金に縁取られた蛇からまる扉の奥。ひっそりと両足を抱えるようなぬるま湯のような沈黙がゆるりと流れる。

 先ほど人がいた気配を残す部屋はかえって尻が浮く。誰もいないのに囁くような声の余韻が響き渡る。


 

 エリエステスは顔を少ししかめると、スクリーンに地図を映した。


 

 何度も見たいびつな地形・・・レイストロ。色彩の女王に守られ、鮮やかな空気を纏っている世界・・・はもう早くも過去の世界。


 

「2年・・・早いものだ」


 

 誰もいない部屋で小さくつぶやくと、目を細めた。


 丸写しにされた色鮮やかな世界は今、黒に蝕まれている。


 世界の真ん中に位置する「ラスティカ」。最も女王の加護を受けた最も美しい国。最も黒が少なかった国も・・・徐々にだが黒い斑点が浮かんでいる。


 一つ一つ、虫のように蠢いて大地を蝕もうと溶解液をたらして這いずり回る。


 エリエステスは軽く舌打ちすると、書類に手を置いた。


 厚みのない、薄っぺらだが光沢のある紙は薄暗い部屋でぬらりと光った。


「・・・・時間がない・・・・・」


 エリエステスはそっと頭をもう片方の手で抱える。


 

 隠れるように乗せられた手の下には「戦」の字がくすぶる炎のようにちらりちらりと赤く、青く、火の粉を噴出して笑っていた。



 

         レッドゾーン 6



「・・・・は・・・」


 気がつけば途方もない時間が過ぎているような、と気付いたのはエリエステスが出て行って数分経ってからだった。


 パディは目を一回思いっきり見開いてからきょろきょろと辺りを見回した。


 白を貴重とした壁には所々赤茶色のような染み(何かどうかというのは考えたくない、とパディは本能で叫んだ)、そして所々傾向ピンクや黄色を用いた星や花などの柄、黄緑色とオレンジ色がストライプに織り交じる絨毯の上には食い散らかしたパン、おもちゃらしきぬいぐるみや人間を模った人形、本やエンピツなどころがっている。改めて部屋を見直すと、他の部屋や廊下に比べて色鮮やかなのに淀んでいた。


 それは部屋の主のせいだとパディはウナを睨んだ。


 彼女は目を瞑ってたが、寝ているようではなかった。瞑想、というような状態に似ている。意識がはっきりしているのにどこか低迷している・・・そういった感じだった。


「・・・・・・・・」


 パディはいつのまにか腰を下ろしていた体を起き上がらせると、ウナに背を向けて扉へ向かった。


 後ろで目を開いた気配はない。パディを呼び止めることもしないらしい。


 一体何なんだ。畜生、を何度も心の中で呪文のように何度もつぶやくと扉を開けた。


「お」
「あ」


 パディはそのまま硬直し、交わる視線の先・・・カルア少尉をしばらく見つめた。突然のことだったが、カルアは瞬きを1つしただけで「ああ」と息を漏らしながらつぶやいた。


「・・・・・パディ・デュランダ。どこに行くつもりだ」
「見てわかるだろ?帰るんだよ、プリン男」


 プリン、の単語にカルアは神経質そうに眉間に皺を寄せたが、もう体性がついてきたのか軽く咳払いして皺を解くともう一度「どこへいく」と聞きなおした。


「今言っただろ?耳クソたまりすぎなんじゃね?脳がプリンで耳クソオンパレードかよ、きったねえな」
「・・・・・君はいちいち挑発しなくては会話ができないのか?言語障害者とみなして病院に送り込むぞ」
「はん」


 パディは軽く息を漏らすとあざけるように口を引き上げ、肩をすくめて上目にカルアを見つめた。


「その方がよっぽどいいね。こんなところにいるより病院のベットの方がよっぽど落ち着く」
「なら帰りたまえ・・・と、言いたいところだが。生憎、君の帰る家・・・・というか町か?は、もうない」


 パディはもう一度同じ息を漏らしたが、もうあざける笑みは消えていた。その代わり無だが、限りなく赤に近い炎を灯した瞳がぎらりと閃光を放った。


「んなこと、知ってるに決まってるだろ?俺たちはブラックアウトされてサヨウナラ」
「じゃあどこへ行くつもりだ?君がどこかに行くというなら、僕は全力でとめなくてはいけない。エース様の・・・・」


 言いかけて、カルアの顔がはっと青く染まったかと思えば次の瞬間赤く火照っていた。ころころ顔色の変わるやつだ、とパディはため息混じりに心の中であきれ、髪をかきあげた。


