| 暗殺、という単語が下火になり、エリエステスから全員目を離すまえでにしばらく間があった。 その間に誰もが死に行く香ばしい香りを鼻にしていた。 「暗殺計画は私が全て担おう。・・・・そしてブラックアウトはもう終了だ。そのゆとりはなくなった。代わりに、街の警備及び軍の強化、市民への戦争告知」 「告知・・・ですか。いいんですかねえ、そんなことして」 「ライス大佐。悠長なことは言ってられない。多少の混乱は二軍で抑えれるだろう?・・・知っていると知らないでは心構えが違う。だが大げさに言うな。戦争という単語は伏せて言え。ただ・・・争いがある、とだけ。もしくは災害とでも。・・・言いくるめるのも得意だろう?」 ライスは目をそらしながら口をすぼませ、肩をすくめる。御意という意味だろうとエリエステスは無言でうなずく 「そしてミース大佐」 「・・・・そうですな。私たちはその暗殺計画とやらが終了してから動くとしよう。何せ他の国は動いていないのだから」 「ああ、そうだな。だが探りぐらいは入れてくれ」 「スパイ、というやつですか」 「そうだ。そういう訓練は受けていないかもしれないが、よろしく頼む」 ミースもまた、無言で頷く。 「反対意見や他は?」 一斉に静まり、沈黙が訪れる。誰もが眼で頷き、エリエステスに「肯定」を伝える。最後にエリエステスも頷き、机を軽く叩いた。 「では解散。細かい指示が欲しければ私の元へ。その他は各大佐に聞け」 白い空気が解放され、一気に熱気が吹きあがる。灼熱の吐息はそれぞれの輪郭をぼかし、まるで炎に揺れる陽炎のように制服を燃やしていく。 それはそれぞれの戦いへの勇みか、激しい憎悪、もしくは畏怖。どれが入り混じっても青味の交る深紅へとつながる。 それぞれ出口に向かう中、エリエステスは一人ほほ笑む。 さあ、どう出る? イエローサイレン 9 熱気のこもった会議室に風が通り、元の白々しい小部屋に戻った。 しかし湿度は下がらず、肌をなめる冷汗は取れない。というのも、そこに一軍そしてパディが残っているからだった。自分の思念で不快になっているとは思わず、それぞれは席から動かずエリエステスを見つめる。 誰かの喉が鳴り、べとつく湿度の中、パディは渇きを覚えた。 「エリエステス大佐」 最初に口を開いたのはカルアだった。彼は素早く立ち上がり、エリエステスを不安げに見詰めた。揺れる青い瞳は空よりも純粋に彼女を心配していた。 「・・・・よかったのでしょうか。暗殺の件を露見して・・・」 「ああ」 エリエステスはいいとも悪いともつかない、気だるそうな声で軽く手を振る。先ほどの覇気はどこに行ったのか、今は椅子に座るのでいっぱいいっぱいのようだった。 カルアはさらに心配そうに、顔中の筋肉をこわばらせた。 「・・・心配ない。・・・私はいわばスパイ。向こうが黙っていろと、私たちだけの問題にしたいと言ったところで、最終的に私は「ラスティカ」の人間だ」 体の力は抜けきっているが、声はまだ張りがある。腹の底から溢れる低い声に誰もが背筋を震わせ、カルアも黙って腰をおろした。 「残ってもらい、悪かった。・・・・この先は「暗殺」について、だ。カルア少尉、マイ少佐は知っているが他はまだ知らないな。・・・・シャワルのディアンダを暗殺しようと思う。先ほど説明したとおり、ことが激しくなる前に潰してしまおうという考えだ」 病人のようにつぶれていたエリエステスの体が徐々に熱を取り戻していく。軍人としてなのか、それとも元々本人が持つ力かはわからない。だがパディから見えるエリエステスはやはり獣だ。ラスティカという居場所を守る、守護獣だ。触れればとたんに焼かれてしまう。 「これはマルファとの共同・・だが、基本的に参加しないらしい。矢がマルファに入るのを恐れてのことだ」 「へー。都合のいーこと。手を汚さずってやつか」 パディは椅子によりかかり、足を机に放り出す。今までかしこまってはいなかったが、重圧で多少は体が固まっていた。少人数になり、ようやくほぐれた気持ちでいつもの調子を取り戻す。 