| 灰色の大理石に囲まれた無表情な部屋にかつん、と一際大きい音と、存在全てを丸のみしてしまう圧巻のオーラが吹き荒れる。 寒さに眠る動物たちは慌てて目を覚まし、暑さに弱い虫は一瞬にして灰に還る。天変地異が起こってもおかしくない、恐ろしく力を持った気配だった。 その熱を冷ますように、鈴がころりと転がったような涼しげな笑い声が響いた。 「振られたね」 「振られたよ」 中央に控える、チューブやローブに巻かれた塊がかすかに震えた。人工物でありながら、何百年と生える木の根のようなたくましい生命力を感じさせる。その中央に小さな体がひっそりと植わっていた。 ある時は少年、ある時は少女と顔を替え、体はひとつなのにころころ顔を変えていく。しかし二人の声は重なり、笑い声は楽しそうに無機質な部屋を駆け巡る。 「うるさいわね」 不機嫌な声が二人の声を蹴散らす。ぶわ、と竜巻のように白いドレスが浮かび、二人に巻きつくチューブのように床を這った。 「予言は当たったね」 「当たった当たった。振られちゃったね、赤の子供に」 彼女は頬を膨らまし、胡坐をかいた足の上に肘をついて勢いよく顔を乗せた。 「わかってたわよ、そんなこと。あの子は卒業してからじゃないとここにこないって。・・・わかっていても試したいの・・・わかるでしょう?」 二人はわかってるよ、と少し声をずらして囁いた。 「未来はわかっている。すぐ先のことも、その後のことも。あの子が私の元に来てからのこと。・・・その後は・・・」 ふと、彼女の顔に影がさした。白いドレスだけが煌々と光り、辺りをまばゆく照らすのだが彼女と目の前にいる二人にだけは光が届かなかった。 暗く沈んだ彼女に、二人の少年少女はゆったりとほほ笑んだ。 「大丈夫」 「大丈夫」 「泣かないで」 「泣かないで」 「世界は動く」 「世界は揺れる」 「だから」 「泣かないで、色彩の女王」 は、と女王は鼻で笑う。自嘲気味に、そして目の前の二人を罵倒するように。 「大丈夫?・・・・何がよ」 グリーンメモリーズ 7 「パーティー?」 男二人の声が見事に重なった。言葉だけでなく、斜め上がりのイントネーションまで。あまりに見事なはもりようにエリエステスは転がりそうになた。 「はは、そんなに不思議がるな」 エリエステスは緩む口元を必死に抑えながら二人を交互に見た。 「いや・・・だって、パーティーって。どんな?つーか、なんで?」 エルーダは不思議そうに見ながらも興味津々に彼女に近づいた。瞳は輝き、期待に満ち満ちていた。庶民と貴族に差はほとんどないとはいえ、やることは多少違う。知っていることも違っていることが多かれ少なかれある。ちなみに、エリエステスは食堂の人気メニューであるカレーを知らなかった。カレーを知らないなんて!とエルーダは今と同じようにやや興奮気味に彼女に詰め寄り、無理やり食べさせたことがあった。結果、彼女は喜んでいたがその後あまり口にしていない。 エリエステスは笑いながらエルーダの顔を押し付けると、無理やり座らせた。 「落ち着け。そろそろ卒業だろう?私たち。だから無事にできそうなことに乾杯しようじゃないか、と思ってな」 「へえ〜・・・・」 エルーダは心底感心したらしく、腹の底から息を漏らしてまじまじとエリエステスを見つめた。しかし次の瞬間には表情がぷっつり消えてしまった。 「そっか・・・もう卒業か・・・。早いなあ」 「そうだな・・・早い」 レイシーはエリエステスに気づかれないよう、そっと見つめた。 結局彼女は卒業までここに留まる事になった。その理由はわからないが、彼女の表情は相変わらず快活で晴天だ。 そして、レイシーにとって喜ばしいことなのかはわからないが、あの夜を超えても彼女の態度は変わらない。友人・レイシーに対する笑顔のままだった。複雑だったが、それ以上は望まない、とレイシーは彼女の心に囁いた。 そうして日々を過ごしていくうちに、あっという間の卒業だった。特にエリエステスは途中入学なので、より短く感じるだろう。それでも一年以上はいたのだ。過ぎてしまえば呆気ないものでも、時間は長い。 いつもの食堂でこうして話をするのもわずかだと思うと、三人は自然と顔を俯いてしまう。 「・・で?パーティーって・・どこで?」 「ん?ああ・・・。