| 「さあさあ、パディ様」 のん気な声が眩しい光と共にせかす。まだ眠っていたいとベッドに埋まる体は何度も揺さぶられ、耳元では黄色い声が何度も名を呼ぶ。 覚醒が近くなり、おぼろげにパディは浮かび上がる影を目に映す。 「・・・・・・・・・・」 「あ、パディ様。起きましたか?」 「・・・・・・・は・・・・」 一呼吸おき、瞼が完全に上がる。強い光が一瞬目を焼き、目の前にいる人物を捉える。それは徐々に形になり、見慣れた人物に変化した。 「・・・・・・・ん・・だよ・・・」 波打つ金色の髪が体中にまとわりつき、パディの華奢さを強調させる。 「ふふ、パディ様。いい加減起きてくださいな」 大きくカールした茶色い髪が嬉しそうに跳ね上がる。 「・・・・・・ラ・・・・ミィ・・・・」 ろれつの回らない舌を鬱陶しそうに回し、パディは頭をかいた。 ラミィはにこにこと、いつもと変わらぬおっとりとした笑みを浮かべながらもう一度「パディ様」と名を呼び、布団をはいだ。 「いい加減起きてくださいね〜。今日は会議ですから」 ああそうだ、とパディは半覚醒の頭でエリエステスの言葉を思い出してみた。会議、と単語が出たところでまたラミィがのんきな声を出す。 「あ、ところで。どちらがいいですか?うーん、やっぱりい・・・ドレス・・・・」 ばさ、と音と共に一面がピンクに染まる。 「・・・・誰が・・・・」 今度はぷつん、と体内で鳴る音と共にパディの目が完全に覚める。 ピンク色のドレスを掴み、思い切りラミィにぶつける。 「んなもん着るかーーー!!!!」 「やーん」 ラミィはひらりと猫のように体を翻し、ピンクの塊をよける。 ふふ、とラミィが笑うと同時にドアがため息をつく。見ると物陰にカルアの姿がほんのわずがに顔を見せていた。彼は入りたくないのか、なるべく見ないように一人つぶやく。 「・・・・・いい加減にしてくれないか、パディ・デュランダ・・・」 「そう思うなら、こいつをどうにかしやがれ!!」 何と平和な朝だろうか。 イエローサイレン 8 結局、ラスティカの軍服を着、パディとカルアは並んで廊下を歩いた。華奢なパディの体に軍服はひどく不釣り合いでしかもサイズが大きかったのか、肩のラインは崩れ、裾がずるずるとだらしなく落ちる。 パディが舌打ちしながら腕をまくると、またしてもカルアがため息をついた。 「んだよ、カルア。いつからため息が趣味になった?」 パディは朝日に透通るまつ毛が縁取られた、一見可愛く見える瞳を半眼にし、眉間にしわを寄せた。すべての顔の筋肉をほぐせばかわいい顔立ちも、これでは台無しだ。 カルアは再びため息をつき、髪をくしゃ、とつぶした。 「・・・・どうして君が参加しなくてはいけない」 「知らねえよ。エースの決定だからな。・・・いいじゃねえか。だーいすきなエース様、から指定を受けてるんだからよ」 「だ・・・だから!人をからかうなと・・」 「別にからかってねえけどー?・・・・そんなことはどうでもいいんだよ。・・・今からどういうやつが集まるんだ?」 カルアは歯をすりつぶし、言葉を飲み干す。頬はまだ赤かったが、表情はしかめながらも真顔に戻りつつあった。 「今から集まるのは第一、第二、第三軍。ラスティカの軍はこの三軍で成り立っている」 「ふうーん・・・ようは、全軍か。案外と少ないんだな」 「今まで争いがなかったからな。そして会議に出れるのは少尉以上の階級だ。少尉、中尉、少佐、中佐、大佐。それに5賢者たち。・・・今までは少佐以上しか会議に出れなかったのだが、最近はいろいろとあるからな・・・」 「おかげでエース様に近づけた、と。めでたいなー」 カルアの頬が再び火照り、パディはそっぽを向いてにやりと一人笑った。 「っとーにお気楽だな、プリン男」 言いながらにやにやとパディは笑うが、内心は色々と考えを巡らせていた。 軍に関してはまだ少ししか知らない。