こつ、と大理石の廊下が静かに鳴り響く。足音は規則正しく、迷うことなく突き当りまで素早く進んでいく。


 突き当りまで進むと、そこには蛇に縁取られた金色に輝く扉が構えていた。


 蛇はラスティカの象徴、世界の象徴でもある。


 

 言い伝えに寄れば、世界・・・レイストロは「蛇」でできているという。


 

 蛇と色彩の女王、そして女王の父である神。


 それが定かかどうかは・・・・・知る者は城に眠る。身動きできず、世界と同化しながら。
 こんこん、と扉を軽くノックする。しかし返事はない。もう一度ノックするとエリエステスは構わず声を張り上げた。


 

「ラスティカ、第一軍所属、エリエステス・ランファル・フィルデフィラです。ただいま戻りました」


 軍人らしい抑揚のない声で言い、エリエステスは扉をくぐった。


 部屋の中心に円形の白い大きなディスクがあるだけの寂しい空間。天井はドーム状になっており、世界地図が映し出されている。そしてやはり象徴である「蛇」が絡み付いていた。


 ディスクにはすでに10名ほど人が集まっていた。


 囲んで座っている人たちのほとんどは男、それも60歳すぎたであろう老人たちばかりだ。エリエステスと同じぐらいの年はほんの一握り。とはいえ、みな年上だ。


 しかし彼女は押されることなく、むしろ獣じみた威勢のいいオーラを突きつけながら一歩大きく踏み出し敬礼をした。


 

 全員、エリエステスに向く。


 

 ドームから降り注ぐ光のみの薄暗い空間に浮かぶ人々はどれも同じように見え、余計、彼女は強く見えた。


「エリエステス・ランファル・フィルデフィラ、ここに参上しました」
「・・・・首尾は」


 入口より一番離れた場所・・・ここにいる人々の中心となる人物は重い口を開き、両手を組んで睨むように前かがみになった。


「は。ブラックアウト及びパディ・デュランダ捕獲成功しました」
「そうか。・・・・・これは預言通りか」


 年を重ねた口は言うに苦しいのか、時々舌の回らない唾液混じりにぼそぼそと言い、喉を鳴らす。少し姿勢を崩すと老人はさらに続けた。


「世界の理が崩れて早2年・・・・・・本当ならば女王の死は1150年だったはずだ・・・。・・・・これ以上崩すわけには行かぬ」


 そう、老人が言いながら顔を伏せるとまた別の老人が顔を上げた。


「だが預言通り、パディ・デュランダは存在した。そして時期女王候補である「ウナ」も。・・・・世界はすぐに再生されよう」


 その老人に便乗するように隣で顔が動く。


「そのためには一刻も早く「覚醒」をしてもらわなければならない。・・・・・エリエステス大佐。引き続き「ウナ」及び「パディ」の監視を頼もう」
「は。フィルデフィラの名に恥じぬよう励みます」
「よろしい。では下がれ」
「は」


 エリエステスはもう一度敬礼をすると、機械的に後ろに振り返り、扉を開けた。


 

 ブラックアウトで焼けた町の匂いが微かに風に混じり、彼女の鼻に届く。


 

 彼女は少し目を細め、笑った。


 

 

 

            レッドゾーン 3




 鳥の声なんて何年ぶりだろう。


 気がつくと男たちの罵声、酒の腐った匂い、煙草の灰を焼き付ける異臭をかいでいた。そして一歩踏み出しているころにはそれらが全身に染み付いていて、最初不快だと思っていたはずのものが全て心地いいと感じていた。


 恐らく普通であろう匂いは、今の彼には「新鮮」に感じてしょうがなかった。


 ノリの効いたシーツの匂い、木漏れ日から注ぐ光、少しおしろいをはたいたかすかな女の香り。部屋の空気という空気が白かった。


「う・・・・・・・」
「あら、起きましたですか?」
「う・・・??」


 パディは乱暴に目を擦り、ぼんやりと目を開けては閉じを繰り返しもう一度目を擦った。


 そこにあるのはいつも見る黒い天井ではなかった。クリーム色に染まった清潔な天井。所々に光の斑点が揺らめく。


 

 パディは状況が把握できなかった。


 

 少し動くとシーツがしゃわ、と冷たく動き、羽毛の匂いがむわっと立ち上る。


 

 枕?布団?シーツ?


