私はあなたに嘘をつく。

 最後ぐらい、人として死にたい。殺される運命を見てみたい、だなんて。

 夢物語でしかない。

 150年の歴史は平等であり、変えれない絶対なもの。他のものは変えることができても、それだけは許されないサイクル。それだけが呪いで、永遠。

 痛みはとうに忘れたわ。

 ただずっと熱い、この胸が。剣刺さるこの胸が。

 私は生きていて死んでいる。



      イエローサイレン 22




 私はすでに不死身だ。どうしてだろうかと考える。

 だって女王は生きている。胸に剣をはやしてもなお、150年のサイクルに囚われて生き続けている。死んだふりしてずっと眠っている。

 それなのに私は覚醒している。ほぼ、不死身。心の声も聞こえるし、未来も見える。女王に近い状態だ。

 だけどそれは所詮「近い」だけで「ほぼ」なのだ。完ぺきではない。

 だからセロとラスは危惧しているのだ。このまま首をスパンと切り落とされたら、確実に死ぬ。でもそうしたら次の女王はどうなるのだろうか。また勝手に「発生」して150年生きるのだろうか。何だろう、この気持ち悪い矛盾は。矛盾あるものは必ず崩れるはずなのに、この塔は崩れるどころかなくなる気配すらない。

 でもそんなこと考えるのは無駄だ。単に体力を消耗するだけだ。

 不意にく、とディアンダが笑った。目は相変わらずどこともしれぬ空を見ているが、声は確実にこの場に響く。

「・・・・ふふ、ふふふ・・・おもしろい女王サマね」

 呆然とした顔つきの割に、声はしっかりとウナと捕える。

 ウナは目を細めた。―セロ、ラス。私はまだ死ねる。だけど。

「女王サマ。あなた、女王サマなんでしょう?全てが見える女王サマ。・・・・全部知ってるくせに、そのことを私にわざわざ言ったの・・・・?」

 ウナは思わず笑いそうになった。まだ見えてない部分もあるが、ディアンダとこの先のことは少しわかる。

 うふふふ、と場にそぐわない妖艶な笑い声。徐々に力と現実を取り戻し、声高になっていく。

「だとしたら、やめない?」

 ディアンダは立ち上がった。その顔には微塵も迷いはない。今まで尻もち付いていた人間と同じとは思えないほど、毅然とした立ち姿だ。褐色の肌が艶やかに光り、ディアンダはくちびるをなめた。

「そうね」

 ウナも頷き、何事もなかったように服を着た。残念ながら血はそのままで、かぴかぴに乾いてしまっている。落ちないかもしれない。少し気持ち悪いが仕方がない。

「・・・・とんだ茶番劇だったわ」

 ウナはため息交じりにつぶやくと、ディアンダは高らかに笑った。ウナはもう一度「茶番劇だ」と内心でつぶやいた。

「でも私は情報を得れた。女王サマの真意は私にはわからないけれど、一つ事実が明らかになったわね。・・・・不死身、ね・・・うふふふ、どうやら私、運がいいみたい」

 本当に、とウナは目で頷く。

「・・・・女王サマはきっと秘密があるに違いないって思ってた。その一つの可能性が不死身・・・もしくは、強靭な肉体。怪我しても一日ぐらいで復活する体かも・・・とは思っていたの」

 それはディアンダの考えではないようだ。ラミィを使っての調査と、ディアンダの側近ロルフを使っての想定・・・ディアンダもこれでいてさりげなく情報を吸収していたようだ。

「試しにナイフで突き刺したらこの通り、か」
「そういうこと」

 何というギャンブルだ。一か八かでウナを刺し、秘密を知った。もしウナが死んでいたら、その時は自分がなるつもりでいたようだ。浅はかだが、ディアンダの脳みそはこの程度だから仕方がない。

