| 世界は何度でも生まれ変わる。 世界は何度も死滅し、女王は嘆く。 だが今、女王は死んでも世界は続いている。 レイストロ歴1147年。 ゆるぎない事実、そして隠されたもの。 まだこのことに気付いたものは誰もいない。 しかし知る者はいる。 さらにこのことを知る者は・・・・まだいない。 レッドゾーン 8 ばたん、と思ってたよりも小さな音を立てて扉は閉じられた。ドアノブがかすかにかちゃん、と金属音を立ててしっかり閉じたことを知らせる。 パディは扉に寄りかかったまま無言で床を見つめた。 瞼から抜けきらない光のように、先程見た巫女・セロとラスの姿が離れない。糸やコードに拘束され、自由という言葉をそのままそっくり抜いてしまったその姿。誰もが哀れみ、嘆くだろうその姿。だが2人は何事もなかったようににこにこと笑い、会話をする。 巫女という存在だからだろうか? ここに来てから・・・いや、黒き腫瘍と化した町にいた時からかもしれない・・・・何をどう見ていいのかまるでわからない。ここは本当に自分が今まで立っていた世界か危うくなる。 改めて、自分の場所に不安を覚えた。 パディは扉から離れ、ブラックアウトと共に記憶から消していた自分の街のことをふと思いかえしてみた。しかし出てくるのはつぶれた芋虫のようなぐちゃぐちゃの黒い液体ばかりで「思い出」らしいものは1つも見つからなかった。それでもこうして思い浮かべようとするのは「故郷」だからだろうか。 「・・・・パディ・デュランダ?何をしている」 「・・・・・げ」 低く深い低音の声で現実へ引き戻され、パディは思わず顔を引きつらせて無意識のうちにつぶやいた。 そこにいたのはエリエステスだった。ぴったりと体の線にそった青いスーツはいやらしさよりも猛々しい獣を思わせる。引き締まった筋肉が美しく曲線を描き、まるでしなやかな豹のようだ。 「部屋にいるよう、カルア少尉に伝えたはずだが・・・・・・。・・・・全く、お前とカルア少尉は相性がよくないようだな」 「そりゃ結構」 エリエステスはパディの数分前を見るように目を睨みつけるように細め、腕を組んだ。腕を組むと腕の筋肉が盛り上がり、一層猛々しさを増す。 「まあ、おおよその想像はできるがな。・・・・ところで、どうしてここにいる?」 「俺を預言したやつとやらの顔を見に来た。・・・・・あれは何だよ?」 エリエステスはちらりと扉を横目にいれ「ああ」と納得したように軽く頷き、顔をパディにしっかり向けた。 「説明が色々と省けてよかったよ。そう、この中にいる巫女様・・・セロ様とラス様の預言によりお前はここに来た」 「んな預言なんててきとーなもんに頼っていいのかよ」 「あの姿を見たのだろう?あれが適当にものを言う姿に見えるか?」 見えない、とパディの瞼がひくりと動いた。瞬きをする度に糸やコードが薄暗い中で艶やかに光る姿が浮かぶ。鮮烈だった印象は時間が経つにつれ、抽象的な言葉や曖昧な恐怖へと形を変え、より強いものへと変貌していく。 パディが黙ると、エリエステスは片方の眉毛だけあげて「そうだろう?」と鼻で笑った。 「それに・・・お前たち一般市民は知らないが、この世界は全て「預言」でできているのだよ。おとぎの国のとある話も本当は事実だったりするのさ。・・・・・さあ、部屋に戻ってウナ様の相手をしようか」 「ちょっと待てよ!何だよ・・預言でできてるって・・・」 「お前はまだ混乱しているだろう?それにこの世界を語るのは容易じゃない。何せ1147年経っているのだからな。まだ欠片も生きてないお前に詰め込むのは大変だろうから、いずれ教えてやろう。今家庭教師を手配中だからな・・・OK?さあ、行こう」 「お・・・おい・・・・・」 「もう話をする時間はない。さっさと行け」 エリエステスの瞳が高速に冷たい槍となり、パディを突き刺す。パディは一瞬身を震わせ、その瞳から目を離せなくなった。だが次の瞬間エリエステスの大きな平手を背中に食らい、パディの体はたよりなくふらふらと前へ押しやられた。 「あー!」 戻ると同時に女のように黄色い悲鳴が廊下中に響き渡った。パディとエリエステスは同時に耳を塞ぎ、同時に眉間に皺を寄せた。 「・・・・・カルア少尉。人の顔を見るなり悲鳴とは・・・・女の亡霊にでも取り付かれたか?」 「うっせー。男の悲鳴なんて気色悪いもん聞かすなよ」 「う・・うるさいぞ、パディ・デュランダ!・・・・・エ・・・エリエステス大佐・・・。その・・これは・・・・」 慌てふためくカルア少尉を見るのも嫌になったのか、エリエステスは目を伏せて「いい」と片手を上げて軽くため息をついた。 「おおよその見当はついている。カルア少尉、身分や見た目で判断してはいけいないな。