パーティーといってもな、私たち三人で食事するぐらいだが。私の家でやろうと思う」 「へあ!?」 エルーダは腹に何かを飼っているんじゃなかろうかと思わずつつきたくなる、素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。その顔は嬉しさを超えて蒼白だ。 「フィ・・・・フィルデフィラ家でか!!??」 「そ、そうだが・・・何かあるのか?」 「いや、ほら!名門フィルデフィラ家でなんて・・俺たち、全くの庶民だぜ?!なあ、レイシー!」 「う・・まあなあ・・・ちょっと気が引けるような、気もする」 エリエステスはきょとんと目を点にし、二人を交互に見る。 「気にすることない。貴族といっても・・・まあ・・その、私への待遇は微妙だからな。・・・私とて家でやるのは躊躇したが・・・その・・姉上がな・・・」 「姉?」 またしても声が重なった。二人は渋い表情を浮かべると互いを睨んだ。 「おい、レイシー。はもるなよ」 「それはこっちのセリフだ」 「はは、仲がいいな」 二人は口を曲げると、前を向いた。相変わらずエリエステスは笑顔のままだ。 「姉・・・そういえば、いたね。名前は知らないけど、すっごい美人だって聞いた」 「美人・・・まあ言われればそうかもしれないな。姉上は女らしい」 「それは興味あるな!」 「おい、エルーダ・・・相手は貴族だぞ・・興奮するなって」 「残念ながら、姉上は近々結婚する」 「ちぇ」 エルーダは軽く舌打ちすると腕を組んだ。 「あーくそ。俺も貴族だったらなー・・・きれーな人を捕まえれたのになあ・・・」 その台詞にエリエステスは首をかしげ、指を立てる。 「なんでだ?貴族の女など香水がきつくて洒落にならないぞ。この学校にもいるじゃないか、きれいな人が」 「うっわ、エースってすごいな。あれが女に見えるのか?」 「ああ。随分とたくましいようで、羨ましい」 「エースのセンスを疑うよ・・・」 エルーダは気分悪そうに舌を出すと、乾いた声で笑った。その数秒と経たない間に、次の表情を浮かべる。にやりといやらしい猫のようだ。 「エルーダ・・・なんだ」 その顔はレイシーに向けられた。レイシーは彼の言わんとすることを考えながら、どれを言われても平静でいようと今のうちから力を入れる。 「その点、レイシーはいいよなあ?」 「・・・何のことだ」 「別にい〜」 やはり言いたいことはそれだったか、とレイシーは心の中でため息をつく。幸いにも彼はそれ以上言わなかったが、台詞が頭の中をぐるぐると駆け巡った。 あの夜伝えた言葉はちゃんと伝わっただろうか。エリエステスを見る限り、嫌われてはないが好かれてもいない。友人という枠から全く動いてない。でも、こうして一緒にいるのだからいいと、レイシーは頭を急いで切り換えた。 エリエステスはまばたきをすると、話を元に戻した。 「まあ、その姉上がやれと言ってきてな・・・どういったものかよくわからないが。二人とも、都合は?そっちに合わせる予定だが」 「俺はいつでも大丈夫」 「俺もだ。紅茶、持ってってあげようか?」 「ああ。よろしく」 エリエステスは笑顔で返すと、立ちあがった。三人とも食事は済んでいるが、いつもより早い片付けだった。部屋はまだまだ人に溢れ、ざわめきのBGMが声とは思えないほど膨大な塊となって混乱している。 「エース、訓練か?」 「いや、報告しに家に行こうと思って」 「いいよなあ、二人は。もう試験終わったんだろう?俺はこれからだっていうのに・・・・」 「はは。そう拗ねるなよ。私たちの試験は剣技とほんの少しの筆記だからな。エルーダみたいな大層なものは何もしていないよ。なあ、レイシー」 「そうそう。特に俺たちは優等生だからなあ?」 レイシーは珍しくエルーダを見下ろすように笑い、誇らしげに鼻を鳴らした。エルーダは肩をすくめ「大したもんだ」と捻くれながら苦笑した。 「ま、今日はエースの剣が見れないんだったら俺は試験対策でもしに図書館に行ってくるわ。お前は?レイシー」 「ん・・・ああ。そうだな・・・どうしようか。まあ、とりあえず片付けるか」 二人は同時に立ちあがり、エリエステスの隣に立つ。そしてまだ入り混じる人の群れをすり抜け、食器を片づけた。 