「ということで、当初の予定通りでいいわけ」

 茶番劇のラストは、客からブーイングの来る幕で閉じられた。ディアンダはくつくつと笑いながらウナの手を取る。


 劇は終わったのだ。これからが本番だ。


「ねえ。終わりの言葉を言う前に聞かせて。先が見えるのに、こうしてここにいて・・・・不死身であることを言って。一体何を考えてるの?女王サマ」

 ウナの瞳に光はない。笑うのもやめた。

「・・・・さあね。私の人生自体が茶番劇だからじゃない?」
「あなたとは気が合いそう。・・・さて、次期女王サマ。人質になってね。・・・そして盛大なる戦いを始めましょう」






 おかしい。その言葉を耳が入れたのは、言葉を発して数秒後のことだった。

 暗闇で四方は囲まれた小さな牢屋。動くのは無駄だと思ったパディは壁に寄りかかり・・・そのまま眠ってしまったようだ。感覚としてはほんの数分だと思う。我ながら神経図太いな、とパディは小さくあくびをした。

「パディ様。何かおかしいんです」

 混乱したり落ち込んだり悲しんだりと忙しかったラミィも諦めたのか、先ほどよりも随分と落ち着いた声をしている。

 もしかすると、混乱しすぎて感情の一部分がショートしてしまったのかもしれない。その可能性の方が高かった。

 先ほどのラミィは、ディアンダが女王になるためにウナを殺すと考えて混乱していた。しかしパディは知っていた。不完全でも、彼女は不死身に近い存在だと。呪いがあるせいで死ねないのだと、わかっていた。だがもしもの可能性も考えにあった。つまり、不完全という点。・・・もしかすると死ぬのかもしれないという疑念。

 だがその考えは長く続かなかった。考えたところで状況は何も回復しない。

 なのでパディはあっさりと、ウナの体のことを教えた。スパイであるからあまり話さない方がいいのかもしれないが、どの道ウナが傷つけばわかることだし、もしディアンダが殺そうとしているのであれば余計に露見する。今言ったところでどうにも変わらないことだ。

 そのことを聞いたラミィは・・・すでにショートしていたのだろう。あっさりと「ああ、よかった。それなら大丈夫ですね」と胸をなでおろした。少し狂っているようだった。

 今発した言葉も狂いから生じたものだろうか。パディは片目をラミィに注いだが、特に変わったところはない。

「おかしい・・・やっぱりおかしいんです」
「何が」
「あたしたち、多分ですけど・・・・ここに入れられてそんなに時間経ってませんよね?」
「さあ?」
「・・・・ええと、あたしたち・・・シャワルの人たちに連れられて、ここに来たんですよね?だとしたらここはどこですか?」
「シャワルだろ」
「そこです」

 ラミィは暗闇の中、人差し指を突き付ける。

「シャワルだとしたら、一日移動しなければなりません。いくら暗躍者であるシャワルの影も、そんな迅速に運べないと思うんですよねえ・・・・特に二人もいたら」

 ふん、とパディは鼻を鳴らす。確かにそうだ。どんな移動手段を使ったとしても、一日はかかる。

「だとしたら、あたしたち・・・移動してる最中に目を覚ましてもいいと思うんです。でも目覚めたらすでに牢屋・・・・あの、もしです。もし本当に一日以上経過してから目が覚めたのではなくて・・・数時間で目が覚めたとしたら・・・」

 ラミィの声に再び混乱が舞い戻る。パディにもその混乱はわかった。つまり。

「・・・・シャワルじゃない可能性もあるってことか?」

 ラミィはゆっくりと肯定し、ぐるりと四方を見渡した。

「この作りから言って、普通の小屋じゃないことは確かです。・・・いえ、普通の小屋だとしても、もし影たちがあたしたちをここに入れたのなら・・・他国のお偉いさんが黙ってるはずがないんです」

 他国、の言葉に力が自然と入る。パディの耳も自然とその言葉を受け入れる。答えはもうわかっているから、パディは混乱しない。でも背中がうすら寒く、泥水を飲んでいるような気持ち悪さがあった。

