| 国の中心、ラスティカ。絶え間なく純粋な水が沸き、緑は艶やかに甘くはにかみ、空は透明な青をしていた。全ての平和の発信の地。 そして今は全ての思いがとぐろを巻く、暗雲立ち込める空虚な城。 ドーム型の白い天井が白々しく太陽を反射し、傷一つ見当たらない黒いテーブルに光を落とす。それらをかき消すようにそれぞれの重い腕がどっしりとのしかかる。 ドーナツ型のテーブルにはラスティカの5賢者、ファンダム国のイアン、ルエンダ国のニース、そしてその他小さな国を統括する国唯一の連合国フィリファナ国のニコルが顔をそろえていた。 これだけ揃うのは女王の死以来だった。そして数分と顔をあわせるのは初めてだった。 女王の死の時ですら、彼らは数秒と一緒にいなかった。その短さが何を表しているのか、誰もが気づいており、誰もが一番黙っておかなければいけないポイントだ。 ルエンダ国代表、ニースはやせ細った60代の男だ。全てが筋張っており、顔も深いしわと浮き立つ筋、そしてこけた頬に討ち捨てられた白髪。体も筋と骨、その上に皮を張っただけに見えた。しかしそれらは実は全て筋肉で、老体から発せられるものとは思えない気迫と苛立ちを噴出していた。 ニースは神経質そうに指を叩き、遅れているそれぞれの代表を待った。やはり筋で構成されている指が叩く音は異様に大きく、部屋を満たしていく。つられるように他の代表たちも次第に苛立ちをあらわにしていった。 「・・・・・・シャワルのディアンダはまだか」 苛立ちとせっかちの代表・ニースがついに切らして5賢者を睨んだ。 「それにそちらのエリエステス大佐も、あとは・・・・・珍しい、マルファのマルシャルもまだか・・・・。・・・・・一体どうなっているのかね!」 自分の台詞にも苛立ちを覚えたのか、台詞が進むにつれ語尾を強めていく。叫ぶように一通り言うと、どこからともなくため息がむなしく響いた。 「まあ、待ちましょう。それぞれ忙しいのですから」 穏やかにニースをなだめたのは連合国フィリファナ国のニコルだった。ニースとは対照的にふくよかな体系をした男だ。年のころはニースと同じくらいか、くぼんでぎょろぎょろと辺りを見回すニースとは違い、肉で埋もれた細い目でただ前を見つめている。分厚い二の腕を揺らしながら腕を組み、ニースを向く。 「それに今は急ぐ必要がない」 「・・・・・・ふん」 ニースはニコルを強く睨みつけると、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 「しかし本当に遅い・・・・・」 「待った?」 軽い音を立てて扉が開き、ドーム型の天井に光が揺らめく。甲高い声は強く反射し、それぞれの耳をついばむ。 「・・・・・・遅いぞ、ディアンダ」 ぎょろりと飛び出たニースの目玉がディアンダを睨みつけるが、彼女はただ大きく笑うだけで欠片も気にせず、開いた席についた。ディアンダが歩くたびにくすんだ甘い香水が振りまかれ、参加者たちは皆顔をしかめたがやはり彼女は気にしない。 「久々にここに来たら迷っちゃったのよ。悪く思わないで」 のけぞりながら座る彼女は誰よりも年下だ。だがそれぞれの国を威圧するだけの権力、眼力・・・・それに加え全ての物をはねかえす大きな自信と性格を持っていた。 ディアンダは目でテーブルを一周すると、首をかしげた。 「・・・・・エリエステスとレイシーがまだみたいね?・・・・やっだー怪しいー」 化粧で縁取りされた目がいやらしい三日月に曲がる。彼女の存在のせいで静かな空間は一気に花開いたが誰一人しゃべらなくなってしまった。 ディアンダはくすくすと笑いながら大きく足を組んだ。スリットからこぼれる艶やかな褐色の肌が強く、光った。 「・・・・・・・まあいいわ。待ちましょう。・・・・・急ぐ必要はないんだから。この私がこうしていうちは、ね」 シャワル国代表・ディアンダ。 全ての引き金は、まだ笑って遊んでいる。 イエローサイレン 1 悲しいメロディーを紡ぎながら鳥が囀る。緑はこんなにも初々しく弾んでいるというのに鳥や風は寂しさを歌う。 