三人は息を吐きながら出口に進むと、エルーダは一足早く図書館へ向かって行った。よほど試験が嫌なのか、足取りは地面に跡が付きそうなほど重そうだった。 「じゃあ、私も」 「あ、待った。俺も一緒に行きたい」 「は?どこへ」 「エースの家」 エリエステスは驚き、目を見開いてレイシーを穴が開くほど見つめた。彼はごく自然に瞬きをすると「だめか?」と目を覗き込む。エリエステスは目をそらしながら泳がせると、少し唸った。 「まあ・・いいが・・・。・・その代り、何を言われても怒らないでくれ」 「どういう意味?」 「来れば・・・その、わかると思う。いいか?絶対だ。大人しくしてろよ」 「ん、まあ。わかった」 エリエステスは珍しく焦っているようだった。いつもの余裕の笑みはどこかに消え、汗が額に浮かんでいる。すがるような念の押し方に、レイシーは頷くしかできなかった。 「そうと決まればさっさと行こう。近いとはいえ、遅くなると帰れなくなる」 「わかった。俺は特に持つものないから、このまま行ける」 「それはよかった。私も特に持つものはない。門の外に馬車がある。借りて行こう」 二人は頷き合うと、外に出た。日常から試験中、休暇期間問わず、学園の外へ許可なく出てもよい。ただし門限があるのでそれまでに部屋にいればいいだけだった。学園内ですべてことが足りるので滅多に人は出ないが、何かの用事で、家族の顔を見に、など出る人たちもちらほら見られた。 二人はそのまま数分歩く。そして馬車の乗り場に入ると、エリエステスは顔見知りなのだろう・・・店の人といくつか言葉を交わすとすぐに戻ってきた。 「一番向こうの馬車で連れてってくれるそうだ」 「お金は?」 「こういう時、貴族は便利だな。別にいいそうだ」 「そういうもの?」 「まあ」 悪戯に笑うと、彼女は先に入っていく。レイシーは馬車の経験が少ないので少し見入ってしまったが、呼ばれてすぐに入った。小さな小屋に押し込まれる感じがしたが、天井は高く窓は壁の割に大きい。白い日差しがさんさんと降り注ぎ、思わず目を細める。 「帰るのは・・久々なのか?」 「・・・まあ、そうなるな。それなりに帰るようにしたが・・・・」 「聞いてもいい?」 エリエステスは無言でうなずく。ある程度はいいということだろう。レイシーは密着する体を少し意識しながらもぞもぞと動き、体の位置を変えた。 「エースは・・その、家では・・・どういうことになってるんだ?・・・ええと、いい言い方が思いつかないんだが・・」 「私が三人目の子で、一体どういうことか。・・・そういうことでいいのか?」 「まあ・・・・そうだな。・・・大丈夫かな、と思って」 エリエステスは肩で笑うと「大丈夫に決まっているだろう」と窓の外を向いた。 「私は殺される予定だった。腹に宿った瞬間、流れるべきだった。それを母が産みたいとせがんだそうだ。そして生まれたが・・・父は嘆いていたらしい・・・姉上に聞いた話だから事実は知らないがな。・・・でも実際、私は疎まれた。貴族の三番目は不要な子だからな・・・。産んだ母でさえ困っていた。でも姉上だけは、違った」 エリエステスはそっと目をつむる。表情は穏やかだ。姉のことを思い浮かべているのだろう・・見る限りでは、その姉という人物は彼女にとって安息を与えてくれる存在なのだ。レイシーはかすかに羨ましいと思いながら、彼女の横顔を見続けた。 「姉上は優しい。今回のことも・・・姉上が私のことを思って言ってくれたんだろう。感謝しなくてはいけないな」 「・・・・兄弟なのに、そんなに気を使うのか?」 「当たり前だろう。私は、本来ならいてはいけないものなんだ。それが生まれてしまい、この在り様。姉とは血が繋がっていても・・やはり、感謝するべきだろう?」 レイシーは言いたいことをぐっとこらえた。 慰めてあげたい、いてよかったと存在を包みたい・・しかしそれは叶わない。叶ってはいけない。もう十分、それはわかっている。 レイシーは適当に「そうか」とだけ答え、同じように窓の外を見た。 相変わらず平穏な街が続いている。緑は生まれたての光を放ち、咲き誇る。 どうやっても叶わないものが多すぎる、とエリエステスに気づかれないようにため息をつくことだけが今の全てだとレイシーは自分に言い聞かせた。 |