| いつになったらさわやかな目覚めというものが得られるのだろう。 パディは起ききらない瞼の重みと格闘しながら顔を引きつらせる。 「クソ・・・・てめ・・・・」 「おはよう」 パディは起き上がる代わりにベッドのシーツを握りしめた。しかしただしわがで生じるだけで現状は何も変わらない。 自分の腹の上に悠々と座る彼女に影響は全くない。 「さっさと起きろ」 朝でも昼でも夜でもいつでも声色は変わらず淡々として平坦。何を思っているかも何を感じているかもまるで掴めない、白に似た瞳の色。 「て・め・え・のせいで起きられねーんだろーが!」 パディは腹筋に力を入れたが、顔が起きるだけで体はそれ以上動かない。パディは空腹の腹に痛みを覚えつつさらに力を込めたが、だめだった。無様なうめき声と無駄な冷汗だけが垂れ流される。 「ウナ!てめー朝から何がやりたいんだ、畜生!」 パディは顔を上下に動かしながら激しく訴えたが、彼女の表情は何一つ変わらなかった。ただ普通にベッドの上に腰かけているようにみえる。実際はパディの上に乗っているのだが。 しばらく奮闘が続き、ウナは珍しく口元だけ笑って見せた。ほんの一瞬の出来事だったが、彼女は普通の娘が笑うように表情を緩ませていた。しかし次の瞬間には元の無表情に戻り、するりと何事もなかったようにベッドから降りた。 「パディ。街に出かけよう」 「はあ?んだよ、唐突に。頭でも打ったのか?」 「だったらおかしいかもね。・・・エリエステスの「予定予言」通りになりたくないでしょ?。それにおもしろいことがあるかもしれない」 ウナには見えるのだ。パディとエリエステスが交わした言葉を。 パディはゆっくり起き上がりながら無言でウナを見据えた。彼女は動じず、ふらふらと部屋を徘徊している。それ以上は何も言わないらしい。 パディは頭をかくと、ため息をついた。 イエローサイレン 13 結局パディは行くことに決め、早速支度をした。ウナはいつもの窓枠によりかかり、ぼんやりと外を眺めているようだった。ガラスに映る彼女は幻影よりも儚げに景色と一体化している。目は虚ろだが、今日は多少生気らしきものがちらりちらりと反射する太陽のように瞬いている。 着替えが終わり、髪も結び終えたと同時にノックが聞こえ、返事を返す前にかたかたとカートが顔を出した。 「おはようございます、パディ様、ウナ様。やっぱりこちらにいたんですねえ。いないから、どこに行ったかと思いました」 舌ったらずなのんびりとした口調でメイド・ラミィはカートを引き、まだ眠そうなとろんとした笑顔を浮かべた。 ふんわりと白い湯気がコンソメスープの匂いを運ぶ。パディは先ほど腹の上にウナがいたせいで忘れていたが、かなり空腹だったことを匂いで即座に思い出した。 黙って椅子に座ると、ラミィは手なれた様子でマットを引き、フォークとナイフ、スプーンをセットした。 「おい、ラミィ」 「なんでございましょうか?」 「ティティは?」 「ティティさんですか・・・はあ」 ラミィは珍しくため息をつき、頬に手を当てて目を伏せた。それがどういった感情から来るものかわからなかったが、少なくともいい感情ではなさそうだ。 「ティティさんって・・・たくましいといいますか、なんといいますか・・・・慣れるのが早いですねえ」 のんびりとした口調はそのままだったが、明らかに疲れの色が見える。 そういえばティティはラミィのところにちょっかいを出している、とウナがさりげなく言っていたことを思い出した。予想すると、ティティはどうやらメイドたちに付きまとっているようだ。それを疎ましく思っているに違いない、とパディから見ても鬱陶しく笑顔を振りまきながら駆け巡るティティの姿を想像した。 想像だけで胸やけを覚え、パディは急いで氷水を飲んだ。冷えた水はすっかり干からびで熱を帯びていた喉を即座にうるおし、胃にゆっくり流れおちる。 「まあ・・・その・・。