| 昼か夜かはたまた朝か。 ここのところ世界の天候は躁鬱を繰り返している。黒い雲が続いたかと思えば晴れ間がのぞき、雨を降らせる。一見寒そうに見える景色も蒸し暑く、汗は出るが瞬く間に氷と化す。まるで意思をもったような天気はそれぞれを沈め、頭を抱えさせる。 パディはここのところ起きたことを頭で繰り返しては、ため息をつく・・・そういう循環がふえた。何も考えたくないのだが考えてしまう。他のことをしようとしてもここはしょせん籠の中。思考すら自由がない。選択肢もない。 仕方なくつらつらと思考に身を任せる。 シャワルのディアンダ姫暗殺。それを自分がするという。詳細はまだわかっていないが、おそらくこの手を染めるだろう。それは慣れている。しかしこの一つの手で国の先が変わるのだ。 「不安じゃない方がおかしい」 口にしたのはパディではなくウナだった。彼女は窓際が気にいっているのか、パディの部屋にくれば大体窓際で明るくもなく暗くもない日を浴びている。透明な肌や瞳は光を取り入れてますますはかなげに発光するが、不思議と生気が失われることはなかった。 パディはソファに倒れながら舌打ちをした。 「・・・・いつの間にそこにいたんだよ」 「あんたが寝てる間に。ふうん、暗殺・・・・パディがやるんだ」 パディは答えず、目を瞑った。ウナはパディの方を見ず、ただぼんやりと窓を見ている。 「私のことも聞いたんだ。・・・パディ。いいこと教えてあげる」 「んだよ」 二人はお互いを見ず、表情変えずに言葉を投げ合う。 ウナは封印された瞳をそっとおさえて口だけをゆがませた。 「エリエステスは私の親を殺した」 そして、と言葉は続く。何もないように、さらりと。 「そして女王も殺し、私も殺す。・・・・みんな殺すよ、あいつは」 「・・・どういうことだよ。また女王の力とやらで心を読んだのか?」 「そして自分自身も殺す。・・・すべては女王のために。・・・・ねえ、パディ・デュランダ。この世界は狂ってる。一体何なの・・・・私も・・・」 パディは無言で起き上がり、ウナをちらりと横目で見た。しかし彼女は何も変わっていない。ただまどろみ、目を細めているだけだ。 「・・・女王の力ってやつ。覚醒、してんじゃねーか?じゃー俺、意味ねーし」 ウナは鼻で笑うと、何も言わずに出ていった。 彼女は何を伝えたいのか。彼女の存在は何なのか。 女王、女王、暗殺、女王・・・・増えつつある悩みの単語はこれからも増えそうだ、とパディは深く目を瞑った。 イエローサイレン 11 心地よい、と感じたのは何日ぶりだろう。毎日迫りくる「時」にエリエステスはいい加減、吐き気を覚えていた。目まぐるしいのは好きではない。ましてや、人が人を思い考えるなど。自分自身とは別のところを思わなくてはいけない窮屈さに息すらできない。 肌を深々と冷やしていく銀色の壁が体温を吸いつくし、エリエステスは目を開ける。 薄ぼんやりとした光の中で二つの顔が交互に変わり、蜃気楼の彼方へと意識を飛ばしてくれる。 起きながら夢が見れるなんて、幸せだ。 エリエステスは見えるはずのないかつての日々を瞼に映し、くつくつと笑った。思い出はいい。いつまでも無邪気でいれる。女王と会話し、命じられるままに動いたことも。レイシーと共に剣を磨き合い、くだらない話に花を咲かせては大笑したことも。 そういえばいつから笑ってないのだろう。腹を抱えて笑ったのはいつか。 否、自分にそんな資格はない。 女王が再び世界に舞い降りるまで、自分は全てにおいて禁欲的でいなくてはいけな。まるで小さい時に課したくだらないルールのように、エリエステスは自分自身を縛りつける。 