預言をいたしましょう。


 近い未来を見せましょう。


 私にとってほんの1秒の間。あなたにとっては長い冬。


 預言をいたしましょう。


 パディ・デュランダ。色彩の鍵。


 世界はやがて深い黒に落ちるでしょう。色彩の女王は泣くでしょう。子供たちは飢えるでしょう。大人たちは金を燃やすでしょう。


 でもそれは私にとってほんの1秒の間。


 やがて春が訪れるでしょう。


 

 パディ・デュランダ。


 

 色彩を再び届ける鍵となるでしょう。




 

 

           レッドゾーン 7


 

「ここか・・・・・・?」


 大理石で固められた白い空間にぽ、と浮かび上がる木造のレリーフのように細かな細工の施された扉の前でパディは汗をぬぐってぽかんとその造形に見とれた。ウナの部屋の扉もここまで艶やかな細工はなく、今まで走って見てきた扉たちなど、この扉の間では単なる板切れに見えてしまう。


 何かの象徴なのだろうか、中心にレイストロの全景が描かれていた。しかしその絵は小さく、ピンポン玉のように軽く見えた。その周りに大きな手があった。皺の一本一本まで彫られた手は触れると人の柔らかさと体温を持っているようだった。手はレイストロを包み、反映をもたらすように掲げられている。さらに手を囲うようにイバラのような線の交差、大蛇のうねり、剣のような杖が光り輝いている。


 まるで物語の1ページを見ているようだった。


 パディはしばらく見とれていたが全てを見尽くす前に戻り、急いで扉を力いっぱい押した。


 その向こうにはラミィが言った通り、もう1つの扉があった。


 今パディが入ってきた扉からもう1つの扉まで距離はそうなかった。しかし小さな廊下がそこにはあった。


 電気が通っていないのか、そこに光りは存在しない。パディが入ったことによって初めて照らされたように湿気たひどい匂いが鼻をつく。窓すらそこにはなかった。


 恐らく扉が閉まると同時に暗闇に支配されるだろう、とパディはある程度自分に予備知識を与えるとそっと扉から手を離してずかずかと大またで次の扉へ向かった。


 

 案の定真暗になったが、元々薄暗い地域にいたパディにとって暗闇は何の害ももたらさなかった。


 

 そのままもう1枚開けると、霧のように白い靄が足元を伝わり、パディの頬を撫でて手招きした。


 

 

「・・・・・・・・・」


 いつの間にか緊張していた体に活を入れると、パディはいつもの調子でずかずかと入っていた。


 

 

 うっすらだが電気はついていた。ごうんごうん、と低い唸り声を上げて何かがゆっくり回転している音が反響する。足元には土に根が這うように、つるつるに磨き上げられた鉄板の上にコードがいくつも埋まっていた。だがスモークのせいでどこからどこまで繋がっているかわからなかった。


 

 ようやく慣れた目であたりを見回すと、そこは大きなドームのようだった。湾曲した天井、広々と開けた空間。


 

 そして真ん中でしゃがみこむ人。


 

 それ以外何も見当たらなかった。


 

 パディはいつもの癖で敵意や殺気を振りまいたが、それが跳ね返されることも買われることもなかった。


 

 恐る恐る近づいていく。


 

「ようやく来たね、パディ・デュランダ」
「待ちくたびれちゃったよ、パディ・デュランダ」


 

「!?」


 

 唐突に響いた声にパディは肩を震え上がらせて真ん中でしゃがみこむ人を覗きこんだ。


 聞こえた声は男と女の声。だが目の前にいるのは1人。


 反響するであろう、ドームの中だというのに凛と一本線を張ったぶれない声。男の声は深くて少し濃い水のように静かな声、女のほうは少し好奇心の混ざった屈託のない透明な声。どちらにしても今までで聞いたことのない不思議な声だった。


 蜜に誘われる蜂のようにパディはふらふらと部屋の中央へと近づく。


 

「こんにちは、パディ・デュランダ」
「こんにちは、パディ・デュランダ」


 

 パディは絶句した。


 

 繭、と髣髴できたのならまだ自分の脳内は平和だったのかもしれない。だが蜘蛛の巣に絡まる獲物かといわれれば、違和感がある。あえて表現するのなら・・・・人と人との繋がりというものを具現化し、糸やコードという風に見えるのなら人というのは糸に絡まり、溺れているのだろう・・・そう言うのが一番適切だろう。


 

 部屋の主であろうその人物は全身を糸やコードに絡みつかれ、両手両足まで拘束された状態にあった。自由の動く範囲といえば顔だけのようだった。


 

 スポットライトが照らされているように、その顔だけやけに神々しく映った。


 

 だが顔は至って平凡だった。


 

 年はまだ少年と呼ばれる頃か、くりんと丸い目にガラスのように透明な瞳をはめ込み、純心無垢に見える頬とくちびるを持っていた。ひよこのような口を声なく開けるとにっこり微笑んで「こんにちは、パディ・デュランダ」ともう一度発音した。


 しかし聞こえたのはもう1つ、女の声。だがここにはいない・・とパディの頭が動いた瞬間だった。


 

「探し物は何?パディ・デュランダ」


 

 今まで少年だった顔が今度は少女へと変化した。


 角度によって女顔にも見える少年、ではない。まるで別人だ。


 切れ長の瞳に同じようにガラスのような瞳、薄いくちびるとちらりちらちと見える白い歯があどけない。輪郭も少し丸く、少年よりも少し年下のように感じられた。


 