「ようするに」

 パディは台詞を引き継ぐ。答えはこれしかない。

「・・・・シャワルとどこかの国が組んでるってことか?」

 ラミィは苦々しく、先ほどと同じく肯定した。大きな瞳がどことなく潤んでいるようだった。

「心当たりは?」

 ラミィは弱弱しく首を横に振る。パディも息をついて、再び壁に寄り掛かった。

 ここがどこであろうと関係のない話だ。ようはここから出れればいい。・・・しかし、無事に出れるのだろうか。そういえばどうして捕えられたのだろうか。

 ウナ捕縛が露見しては困るからだろうか。シャワルが捉えたと露見してはいけないのだろうか。しかしそれでは矛盾が生じる。シャワルは女王を盾に何かやるに違いない・・・死なないとわかったウナの利用価値はそれぐらいしかない。となると、パディとラミィの利用価値は。

 ありとあらゆる考えがパディの中で追いかけっこする。捕えようとすると逃げる、捕まらないように逃げる。ずっとずっとここのところ、いたちごっこばかりしている気がする。

 それでもパディの中は冷静だ。自分を「物」として考えれる。チェスの駒のように。かたんかたんと音を立てて、どこかへと進められる。

 かたん、と本当に音がした。

 ラミィはびくりと肩を震わせ、パディの近くにすり寄った。パディは突然の現実に目を開いた。光が向こうからやってくる。蜃気楼に浮かぶ老人のような痩せた黒い影だ。

 ラミィは声もなく震えている。くちびるが青く戦慄いていた。・・・いつのまにか辺りに光源が戻り、色がわかるようになっていたことにパディは今気づいた。

 眩しさにパディは目を細める。

 影はやがて膨張し、一つの肉体を浮かび上がらせる。随分と丸い輪郭を持っている。

「あ・・・・あなたは・・・・」

 ラミィの震えが一層大きく揺れている。彼女は知っているのだろうか、目の前の人物を。

「・・・・誰だよ、あんた」

 目の前の人物は、おおよそこの場にそぐわない柔和な笑みを浮かべた。肉厚な頬のせいで目が埋まる。

「初めまして、色彩の鍵・・・パディ君、でいいのかな?」

 まるで赤子をあやすような優しい声。声を発するたびに丸い体が揺れた。見る人が見れば暖かさを感じるだろう。パディも一瞬そう感じたが、後ろから迫る何かのせいで今はそう感じない。

「私の名前はニコル。・・・・連合国フィリファナをし切っている者だ。どうぞよろしく」
「・・・ウナがシャワルの人質なら、俺はあんたたちの国の人質ってことかよ」
「随分と図太いようだ。・・・・それは少し違うね」
「そんな・・・・!どうして、ニコル王が・・・!」

 絹を切り裂いたような声でラミィは叫び、パディにしがみつく。ニコルは笑顔を浮かべたまま、ラミィに目を移した。

「もちろん、今ここで話す必要はありませんしあなた方に話しても仕方のないことです。もうすぐ、ディアンダ姫がラスティカに言うのですから」
「ラ、ラスティカを裏切ったんですか・・・・!あなたたちの国も、反ラスティカだったというのですか・・・・」

 壊れたようにラミィは叫ぶ。しかしニコルの笑顔はいつまでも変わらない。

「それとは少し違います。・・・・・ただ、私たち小国の集いを一つの国に、ちゃんとした国にまとめようと思いましてね。・・・・さて、おしゃべりはここまでにしましょう」

 ニコルは一歩後ろに下がると、代わりに兵士らしき人物が四人、わらわらと牢屋に入ってきた。素早い動きでパディとラミィの両脇を固めると、無理やり立たせて引きずった。

「おい!どこに連れてく気だ!」
「大丈夫です。無駄に血を流すのは好きではありませんから」
「答えになってねえよ!くそ、焼き豚にしてやるぞ!」
「・・・・噂通り、口の悪い人ですね」

