生きているものは全部敵だ。

 血の繋がり?関係ないね。


 親だろうと兄弟だろうと。恋人だろうと友達であろうと全く持って関係ない。ああ、微塵も。1ミリも。


 少しでも関係していたら・・・俺たちはきっと違っていただろう。違う出会いをして、一緒に笑い合ってたかもしれない。


 

 全ての出会いに、俺たちは武器を向けよう。


 

 それが「黒」の掟だ。



 

 

            レッドゾーン 2




 かこん、と壊れた鈴が滑稽な音を立てて弾んだ。


 狭い空間によどんだ空気。煙草、酒、大麻・・・全ての空気が入り混じる黒いバー。


 集う者たちはみな気だるそうに腐った色をしたビールを舐め、かびてもとの色がわからなくなったナッツを口に放り込み、面倒そうに黄色い歯をくちゃくちゃと動かす。


 

 誰もが同じ動き、同じ匂い、同じ姿、同じ色。


 

 典型的な「黒」の場所だった。


 

 ブラックテューマーという言葉が馴染んで数年経つ。


 

 黒き腫瘍は2通りに別れる。


 

 1つは無気力な黒。やることなすこと全て・・・たとえ三大欲といわれる行為すら面倒だとつぶやき・・・面倒だというのも億劫なほど力のない連中の塊。


 

 そしてもう1つはここのようにいつも殺気立った塊だ。目があえばそれだけで血しぶきが舞う。それをみながら男たちはブラッディ・メアリーをあおる。肉の焼ける匂いでみんな酌み交わすのだ。


 

 

 それが当たり前だと思っている連中の溜まり場だけに、突如現れたその光景は異様だった。


 

 

 黒く陥没した全員の目線が入口に向けられた。


 

 ある者は口笛を吹き、ある者はにやにやと顎をさすり、ある者は何も言えずぽかんと口を開いたまま動かなくなる。


 

 それも無理なかった。


 

 年のころはまだ10代後半というところか。鈍く光る蛍光灯にたっぷりと輝く後ろ一つにまとめた金色の長い髪、宝石をはめ込んだかと思うほど美しく、透明な翡翠色の大きな瞳。さらに線の細い体や白い頬がひっそりと咲く小さな花のように「可憐」の言葉を髣髴とさせる。


 ちらりと翡翠色の瞳が動く。その瞳と交わったものは毒を食らったようにくらりと背もたれに倒れるた。


 触ると折れてしまいそうな色白の小さな華奢な体が一歩、一歩、確実に前に進んでいく。


 腐った容貌をした男たちは食い入るようにその姿を見つめていく。


 あと少しでカウンター・・というところで、沈黙を破るけたたましい笑い声がとどろいた。


「あっはははは!!なんだてめえ?どっから来たんだよ、おじょーちゃん?」


 風貌も腐りかけなら声も腐りかけ、痰の混じった低い声。それが引き金になったのか次々に腐った野次が飛び始め、歩んでいた足がぴたりと止まった。


「ここは俺たちみたいなくろ〜く染まった大人が来るところだ。ガキは帰えんな!」
「それともあれか?ウリにでも来たのかなあ?」
「おじさんが相手してやろ〜か?」
「おいおい、やめとけって!おめーいつからロリ趣味になったんだよ!」
「それに男みてーにうっすい胸だし、楽しめねえぞー!」


 まるで川が氾濫するように男たちは次々に口汚い野次を飛ばし、お互いの顔を見ては大笑いしビールをあおった。


 ふわ、とまた金髪がゆれ、翡翠の瞳が少し陰った。長いまつ毛が虫のたかる蛍光灯でも美しく柔らかく光った。


 その可憐な姿を見て、さらに男たちは声のトーンを上げた。


「おいおい!泣いちまうんじゃねえか?」
「どーれ、おじさんが慰めて・・・・・」


「ふざけろ、クソブタ野郎・・・・・」


 空気が凍りついた。


 男たちは時間という氷に包まれたようにそれぞれ、つい一瞬前のポーズで固まっている。そしてそのまま動かない。


 その空間の氷結を無視するように金髪がふわりと舞った。


「ブダ共、気安く俺に話しかけんじゃねーよ。・・・・・しかも」


 

 だん!


 

 棒切れのような足が床を蹴り上げた。細長い足が蹴ったとは思えないほど床は大きな音を立て、華奢な身体はその場から姿を消した。


 

 その瞬間、ようやく男たちは氷から解放された。


 

「ど・・どこだ?!」


 全員、きょろきょろと探すがその小さな姿は見つからない。


 

 次に確認できたのは数秒と間を置いてからだ。


「あー」


 男の一人があんぐりと顎がはずれたように大きな口を開いき、目線が皆同じ方向を見た瞬間・・・・・


「俺は男だ!!!」


 男の真上に白い体と足の裏。


 

 ・・・っしゃああんん!


