍らせる。怒りにも悲しみにも見えるその顔をエリエステスは盗み見るようにちらりとだけ見つめる。 「・・・・・やはり、私の答えは届いていなかったんだね」 「・・・・・・・・?」 「いいや、こっちの話だよ。・・・・・・答えは決まってるよ、昔から。それは私が君を求めるからだ。どんな形でも、またこうして会える」 卒業した後は数日に一度、もしくは手紙でのやりとりしかなかった。それでも二人はどこかで繋がってる、と口に出さずとも思わずともほのかに確信していた。何年との開きがあっても出会った瞬間「友」ということを思い出し、懐かしさと他の誰からにも与えられない心安らぐ自分らしさが戻ってくるようだった。 だが今はどうだろう。二人は同時に思う。ああ、遠い、と。 だからこそレイシーは言い続ける。何かを確認するように。 「盲目的なほど私は君を愛してるよ、エリエステス。今も、昔も」 エリエステスは「そうか」とだけつぶやいて背を向けた。ドアノブはレイシーのおかげで冷え切っていたが、今はその冷たさがエリエステスを鎮める。そして全ての神経を遮断した。 「・・・・・・・私は何も聞こえなかった。・・・・・また連絡する」 扉が開いた。雨の音は廊下にまで響いていた。古い天井は雨が黒く染み出し、床にゆっくり滴る。床もまた黒く染まり、また黒い雨が下の階へと続く。そうしてこの場は消えるだろう・・・・とエリエステスは偽者の髪を揺らし、大またでその場を去った。 |