 

 普段どれもあるはずがないものだった。


 

「・・・・・・!!」


 パディは急いで体を起こし、布団を蹴った。羽毛のたっぷり入った布団は衝撃を吸収してしまい、少し上に上がっただけでまたパディの華奢な体に乗っかってきた。


「何をしてるんですか?いい加減おきてくださいましよ」
「・・・・・誰だてめー」


 パディは少しくらむ頭を抑え、指の隙間から声の主を見た。


 年はパディよりもやや年上だろうか。所謂メイドだった。紺色の制服に汚れ一つ、皺一つついていない清潔な白いエプロン。木漏れ日にたっぷり光る大きくカールした茶色の長髪が印象的な女だった。


 彼女はよいしょ、と声をかけながらゴミ袋を移動させると「あたしですか?」と首をかしげながら自分に指を当てた。


「申し送れました。あたくし、パディ様のお世話を頼まれましたラミィ・ランと申します」
「・・・・・はあ?」


 自分でも驚くほど変な声を出したのだろう。パディは言ってすぐに口を塞ぎ、きょろきょろと大きな瞳で辺りを見つめた。


 

 まず思ったことは、広い。ティティのバーの倍はあるかもしれない部屋だ。それに寝ているベット。あとパディが3人横になれそうだ。そして下には埃一つない赤い絨毯、磨き上げられた鏡台、使われた痕跡のないタンスなどの家具。窓はガラスがはまってないのではと錯覚するほどキレイにふき取られていた。


 

 パディはあやふやな記憶の糸を辿った。


 

 いつも通りロットシャドウと化した男たちから金品を強奪し、いつも通りからかってきた人を殴り倒し、ティティと共に飲み・・・・そして。


 

 ぐわん、と殴られたような衝撃と共に赤く燃える炎、そして炎よりもたぎった瞳をした女を思い出した。


 

「・・・・・・・お・も・い・だ・し・た・ぞ!!」


 

 すべり出るようにベットから抜けると、目にも留まらぬ速さでラミィの胸倉を掴んだ。


「おい!あの女はどこだ!」
「あ・・・あ〜れ〜・・・だめですよう、いきなり押し倒そうとし・ちゃ♪」
「誰が乳くせえあんたとやるか!ブタ共たちにまわされてろ!」
「まーひどい言い方ですこと」
「全く、その通りだ」


 パディは眉間にこれでもかと皺を寄せ、鬼のような(とはいえ、かわいい顔をしているのでそこまで見えない)顔をしてぐっと入口を睨んだ。


 

 

「やあ、お目覚めかな?パディ・デュランダ」


 

 

 少し人をおちょくるような、女にしては低い声。ぴったりとした青いスーツを身に纏った大柄な女・・・エリエステスは笑みをこぼしながら二人に近づいた。


 

「ご苦労、ラミィ」
「あ・・・え・・・エリエステス様!これはお見苦しいところを・・・・・」


 ゆるくなったパディの手からラミィは急いで離れ、少し顔を赤らめもじもじとスカートを弄りながら後ろに一歩引いた。エリエステスは男だったらこれで女を一発で落としただろう、優しい中にもたくましさのある爽やかな笑顔を向けると「いいさ」とラミィの肩を叩いた。


「これから大変だろうけど頼んだよ」
「あ・・は・・はい!このラミィ、一生懸命働かせてもらいます!ではゴミ出しに行かなくてはならないので・・・・失礼します」


 ラミィは俊敏な動作でゴミ袋を持つと、頭を下げ、足早に部屋を出た。


「・・・・中々面白い子だろう」
「じゃ、ねえよ!!ここはどこだ、デカ女!」


 吼えるパディにエリエステスは「おや」と目を見開き、姿勢を少し崩して腕を組んだ。


「まだ名を名乗っていなかったか?これは失礼。私はラスティカの第一軍に所属エリエステス・ランファル・フィルデフィラ大佐だ。まあこれから長い付き合いになるのだ。気軽に「エース」と呼んでくれたまえ」
「俺はここがどこかってのを聞いてんだよ!このモウロク女!何で俺がこんなところに・・・・」