「おい・・・・・君」
「は?」
「その・・・・・」


 軽い挑発に乗ってどこまでも怒りをさらけ出していたカルアは一変し、まだ幼い少女のように顔を伏せて忙しなく手を動かした。


 パディは「気味悪い」とカルアに聞こえないように台詞を捨てると、「ああ?」と大して怖くないメンチをこれでもかと切った。


「その・・・だ・・・・。今僕が言ったことは忘れてほしい・・・・」
「はい?」


 パディは眉をこれでもかと引寄せて曲げ、何か吐き出すように口をひん曲げてもう一度「はい?」とカルアを睨んだ。


「何のことだよ」
「いや・・・・聞こえなかったならいい。・・・・・エリエステス大佐に君をここに留めておくよう、指示されているのだ。君はどの出身でどういう身分であろうとも時期女王を目覚めさせる鍵なのだからな」
「鍵鍵鍵って、うっせーよ!第一なんだよ、アレ!」


 パディは眉を吊り上げながら後ろでしゃがみこむウナを親指で指して、これでもかと舌を出した。


「何をどうすりゃあいいんだ!肉でも与えておけば大人しいのか?ああ?」


 本人は威嚇しているつもりであろう、黄色い悲鳴をカルアは横目に聞いていたが、少しだけ姿勢を崩すと「パディ・デュランダ」といつになくトーンダウンした低い声をぽつりともらした。その表情にはやや「あきらめ」という感情が混じっているようだった。


「何度も言うが、ウナ様は時期女王なんだぞ。もう少し丁重な言い方で言え。・・・・・ウナ様のことは僕の方が聞きたいくらいだ・・・・」
「第一、誰が俺だなんて言った?」
「エリエステス大佐から聞いてないのか?巫女様から・・・・・」
「聞いてねえよ!そいつはどこだ?!」
「ちょ・・待ち・・・・・」
「うるせえ、遅い!自分で探しに行くっ」


 蒼白な顔でカルアが手を上げたときにはもうパディの吼える姿はなく、廊下の方へとふわりと姿翻して走っていた。そして追いかけようと思考が働いたときにはもう姿は見えなかった。だがどちらにしてもカルアはウナを見張る役目も持っており、動くことはできずただうずくまって「エース様・・すいません・・・」と恐らく怒るであろう上司の顔を思い出して深いため息をついた。



 

 

 

 走っても走っても走っても白い廊下が続く。その場をただランニングしているように同じ景色が何メートルも続き、パディの額に汗よりも濃度の濃い冷や汗が流れ始める。


 扉もどれも同じに見えた。どれも同じ細工、色、風合い。夢の中で永遠に続く回廊のように廊下は続き、パディはその場で叫びだしたくなる気持ちだった。


「ああ!畜生・・・・・」


 徐々にペースを緩めると、元の歩く速度に戻し頬の汗を乱暴に拭った。
 飛び出してきてしまったはいいが、どこにどういけば「巫女」というものに会えるかパディには全く想像できなかった。だが「様」が付き、一国の大佐クラスを動かせるのだからやはり地位は高いのであろう・・とそこまではパディの脳みそでも回る。だがその後は単純で、イコール扉はやたらと豪華という方程式ができていた。


 だが廊下は行けども行けども同じ扉ばかり連なっている。


 畜生、と毒づいて舌打ちでもしたいところだったがその気力も萎え始めていた。


「あら・・・・・パディ様?」


 呼ばれてパディは軽く目だけを上に上げた。まずフリルのついたエプロンとたっぷりとカールする茶色い髪が見え、それだけでは誰かは判断できなかった。しぶしぶパディは顔も上に上げると、そこには目覚めた部屋で一番に出会ったラミィが立っていた。


「どうしたのですか?一人で・・・あ、迷子ですかあ」


 ラミィは軽く「はは」と笑いながら人懐っこいころんとした笑みを浮かべて柔らかく目を細めた。しかし慈愛とも取れるその顔はパディには逆効果だった。彼は眉間に皺を寄せて深くし、「ああ?」と凄みを利かせた深い声でラミィを睨んだ。


「うっせえな、迷子じゃねえよ!・・・お。そうだ。おい、巫女とやらの部屋はどこにある?」
「はあ、セロ様とラス様のことですかねえ?」
「そう、多分それだそれ。早く言えよ、そいつの部屋」
「はあ・・・。もう少し進んだところの一番最初の角を右に折れて目の前にある大きな扉のさらに奥にある扉の向こうですが・・・・・」


 と、ラミィが言い終えると同時にパディは瞬間移動するようにその場から走り去った。余韻だけがエプロンを撫で、ラミィは髪を押さえて「賑やかですねー」と呑気な声を送った。







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