| 黄金の髪を弾ませ、少女は無垢な笑みを浮かべ、振り返った。淡い桃色のドレスが花のように揺れ、シフォンが七色に輝いた。大きな瞳の先にいるのは、赤いマントを身に着けた女軍人。正規の軍服ではなく、動きやすさのみ重視された紺色のスーツ。同じ紺色の瞳が、今は穏やかにたわんでいる。 「エース。ありがとう」 少女はそれだけ言うと、まるで赤子を撫でるように女軍人の両頬を包み込んだ。頬は冷たく、硬質だった。女のものとは思えないごわつきが張り付き、たわむ瞳の奥は鋭い。 「私にはもう、見るべき未来はない」 少女の声に女軍人はゆっくりと、時間をかみ締めるように頷いた。 少女は緩やかにまぶたを落とすと、心で懺悔した。 私はあなたに嘘をつく。最後くらい、人として死にたい。殺される運命にありたい、だなんて。人のように傷ついて、激しく、穏やかに、均一な死を手に入れたい、だなんて。 夢物語でしかない。 死と同じく、150年のサイクルは絶対。許されない運命。永遠の呪い。 未来が見えないのは事実。でも、私はなぜ150年の呪いから逃れているの? きっと――穏やかな夢を見るためね。 イエローサイレン 18 パディは女王のことをある程度だが知った。150年生き続け、生かされ続ける。回る時の中、自分だけは世界の中央で停止している。それを哀れかどうかはわからない。ただ、人ではないことは確かに思えてしまった。 ウナもその一人。次に続く、色彩の女王。 殺される、と聞いて動揺したパディだが、よくよく考えたらウナは不死身である。傷つけられても回復する姿をこの目で見ている。だから心配はない……のだが、どうにも不安めいた靄が胸を霞ませる。 「どうにも……引っかかるんだよな……」 「パ、パディ様、どうして落ち着いちゃってるんですか!」 「うるせえな……。いいから座れ。それが事実でも、俺たちは動けねーんだ。どうしようもないだろ」 「それは……そうですが、でも」 「それより、自分の心配でもしてろよ。俺は……少し考えたいことがある」 「ま、真面目なパディ様も……かわいいです」 どうやら激しく混乱しているらしいラミィを放置すると、パディは再び女王について考えた。 引っかかるのは150年のサイクル、先代女王、ウナ。この三つだ。恐ろしく単純のように思えるのだが、なぜか答えは暗闇の中で、かき回しても何も出てこない。虚しい手ごたえだけがさらりさらりと指をすり抜ける。女王という単語がサイレンのようにけたたましく鳴り、思考を妨害する。 「あの、パディ様。少しいいですか?」 目まぐるしく混乱していたラミィも少し落ち着いてきたようだ。体はまだ震えているが、落ち着いた声を発した。もしかすると、混乱のあまり感情がショートしたのかもしれない。その可能性が大きいな、とパディはラミィに頷いた。 「ここに来て……どれほど経つでしょうか」 「んなのわかるかよ。どれくらい気絶してたかで変わるけどな」 「あたしも気絶なんてしたことないんでわからないんですが、半日は経ってないと思うんです」 「まあ、なあ……。昼寝したところで、精々二、三時間くらいだろうし。それがどうした?」 「そうなると、ここに来て四時間くらい……ですよね。そうなると、もしかすると……ここはシャワルじゃないかも、とラミィは勝手に推測してるんです」 ラミィは暗闇の中、パディに人差し指を突きつけた。やっぱりまだ混乱しているのか、とパディは呆れながら指を払いのけた。 「シャワルに行くのは半日かかるはずです。しかも、あたしたちを乗せていくわけですから、見つからないように迂回しなくちゃいけないと思うんです」 「そうか?」 「それに……変な話ですけど、万が一ここがシャワルだとしても、あたしたちが生きてるわけがないんです。利用するのであれば、もっと早くに誰かがここにいる、もしくは直接、上のお方の部屋にいます。こんなところでのんびりと……寝ていられるはずがないんです。殺すのであれば、最初から……」 言って、身震いする。スパイを命じられたごく普通の少女は言うだけでも限界を感じていた。 「……パディ様は鍵です。でもあたしは単なるメイド。利用価値なんてとっくにないんです。それがいつまでもこうしていられる……」 「へー。お前って案外色々考えれるんだな」 「パディ様!感心するところが違います……けど、嬉しいです。でも恐いです!」 やはり、まだ混乱の渦中にいるようだ。ラミィは髪を振り乱し、両肩を急いで抱いた。 「つまり、俺たちは他国にいるんじゃないか、ってことだな?」 「はい……。で、でも、ラミィの言うことなんて、あたるかどうか」 「そんなの関係ねーだろ。あたるもなにも、可能性の一つであることにはあるしな。だとしたら、どこなんだ?」 それによって誘拐された理由がわかるとは思えなかった。だが、考えないよりはましだ。ありとあらゆる考えがパディの中で追いかけっこする。捕えようとすると逃げる、捕まらないように逃げる。時折、女王というサイレンが鳴り、やはり妨害した。 問題はやはりそこなのか。女王のための鍵。自身ではそれについて何の想いもない。だが、世界から見れば鍵という存在はどう映る? かたん、と音がした。