たぶん、お部屋の方にいるんじゃないでしょうか」 「ふうん。・・・そういやあ、ティティの部屋がどこにあるか知らないな・・・」 「また今度お連れしますよ。メイド、ラミィ。知らない部屋はございませんから」 ラミィは自信を含んだ笑みをぱっと咲かせるとパンとスープを盛り付けた。 パディが口を付けると同時にウナも窓から離れ、目の前に座る。 そして二人は無言で食事を取った。しばらくかちゃかちゃと金属音が響き渡る。その様子をラミィは感動したようすで、見つめた。ご丁寧に両手まで胸で合わせ、祈りのポーズを捧げている。 「お二人とも・・・・随分と仲がよろしくなったんですねえ〜!よかったですう」 ラミィは演劇がかった様子で涙をぬぐい、一人頷いた。 「フォークが飛んでこない朝・・ああ、平和ですねえ〜!」 パディは無言で睨んだが、彼女は気づいていないようだ。一方のウナは何も見ずにひたすらスープを飲んでいる、いや飲み干している。スプーンは不要のようだ。 「うわ」 ずびずびとウナの顔が皿に隠れるのを見て、入ってきたカルアは早速驚いてまた扉を出そうになった。その声にパディは振り返り、確認できると何も言わずに顔をそむけた。 「パ・・パディ・デュランダ・・・。今日は随分と平和な朝だなあ」 カルアですら関心した様子で頷く。パディはそれを背中で感じ取りながら「うるせーよ」と言いながらパンを放り込んだ。焼きたてらしく、芯の部分がほのかに甘く暖かい。 「今日は何か用か、カルア」 「用というか・・・僕は君たちの監視を頼まれている。来るのが当たり前だろう」 パディは返事をせず、最後の一口を放り込んでゆっくり噛んだ。噛むほどバターの香りが口に広がり、とろりとミルクのような口どけに変わる。ここにきて唯一よかったと思えるのは、このパンだけかもしれない、と名残惜しそうに飲み込んだ。 パディは一息つき、もう一度振り返る。 「そういやあ」 「ああ、今日は」 パディは半眼でカルアを睨みつけた。カルアも憮然とした顔でパディを見つめ「なんだ」と努めて低い声でパディを圧迫したが、彼には通用しなかった。 「重なるんじゃねえよ。言いたいことがあるんだったらさっき言っとけ、つーんだ。・・・で、何だよ」 「・・・・・。・・・・エリエステス大佐からの言伝だ。今日は訓練をしようかと思ったが、なしにするとのことだ。・・それに・・・ここからは僕が見た感じだが、大佐はどうやら具合がよくないようだ・・・」 「はあ?」 パディは素っ頓狂な声を上げると、スプーンを置いた。 「あの筋肉女の、具合が?てめーの目が腐ってんじゃねーのか?」 「失礼な!」 「妄想ビジョンだ、妄想」 「あらあら、カルア少尉・・・・」 ラミィも一緒になって踏んだ笑いを浮かべ、上目に彼を見つめる。さすがのカルアも赤面する頬を抑えれず、一歩身じろいだ。 「ち・・・違う!その、本当に具合がよくないんだ!」 「へえ〜・・」 パディはにやにやと口元を引き上げ、腕を組んだ。何かを見透かそうとする翡翠色の瞳が何度も瞬いた。 「うるさい!・・・・とにかく、よくない。僕たちと話す時は必ず、顔を見て話す。それが・・・今日は机に伏せたままなんだ」 「二日酔いじゃね?」 「確かに、エリエステス大佐はそんなにお強くないですからね・・・夜のアルコールはなるべくパーセントが低いものを選んでいるのですか・・・」 「え、そうなのか?エース様は弱いのか・・・・じゃなくて!・・・アルコールの匂いもしなかった。ただ・・・とりあえず、要件はそれだけだ!」 さすがのカルアもこれ以上言うと墓穴をもっと掘るはめになると判断したらしく、早口で言葉をしめた。 パディとラミィは解せない、とくちびるをすぼませたがカルアはそれ以上何も言わなかった。 「じゃあ、カルア。俺とウナは少し街に出る。何もねえんだし、いいな?」 「・・・・はあ?!」 今まで聞いたことのない叫びが部屋中に響いた。