| 肌寒い日だった。窓がわずかに曇り、くすんだ空を映し出す。日は出ているが朧げで、まるで水がたゆたうように光はさざ波を刻んでいた。 幻影的とも言える白い午後―第一軍少尉・カルアは静寂を断ち切るようにばん、と机を思い切り叩いた。 「エリエステス大佐に何か贈ろう」 再び静寂。寒い日というのは声を凍らせてしまうらしい。少しの沈黙が痛々しい空白となる。そして周りにいる一同・・・友人であり同じ隊の少佐・マイとたまたま居合わせた第三軍の要であり同じく少佐・マレルーナ、そして第二軍皮肉屋大佐・ライスはそれぞれのポーズのままげんなりとカルアを見つめた。 彼は至極普通の顔で、何か意気揚々と拳を固めている。顔だけみれば中々に甘いマスクでメイド受けしそうなのだが、言動はいささか突っ込みたくなるようなものが多い。しかもそれはたまにではなく、日常茶飯事だということを彼らは知っていた。そして大体の内容が女大佐絡みだということも。 食堂に偶然集まっていた彼らは何も言わず、しかし結託した様子で同時に頷いた。 「カルアが振られる方に1000」と、マイ。 「あ、じゃあ私はこの髪留めを賭けようっと。もちろん、振られる方」と、マレルーナ。 「振られる方に俺の食べかけを賭けていい」と、ライス。 三人は同時に瞬きすると、失笑しあった。 「それでは賭けになりませんね、ライス大佐」 「マイ少佐。お前、友人なら少しは希望を賭けてやれ」 「そうですよ、マイ少佐。ライス大佐だって失礼じゃないですかー。食べかけなんて」 「食べかけで十分だろう?何といってもこの俺が賭けてやろうっていうんだ。ありがたく思ってほしい。そういうマレルーナ少佐も髪留めは失礼だろう」 「えー、そんなことないですよ。だって、これとったら私の髪、片方は留めてるのに片方は垂れ流しですよ」 「垂れ流し・・・。一つに結べばいいだろう?」 「あ、マイ少佐わかってなーい。この二つっていうのはみそですよ。ミソ」 「はあ」 と、それぞれ朗らかに会話しているがカルアには聞こえていないようだ。彼は何か一通り思案すると、真面目くさった顔のまま談笑する三人にくるりと振り返った。三人はカルアが何か目くじら立てて怒るかと思ったのだが、変わらぬ表情をしていたので少し息をついた。 「マイ。大佐は何が好きなんだ?」 「・・・知るか」 「な、なんで知らないんだ。僕より近い位置にいるじゃないか」 「だからと言ってそういった部分を知るはずないだろう・・・」 マイはあまり表情を大げさに変える人物ではないが、この友人が絡む時だけは(主に呆ればかりを表に出しているが)多少緩む。 「そもそも何でいきなりプレゼントなんだ。第一、いくらお前が貴族で大体の物が買えるからといっても、エリエステス大佐の方が金持ちだろう。今さら欲しいものなんて」 「そうだそーだ。はっ、カルア少尉は暇人の思考回路をしていてうらやましいよ。それくらい気力があるなら、城へ貢献してほしいねえ」 ライスは嘲りながらプラス見下し、世にも落ちぶれたものを見るように鼻で笑う。 しかし当のカルアはきょとんと素直すぎる目の色で瞬きをするだけだ。 「ライス大佐。貢献でしたら、一応貴族ですので毎月一般人よりも多く税を納めてますが・・・・」 「ぷ」 隣でマレルーナが半眼で密かに笑った。ライスは顔がまっぷたつになりそうなほど頬を引きつらせ、ふるふると拳を固めたが、あまりに純粋すぎるカルアの目に毒を抜かれたのか、食べかけだったサンドウィッチを無理やり口に詰め込むとそのまま退場した。 「ライス大佐・・・どうしたんだ?」 「・・・はあ」 「おかしいなあカルア少尉って。さすがあの大佐を想うだけあるわ」 マレルーナはうんうんと頷き、食器を持ち上げた。 「ではお先に」 マレルーナは笑いながら髪をぴょこぴょこ揺らし、食堂を出ていった。 残ったマイはどうするべきかと横目で何か探したが生憎何もなく、カルアのとぼけた顔だけが残された。 「あれ・・・今日は会議でもあったか?」 「お前に呆れて出ていったんだよ」 「そう・・・・なのか?悪いことしてしまったようだ」 その発言がだ、とマイは頭を抱えたが何も言わなかった。 カルアは一気に冷めたコーヒーを飲むと、「よし」とわけのわからない気合いを入れて立ち上がった。 「マイ。暇?」 「・・・・暇じゃないと言いたい」 マイは前髪をかき上げると、両目をきつく瞑った。