 小さな子犬が噛み付くようにきゃんきゃんと男にしては甲高い声で講義するパディにエリエステスは余裕の笑みを浮かべながら「まあまあ」と片手を上げた。


「安心しろ。ちゃんと一つ一つ説明してやるから、まあとりあえずソファーにでも腰掛けたらどうだ」


 そう言いながら先に座るが、パディは警戒心むき出しのまま座るはおろか、その場から動こうともしなかった。


 

 大して気にせず、エリエステスは足を組んだ。


 

「まあ突然のことで混乱するのも無理はないだろう。まず場所だ。ここはラスティカ。レイストロの中心「ラスティカ城」だ。そのゲストルームにいる。OK?」


 ちらりとパディを斜に見上げるが、彼は何も言わずふうふうと毛を逆立てて彼女を睨んでいた。


「そしてお前がいる目的。・・・・・色彩の女王が死んだぐらい、お前たちロットシャドウも知ってるだろう?まあそのせいであんな薄汚いバーにいたのだろうけど。・・・・薄汚くなったのだろうけど。・・・・・この世界は女王の力によって成り立っている。・・・・OK」
「いちいち聞くんじゃねえよ!とっとと言え、三段腹!」
「これは筋肉だよ。・・・ああ、悲しきかな。脂肪と筋肉の差もわからぬとは・・・我が国の知能度を疑ってしまうよ」


 エリエステスは大げさに首をふり、肩をすくめてわざとらしく人差し指を額に当ててため息をついた。


「う・る・せ・え!かみ殺すぞ!」
「はっは。無理も大概にしたまえ。武器という武器はこちらで全て預かっているのだからな」


 そう言いながら顔を上げると、目の前に彼はいなかった。


 エリエステスは笑うのを止め、すっと目を細めてその場に固まった。


「・・・・武器なんてなくてもなあ、あんたの首ぐらいへし折れるわ」


 背後にふわりと立つ彼の気配を横目で見ると、エリエステスは鼻で軽く笑い「どうかな」とつぶやいて両手を背もたれに回した。


「私の首、そうたやすく折れない」
「試して・・・・・・・!?」


 

 消えた。


 文字通り、エリエステスの姿が消えた。まるで蜃気楼のように、音もなく気配もなく風もなく。今まで相手にしていたのが幽霊だったのではと錯覚させるほど一瞬に。


 

 

「私を舐めるなよ、ハニーちゃん」
「・・・・・・・・!?」


 パディは目をこれでもかと広げ、瞳孔を凝縮させ急いで振り返った。


「てめ・・・・いつの間に・・・・・」
「伊達に女で大佐を務めてはない、ということを知ってほしい。・・・・さて、大人しく聞く気になったか?パディ・デュランダ」


 パディは静かに唾を飲み込んだ。


 パディの中の獣の本能が言う。


 藍色の瞳の奥に住まうのは黒に染まったやつらの腐った強さやパディのように吼えるだけの強さではない。


 殺しても殺しても、内臓を全て吐き出しても突き進んで相手の喉を噛み切ろうとする執念にも似たおぞましい粘着質な強さ。


 今は腕を組んでいるはずなのに、パディの細い首をへし折ろうと手がいくつも絡みつくような錯覚を覚える。


 一筋、冷や汗を流すとパディは舌打ちをし、ようやくソファーに座った。


「よしよし、お利巧だハニーちゃん。とびっきり甘いキャンディーをくれてやろう」
「・・・・・黙って話せよ」
「・・・その矛盾、OK」


 

 エリエステスもパディの向かいに座り、二人はようやくまともに顔を合わせた。


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