| 「だー!!!」 ダミ声が虚しく暗闇に消える。目が慣れたおかげでここの三辺がコンクリートの壁で、一辺が鉄格子の出入り口ということはわかったが、それ以上のことは結局何もかもわからない。 パディは金色の髪を振り乱すと、地団太を踏んだ。 「おい、ラミィ!結局ここどこなんだ!」 「い、苛立たないでくださいよう・・・。ええと、恐らくシャワルのどこかの牢屋だと思いますが・・・それ以上のことは・・・」 「詳しくないのかよ」 「ご、ごめんなさい・・・・・」 暗闇でもわかる、ラミィの白い頬にぽたりと液体が流れる。再び涙を流し始めるラミィにパディは苛立ち、毛を逆立てる。ふうふうと肩をいからせる様は猫のようだ。 「・・・っ・・・あ〜・・・」 とはいえ、いつまでも怒るパディではない。ゆっくりと血圧を下げると、その場に再び座りこんだ。冷たい床が苛立った神経を鎮めていく。 「・・・・出れないことはわかった。・・・ラミィ、もう少し説明しろ。俺たちがここにいる理由とか、ウナがいないこととか」 落ち着きを取り戻したパディにラミィはこっそり安堵の息をもらし、頷いた。 イエローサイレン 20 ラミィは涙をぬぐうと、暗くて見えにくいパディの顔をじっと見つめた。ラミィの瞳は相変わらず怯えて、少しでもつつけばまた泣いてしまいそうだった。それでも目をそらさず、代わりに両手をきつく固めた。 「・・・・・あたしの予想ですが・・・といいますか、誰もが予想していることとは思いますが・・・ディアンダ様はウナ様の代わりに女王になりたい・・・なろうとしているんだと思います」 「・・・・はあ?」 女王になるには、規則性や法則性や共通点・・・それらはわからないが、ラスティカから輩出されるらしいことはパディも、そして事情を探っていたラミィも知っている。次期女王は現女王が決め、有無を言わさずその玉座に座らせる。 「・・・・んなの、無理に決まってるだろ」 「あたしも・・・そう思うんです」 「ところで、もう報告はしたのか?女王のこと」 「ある・・・程度は・・・あたしの知っている範疇ですけれど・・。・・・あの、パディ様?」 ラミィの目は瞬き、不思議そうにパディを見上げる。探るような目つきに、パディは眉間に力を入れた。 「んだよ」 「・・・・あたしのこと、何も思わないんですか?あたしだけじゃありません。ウナ様のことだって・・・。・・・あたし、ウナ様が心を読めると知った時・・・もう終わりだと思いました」 パディは面倒そうに頭をかき、片目でラミィを見る。 彼女のした行為は裏切りとスパイ。ラミィの行動はシャワルを、ディアンダを動かしてしまっただろう。情報は時に武器よりも強く肉体を強化する。だが、この情報は返ってディアンダを愕然とさせたとパディは思う。何せ女王は女王が決める以外ないのだから。どんなに争い、引きはがそうとしたところで無駄に終わるはずだ。 そのことを読んだのか、ラミィは困ったように眉を曲げた。 「・・・・パディ様って不思議ですね。あたしやウナ様、ディアンダ様たちのこととはもっと別の次元・・・って言うんですか?どことなく違うところからあたしたちを見ているみたい」 「どういうことだよ」 「あたしたちと関わっているのに、関心がないというか、それ以上のこともそれ以下のこともない。・・・・なんて言っていいかわかんなくなっちゃいました・・・」 パディは少しだけ自分のことを考えてみた。 ティティにも言われたが、ウナにどういう力があれど、ラミィの言うとおり「関心がない」。興味がないといってもいい。読んだところで、何かを思っているわけではない。ラミィのように裏切りもなければ、エリエステスのように隠しているものもないし、ティティのようにやましいような考えを持っているわけでもない。 無、というのか。パディはいつでも傍観している。頬杖をついて、ぼんやりと。 「よくわかんねーよ。そんなの今は腹の足しにもなんねーしな。・・・・それに、ラミィのことも同じだ。お前がどう動いていたなんてどうだっていい」 「・・・・許して・・・?」 