 

 盛大にガラスがなぎ倒され、割れていく。その中にブタのように肥大した男たち数人がぼて、と醜い音を立てて倒れた。ガラスが刺さったのか、額や背中、だらしない腹の脂肪から血がうっすら流れていた。


 一見少女に見えたが・・男はふん、と半眼の瞳を見下して唾を吐いた。


「ふざけろ、ブタ共!」


 もう一度唾を吐き、適当に机に置いてあったビール瓶を投げ捨てた。


 灰色の煙にアルコールと血と腐敗した匂いが入り混じり、辺りは余計に「黒」に沈んだ。


「そこまでにしておけ、パディ」


 カウンターから一人、マスターが出てきて華奢な男の肩を叩いた。彼はふうふうと毛を逆立てた獣のように肩で唸っていたが、彼の手でようやく収まった。


 眉間に皺を寄せ、いらだった半眼でカウンターに付くと適当に飲み物を、と人差し指を立てた。


 注文をしている彼を男たちは茫然と見ていたが、もう彼を茶化したり攻撃してきたりする人はなく、辺りは元の黒く沈んだ静けさに戻った。


 男・・・パディは静かになった店内に満足し、出てきたグラスに小さなくちびるを当てた。


「全く・・・今日も苛立ってるな、パディは」
「っせーな。腹立つんだよ、あのブタ野郎共。ろくな飯くってねーくせにぶよぶよ汚ねー太り方しやがって、目障りだっつんだ」
「そして・・・今日も口が悪いな・・・・・」


 まだ若いバーのマスターは少しやつれた笑みを浮かべてグラスを拭いて自分も酒を飲んだ。


「はん、これが俺なんだからしょうがねえだろ?何か文句あっか、ティティ」


 マスター・・ティティは「ないない」と片手をひらひらと上げてくい、とアルコールを流し込んだ。


「だいったいなあ・・・・・最近いい食いもんがねえ!あいつら蓄えがあんだから食うなっつーんだ!あー腹へる」
「怒るとまーた腹減るぞ。・・・・まあ確かに最近飯という飯が流れてこないな。アルコールはちゃんと来るのに」


 そう言いながら空になったグラスを掲げ、もう一杯自分とパディに注いだ。ゆるやかに光る水面を見つめ、ティティはうまそうにくい、と飲んでくちびるを舌で舐めた。


「最近「ブラックアウト」が多いらしい」
「だから最近人がいねーのか。・・・飯も。・・・・ったく、軍人も暇だねえ〜じゃ、なくて・・今まで相当暇だったんだねえ〜俺たち狩って暇つぶしときたもんだ」
「だーよなあ・・・・。今まで平和だったからな。それはそれはも〜狩りがいがあるだろうよ」
「それは結構なことで」


 二人は皮肉たっぷりな歪んだ笑みを浮かべてグラスを合わせて飲み干した。


「で、よ。ブラックアウトになる前に必ず女が来るそうだよ」


 グラスをカウンターに上げ、おかわりを要求しながらパディは「女ぁ?」と素っ頓狂な声を上げて眉を潜ませた。


「そ、女女。しかもけっこーーいい女らしい」
「うげ。これまた暇なやつがいるもんだな〜。女は黙って子作りにでも励んでりゃーいいんだ。この国は女だらけで気持悪りいな」


 ティティは満たしたグラスを元に戻し、少し意地の悪い笑みを浮かべて肩眉を上げた。


「お、パディは女嫌いか?」
「違げー。でしゃばったヤツが嫌いなだけ」
「ふうーん・・・そういうもんか」
「尻に敷かれてひいひい言いたいティティとは違うんでね」


 ティティは何も言わず、肩をすくめて自分のグラスを流しに置いた。


 

 それと同時だっただろうか。


 

 軋む扉の音が店内に響く。すっかり黙ってしまった空間にその音は鮮明に響いた。


 たぎった男たちの目が一斉に扉に向かう。マスターであるティティはもちろん、パディも。


 

 客は女だった。


 

 黒い髪に藍色の瞳、がっちりとしたたくましい体。ぴったりとしたスーツが体のラインをくっきり浮かび上がらせていたが、筋肉質な体のせいか色気というものはない。女は帽子らしきものとマントを片手に持ちながら店内の真ん中を横断し、カウンターに向かう。


 先ほどのことがあったせいか、男たちはみなざわつかずじっと見つめるだけだった。


 女はふうむ、と鼻を鳴らすとパディの隣の隣に腰掛けて酒を注文した。


「やあ」


 女は肘をつき、顎をあてながら横を向いてパディに微笑んだ。どちらかというと凛々しい顔立ちのせいか、さわやかな青年を彷彿とさせた。


 パディは半眼をさらに半眼にし、これでもかと殺意を込めて女を睨んだ。


「あー怖い怖い」


 女は目を細め、口をゆがめた。それはどこかおちょくっているように見える。


「・・・・・・あんまり怖い顔をするなよ、ベリーちゃん?」


 ベリー・・・かわいい子と言われパディの脳内がぐわ、と沸騰し、たぎっていく。


「くそ女・・・・・!何が言いてえんだ、ああ?」


 女は笑みを模るだけで何も言わない。それが返ってパディの神経を逆なでる。


「じろじろ見てんじゃねえよ、ケツの穴にグラスぶっこむぞ!」


 女の体が少し動いた。肘を突くのをやめ、スツールから降りる。


「じゃあ私はお前のケツの穴に銃でもぶっぱしてやろうか?・・・・パディ・デュランダ」
「は?何で俺の名前・・・・・」
「皆の者!突入だ!」


 女が吼えると同時に視野が消えた。


 