 パディは声がでなかった。


 

 一体何に発していいかわからない。


 

 何を言うべきかも問いただしても脳内はパニックを起こして壁にぶち当たるだけで何も機能しなかった。


 

 混乱するパディを何度も見ているように、少女はゆとりをもってゆっくりと笑みを作って嬉しそうに声をあげた。


 

「パディ・デュランダ、久しぶり。そして初めまして。私はラス。レイストロの過去と未来を見つめるもの」


 苦痛はないのか、普通の人が普段人に接するように気軽に少女・ラスはパディを見つめた。


 そして眩暈のような感覚がパディの目の前を襲った後も少女の顔は再び少年の顔へと入れ替わった。


「パディ・デュランダ、久しぶり。そして初めまして。僕はセロ。レイストロの未来と過去を見つめるもの。・・・・君が来ることはわかっていたよ。そうさ、僕たちが君を鍵と称するもの」


 少年・セロも同じように苦痛も何もなく、軽く微笑んでパディを見据えた。


「あー・・・・・・」


 パディは混乱する頭を人差し指で突付き、目を瞑って眉間の皺をより深くした。


「・・・・・・・・・」


 10秒ほどして目が開き、目の前を確認するように眼球を震わせながら瞼を開ける。


「・・・・・・・夢じゃないんだな・・・・・?・・・・・って、なんだよこれ!新手のプレイかよ!俺は縄で絞める・・・・・」
「落ち着いて、パディ。君は質問しに来たはずだ。どうして俺なんだ、と。僕たちは答えるために今ここに存在している」
「そしてその先に起こりうることを受け継ぐために私たちはここにいる」


 また眩暈が起こり、少年と少女の顔が入れ替わる。見ているとだんだん酔いそうな感覚にパディの脳内がちりちりと少しずつ痺れていく。


 

「パディ。あなたは混乱している。でも私たちの言うことをしっかり聞いて。あなたは鍵。私は未来で見てきたわ」
「次の女王は眠っている。でも君は起こせれた。僕たちは未来で見てきた」


 

「あーあーあー!」


 

 パディの咆哮に似た黄色い悲鳴が辺りをびりびりと振るわせる。


 

 セロとラスは入れ替わり顔を出し、きょとんとしてパディの名を呼んだ。


 

 しかしパディは吼える一方で答えようとしなかった。


 

「どいつもこいつもうっせーうっせー!!一体俺がなんだってんだ!!あの筋肉女から始まりプリンにわけわからねーくそ犬女王!!さらには縄プレイがお好きな巫女ときたもんだ!!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


 

 巫女の二人は黙った。


 

 余計にパディの笑い声の混じった混乱の声が衝撃波のように波打つ。


「預言?見てきた?くそは便所でしな!!俺は知らねえ、俺は関係ねえ!!」


 一際大きな悲鳴が耳を破る。パディはその場で頭を抱え込み、縮まるようにしゃがんだ。ストレスを感じているのか、爪が頭をかきむしる。


 再びラスに変わると、彼女は悲しそうに伏せた瞳をパディに向けて小さく口を開いた。


「耳を塞がないで、パディ。目を瞑らないで。これから起こることは目を瞑ってはいられない。目を瞑る隙すら与えてくれない」
「そうさ、パディ。君に1つ預言を与える」


 糸とコードで雁字搦めにされた手がゆっくりと天に昇る。


 

「君は知るだろう、レイストロを。君は知るだろう、女王の死を。君は見るだろう、女王の誕生を、世界が再び生まれる姿を。そして見るだろう、世界が死滅していく様を。ぼんやりと絡んでしまった糸は解かれ、一本の線になるが絡んで歪んでいた事実は消えない、ほころびは直すことはできず赤い涙が細く一滴だけ流れるだろう。それら全てを見るだろう。何も力を持たない非力な色彩の子供よ、泣かないで」


 

 歌うようだった。


 

 なだらかに紡がれる言葉一つ一つ、クリームのように甘く、口に溶けていく。続く言葉は夢を誘い、体の力を奪い取る。


 

 気がつくとパディは恍惚と歌うセロに見入っていた。


 

「・・・・・・・・・・・」


 もう一度、彼は台詞を繰り返した。


 

 色彩の子供よ、泣かないで。


 

 言い終えると同時になんとも表現しにくい虚脱感と母に抱かれているような全てを預けたくなる暖かさが背中に広がっていた。まるで花が優しく開花するように、パディの全身を包み込む。


 放心状態のパディをセロはにっこり笑い、覗き込んだ。


 

 

「さあお行き、パディ。君はこれから起こり得るものを見なくてはいけない。大丈夫、世界の全てを知っても君は君」
「そうよ、パディ。私たちは全てを知り、理解したうえであなたと会話している。さあ、早くしないと赤き衝動があなたに噛み付くよ」
「・・・・・・・・・・」


 ラスはさあ、とパディを促す。するとパディは何も言わず、操られているように無言のまま彼らに背を向けてふらふらと扉へ向かった。


 

 

 

 

「女王が泣いてるわ」
「女王が泣いてるね」
「泣かないでって」
「泣いているのは自分なのに」
「世界が泣くわ」
「もう、時期に」









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