そう思うのは自分だけだろうか、とレイシーはしばらく踏んでいなかったラスティカの廊下を踏みしめながらぼんやりと外を眺める。何度見てもなじめない、平和を切り取って絵にした風景。好きか嫌いかと問われれば嫌いだ、となぜか即答できる。それはこの自然一つ一つに女王の息吹がかかっているからだろうか。・・・・彼女の慕う、女王の全てが宿っているからだろうか。 「・・・・・・レイシーか?」 懐かしい声が廊下の遠くから届いた。その瞬間レイシーは女王の存在を忘れ去り、外から目をはずした。 「一体どうした。もう遅刻だぞ」 一瞬まぶしさにレイシーは目を細めた。 「・・・・・・エースか。・・・・ちょっと考え事をしていたんだ」 「・・・・・・そうか」 エリエステスは軽く顔を伏せると、レイシーの歩調に合わせて隣を歩く。 二人がこうして会うのは以前会った時以来だった。とはいえ、まだ数日と日は開いていない。なのにお互い、遠いと思っていた。まるで数年ぶりに会うかのような錯覚がめまいを起こす。 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 言葉が、なかった。 いつもなら言える台詞が何一つ出てこない。 言いたいことは二人ともたくさんあった。なのにどうしてか出てこない。 息を奪われたように二人は口の中で酸素を転がす。肺が、急速に縮んでいく。 このまま会議室へ向かうのか、と少し安堵の気持ちが息を楽にしたそのときだった。 「・・・・・あ、おい・・・エース」 「・・・・!」 エリエステスは息を再び止め、急いで後ろを振り返った。 わずかな風にもなびく細い金髪が柔らかく揺らめく。太陽を取り入れ、湧き水のように透明に見える翡翠色の瞳が戸惑いながらもエリエステスを睨むように見つめている。 「・・・・ああ・・・・パディか・・・・・。・・・・・一体何のようだ?」 エリエステスはいつの間にか消えていた「大佐」の仮面を急いで装着すると、足を止めてパディを斜に見下ろす。隣で歩いていたレイシーも足を止め、不思議そうにパディを向いた。 妙に重圧のある二人を目の前にパディは少し固まったが、それはすぐに解かれた。 「・・・・・・どっか行くのか?」 エリエステスはいつもの皮肉交じりのゆがんだ笑みを浮かべる。 「私の動向が気になるかな?かわいいベリーちゃん」 「ちげーよ。ただちょっと・・・・話が・・・・・」 言いながらパディの目線はレイシーに注がれていた。その視線に気づくと同時にレイシーは笑みを浮かべた。こちらもまた、いつもの「氷の女王」の笑みに戻っていた。 「君がパディ・デュランダか・・・・噂は聞いているよ」 冷たい笑みがパディを冷やす。威嚇されてたじろぐ獣のようにパディはかすかに一歩引き、鼻を鳴らした。 「・・・・・誰だお前」 「礼儀がなってないね、ハニーちゃん。・・・・こちらはマルファ国・・・ラスティカと・・・・。・・・・ラスティカと条約を結んでいる国、というのは知ってるかな?・・・・・その代表者だ」 「マルシャル=レイシーだ。よろしく」 レイシーは一歩前に進み、鋭い手をさし伸ばした。しかしパディは素早く、本能的にはたき下ろすとまた一歩引いた。 「・・・・・まるで動物みたいだね」 「黒き腫瘍にいたころはコヨーテ、という名前がついていたそうだよ」 「・・・・それは怖い。食べられないよう、注意しよう」 大佐とマルシャルは交互に笑いあうが、かみ合わない歯車のようで見ているパディは何もわからないがなぜか歯がゆい気持ちになり、軽く舌打ちをした。 「・・・・・それで。話とは何だ?」 パディはもう一度上目にレイシーを視界にいれ、首を横に振った。 「・・・・・もういい。後で言う」 「生憎と後も支えている。急ぎの用事なら夜中、私の部屋に来るといい。・・・・さあ、今から会議だ。急ぐとしよう、マルシャル=レイシー殿。完全に遅刻だ」 「・・・・・そうだね、エリエステス大佐」 エリエステスとレイシーは互いに目をあわさず、ただ頷いて同時に動く。