「許す許さない、つーところまでこないんだよ。そこまで何か思ってるわけじゃない。・・・・で、俺たちを誘拐したわけは?」 パディのあまりにあっけらかんとした姿に、ラミィは思わず目を点にしてしまった。 「ほ、本当に・・・パディ様って・・・。だから色彩の鍵、なんでしょうかねえ・・・?ウナ様の心を開ける、女王の力を開くことのできる唯一の存在だって」 「どーだか。んなこと知るか。俺はとにかく俺のこと以外はどーでもいいね」 「・・・・おかげであたしも安心して話すことができます。・・・って、ああ!!!」 黄色い声が耳を突き抜ける。突拍子もない悲鳴にさすがのパディもつっぷし、ラミィは勢いよく立ちあがる。小さな部屋に甲高い爆音は殺人的だ。下手するとしばらく耳が聞こえないかもしれない、それほどに威力があった。 「て・・・てめ・・・・!」 「あ、あたしってば・・・ああ、ど、どうしましょう・・・・!」 「うっせえよ!黙って落ち着け!」 「で、でも、あの・・・・!」 ラミィは再び涙をせり上がらせ、暗闇の中右往左往しては壁にぶつかった。パディはようやくまともに機能し始めた耳をぺちぺちと叩き、うろうろする足を引っかけた。 「うひゃ!」 案の定、ラミィは転んで違う意味で泣いた。 「ひ、酷いですう・・・」 「い・い・か・げ・ん・に、しやがれ!」 「ふ、普通は落ち着けとかって言いますう・・・」 「うるせえ!さっさと結論言え!」 鼻の頭と額をぶつけたらしく、ラミィはしきりにさすりながら深呼吸を何度か繰り返した。すう、とラミィの気配が次第に落ち着き、彼女は暗闇に溶け込むパディを睨むように凝視した。 「パディ様!ディアンダ様は・・・女王になろうとしている、と申しましたね?」 「だから・・・・」 「考えてください・・・!女王になるには、普通ならどうすると思いますか?殿方たちが上に昇ろうとするとき、何をしますか?何をやってそこに昇り詰めようと考えになりますか?」 パディとラミィの脳内が合致した。人は知らずのうちに、進みたい道にあるものを排除する。もしそれが見えていて、わかっていたら。邪魔なものがあるとわかっていたら。それを壊してでも進みたいと願うなら。 「・・・・!まさか」 「ええ、そうです、そうなんです!だから、こうやって・・・」 ラミィの混乱が舞い戻って来た。わかったパディも混乱しかけたが、なんとか拳を握って高鳴る胸を押さえる。 「・・・・ウナを、殺す・・・?」 台詞は部屋中をひんやりと沈め、重苦しい空気を呼んだ。 気がつくと、頭より早く口が言葉をこぼしていた。 「なんで・・・・」 どうして。 なぜ、自分の手にばかり圧し掛かってくるのだろうか。重くて重くて耐えきれない塊が、それなのに一瞬にして儚く砕け散る弱いものが、深く深く手を突き刺して心臓まで食らおうというのか。 エリエステスは瞼を瞑る。まつ毛が針のように下まぶたに刺さっていく。痛すぎて涙が出そうだった。 顔を伏せ、もうそれ以上の言葉は何も言えない。苦しくて息すらできない。 それなのにどうして言葉を続けるのか。攻撃をし続けようとするのか。 エリエステスは頭を抱える。 「・・・本当にすまない」 エルーダの声は優しすぎる。学生の時とまるで変わらない声色に惑わされそうだ。 「もう一度・・・聞く。手を組んでくれ、エース。シャワルを救いたい。・・・俺たち、睡蓮と共に・・・・!」 息を吸い込む。酸素にまで針が入っているように、胸が痛い。 「・・・・酷いな、エルーダ。・・・手を組む以外の道・・・それしか・・・」 それしかない。それ以外にもう道はない。どこもかしこもふさがれている。 母国を憎む反組織睡蓮。シャワルを敵に作り上げた女王。シャワルに宣戦布告されたエリエステス。全ては対立しあい、憎み合う。知らない間に積み重なれた不満はついに目に見えて芽吹いてしまった。咲き誇ってしまった。 共通の敵、ディアンダ。そしてシャワル。いつからこんな風になったか、エリエステスはわからない。わからないが、倒さなくては。倒さなくては自分が今ここにいる意味がない。そしてエルーダもまた同じく、倒さなければ進めない。