 白の世界、赤の咆哮。


 

 そして数秒後、男たちの野太い声と肉が張り裂け、血のほとばしる音が悲鳴を上げた。


 

「な・・・・・・!」


 

 パディとティティは目の前に広がる光景を受け入れることができなかった。


 

 突然入ってきた兵士、にやにやと笑う女、吼える銃器、引き裂く剣。


 

 一瞬にして阿鼻叫喚の渦が地を這う。


 

「さあて・・・・・」


 女はちらりと横を見て、茫然とするパディに嬉しそうに笑った。


「探したぞ、パディ・デュランダ」
「・・・・お前・・・・・・」
「ああ、自己紹介がまだだったな」


 女はまるで昨日の夕食を思い出すように軽くぽんと手を叩くと帽子とマントを着用した。


 燃え盛る炎の中浮かぶ赤いマントと禍々しくぬらりと光る剣に絡む蛇の文様。


 パディは少し首を傾げたが、ティティはさらなる追い討ちをかけられたように目を見開いた。


「その紋章・・・・・!ラスティカの・・・・」


 さらにはっと気付き、ティティは口を押さえた。


「赤のマント・・・・女・・・・。・・・・あんた・・・まさか・・・・あの「エリエステス」か・・・・?」
「その通りさ、マスター。私も有名になったもんだ」


 驚愕するティティと満足そうに微笑むエリエステスをパディは交互に見つめ、眉間の皺を深めた。


「・・・・・・らすてぃかだかえりえすてすだが知らねーけど、俺が何かしたってのか?」
「まあ説明は後だ」


 女・・・エリエステスは少し笑みを消すと手を振り上げた。


 何も命令は出ていなかったはずなのに、いつの間にか近寄った兵士たちが二人ずつ彼らを抑えた。


「痛ってえ!!離せ、国の犬共!犬は犬らしくへこへこ交尾でもしてろ!」
「おお、随分な口を持ってるねえベリーちゃん。かわいい姿をしてるのだからかわいいことを言えばいいのに」


 エリエステスは大げさな身振りで肩をすくめ、両脇をしっかり固められてしまったパディに一歩近づき彼の顎に手を添えて上に上げた。


「パディ・デュランダ。ラスティカ軍エリエステス・ランファル・フィルデフィラの名において城まで同行願おう」


 パディは捕らえられているにも関わらず、首を動かし手を振り払い、にやりと心底黒い笑みを浮かべた。


「は!いきなり来てこれか?来てください、て土下座してくれたら考えてやってもいいけどな」
「このガキ!エリエステス大佐になんて口を・・・・・」
「いい、黙っていろ」


 兵士たちの殺気が一気に増幅したが、エリエステスはいたって平静にパディを見つめていた。


「威勢がいいのは何よりだ。いいか?パディ・デュランダ。私の言うことをちゃんと聞けば・・・そうだな。そこのマスターの兄さんの身柄を保証してやっていいんだぞ?」


 ちらり、と二人は同時にティティを見た。ティティは何も言えず、ただひたすら顔面を蒼白にして震えていた。


「・・・・・・好きにすればあ?俺が無事なら何でもいいしー」


 パディは鼻で軽く笑い、ティティに「俺のために死んで♪」と状況や言っている台詞や・・・パディでなければ非常にかわいらしく、見るもの全てが虜になりそうなかわいらしい笑みを満面に浮かべた。


 だがエリエステスたち兵士にはきかないのか、その攻撃にも似た笑みは無視され次なる台詞がパディに降りかかった。


「中々バカだな、お前。・・・・・いいか?お前には選択肢が3つある。3つあることをまず感謝してほしいね。・・・そう、残された道は3つ」


 どこかで柱が盛大な音を立てて炎に食われた。めきめきと悲鳴を上げながら床はどんどん侵食されていく。


 

 そんな中、彼女は涼しい顔をしながら人差し指をぴ、と上げた。


 

「1つ、大人しくこの私に連行される。2つ、いやいやでもとりあえず連行される。3つ・・・このまま焼かれて死ぬ。・・・・・さあ、どうする?・・・・パディ・デュランダ?」


 炎が翡翠の瞳にくっきり浮かび上がる。


「どちらにしても断れば共倒れ、受ければ私の気まぐれでお兄さんは助けてあげるよ。さあ、選べ」


 藍色の瞳が楽しそうに細く揺れる。


 パディ表情が一瞬消え、眉間の皺が少し解けた。


 

「・・・・くそったれ」


 

「それは1か2だ、と捉えていいかな?」


 

 まあいい、と彼女は続ける。


 

「連行しろ!」


 

 炎がより一層、禍々しく吼えてバーの隅々にまで轟く。


 

 

 赤くたぎる火と女のサイケデリックな映像を最後に、パディの意識は途絶えた。

 

 


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