「さて、行きますよ〜」

 一時間もしないでラミィはパディの部屋に訪れ、元気よく手を挙げてほほ笑んだ。いつものメイド服ではなく、私服であろうワンピース姿だ。クリーム色を基調とした小さなピンクの花模様はラミィによく似合っていた。足元も服に合わせたのか、水色のエナメルショートブーツ。頭は能天気だが、センスはよいらしいとパディは密かに思った。

 そうしているうちにいつの間にかウナがあらわれ、面子は揃った。ちなみに、ウナもパディもいつもと変わらぬ服装だ。

 ラミィは少し残念そうに指をくわえたが、すぐに意気揚々と元気を取り戻す。


「それでは、本邦初☆ラスティカツアーにまいりましょう!」


 パディとウナの周りに白い空気が漂った。




      イエローサイレン 14



「そうか。二人は出かけたのか」
「はい。あと、メイドのラミィが付き人に」

 エリエステスは頷き、手と足を組んだ。カルアは緊張した様子でその場に垂直に立ち、次の言葉を今か今かと目で訴える。

「ところで、カルア少尉」
「は、はい、何でしょう!」

 エリエステスの威圧してくる重い声はカルアにとって心地よいらしい。カルアは頬を高揚させ、鼻息荒く答える。いつものエリエステスだったらここで軽く笑うかもしれない。しかし今日の彼女はどこまでも沈み、どことなく落ち着きがなかった。

 言葉が出るまで少し間があった。さすがのカルアも興奮を収め、不思議そうに上司を見つめた。

「あの・・・大佐?」
「え・・・あ、ああ。すまない。少しぼんやりとしていた」
「具合がよくないのでは・・・・」
「はは、それはない。私はいつでも健康で元気だ。・・・・・ああ、それで。聞きたいことがある。誰か私の部屋を訪れたか?」

 カルアは指をくちびるに当て、考え込むように少しうつむいた。

「そうですね・・・・パディが大佐の部屋がどこにあるかと聞いただけで・・・後はメイドたちが入ったのでは?」
「そうか・・・」
「何か心配事でもあったんですか?」

 エリエステスはなかなか反応しなかった。先ほどのカルアのように考え込み、ぶつぶつと口の中で何かを唱えている。

「あの、よろしければ・・・相談に乗りますが・・・」
「ん?ああ、いや。何でもない。大丈夫だ、ありがとう」

 エリエステスは口元だけ軽く笑みを形作ると、ゆっくりと立ち上がった。カルアよりやや大きい体を彼は遠く見つめた。

「・・・・僕でよければいつでも相談に乗ります」
「心強いことだ。・・・カルア少尉。三軍に集めた他の国の現状を私に伝えるよう、言ってくれなか?あと、ブラックアウトを中止したのだ、暇な二軍に武器の整備を整えるよう、それも伝えてくれ。他は・・・そうだな。とりあえず、私は会議室にいる。何かあったら、そこへ来てくれ」
「了解しました」

 カルアは丁寧に敬礼をし、まっすぐ前を見つめた。エリエステスはその瞳に頷き「OK」と低く呟いた。

「それでは、失礼しました」
「ああ」

 カルアは最後まで律儀に頭を下げ、きびきびと機械じみた様子で出ていった。どこまでも角度がきっちり揃ってそうだとエリエステスは密かに笑い、窓に顔を向けた。もうその瞬間に、笑顔は消えていた。


 机の中にしまっておいた写真がない。


 女王と自分が唯一存在している、たった一つの証拠。唯一の鎖。


 一体なぜ。


 エリエステスは疑問を食いちぎり、扉を勢いよく開けた。








 馬車に揺られること数分、豊かな緑の街道を馬は素早く駆け抜ける。目まぐるしく溶け合いながら変わっていく景色をパディはのんびりと見つめた。しかし心癒されるものは何もない。パディの故郷はこんなにも美しくなく、もう思い出せない過去の遺物になってしまったのだから。

 何の感慨もなくパディは窓ガラスに頭を寄せると、軽くため息をついた。

「こうして街に出るのは久しぶりですよね、パディ様。どうですかあ〜?懐かしいですか?」
「そんなもんとっくに消えてる」

 パディはのんびりと問いかけるラミィに冷たく言い放つ。しかし彼女は穏やかに笑い、日差しを浴びるだけだ。何のダメージもなく、会話を続ける。

「そうですか・・・そういうもんですよねえ〜。あたしも故郷のことは微妙ですから。あ、そうそう、あたしラスティカの人じゃないんですよ。ふふふふ」

 何がおかしいのか、ラミィは口元に手を添えて含んだ笑いを浮かべた。パディは気にせず、窓の外を見続ける。

「あたし、元々シャワルなんです」
「へえー」
「シャワルの人って色が浅黒いんですけど、あたしの場合母親がラスティカなんで白いんです」

 パディは再び適当に相槌を打ち、徐々に見え始めた街の屋根を眺めた。色取り取りの屋根は微妙な高低差でまるで階段のようにずっと連なっている。こんなにも密集したところにあったか、とパディは疑問に思いながら、始めて見るように目を凝らした。どうも頭の中にある記憶と印象が合わなかったが、目の前にある街がラスティカには違いない。