この先に明るいものはない。 「それしか・・・ない。・・・・ひとまず私のOKサインを出しておく。しかしまだ5賢者と他の人たちがいるからな。正式はその後だ」 「ありがとう、エース。・・・じゃあ、睡蓮として話したいことが山ほど・・・」 そこで会話は一旦切れてしまった。唐突なる侵入者はどこまでも場面を斬るらしい。 「だから!シャワルの人間はだめだと・・・・」 「そんなこと言ってられないのよ、この優男軍人!!」 「口わるー。そんなことだから相手がいないんだぞ」 「うるっさいってば!あんたと漫才してる余裕はないのよー!」 今まで苦しいほど重々しかった空気が一気に解放され、小鳥が喚くような声が部屋内に充満した。エリエステスは立ち上がり、扉を見つめる。一つはカルアの声だが、他二名はわからない。その二名の声はエルーダが知っているらしく、目を点にして顔を引きつらせてる。 「わ・・・悪い。どうやら俺の・・・・部下らしい」 「部下?」 「リーダー!!」 「ああ、だから入るなと言ってるだろう!」 「うるさいー!!」 颯爽とした金色の髪をなびかせ、一人の女が素早く部屋内に乱入した。あまりに端麗で人形のようだったが、それは黙っていればの話らしい。その後ろでカルアが慌てふためき、今にも倒れそうなほど青い顔で女の服をつかんだが、あっけなくほどかれ、しかも頭をはたかれた。どうやら彼はとことんこういった人物に弱いらしい。 エリエステスは今まで崩れおちそうだった心が急に浮上したのを感じ、思わず笑い出しそうになってしまった。 「ごめんなさい、リーダー。ええと、失礼します」 さらにその後ろからするりと男も入ってきた。女と違い、随分とおっとりしている印象を受けるがしたたかそうな目つきをしている。現に、カルアに抑えられずかといって喚かず難なくここに入ってこれたのだ。ふてぶてしい証拠である。 相対するように見える二人はエルーダを見つけると、同時に敬礼をした。 「え、エリエステス大佐・・・!ご無礼、お許しください!」 「カルア少尉・・・はは、大丈夫か?制服がしわだらけだ」 え?と声を上げながらあちこち見まわし、とたんに赤面して俯いた。エリエステスはようやく調子が戻り、笑みを口元に宿した。心まで強くなり、感覚が戻ってきたようだ。 「カルア少尉。彼らは私の友人であり、反シャワル組織「睡蓮」のリーダーとその部下だ。これからは通して構わない」 「は・・・は、はい・・」 「はは、御苦労だった。下がっていい。・・・ああ、その前に。ライス大佐とミース大佐を呼んでくれ。重大な話があると伝えてほしい」 「ぎょ、御意・・・!」 カルアはふらりと倒れそうになりながら扉をくぐり、それでも音を出さずに閉めていった。律儀な人物だとエリエステスは笑った。 そして乱入者はふてぶてしく頬を膨らまし、苛立ち混じりにエルーダを睨んだ。 「リーダー!まだ話しがついてなかったんですか!」 「いや、今決まったところだ。そう慌てるな。それに無礼だぞ。エリエステス大佐の前で」 「でも・・・」 静かに立っていた男はちらりと一瞥を女に向けた。女は気まずそうに口をゆがめ、頷いた。 「・・・・申し訳ございませんでした。ご無礼、お許しください」 「構わない。先ほどのように気を楽にしてくれ。何、ああいった行動をする人物には慣れているからな」 速攻で色彩の鍵と女王のやり取りが思い浮かばれ、彼らは一体何を会話して外を歩いているのだろうと想像する。きっと一筋縄ではいかない行動をしているはずだ。そう思うと不安でもあったが楽しいものがあった。 エルーダは苦笑を浮かべながらエリエステスに振り向き、まず頭を下げた。 「わ、悪かった・・・・。こいつら暴走しやすい性質で・・・」 「構わないと言っただろう?紹介してくれ。これからお互い手を組むのだから」 「・・・ああ」 エルーダの顔に睡蓮のリーダーとしての顔が映る。エリエステスも厳しく、二人を見つめた。これから共にシャワルを撃つ仲間として、厳しく見据える。二人の目の奥にあるものはまだわからないが、立ち姿を見る限りでは・・・頼もしいとは言い難い。 