エリエステスやカルアが一軍だというのも最近入った情報だ。そもそもが城の住人はほとんどこの二人で構成されている。なのでいきなり全軍の頭がそろうといわれてもピンとこなかった。 どういう奴が来るのだろう、と思った瞬間に答えは出た。 いつか、パディを放り投げた人物のことを思い返し、じろじろと舐めるような視線で見てきた人物たちが浮かび上がる。 おそらく、快く歓迎されないだろう。 「カルア少尉」 しばらく廊下を進むと、目の前に男が一人立っているのが見えた。 年のころはカルアよりも少し上か、同じくらいか。ラスティカの軍服が妙にしっくりくる、カルアとはまたタイプの違う好青年だ。カルアは甘さを残したタイプだが、無表情に見つめてくる彼は角ばった、冷静なタイプだ。黒に近いこげ茶色の髪は癖がなく、顔にきっちり揃っている。カルアとパディを見つめる深緑の瞳は侮蔑の白を含んでいなかった。それだけで、パディは新たに目にした彼に好感が持てた。 「マイ少佐。・・・まさかもう全員集合したのか?」 「いいや、まだだ。俺は全員揃うまで門番をさせられている」 全体的に暗い雰囲気はしていたが、声の調子は低いながらも愛嬌があった。カルアとは仲がいいのか、お互い打ち解けた雰囲気で会話が進む。 「それで、こちらがパディ・デュランダか?」 マイ、と呼ばれた男の深緑の瞳がゆっくりパディをとらえる。改めて目を合わせると、冷たさがあまりない。軍人らしさが少なかった。口で説明はできないが、エリエステスのようにがっちりと体に組み込まれた「軍」という匂いがあまりないのだ。 「初めまして、だな。俺はマイ。マイ・グランツェだ。よろしく」 白い手袋をはずし、手を伸ばす。肉刺がいくつかできている皮膚の厚い手を、パディは受け取る。軽く二、三度振ると、マイはカルアに顔を向けた。 「カルア少尉。エリエステス大佐は?」 「え?まだ来てないのか?」 「ああ。珍しいな。そういえば、ライス大佐もまだだ。他の人たちは大体集まったというのに」 カルアの瞳が心配そうに廊下を泳ぎ始めるが、誰かが来る気配はなかった。静かすぎる廊下は不安と体内に潜む思いがこねられるには最適だ。パディもそれが伝染してしまったのか、廊下を見つめた。 「・・・なあ、カルア」 パディは廊下から目を離さず、隣にいるカルアの気配を捕まえる。 「なんだ」 「・・・・暗殺は、もう決定事項なのか?」 な、と息の詰まったうめき声が廊下に響き渡る。 「ど・・・どうして、ロットシャドウが・・・!」 「カルア、それは関係ないだろう。・・・・パディ、一体どこでそれを?」 パディはちらりとだけマイを瞳に映し、廊下に戻した。 「俺は知る者、なんだろ?」 「知っていておかしくない、か。それはそうかもしれないが、しかしそれは俺達しか知らないはずだ」 パディは面倒そうに肩をすくめ、口を閉ざした。 「と・・・にかく。僕たちは先に入っていよう」 行くぞ、とパディの緩い襟首を掴むと、カルアは大股で中に入って行った。 空気が痛い。張り巡らせる気配は粘着質な蜘蛛の糸だ。視線はこってりと濃厚なバター、潜む声は公害に近い。 何と暑苦しく、息のできない空間だろうと、パディはあたりを見るなり目を伏せた。そうでもしていないと、苛立ちで叫んでしまいそうだったからだ。 カルアに促されるままに席に座る。椅子や机から来る冷気が火照る体を冷ましてくれるが、それぞれの視線の痛さは軽減されなかった。 パディは居心地悪そうに椅子の座り位置をせわしなく変えていると、会議室がどよめいた。視線はパディから扉へ、軽蔑の声は彼女へ向けられた。 ごふ、とわざとらしい低い咳ばらいと同時に、岩のようにかっちりと引き締まった体がゆっくり立ち上がる。 「これはエリエステス大佐。珍しく遅かったですな」 鼻でせせら笑う声と赤いマントが鮮やかに空間を制止、彼女、エリエステスは鋭い眼光でミースをとらえた。