| 気づいていたことがいくつかある。でもそれを表に出したいと思ったことはない。たとえ、国や自分に関わることだとしても。 自分が「女王」であるという自覚を得たくはなかった。 なかったのに聞こえる声。 女王を殺したと嘯くエリエステス。女王をひた隠しにする5賢者。終わる世界を見つめるセロとラス。そして自分を知りつつも興味を持たないパディ。 とぐろがとぐろを巻く。まるでかの蛇のように、ずるずると音を立てながら。 その渦中にラミィは密かに巻き込まれていた。とても穏やかな顔をして、巻き込まれていた。この先にこのような結果がないことをひたすらに祈り、頭を抱えていた。そのくせ、暗躍していたのだ。エリエステスの写真を奪い、パディに真実を知らせ、自分も知る。ティティにさりげなく近寄り、さらに情報も知った。 その動きは風の動きよりも遥かにわかりやすく「女王」の瞳には見えていた。 それでも止めたくない。それを止めれば、女王だとわかってしまう。頑なに拒否してしまう。 だが今回は女王として、次に君臨する者として彼女と対峙しなくてはならない。 それは予言であり、今のウナの心境だからだ。 イエローサイレン 19 なるほど、とウナは一人頷く。 シャワルで飼っている怪しげな存在・・・自分たちをここまで一瞬にして連れ去った影たちの姿はどこにもなく、そこにはシャワルの姫、ディアンダが仁王立ちになってウナを見下していた。誇らしげに、卑屈に頬を歪めている。どことなく勝者の気分でいるように見える。 ウナは心中でため息をつき、垂れ流しの「声」に耳を傾ける。 ディアンダは女王とラスティカをそこはかとなく恨んでいる。両親の死はもちろん、それ以上に国が「維持」されているのに不満を感じるようだ。つまり、王あって、国民あっての国ではなく、女王が全て作り上げた国という意思。シャワルは父王と自分が築き上げたと強固なる意思が存在している。 確かにその通りだが、根本の力は女王が出している。本人の意思関係なく、世界に根付く一人としてこの地に立たされている。 だが、とウナは思う。 シャワルはディアンダが築いたと言えようか。国民の低さはどこの国にも負けない。同じ人間だというのに、生活水準の低さから知能の低さがあまりにもすさまじい。他の国にはないことだ。確かに彼らは熱く、活力あふれる国民たちだ。だがその野性さは他の国では通用しない。この国だけだ。 それもありだ。国から出なければ問題はない。しかしそうもいかない。他国との交流なくては、発展は望めない。現在辛いと思ってることも改善されない。それに国同士の話し合いになったとき、誰も太刀打ちできないでなすがままになってしまう。 ディアンダはそういう考慮にかけているのだ。自分の国だけがすごいと信じ切っている。たとえ水準が低くとも、国民たちのパワーはどの国よりも強い、と。それはある意味正解で、不正解だ。決める者は誰もない。 だが国民たちはどうだろう。 なぜ暴動が起きるのか。なぜ怯えて暮さなければならないのか。なぜ戦いを望むのか。 作り出したのは、誰だ。 ふん、と誇らしげな笑いにウナの思考はいったん切れた。いやいや顔をあげ、仁王立ちのディアンダを死んだ目で眺める。二人の間には見えない壁があるように、どうも通じ合わない。ウナは傍観者の気分で、ディアンダはさも支配したような気分で見つめあう。 「お帰りなさい、なのかしらね?どう?次期女王様」 「・・・・さあ」 ディアンダに興味はわかない。彼女は熱いが、それっきりだ。薄っぺらい鉄板のようなもの。 それに気づかないディアンダはさらに続ける。 「驚かない?これも知っていた事なのかしらねえ?それとも、あなたがそうなるように仕向けた、とか」 ありえない、とウナは鼻で笑いそうになったが心にとどめておく。どんなことでもそうだが、表に出すのは何かと億劫だ。何でも吐き出してしまうディアンダを見習わなくてはと自嘲気味に頬を歪ませる。 「さて。そんなことはどうでもいいの。私の興味の対象は今この瞬間。ねえ、時期女王様?私が今から何をしてこの先どうするか・・・見えている?見えていたとしたら、是非ともあなたの口から聞きたいわ」 ディアンダは口角を思い切り引き上げ、不敵に笑ってみせる。 「そして見えた上で言わせてもらう。・・・・私の女王の座を頂戴」 愚かな姫。たくましい体に激しい炎をたぎらせているが、まるで役に立たない。 ウナは笑うしかできない。彼女の愚かさに祝杯を掲げずにはいられなかった。その様子にディアンダは眉をひそめ、口の力を緩める。 「何がおかしい?」 「全てに。・・・馬鹿だ・・・馬鹿すぎる・・!女王の、座?いくらであげてやりたいわ。でもあんたには無理。無駄。