「紹介するよ。さっき大声を張り上げてた彼女はシェルリ。そしてこちらの彼はヘルベルド。・・・二人とも。言った通り、彼女がエリエステス大佐だ。これから世話になるんだ、しっかり挨拶を」 「・・・よろしくお願いします」 「します」 まるで引率される生徒のようだな、とエリエステスは目を細めると「よろしく」と二人に手を差し出した。 「一応取り仕切っているのは私だが、決定を下すのは全大佐と5賢者たちだ。共によろしく頼もう」 「わかり・・ました」 シェルリの瞳が鋭く光る。なるほど、彼女は強そうだ。肉体的にも精神的にも、暴力ではない静かな冷たさが底に沈んでいる。その隣にいるぼんやりとしたヘルベルドも同じだ。ぼんやりと装っているが、中身はだいぶほの暗い。幼馴染はいい部下を持ったようだ。これならエリエステスも安心して手を組める、と思った。 「それで、二人とも・・・ラスティカを敵に回しそうな勢いで何を」 エルーダはまだ呆れているのか、頭を抱えながらちらりと二人を見る。 とたんに、賑わしい声が戻ってきてしまった。 シェルリは「あー!」と叫び、なぜかヘルベルドを叩いた。彼は「酷い」とだけつぶやき、頭をなでた。何とも間のぬけた二人だ。 「違うのよー!!リーダー!大変なんだって!はい、ヘルベルド!パス!」 ヘルベルドは嫌そうに息をつくと、腕を組んだ。 「要訳すると、混乱してうまく言えなさそうだから俺にパス、だそうです。・・・・申し訳ない。監視していた女王候補ですが・・・・シャワルの部隊に連れていかれました」 「なんだって!」 エルーダとエリエステスの声が大きく重なる。エルーダは急いでエリエステスに振り向き、目を泳がせた。しかしエリエステスは冷静だった。ふらつく彼の肩を押さえ、軽くゆすった。 「・・・監視、してたんだな」 「・・・悪い。それは・・・後で言う。理由も」 「今言え」 エルーダの目がしっかりとエリエステスを見つめる。 「わかった。・・・シャワルのディアンダがここ数日ずっと静かだった。きっと何かあるに違いない・・・ディアンダの執着する女王候補を監視してみたんだ。何か、ないように。・・・それなのに誘拐された・・すまない・・・」 「・・・OK。・・・では二人は。もう二人いただろう?」 エリエステスはエルーダを離し、二人に近づく。二人は怯えの色はまったくなく、強く彼女と対峙した。 「メイドと鍵、ですね。・・・申し上げにくいですが、二人も捕えられました」落ち着きを取り戻したシェルリが言う。 「ディアンダの側近、ロルフが持つ影集団による誘拐です。一瞬の出来事で追うこともできませんでした」しれっとヘルベルドが続く。 エルーダは悔しそうに指を噛んだが、エリエステスはどこか遠くを見つめていた。 「・・・・エース?」 「・・・・すまない。ちょっと席をはずす。・・・・私の代わりに第二軍大佐のライスと第三軍大佐のミース、同じく三軍のマレルーナ中佐をここに来させよう」 「エースはどこへ・・・?」 「彼らは最善の策を練りだしてくれるだろう。私はちょっと思うことがあってな・・・大丈夫、うまく、いく・・・はずだ」 とたんに夢うつつに駆られた幼馴染の肩を、エルーダは急いで掴む。しかしするりと彼女は抜け、扉をくぐってしまった。 「何?あの大佐。ちょっと変よね」 「一応上司になるんだから、口を慎んだ方がいいと思うよ、シェルリ」 シェルリの意見にエルーダも賛成だった。 数年ぶりに会った彼女の姿は何も変わってないと思った。姿も声も性格も変わらないと、安堵した。 でもあの強い紫紺の瞳はどうだろう。移ろいゆく日々に似て危うい。どこかが足りない。何かを見ていない。 同じ幼馴染で昔からエリエステスを想うレイシーも同じようなことを言っていた。彼女はおかしい、と。彼女はどこか狂っているようにしか見えない、と。一瞬だけ昔の姿を取り戻した彼はそうつぶやいていた。 何がおかしいのだろうか。何も想像できなかった。 ただ背中が寒かった。この世界は一体どこからおかしかったのだろう。 エルーダはソファに埋もれた。 |