「哀れな赤」 「残忍な赤」 「予言を遂行するもの」 「全ては予言のままに」 詩を謳うようにゆらりゆらりとセロとラスの世界の巫女は言葉を連ねる。エリエステスは子守歌代わりにそれを聞き、鼻で笑った。・・・・心地よい。 「ここはいつまでも変わらない・・・・落ち着くな」 「いつまでも女王の影を追う者」 「女王を殺そうとする者」 「女王を蘇らせようとする者」 ふう、とセロとラスは交互にため息をついた。全ての体はひとつしかないのだが、彼らは二つの顔を持っている。しゃべるためには交互に変わらなくてはいけないのだが、ため息一つでもそれをしなくてはいけない。エリエステスは律儀と捉えてもいいほど、素早く顔を変える二人に笑った。どこか自嘲めいていて、空間は一気に悲しさに落ちた。 「・・・・エリエステス」 二人の巫女は謳うのをやめた。 今はセロの顔で固定されている。彼らは永遠の少年・少女だ。顔と声だけでは男か女か見わけがつかない。しかしこうして凛々しい顔つきをされると、セロはたくましい男に変化する。 エリエステスは壁にもたれかかるのをやめ、まっすぐに彼を見た。だらりと伸びていた四肢もしまい、改めて膝をついた。 「なんでしょう、セロ様」 セロは今にも泣きそうな表情で顔を傾けた。くちびるは戦慄き、瞳にはターキスブルーの水がたまっている。 「エース。もう、やめよう」 謳わない彼らの言葉は普通の少年と変わらない。エリエステスは久々に聞いた、と顔を伏せて目をつむる。女王が蘇る。 「どうしてですか?」 エリエステスは素直に答えを返す。彼らが言いたいことは誰よりもわかっている セロは悲しそうに瞬きをし、ゆっくりと顔を正面に戻した。全身に絡みつくチューブやコードは不自由さよりも神秘的な衣のようだ。淡く光り、彼らの顔を青く発光させる。その姿は美しい。 「・・・・わかってるんだろう?ウナは女王の力を徐々に開花させている。・・・君の女王はもういないんだ」 「何を言いますか。女王はいます。ここに」 「いないよ。もう、やめよう」 「いいえ、います。現にあなたたちの預言は・・・・はずれた」 「・・・いや、はずれていない。君はわかっている。わかっているからこそ・・・・わかっているからこそ、君は死にたがる」 エリエステスは答えなかった。俯いた顔は暗く沈み、セロからは見えない。薄暗い部屋ではエリエステスの体すら、覆い隠して沈めてしまいそうだ。 「しかし」 彼女は顔をあげないまま、声をあげた。ひとつひとつが際立った張りのある声はいやというほど狭い部屋に響く。 「あなたたちは予言した。私の死を。暗殺が失敗に終わることを。・・・・その通りでしょう?私は死ぬ」 「君は、罪を自ら作らなくていいんだ」 セロも負けじと、声を張り上げた。まだ変声期を迎えていない無垢な少年の声は痛々しいほどかすれていた。 エリエステスは顔をあげ、力なく微笑んだ。 「いえ。私は罪を作りたい。・・・・女王を殺したという、烙印が欲しい。女王に生かされた私が女王を殺したという、罪が・・・・どうしても、欲しい」 自分は今、どういう顔で巫女と対峙しているのだろう。エリエステスは顔中の筋肉を動かそうとしたが、ぴくりとも動いてくれない。体からも徐々に力が抜け、倒れそうになったがなんとかこらえる。 どうしてそんなに泣きそうなんだろうか。目の前にいるセロはなぜか涙を必死にこらえ、くちびるから嗚咽ともつかない熱い息を何度も何度も小刻みに吐き出していた。 「君は女王を殺していない」 「いえ、殺した。私の手で」 「予言を君の手で完成してほしくない」 「なぜ?預言は世界の意思。もう、どこにも止まることは許されない」 「違う。君は言った。