エリエステスは嘆くことも注意もせず、淡々と「ご名答」と返す。 「・・・・パディ・デュランダ。会議はまだ続行中だぞ。姿勢を正せ」 しかしカルアの冷たい叱責が飛んだ。一番遠くの席にいるはずなのだが、声はすぐ隣にいるようだ。心底嫌悪しているらしく、いつもよりトーンがずいぶんと低く小さい。パディは声をやり過ごし、目を瞑った。また飛んでくるかと思ったが、「カルア、放っておけ」というマイの声でカルアは一時的に静けさをまとった。 エリエステスは頃合いを見つめ、前のめりになり手を組んだ。 「私ばかりが作戦を決定するのは悪いと思う。しかし今回に限り、私は独断で全てを決めようと思う」 もう答えは決まっている。 エリエステスは何かにとり憑かれたように台詞を読み上げる。彼女は一瞬だけパディを横目で盗み見、もう一度前を向く。 「今回の暗殺に部隊はいらない。むしろ多くて二人、と考えている」 全員がエリエステスの言葉を待つ。誰も口ははさまない。時すら、刻むのを恐れるように。パディすら硬直した眼差しでエリエステスを射る。 エリエステスのくちびるが小さく開かられた。誰もが待つ一言目を発する。 「そこで、私はディアンダ暗殺にこの」 白い手が伸びる。紫紺の瞳が愉快に笑い、半眼で向こうの瞳を捉える。 「パディ・デュランダを使おうと思う」 場が凍りついた。 今まで沈黙と称して来たものは偽物と言いたくなるほど、白にもなりきれぬ「沈黙」という風化した時がさらさらと通り過ぎる。 その中で最も凍りついているのがパディだった。 パディは椅子を傾けた姿勢のまま、器用に一時停止する。長い金髪もなびくのをやめ、床と直線状にストップしていた。 「え・・・・ええ、えりえすてすたいさ!」 全てのものがひっくり返ったように、カルアは目を回しながら甲高い声と共に急いで立ち上がる。それに乗じて他の者も一斉に立ち上がった。 「なぜですか!」 「どういった経緯でそのような結果に・・・」 「無謀です!無謀すぎます!」 「このままではラスティカが」 それぞれ思うままに口を開き、パディとエリエステスを「狂人」として見つめ、馬頭する。 エリエステスは面白くてたまらないのか、声が大きくなればなるほど笑い、くつくつと声を押し殺した。 「エリエステス大佐!」 懇願するようにカルアの声が一際大きく響き、場は少しだけ静寂を取り戻したが、エリエステスへの期待は膨らむ一方だった。彼女がどう答えてくれるのか、不安でたまらない。 「・・・まあ、落ち着け。・・・いいかな?暗殺の件、もちろん私たち軍人が好ましい。戦慣れしていなくともそれなりに訓練は受けているからな。だが今回は秘密裏に行うこと」 だが、と誰かの声が頼りなく彼女を止めるがもちろん、止まらない。話は誰の声も挟まず、淡々と続く。 「顔の割れている者は排除したい。特に中佐、中尉。それに今回共に行った、少佐、少尉。下級兵士でもよいのだが、やはり訓練が足りない。・・・しかしパディ・デュランダはブラックテューマーで育ったため、日常から戦う訓練を知らずにしている。それに顔が割れていない。そして」 エリエステスの瞳が強く微笑み、深く瞬く。 「彼は「鍵」だ。女王の恩恵の元、そして予言の元に訪れた者。そう容易く死にはしない。たとえ、失敗したとしても・・・」 パディの時間がようやく動き出す。こつん、と小さな音を立てて椅子は元に戻り、パディの体も床と平行になる。そして翡翠の瞳を瞬かせ、半眼で訴える。彼女は失敗することを知りつつも、そしてパディの身が危険にさらされるとのことを承知で任せることにしたのだ。それは考えずともわかる。 「・・・パディ」 より一層深みを増す、エリエステスの低い声がパディを捉える。無理やり目を合わせ、しっかりというのだ。「やるんだ」と。 「ま・・待てよ!俺が・・・どうして・・・」 「今言った通りだ。・・・わかっているんだろう?パディ・デュランダ」 全てを射抜く眼は底がない。パディはわかっている、しかし理解できない。その瞳が行き着くところも、どこに底があるのかも、悲しみで笑う必要すらわからない。 