パディ・デュランダは相当すばしっこいようだ・・・・今後気をつけるように」 「は!」 糸で引っ張られたようにぴし、と一瞬にしてカルアの体は強張り、敬礼をする。 「とはいえ、今から会議だ。カルア少尉」 「しかし自分は少尉。大佐クラスの会議には・・・・」 「いや、今からの会議は少尉クラスも呼ばれている。・・・・隣国マルファとの緊急会議だ。恐らくはパディの出現により女王はどうなるのか・・・そして友好条約について。まあこれが最もなことだろうがな。・・・・他にも気になることがいくつかあるが・・・」 「気になること・・・・ですか」 「まあ今は必要ではない。そこのかわいいベリーちゃんも睨んでいることだ、我々はそろそろ退散しよう」 「ちょっと待てよ」 2人の間を割るようにパディの小さな体が滑り込む。華奢で厚みのない体は2人の間に挟まると余計小ささが強調されたが、顔つきはエリエステスと劣らぬ気迫のオーラを放っていた。 「・・・・・変なあいつら・・・・巫女たちが言ってたぞ。俺は全てを知る、と。・・・・そういやあ、まだこの国のお偉いさんとやらに会ってないような気がするんだが?」 「・・・・・そうか」 エリエステスは見下すように目だけを下に向けると、腕を軽く組んだ。 「確かに、お前は全てを知ることになるだろう・・・が、今は時ではない。 一刻も早く女王を目覚めさせなければならない。お前はなんとも思ってないようだが、実は深刻な事態なのだぞ? ・・・・そしてお前はまだ「歓迎」されていない。お前は女王を目覚めさせないかぎり「ロットシャドウ」でこの城に・・ いや、世界に目障りなものなんだ。それを忘れるな。全ては女王の目覚めからだ・・・・・OK?」 エリエステスの声は深い。進めば進むほど奥へ落ちてずぶずぶと沈むようだ。抑揚があまり感じられない淡々とした声は頭の奥底を痺れさせる。鈍い痛みと共に従わなくてはいけない気分にさせられる。 長い台詞の後、パディは放心状態で「・・・・・OK」としぶしぶながら頷いた。 あっけない返事にカルアは目をきょとんと何度か瞬きし、ふらふらと2人の間から抜けるパディを目で追った。 エリエステスは軽く笑い、腕を解いた。 「わかってもらえればいいのさ、かわいいベリーちゃん。ウナ様の相手、くれぐれも失礼ないように。・・・・さあ、行こうか。カルア少尉」 「は!」 2人は訓練された動作で踵を返し、90度方向を寸分の狂いなく向いて大またで突き進んだ。 「・・・・・・・・・」 パディはただ黙って2人の背中を見つめ、やがて見えなくなるとしぶしぶ次期女王候補がいる部屋に入った。 そこにはやはりぼんやりとしゃがんだままどこを見るわけでもなく虚ろな目で周りの景色を見つめているウナが1人座っていた。パディが入ってきても見るわけでも、何か興味を示すこともなかった。ただぼんやりとしている。 パディはどうしていいかわからず、とりあえず扉を閉めて壁にもたれかかるようにしゃがんだ。 すると途端に体が重くなった。体中の疲れという疲れを凝縮し、がちがちに固めて下半身に埋めたような苦しさの混じる重圧がかかる。 全ては突然の出来事だったのだ。口では何かいえても体や頭がついてこれないのはパディ自身もわかっていた。わかっていても、どうにかしなくてはと気持ちばかりが先走る。 実は弱気だったことに気付き、パディは自分自身に毒づいて顔をしかめた。普段からしかめっ面の顔が余計にくしゃくしゃに縮んで眉間に皺を寄せていく。 「くそ・・・・・」 言い聞かせるようにもう一度毒づくと、抗いがたい眠気が背後からパディの全身を飲み込み始めた。抵抗する必要性もなく、パディはそのまま全身を深い暗闇へと預けた。 黒い闇の中に点々と散らばる光の渦。先ほどまで見ていた光景が全て光りの斑点となる。 パディはどろどろと溶けていきそうな眠気を心地よく向かえ、意識を落とした。 夢の入口のすぐ側で誰かがつぶやく。 「パディ・デュランダ。私を目覚めさせようなんてそうはいかない。私は皆を怨んでる、全てを怨んでる。世界も。そんな私が女王?笑っちゃうわ。 ・・・・・だから目覚めない。皆困ればいいのよ・・・パディもね。 いずれ醜い戦いが始まる。 私はそれをただ傍観してやる。 そこで皆倒れればいい・・・パディも。 色彩の鍵、私は目覚めないからね・・・・」 誰の声かは聞き覚えがなかった。 だが吐き捨てる強きな口調とは裏腹に、この声の主はおびえているな、とパディは思ったところで完全に夢の向こう側へと渡った。 第一章 完 第二章に続く
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