くちびるはいつも通り、皮肉を象徴するように吊り上っている。 「わざわざ気にしていただき、ありがとう、ミース大佐。しかし私のことよりも、色々と気にすることがあると思うが?・・・パディ・デュランダ」 唐突に声がパディを刺す。パディは少し驚きながらも、ゆっくりと顔をエリエステスに向けた。 彼女はいつもの「エリエステス」だった。女らしさなど何もない、男よりも凛々しく、猛々しい獣だ。徹底的に作り上げられた肉体がより、強さを放っていた。パディがいつか見た姿はどこにもない。 「なんだよ」 「もう自己紹介は済んだのか?」 「・・・・知らねーよ」 まだなのか、とエリエステスは帽子を取り、パディの隣に座った。 「覚えなくてもいいが、多少知っておいた方がいいだろう?・・・・まだ時間もある。一通り教えておこう。それで、お前の自己紹介は全員集まってからにしよう」 パディは軽く頷き、エリエステスの視線の方向を見る。 「まずは一軍。私を筆頭に、アンレン中佐にマイ少佐。オゥン中尉、そしてカルア少尉だ」 軽く円を描く白いテーブルの端に座るのはパディ。そしてエリエステス。後は今いった順番だろう、とパディは整頓する。 「次は二軍・・はライス大佐が来ていないからあとにしよう。・・・三軍は、今私と会話したミース大佐が頭だ。次はイスタ中佐、マレルーナ少佐、ティル中尉、エイバーン少尉。どれも頭のでかいやつらばかりだ」 ミースと呼ばれた中年の大佐がこちらを睨んだが、二人は視線を軽く促した。そして順に目に入れていく。珍しく女の軍人もいた。エリエステスよりはかなり女らしいが、表情は硬い。軍というものに染まっていた。 「遅くなってすまない」 これで最後、全員揃ったようだ。場の空気が一気に収縮し、固める。一つだけぽっかり空いていた穴はしっかり埋められ、形が形成された。 エリエステスは声を殺しながなら笑い、「あれがライス大佐だ」と目で示す。 「二軍はあいつを筆頭に、エジスタ中佐、サアラ少佐。そして双子のキュアエス中尉とディレンス中尉、バール少尉・・は会ったことがあったな。少しだけ軍編成が違う。頭は最悪だが、後は武術に優れている。なかなか優秀な軍さ」 「エリエステス大佐。おしゃべりは済みましたかな」 早速とばかりにライスの目がつりあがり、エリエステスを見下す。 「ああ。ライス大佐が来るまでの非常に暇な時間を有効活用させてもらったよ。もう済んだ。・・・・さて、始めようか」 「5賢者は?」 「休みだ。・・・・彼らはもうお年だ。この短期間で何度も会議に出れるような体ではない」 言いながらエリエステスは立ち上がり、それぞれを見つめる。 全員の視線がエリエステスに集まるが、大半は白かった。パディに向ける、何とも形容しがたい軽蔑の目。その空気を感じるだけで、パディは彼女がどういう位置に立っているかわかってしまった。 「紹介が遅れた。・・・・こちらにいるのが女王覚醒の「鍵」となる少年、パディ・デュランダだ。もう知っている者もいると思うが、これからはこうして会議に参加することもあると思う。よろしくしてやってくれ」 白い会議室はわずかにどよめいたが、大きくは揺れなかった。白い眼は変わらず、あきれ返るため息も変わらず聞こえる。誰もがこのパディに期待していない、単なる「影」の存在としか認知していないようだった。 パディは彼らから目を背け、来るんじゃなかったと後悔した。 そんな、うっそうと茂る思考を撥ね退けるようにエリエステスの声が高らかにこだました。 「まずは、それぞれの報告を聞きたい。・・・・・二軍、ライス大佐。ブラックアウトの調子は」 ライスは口元だけを猫のようににんまりとゆがませ「順調だ」と得意げに鼻を鳴らした。 「元々、二軍は武に長けているからな。どうぞ、ご安心を。黒い者たちは確実に減ってる」 ライスの冷めた目がパディを見る。