なのに彼女はパディの全てを知っているようだ。 パディは恐ろしくなり、顔をこわばらせ、体を引いた。 「いいか。これはもう決定だ。大丈夫だ。私も付いていく。向こうの指定だしな・・・OK?もうこれは始まっていることだ」 有無を言わさない声に誰もがうなだれた。ただでさえ、普段聞かぬ「暗殺」という言葉に敏感になっているというのに。彼女は遊んでいるとしか思えない、笑い顔ですらいる。 「以上、解散だ。私が不在の間は中佐に頼む。なるべくパディ・デュランダがいないことを知られぬよう、配慮してくれ。それこそ、このことは隠密に済ませたい。それに鍵となる重要人物がいない、しかも暗殺に出たとしれば他がうるさいからな。・・他の者はサポートを。・・・・先に失礼する。パディ、お前も来るんだ」 エリエステスは誰よりも早く立ち上がり、硬直して動けないパディの首根っこを掴んで引きずる。誰も声はかけない。見ていても映っていない瞳で、机を眺めるだけだ。 そしてエリエステスは大きな音を立て、その場から去った。 「放せよ!」 「逃げられると困るんでね。しばらくは犬のように引きずられてくれ」 「了解するかよ!なんなんだよ、その計画は!いい加減にしやがれ、脳みそ筋肉!がちがちな脳をほぐしてから物を言え!」 「無駄な発言は控えさせてもらうよ。それに・・・これは絶対だからな」 「エリエステス大佐!」 今日だけで何回聞いたかわからない、カルアの甲高い悲鳴が廊下に響く。 エリエステスは立ち止まり、横顔だけ見せた。目は黒い髪にふさがれ、読めない。 カルアは走ってもいないのに息切れしていた。肩で呼吸を繰り返し、細くエリエステスを見つめる。 「どうして・・・ですか・・」 エリエステスとカルアの距離は遠い。カルアは大佐の顔が見えず、エリエステスもまた少尉の姿が曖昧だった。パディもそうだ。二人の輪郭すべてがぼやけている。何もかもしっかりした存在がなく、浮遊感が足元から襲う それでもカルアの声ははっきり響く。 「エリエステス大佐・・・!やめましょう・・暗殺など・・・」 「何を今さら。もう決定したのを、お前は見ていただろう?」 「しかし、これは罠です!・・・も・・もちろん、確証はありません・・・しかし・・・。きっとマルシャル=レイシー様は何か・・・」 わかっている、と聞こえたのは至近距離にいるパディだけだろう。カルアは答えを求むよりも先に彼女に問いかける。 「僕は・・・いえ、僕たちは、まだエリエステス大佐を失うわけにはいきません」 その瞬間、エリエステスは笑った。口だけを器用に引きあがらせ、妖艶というには強すぎる白い笑みを浮かべた。白い歯は嬉しそうに覗いたが、実のところ何も笑っていない。 ああ、また泣いてる。 無意識のうちにパディは涙を透視し、するりとエリエステスの手から逃れる。 カルアは真っすぐにエリエステスを見つめる。青い瞳はいつだって曇ることを知らない。透明すぎて、エリエステスの深い泥沼のような瞳には苦しい。 「・・・僕は・・・心配なんです。だから・・・もう少し強靭な者を・・・」 小さな声でつぶやき、小さい呻きが凝縮された塊が静寂として一寸流れる。 エリエステスは聞こえていたのだろうか。黙ってカルアを見つめ、首をかしげた。 「・・・言いたいことはそれだけか?生憎と、私は死ぬつもりはない。女王の鍵がいるのだからな・・・さあ、行くぞ。パディ」 再び首根っこを掴み、何事もなかったように大股で歩み始める。カルアのうなだれる音が背中でしたが、エリエステスは振り返らなかった。 「・・・・おい」 「・・・・・・」 「・・・・あいつ。あんたに心底ってやつだな」 「・・・わかっている」 廊下の暗がりにエリエステスの顔は埋まる。黒い髪と溶け合い、表情はおろかすべての輪郭が飲み込まれていく。いつの間にか獣のオーラは消え失せ、悲痛な叫びをあげる皮膚だけが青白く残る。 「だからこそ、私は何も見ない」 パディは答えれず、体を滑らせ、逃げる。 「それよりも、暗殺だ。作戦を練ろうか」 パディは無言で答え、暗がりに揺れる大きな背中だけを眺めて歩いた。 |