 随分と記憶も遠くへ行ったもんだ、とパディは全く悲しい気持ちを持たずに頭を上げた。

「そろそろ降ろしてもらいましょうか」

 気配が全く消えていたウナから少しだけ生気が戻る。彼女は目で頷くと、パディと同じく頭を上げた。

 ラミィは嬉しそうに目じりを垂らし「そろそろ止めてください〜」と舌ったらずの明るい声をかけた。

 しばらくして馬は減速し、止まった。ラミィは意気揚々と出たが、パディとウナは腰を重そうにのったりのったりと気だるく滑り降りた。その様子を見てラミィは仁王立ちに二人の前に立ちふさがり「しっかりしてください!」と甲高く叫んだ。

「うっせえな・・・わかったから、とっととどっかいけ」
「行きたいところないんですか?」
「ねーよ。つーか、知らねー」
「ウナ様もですか?」

 ウナは興味なさそうにそっぽを向き、遠くのどこかを見つめている。反応が返ってきそうにもなかった。

 ラミィはしばらく困ったように腕を組んでいたが、やがて何か思いついたように顔を光らせた。

「じゃあ、ショッピング街に行きましょうか!」
「はあ?興味ね・・・」
「いいからいいから!洋服から小物まで、果ては食材も!ありとあらゆるものが集合している場所があるんです。ついでに食材も買っていかなきゃいけないんで、行きましょう!」

 ラミィはやたらと力強い声で拳を固め、今にも舞い上がりそうな様子で二人の前を歩き始めた。

 彼女の中身は一体何でできてるんだ?とパディは呆れかえった、全ての筋肉が弛緩しただらしのない表情で彼女の背を見つめた。


「パディ」

 す、と気配なく冷たい風が揺れた。パディは呆れた顔のままウナに向くと、彼女の透明な瞳が珍しく赤く煌々と光っていた。その先にあるのは、ラスティカの街並みとラミィの背中。何があるんだ、と問う前に彼女は口を開く。

「歩きながら聞いて」

 パディは無言で頷き、二人は同時に歩き始める。ラミィの姿はどんどん遠くなるが、大股でステップを踏む彼女はもちろん、後方を歩く二人も気にせずそのままの歩調で歩く。

 ウナは前を向いたまま、小さくくちびるを動かす。

「今日、何かが起こる」
「何か?預言か?」
「かもしれない。私にそこまではわからない」
「女王の力とやら、もうあるんじゃねえのか?」
「まだない。私の持っているのはほんの一部。私は色彩を紡いでいないし、予言も上澄みしかわからない。みんなの心の声も、相手が近くないと・・・それに、よほど表面に出ていない限り全くわからない」
「中途半端だな」
「そうよ」

 ウナは珍しくすらりと会話を続け、しかし目は正面を見続ける。彼女の見ているものは何だろうか、とパディも前を見るがまるでわからない。徐々に色鮮やかな街の景色が広がっていくだけで、何もわからない。

「なんで中途半端か。・・・わかる?」
「さあ」
「たまには脳みそ使わないと溶ける」
「うっせえ。溶けてんのはてめーだろ」

 パディは舌打ちしながら、両手をポケットに突っ込んだ。レンガが敷き詰まった赤茶色の街道、時折顔をのぞかせる菫の花、それぞれ好きな色にカラーリングされたのっぺりとした壁、光に反射してきらめく屋根。匂いはクリーム色に色づき、どこかで焼いているケーキの香りを彷彿とさせる。その中に混じって、スープや肉料理。どこかの家は豪華に食卓を彩っているのだろう。

 平和そのものだ、とパディは思った。何もかもに色が咲き誇り、人々の生活を潤す。

 戦争?一体何の話だ。暗殺?知らないな、そんな言葉。

 このままここにいれば何もかもなくなるんじゃないだろうか、と思えてしまうのはなぜだろう。

 思って、パディは無意識にウナを向いた。

 彼女は軽く瞼で頷き、「それはここは女王の力が最も反映されてるから」と簡単に答えた。

「城の空気は淀んでいる。でもここは人々が女王を信じ、敬っているから色が鮮やか」

 なぞなぞでも出すようにウナはつぶやき、パディより一歩前に進んだ。

「何かが起こる。・・・・ラミィ」
「は?」
「見失う」

 ウナは走らなかったが先ほどよりかなり足早に前に進んだ。パディも遅れ、面倒そうに舌打ちしながら走った。





 ウナは心奥深くで一人思案する。

 何かがつんつんと耳の奥をついばんでいるような気がするが、その正体がわからない。

 わからないが、きっと何かがある。

 信じたくない、女王の力がそうつぶやく。



 ・・・・・長い一日になりそうだ。





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