 口調は苦々しいものだったが、顔は変わらない。

 二人はもがくことも許されず、そのままずるずると引きずられていった。





 その日、正式な宣戦布告が出された。
 シャワルの姫・ディアンダからであった。

 その声を通し、マルファはラスティカに付き、ファンダムもラスティカに物資を提供、ルエンダはひとまず中立・・・沈黙を取った。いずれかはラスティカにつくか、独立しなければならないであろう。下火である今はルエンダの中立は正しい選択であった。

 そして、ニコル王が統括する国・連合国フィリファナ。






 呆然とセロとラスの部屋から出たエリエステスに近寄ったのは、犬猿の仲であるライスだった。彼はエリエステスが意識を失いかけているのにも関わらずいつも通り嫌味を言った。ライスにとって、エリエステスの内部にある何かなぞ興味の対象外だった。

「・・・・・時期女王候補が捕まったそうだな、エリエステス大佐」

 エリエステスはぼんやりと顔をあげ「ああ」とだけ答えた。血の気がない。

「なぜ早く動かない。いや、どうして外に行かせた」
「・・・・わからない」
「わからない、で済むと思っているのか!・・・・・まあ、いい。これでシャワルをつぶすいい口実ができたというもんだよ」

 通り過ぎようとするエリエステスの肩を、ライスは急いで掴んだ。

「・・・・どこへ行こうとしている。まだ話しは終わっていない」

 エリエステスは答えない。虚ろな瞳を虚空へ投げ飛ばしている。ライスは眉間に力を入れると、ぐっと胸倉を掴んで引き寄せた。

「フィリファナはシャワルについた・・・・!」

 エリエステスの体は答えない。そこにあるのかもわからない。だがライスは叫んだ。

「お前が!お前が国を仕切るようになってから全てがおかしい。・・・本当はもっと、安定した選択肢があったんじゃないのか!?何でこの俺がお前にこんなに絡むと思っているんだ!・・・・何で女王がいるのに女王を欲する?どうしていつまでも女王の死が付きまとう?どうして世界は戦う方向へと進んでいるんだ!」

 ライスの鼻息がエリエステスにかかる。焦点はお互い合っていない。

「何か言え、言ってみろ、エリエステス!」

 ライスの歯が鋭く光る。威嚇する獣よりも獰猛な荒い息がこぼれた。だがエリエステスは動かない。

 赤いオーラを背負う獣は最早、ただの女になってそこにいた。大佐という勲章もない。

 ライスは舌打ちすると、汚物でも捨てるかのようにエリエステスを突き飛ばした。

「もしお前が全て仕組み・・・いや、全て知った上で今まで行動していたというなら。裏切り者として処刑する。お前がそう言ったように、俺はお前の首をはねてやる」

 ライスは制服を翻すと、背を向けた。

「・・・・国の中心は今まで通り、お前がやれ。だが俺たちは勝手に動く。・・・いいか、エリエステス大佐。せめて、だ。せめてマルファの内情は探れ。いつ裏切るともしれない。・・・お前のようにな」

 吐き捨てると、その姿は廊下の奥へと消えた。

 エリエステスは壁からずるり、と落ちると自嘲気味に笑った。

「・・・・私は全てを知っているよ。全て私の思い通りだ・・・戦争も何もかも・・・・もう滅茶苦茶になればいい・・・女王がいなくなる世界なんて」

 女王が存在できない、次のサイクルなんて。この先、ゼファーナ女王のいない世界など。

 女王が今まで保ってきた世界。これからウナが守る世界。


 ・・・セロ様、ラス様。
 私は女王を殺せません。ウナ様が例え死のうとも、私はゼファーナ様の胸に、この剣を再び入れることはできません。




「可哀そうなエリエステス」
「可哀そうな女王たち」
「みんな死ぬね」
「きっと死ぬね」
「世界は変わる」
「世界は変わらない」
「進まない」
「進んでいく」


第三章 完
第四章に続く


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