今まで無表情だったウナですら顔をしかめ、フォークを投げるほど声は大きかった。 「うるせえぞ、プリン男!!」 「だっ・・・・・パディ、本気なのか!?ウナ様と・・・そうか・・・わかった・・そうだな・・鍵として役目・・・。・・わかった。大佐に報告しておこう」 カルアはふらつき、その場に転がりそうな頭をしっかりつかみ、踵を返した。 「まあまあまあ!パディ様・・・・ウナ様とようやく仲よく・・・・」 「そういうわけじゃない」 顔を輝かせるラミィに答えたのはウナだった。すっかり食べ終え、御代わりにと用意されていたのだろう、バスケットの中に残っていたパンを平らげていた。透明な目は満腹なのかどうかもわからず、ただ無表情に輝いている。 「特に理由は、ない」 ウナは言葉を続け、立ち上がった。 「用意してくる」 「あ、ウナ様。おまちくださいませ。そうしたらあたしもご一緒しましょう。お二人とも、城の近くの街並はご存じではないでしょう?」 扉に手をかけていたウナの体が止まった。そこにあらかじめいた人形のように、一瞬にして時が凍りつく。 何も言わなかったが、ウナはそのまま数秒止まった。 「・・・・・何やってんだよ」 パディは半眼で止まる彼女の背を見たが、やはり動かない。しかしぴくりと肩が震えた。すくめているようにも、笑っているようにも見える動作だったが、言葉がないためわからなかった。 そしてウナは出ていき、部屋に再び朝のすがすがしい陽気が戻る。 ラミィは首をかしげると「おかしなウナ様ですねえ」と舌ったらずな声でのんびりと言葉にした。 パディは無言で首をすくめ、椅子から立ち上がる。 「じゃあ、パディ様。あたしも許可を得てきますのでしばらくここでお待ちください。すぐですので」 ラミィはパディに頬笑みかけると、軽やかにカートを引っ張って出ていった。 いつもの空気が完全に戻り、パディは一人満腹の腹をさすりベッドに仰向けになった。 「相変わらずよくわかんねえな・・・・」 日が徐々に高さを増す。遠くにかけ離れていくように空に舞い上がるのに、白い光はどこまでも強く窓を刺す。 エリエステスは自室でぼんやりと外を眺めていた。 窓から見える景色は街の屋根、甘い黄緑をした緑の群れ。どこから見ても変わらない、ラスティカの光景だった。今のところ女王がいるころと何も変わらない・・・そう思う。あの時、女王と見た、レイシーと見た空と何一つ変わっていない。だがその裏で黒い腫瘍がはびこっている。女王を否定する存在がわき出るように、虚ろな人々が声を上げて立ち上がる。 許せないと煮える反面、どうしてそこまで女王を否定するのかわからなかった。まるで理解できない。 女王は世界を見るだけで、何もできない。 女王は世界のわがままで存在するだけ。 それをどうしてわからないのだろう。 説明していないからだろうか。 かつての女王の側近であった、五賢者と呼ばれる老人たちは今もなお女王の秘密が明るみになることを恐れている。 しかし言わないから、今こうして混乱しているのではないだろうか。 エリエステスとしては、言った方がよいのではと思う。 そして女王が苦しんでいたことを知らせたかった。 机に肘をつき、両手に頭を乗せる。同時に深いため息がこぼれ、机を湿らせていく。 無意識に手が伸び、机の引き出しに触れた。五つあるうちの上から三番目に、女王との唯一の記憶が封印されている。誰も知らない、女王の本当の姿。無防備だったが、彼女は常に引出しの中に女王の写真を置いておいた。 「・・・・・・」 昔読んでいたかどうかも忘れた詩集のしおりと共に挟んでおいた。 しかし、ない。 「・・・・・・どうしてだ・・?」 エリエステスは無意識につぶやき、机の中を漁った。 しかし出てくるのは本か、いつの間にかすり抜けていたしおりだけだ。 それが一体何を意味するのか。 エリエステスが理解するのに時間はかからなかった。 |