取り残されたパディは何か言いたそうに手を伸ばしかけたが、すぐに下ろして遠のく二人を見た。 「・・・・・・んだよ、あいつら・・・・」 本能を察する鼻が小さく動く。パディは妙な違和感で酔いそうになり、急いでその場を離れた。 パディの小さな足音が完全に消えるのを待ち、エリエステスはため息にも似た息を吐き出し、レイシーは顔にまとわりつく針金のような細長い髪をかきあげた。 「君の周りにはかわいい子ばかり集まるね」 「困ったものだよ」 レイシーは目を細め、パディの消えた方に目をやる。 「あれが鍵、なんだね。・・・・・・まだまだ小さくて何もできあがっていない・・・。・・・一体世界は何を託そうとしてるんだろうね?」 「・・・・・全く力を持たないがゆえ、知ることがあるのだろう。私たちには知ることができない、何かが。・・・・・・どうした、レイシー」 いつの間にかレイシーの体が止まっていた。エリエステスは慌てて足を止め、ゆっくり振り返った。 一本一本が透き通るような美しい髪が強い日差しに反射し、彼の輪郭をぼかす。背後から差す光は神々しさを通り越し、弱弱しかった。そのまま光に飲み込まれ、真っ白にフェードアウトしていくような儚さがあった。 「・・・・・・なんだ、一体どうした」 エリエステスは軽く笑うような調子でレイシーを見つめたが、内心は緊張していた。氷の女王といわれるレイシーの表情が、わからなかった。捉えようとしてもつかめず、ただ遠くでおぼろげに立っている。 「・・・・・・らしくない、と言ったばかりだ」 自分にも言い聞かせるようにエリエステスはつぶやく。 「・・・・・・・レイシー。一体何を考えてる?」 くす、とかすれた笑い声が小さく耳に届く。 「このままどっか行きたい、と思って。今日は天気がいい。気分が晴れる」 「それではいつでも心が曇ってるような言い方じゃないか」 「この間から私の心から雲が離れないよ、エース」 光に包まれたレイシーの手が伸びる。エリエステスは黙って彼の指を受け入れ、二人の体はそっと寄り添った。しわ一つない軍服から埃っぽい匂いがかすかに鼻をくすぐり、唯一の軍人としての心が胸に一本の刃を作り、平行を保つ。今はそれが鎖だ、と二人は同時に思った。 「・・・・・・・学生の頃」 レイシーの暖かな声がエリエステスの肩にしみこむ。それをエリエステスは目を瞑り、黙って感じる。 「一緒に世界を維持できたら、と語ったことがあったね」 「・・・・・・遠い昔だ。・・・・・もうおぼろげだよ」 「私は鮮明だよ。君と、出会ったことも、全部・・・・。・・・・・どうしてこうなったのかわからない」 「・・・・・私はお前がわからないよ。対立することも何もかも。・・・・・・どうしてその道を選ぼうと思ったのかも」 レイシーの腕の力が強くこもる。細い腕のどこにその力があったのか、エリエステスは冷静に考え、彼の腕を押さえた。 「遅刻だ。・・・・・昔のようにスクワット100回というわけにはいかないぞ」 「・・・・・・・そうだね。私たちはもう学生ではないのだから・・・・」 レイシーはゆっくり顔を上げ、儚げに笑って見せた。氷の女王、と呼ばれたのはいつのことだろうとエリエステスは思いながら、共に勉学に励んだ時期の彼と面影をかぶらせる。妙に幼いえくぼができるところが変わってないな、とエリエステスは心の中だけで笑った。 「・・・・・・・・・・」 鎖が解ける。まるでそうなるべくして時間が進んだようだった。風で葉が揺れるように、ごく自然な成り行きでレイシーはエリエステスのくちびるに自分のくちびるを重ね合わせた。掠める程度のものだったが、異様な熱さが二人のくちびるに宿る。 「・・・・・・・・・・・」 沈黙が二人に「大佐」と「マルシャル」の仮面を作り出し、顔に固める。 「行こうか」 「・・・ああ」 二人は同時に前を向き、最初の一歩を踏み出した。もう誰もが今の二人を「エリエステス」とレイシー」とは思わないだろう。大きな背中は痛みを隠しながらも強く、世界を引き剥がしていった。 |