予言は予定」 「でも実際は違う。・・・絶対は、絶対。・・・・なぜ、そんなことを」 エリエステスはは、とあざけるように鼻で笑う。顔中の筋肉がくしゃくしゃにしわを作り、醜い牙をむき出す。 「私の死を望むあなたたちが、なぜ止めようとする」 「望んではいない」 「なら、私が私の死を願おう。・・・・それで、私の作るシナリオは終わる」 祈りが欲しい。エリエステスは切に願う。胸に手を当て、自分のぬくもりとは違う・・さらに底にあるかつての面影を掴もうと必死に探る。確かにある、在りし日の姿。 高潔なその姿はまさに神。 世界の頂に立ち、両手を広げ、光すら恐れない女王の姿。 「ゼファーナ様・・・・」 賛歌が降り注ぐ。誰もが女王を称えている。 色彩の女王に、栄光あれ。色彩の女王よ、永遠に。 「違うよ・・・・・」 恍惚と浸るエリエステスを、セロは悲しみながらもどこか冷え切った眼差しで見つめる。その奥に同意も慈愛もない。 「君は可哀そうだ」 長らく溜めていた息を、セロはようやく吐き出す。 「僕たちが今読んでいる予言は、君が作りだした幻影にすぎない」 彼は疲れたのか、顔を伏せた。数秒の間をおき、顔を上げる。ラスの姿になっていた。 凛、とまばたき一つしないガラスの瞳、結ばれたくちびる。 少女は逃さないよう、エリエステスを睨む。 「あなたの思いは強すぎる。世界は今、困惑している。あなたの思いのせいで。あなたのシナリオのせいで」 ラスとは違い、彼女は怒りに震えている。憎いのではない。純粋な、怒り。 「私はあなたの代わりに、世界の代わりに予言しましょう」 チューブがぐぐ、と持ちあがる。エリエステスを責めるように指さしているのだ。 エリエステスは顔をあげ、指を受け入れる。 「あなたのシナリオは崩れる。新しい女王と、新しい時代に。そしてあなたは生きるでしょう。古き風を新しき風に教えるために。そして、私たちは枯れる。女王と共に」 歌は激しく音を刻む。ざく、ざく、ざく。自らの体を痛めつけながら、言葉はゆっくり紡がれた。 「・・・・では、暗殺はどうする気ですか?女王は穢れた人間によってさらされる」 エリエステスもまた、歌う。ラスは表情もまなざしも変えず、さらに指を動かした。 「女王のために手を汚すな、エリエステス。時代は変わる。身を任せろ」 「では暗殺を行い、私はシナリオを完成させる」 「・・・シナリオは女王の元で、女王によって崩れるでしょう。鍵はあなたを破滅に導き、助けるでしょう」 ぷつん、とラスの手が落ちた。 少女は疲れたのか、顔を伏せる。顔は黒く沈み、少年の顔に変化した。 「暗殺は悲しみに終わり、君は命を落とす」 「ウナは殺され」 「蘇る」 「パディは嘆き」 「導く」 「哀れな姫」 「狂うだろう」 「赤を慕う氷」 「溶かされ、落ちる」 「哀れな赤き獣」 「その喉をかき切る」 「女王は」 「再び死ぬだろう」 「世界は」 「世界に」 「花は萎れ、種を吐き出す」 「種は芽吹き、花は咲く」 顔が再び、セロで固定される。その表情はいつもの「巫女」の顔をしていた。 「今はゆっくりお休み、エース」 エリエステスは無言で立ちあがり、さらに暗い方向へと歩んだ。外に出る扉は反対側。明かりの導く方向は、反対なのだ。しかし彼女の求めるものはその先にある。誰も知らない、真っ暗な闇に。 エリエステスの体が消えると同時に、セロからラスに顔は変わる。 「可哀そうなエリエステス」 「僕たちは無力」 「けれど導ける」 「最後まで」 「最後まで」 明かりが消える。 セロとラスは自分のなのかそれとも自分とは違う人なのかわからない自らの肉体をそっと抱き、深い眠りへと落ちていった。 |