・・・女王は決められているのだから」 「・・・それが腹立たしいって言ってんのよ」 「言葉では初めて聞いた」 「聞こえてるんでしょ?私の声。・・・・人の心を読み、世界の流れを読む。そして色彩を紡ぎ、ありとあらゆる予見をして人々を縛る。それが女王なんでしょ?」 ウナは自嘲気味に頬を歪ませ、ぬらりと光る瞳でディアンダを見上げた。 「だからどうした?」 「・・・っ!腹立つ・・・・!何よ、何が見てるって言うのよ・・・!!そうやって人を支配する気?」 「支配?そんな気ない」 「嘘。だっておかしいじゃない。女王がいなきゃ世界は崩れる?世界を作ってるのは誰よ。動かしてるのは?私たちのはずじゃない」 髪を逆立てながらヒステリックに叫ぶディアンダに背を向け、ウナはこっそりと息をつく。 「その通り。でも流れる空気は女王が作り出す。それは決められたことで、呪い」 「呪い、ですって・・・?他に秘密があるのね?」 女王のことは極秘情報としてラスティカの城に眠っている。真実を知るのは女王と巫女たち、そして極一部の人々だけだ。一握りにも満たない。それは女王は「特別」であり、尋常ではない存在だからだと隠す者たちは言う。 ウナからしてみれば、その覆い隠しは女王が「化物」と言っているようにしか聞こえない。 人ならざるものと認めたくなくて、過去の女王たちは奮闘した。しても無駄と知っていても、抗おうと試みた。先代の女王もその一人。一としての死と一生を欲した。 ウナの体は徐々に人から遠ざかっている。日に日に傷の治りは早くなり、人の「声」は鮮明に聞こえる。絶えず世界の声が届き、気が狂ってしまいそうだ。人々の口から溢れた泥が、ウナの細い体を埋め尽くしていく。 今も激しく聞こえる。ディアンダの喚く声、悲痛な呻き。そして愚か過ぎる考え。 その愚かしい行為がこれから行われるために、ウナの体は拘束されていなしこの部屋にディアンダ以外いない。 ウナは笑う。ひたすら笑い続ける。この行為の結果、ディアンダは絶望する。そして自分はますます・・・・人から遠のいていくのだ。 ・・・泣きたい。泣いて何かが許されるというのなら。 「・・・まあいいわ。秘密がどうあれ、あんたには女王の座を引いてもらうから」 にたりと音を立ててディアンダの口が引き裂かれる。その先に待つのは細い舌先。いやらしくくちびるを舐め、ウナの背中をじっとりと睨む。 「ここまで連れた意味、わかるわね?・・・女王様。死んで頂戴?」 銀の光が一瞬にして輝く。細い舌先に似たナイフが、ウナの背中を躊躇なく突き立てた。 暗闇の中、パディはゆっくりと目を開いた。誰かがずっと自分を呼んでいる気がしたが、どうなのだろうか。深い眠気が頭に霞をかけ、事実を曖昧にしてしまう。 今わかることといえば、頬が冷たいということだけだ。 「・・・目、覚めましたか?」 すぐ傍で声がした。残念ながらまだ目は慣れてなく・・それどころか開いていいるかどうかもわからず、パディはただ呻いた。記憶も曖昧だ。どうして眠っているのかわからない。 うつらうつらと記憶を回想させ・・・パディは思い切り目を開いて体を起こした。 「パディ様」 「・・・・ラミィ」 口は驚くほどすんなりと彼女の名を言った。頭で理解するよりも早く、本能が先だったようだ。パディはその名を噛みしめ、起こった出来事を整頓しようと思ったが、ラミィの震える声によって思考は一時中断した。 「・・・・すみません・・・でした・・・・」 いつもの明るい彼女はここにいない。深くうなだれ、今にも床に沈んでいきそうだ。パディはそれを見て軽く舌打ちし、目をどこかへ泳がせた。特に何の感情もない。湧いてもこない。パディはそれよりも、と心の中でワンクッション置くとつぶやくように言った。 「んなことどうでもいい。それよりもここはどこだ?」 「・・・・あたしにも・・・わかりません。・・・・ただ、あたしたちは・・・捕まったんです・・・」 ラミィは苦しげな声で言い、目を瞑った。 徐々に目は慣れ、この場所が牢屋のようなところだと理解できた。四方を黒く塗りつぶされ、出口らしきものは見当たらない。二人でいる分には狭さを感じないが、息苦しさと寒さはある。 二人、と気づいてパディは思わず声をあげた。 「ウナは」 「わかりません・・・・」 元々気配のない存在なので、それこそ何の感情も思い浮かばない。それよりも。 「・・・・・なんでこうなったんだ?」 ラミィは肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。髪は緩やかに跳ねたが、顔はパディを見ない。今にも泣きそうになりながら、地面を見つめている。 「・・・・それは・・・・。