彼はそれ以上何も言わなかったが、パディにはわかる。ロットシャドウがこんなところで、偉そうに。・・・白く濁り、何も言わない無言の笑みが露骨にそう示していた。 「ただ、宣戦布告のせいで他の国に入りにくくなってね」 「それでラスティカの黒だけつぶしてたのか。・・・・確かに、それは安心だ。小さい塊は鳥をつぶすよりたやすいからなあ?」 ライスの笑いを、エリエステスはいつもの獣のオーラで打ち返す。とたんに笑みは舌打ちに変わり、ライスは沈黙した。 そして次にミースが前かがみになり、口を開く。 「我々は他の国々との調整を取った。・・・まあ、大体はエリエステス大佐が会議に出ているからその辺りは無意味かもしれないが。・・・・シャワルは何も返事がない・・ということは、もう我々と関わらないということでしょう。国としてその動きはどうかと思うが、あの姫のことだから仕方ないと割り切っている。まあ、何か準備していると考えていいでしょう。そして他の国はまだ調子を見てから、と」 「それは怠慢で呑気な話だ。・・・・とりあえずの動きは?」 「今のところ表立ってはない、と。裏まではわからない」 ふう、と誰かが深いため息をついた。出口のない迷路ですが、どうぞお入りくださいと「戦争」という単語が手招いているようだ。入らなくては進めない、入ってしまったら暗闇に食われる。どこに行っても何もわからない状態だった。 それも仕方ないな、とパディはどこか遠い世界から見るようにこの会議室を見つめる。 ブラックテューマーというのは、実の所随分前からこびりついていた。ただ、それはほんの小さな諍いしかなかったため、誰も気にしなかったのだ。歩いていて突然殴られるのは当たり前、食べ物がなかったら盗む、気まぐれに人を襲う。形式は違えども、犯罪は起きていた。 パディはそんな中育ってきた。だからこうして会議している人たちがたまらなくおかしい。 「・・・・何を笑っている?パディ・デュランダ」 ミースの四角い顔がパディの視界に入ってくる。 「・・・・別に?」 パディは軽く肩をすくめ、だらしなく机に手を放り投げた。その姿が不快だったのか、ミースは眉間に深いしわを寄せて軽く机をつついた。 「では一軍はどういった動きを?・・・・エリエステス大佐。マルシャル=レイシーの動きは」 エリエステスの顔に一瞬だが、弱さの渦が生じた。パディは見逃すつもりだったが、思わず凝視してしまった。彼女は何に脅え、何から逃げたいのだろうか。 だが次の瞬間にはいつものオーラを背負い、息を吸い込んだ。 「・・・・暗殺を」 拳が苦しげに鳴る。 「・・・・ディアンダ姫の・・・。・・・暗殺を企てている。・・・・もちろん、私たちも共に・・。・・・私はそれに賛同し、近いうちに動こうと思う」 部屋が一気にざわめいた。 今まで沈黙していた人達も目覚め、それぞれの単語を口にする。 「・・・・静かに。・・・・これは私とマルファ・・・マルシャル=レイシー殿との計画だ。みんなに被害はいかないだろう」 「・・・エリエステス大佐。万が一、失敗・・・もしくはこのことが露見したらどうなるか知っての計画か」 ミースは立ち上がり、静かに唸る。だがエリエステスは無言でうなずくだけだ。 そして紫紺の瞳をたぎらせる。 「その時は私を狂人だとすればいい。・・・・国の平和を乱す者として裏切り者と掲げ、首を切るがいい。すべてのことは私の仕業だと言えば一応済むだろう。・・・・私はその覚悟だ」 戦いは始まっている。それぞれの思いの中で。 パディもいずれ、戦う日が来るのだろうか。この暗雲に沈む城や、彼女のように。まだ知らぬ庶民としていられるのはいつまでだろうか・・と、吐き気で倒れそうになった。 「私は女王に選ばれた国のトップだ。国の頂点がそのような失態を一人でし、一人で償うのなら・・・国民は多少静まるだろう。だが、私は失敗などしない。・・・・しない。女王のために」 |