ラミィはびくりと肩を震わせ、パディにすり寄った。パディは突然の現実に目を開いた。久しぶりに見る光は強烈で、そこに浮かぶものがまるで確認できなかった。暗闇も色も何もかもが白い。黒い闇の次は白い闇に囚われた気がした。その中で、低い声がした。 「初めまして、色彩の鍵」 小さな影が生じた。それは徐々に膨張し、人の形を成した。突き出た腹、肉厚な頬、柔和な笑み。人のよさそうな中年の男がぼんやりと浮かび、パディを呼んだ。 「パディ君、でいいのかな?」 ここが陰湿な閉鎖空間ということを忘れさせるほどの、場違いな、穏やかな声。その中に威厳を含ませ、彼は言った。 「私の名前はニコル。フィリファナ国の王」 瞬間、ラミィが小さく悲鳴をこぼした。女王による色彩の世界、永遠の平和は神話でしかないと、裏切られたと言わんばかりに。だが、パディは不敵に顔を歪ませた。 「人質か保険か。シャワルを武器に動いてるって感じか?」 「随分とたくましい神経のようだ。確かに、君たちは人質だ。だがそれ以上でもそれ以下でもない。だから、話す事は何もないよ」 ニコルの目配せに、数人の軍人が現れる。無駄のない動作でパディとラミィの両脇を固めると、無理やり立ち上がらせた。 「おい!どこに連れてく気だ!」 「大丈夫です。無駄に血を流すのは好きではありませんから」 「答えになってねえよ!くそ、焼き豚にしてやるぞ!」 「口の悪い人ですね」 口調は苦々しいものだったが、顔は変わらない。二人はもがくことも許されず、そのままずるずると引きずられていった。 呆然とセロとラスの部屋から出たエリエステスに近寄った――否、詰め寄ったのは、犬猿の仲であるライスだった。彼はエリエステスが意識を失いかけているのにも関わらず、いつも通り嫌味を言った。……エリエステスの表面は、いつも通りだったからだ。 「次期女王が捕まったそうじゃないか。しかもなんだ、あの組織は。シャワルに敵対する組織?何を始めようとする」 「引き起こしたのは私ではない。八つ当たりもいい加減にしてくれないか。それよりも、作戦変更だ。裏からなんてやっている場合ではない。女王を奪還すべく、我らは立ち上がる」 「言い訳じみてる」 「言い訳?まるで私が全ての犯人のような口ぶりじゃないか」 ライスの毛が逆立つ。一瞬にしていきり立つ体は強い気迫を纏っていたが、エリエステスには通じなかった。ライスがいきり立つほど、エリエステスの目の前から色彩が失せていく。 「事実そうだろう!女王が死んでから……いや、お前が女王に成り代わった時から!この国も世界もおかしい!」 「女王の加護がないからだ」 「違う……。お前の選択は、全て怪しい。もっと、違う選択肢があったはずだ!」 「お前たちも同じように選んでいるではないか」 「では聞こう。文献によると、女王が死ぬと同時に次の女王に力は受け継がれる。しかしウナ様は心を閉じているため、力を出すことができない。それを開けるのが色彩の鍵。……おかしな話じゃないか。女王が死んでもう数年だ。ウナ様が閉じているとはいえ、世界はなぜ平和にならない!むしろ、戦いへと落ちていっている!女王がいるにも関わらず、女王のためにみんな戦っている」 ライスの歯が鋭く光る。威嚇する獣よりも獰猛な荒い息がこぼれた。だがエリエステスは動かない。ライスは舌打ちすると、汚物でも捨てるかのようにエリエステスを突き飛ばした。 「お前はずっと、何かを知っていた。だからこそ、女王はお前を選んで死んだ。全て知った上で今まで行動していたというなら。裏切り者として処刑する。お前がそう言ったように、俺はお前の首をはねてやる。全てお前に押し付けて、平和を手に入れる」 ライスは制服を翻すと、背を向けた。怒りは消えず、背中まで燃えていた。「早く準備をしろ」と吐き捨て、その姿は廊下の奥へと消えた。 エリエステスはずるり、と落ちると自嘲気味に笑った。終わりが、近づいている。 「そうさ……私は全てを知っているよ。全て私の思い通りだ。戦争も何もかも。でも、誤算があった。私は……私が望む世界は、もう終わっていた。私はゼファーナ様の世界で生きたかった。次の世界に、ゼファーナ様はいることができない」 女王が存在できない、次のサイクルなんて。この先、ゼファーナ女王のいない世界など。 女王が今まで保ってきた世界。これからウナが守る世界。 「セロ様、ラス様。私は知ってます。誰も……逃れられない事を。150年のサイクルは平等だと。早く死ぬことなど、ありえないのです」 ――私は女王を殺せません。私の剣では、女王を殺せません。 「可哀そうなエリエステス」 「可哀そうな女王たち」 「みんな死ぬね」 「きっと死ぬね」 「世界は変わる」 「世界は変わらない」 「進まない」 「進んでいく」 翌日、ディアンダによる女王誘拐が公表され、ラスティカはシャワルを正式なる攻撃の対象とする。言うまでもなく、戦の始まりの告げる警報が発令されたのであった。文献にもない、形ばかりの戦がこの日より開幕する。それは侵食するように、じわりじわりと大地を汚していった。 次の世界が到来するまで、あと一年。 第三章 完 第四章に続く |