・・・・あたしもやりたくは、なかったんです」 「それは聞いた」 「本当なんです!」 「うぜえよ!さっさと言え」 「・・・・はい」 ラミィは再び頭を垂れると、顔を暗闇に消した。 「・・・・あたしがシャワル出身だということを・・・言いましたね。シャワルは豊かな国じゃないんです。情熱はあったのかもしれません・・・でも、人の顔は暗かった。両親はそれに耐えれなかったんでしょうね。あたしが小さい時に・・・ラスティカに移住しました」 パディが幼いころ・・・女王の力が薄れ始めたころ。元々恩恵が少ないシャワル国は混沌が目立つようになっていたらしい。パディはラスティカ以外のことを知らないが、ラスティカとてブラックテューマーなるものが出てきはじめたのだ、シャワルは想像するよりも酷い状態だったのかもしれない。 パディは何とか想像力を膨らませ、ラミィの話を具現化させる。 「移住した後も裕福な生活は送れませんでした。・・・・でも食べるのには困らず、なんとかやっていけたんです。それは両親ががんばってくれたからんです。だからあたし、親孝行したくて・・・メイドを希望したんです。もう、ずい分前のことですが・・・」 ラミィはおっとりとしていてどこかズレている部分はあるが、メイドとして見るとかなりてきぱきとしていることがわかる。起床の時間、食事を持ってくるタイミング、さりげない掃除、無駄のない配慮。気がつくとそこにあるものであり、違和感がまるでない。空気のようにやってのける部分があった。 パディはなるほど、と頷き、黙って続きを聞く。 「・・・・そして女王様が亡くなり・・・新しい女王様が迎え入れられました。ラスティカの血をもちながらシャワルに住んでいた女王様。身分違いにもほどがありますが、一緒だなって・・・思いました。・・・・ウナ様に文句を言うわけではありません。でも・・ウナ様が来たとき、シャワルから使いが出されました」 ラミィはゆっくりと手を丸め、拳を作る。 「・・・・きっとこのタイミングだと思ったんでしょうね・・・。シャワルに残っていた戸籍を見てか、シャワルの兵士たちが・・・あたしの家をたずねました。・・・・もう、大体予想は付きますよね?」 パディは頷き、独り言のようにぽつりと言う。 「お前に、城を探れって?両親あたりを人質にとって、言ったんだろ」 「・・・はい。・・・・そしてパディ様が来た後・・・国の会議が行われた後。このことを命じられました。・・・いつでもいいから、と・・・」 ラミィは暗闇にぽたりとしずくを零した。光のないこの場では闇にしか見えなかった。 「ごめんなさい・・・・。こんな日、ずっと来なければいいって・・・思ってました・・・。・・・やりたく、なかった・・・」 パディは何も言わない。何か思いつくのだが、泡沫のように消えていく。憐れみか怒りか、その区別すらつかないでいた。そんなもやもやとした思いを抱きながら、パディは目を細める。 「女王のこと、知ったのか?」 「・・・・大体は・・。・・・・女王が、人をやめさせられることも・・・。・・・それにティティ様からも、聞きましたから・・・」 ティティ、の名にパディはがっくりと肩を落として顔を覆った。目をつむれば、のほほんと艶やかに笑う彼の姿が映し出される。非常に鬱陶しく、ラミィによりもティティに怒りを覚えた。 「あんの・・・クソが・・・・!」 だがどことなく心に刺さっていた棘のようなものが抜けた気がした。ラミィも心なしか微笑みを取り戻し、涙を止めている。空気も次第に元の柔らかさに戻っていくようだった。 それでもまだ声は暗い。ラミィは顔をあげると、パディを切望する眼差しを送った。 「パディ様・・・・本当にごめんなさい・・・あたし、どうしたらいいですか・・・?」 一呼吸置いた空白の後、パディは言葉よりも先に息を吐き出した。そして髪をかきあげ、そっぽを向く。 「知るか」 違う方向を見ていてもわかる。ラミィはさらに深く沈み、ほろりと涙をこぼす。 「でも・・・・」 「だーから、知るかって!んなことより、ここどこだよ!」 苛立ち交じりの声でパディは勢いよく立ちあがり、壁をけり上げる。躊躇ないけりは随分と痛かったが、パディは人知れず堪えた。 壁から反響はなく、ただ鈍い音だけが響く。暗がりでわかりにくいが、ここが石壁に囲まれた小さな部屋だとわかる。そのことをラミィに聞こうとしたが、彼女はまだ伏せている。 「クソ・・・うぜーんだよ!・・・・いいか?んな顔したってどうしようもねえんだよ!それよりも、さっさとこっから出るぞ!」 ラミィは幽霊のように顔を起こし、しばらくパディを見ていたが・・・まだ躊躇の色は見せるものの、ふらりと立ち上がった。 二人は何も言わない。互いに頷き、壁を探り始めた。 |