しかしカルアはにこやかに笑い「ちょっと付き合ってくれ」とまるで空気を読まずに肩を叩いた。 冷たいと兵士たちに言われているマイだったが、カルアにはかなわなかった。 かちゃかちゃと食器が重なり合う音が淡々と響く。その音にまじり、翡翠色と白に近い薄紫の冷たい目がある一点を射る。しかしその目は長く続かず、すぐに目の前にある食器に戻った。純白の皿の上にはこんがりと網目模様浮かぶステーキと色鮮やかにゆっくり煮込まれたにんじんのグラッセ、キツネ色に揚がったポテトと昼間から食べるものにしては幾分かこってりしたものが乗っていた。 パディはゆっくりナイフを滑らせると、ステーキを一口サイズに切った。それをぷす、と刺して口に運ぶ。切った断面はほとんど赤に近い、レアタイプだったがパディはこれが好みだったりする。しっかり焼いた時よりも触感がぷりぷりと新鮮で肉汁も油すぎない。後味も案外とさっぱりとしていて、後に堪えない。 パディは噛みながらもうんうんと頷き、飲みこんだ。 「肉食め」 目の前で同じように食べる女王候補・ウナは赤い断面を見つめて眉間にこれでもかとしわを寄せる。そしてぽい、と無造作に投げ捨てた。ステーキを、丸ごと。どうやら姫候補はレアは嫌いのようだ。 これが普通の神経の持ち主だったら驚くところだが・・・パディは表情一つ変えず、空いている皿で飛んできたステーキをキャッチした。 「慣れたもんだな」 ある程度事情を知っているマイは大して動じず、大して興味なさそうにつぶやいた。 パディはちらりとだけマイを見ると、飛んできたステーキをじっと見つめた。 そしてややあって・・・この場にどこかぎすぎすとした空気を作り出した張本人・カルアに差し出した。 「これをやってこい」 「・・・・ふざけているのか、パディ・デュランダ」 「それはてめーだろ、プリン男」 パディはにんじんを食し、眉間に力を入れた。 「大体てめーは何しに来た」 「言っただろう。エリエステス大佐の欲しいものは何か、と」 「聞いたわ、んなこと。ぼけてんじゃねーよ。俺が言いたいのは、なーーーんで今言うんだ。いきなりすぎるだろう」 「はんっ」 パディの悪態づいた声にウナの失笑が混じる。薄紫の目がこれでもかとカルアをバカにし、明後日の方向を見て酷く呆れている。 「エース様・・・?」 ウナはカルアがこっそりと呼んでいるエリエステスの愛称をつぶやくと、カルアは一気に赤面するとわけのわからな言葉を言い、弁明を図ったが、ここにいる全員がカルアの大佐愛を知っている。そのため、特に冷やかすこともなくひたすら失笑し続けた。 「すまなかった。パディまで巻き込んで・・・」 引き攣る頬を抑えながら言うマイにパディは多少困り、「大変だな」と一言だけ言った。 「・・・で、カルア。俺に何で聞くんだ」 「最近よく話していたような気がするからな。何か知ってると」 「知るか!」 パディは叫ぶと、存在がなかったようにカルアを無視し、食事を再開させた。 対するウナはじっと片目でカルアを見つめている。その意味をカルアは「もしや」と自分で解読する。 「ウナ様・・・何かご存じで?」 期待に満ちたまなざしがウナに注がれる。仮にも女王候補である彼女を凝視するのは無礼極まりないが、カルアの思いはそれを超えている(盲目になっている)のでひたすら見続ける。 そして時間は数十秒と流れ・・・ 「死ね」 カルアはがっくりと膝をついた。ウナの瞳は光も興味も失せ、ポテトを手づかみで黙々と食べていた。ちなみに、どこを見ているかわからない。 そうしているうちに食事は終わり、まるで見張っていたかのようにメイド・ラミィが勢いよく入ってきて手際よく片付けていく。全ての食器が片付け終わったと同時に「あら」と声が漏れた。 「カルア少尉?どうしたんですか?」 舌ったらずな声で話しかけたが、カルアは動けないでいた。その姿を三秒ほど疑問に思い、四秒後には「ああ」と手を打った。 「またエリエステス大佐絡みですかあ〜?カルア少尉も大変ですよね・・というより、マイ少佐。お疲れ様」 「・・・・ああ。本当に」 ラミィはのんびり笑いかけると、カートを引いた。 「あ、カルア少尉」 カルアはぐったりとしながら頭を上げた。その先ににんまりと笑うラミィの顔があった。 「エリエステス大佐はコーヒー派と見せかけて、紅茶が好きなんですよ。オレンジの香りがするタイプのです」 「そ、そうなのか!」 「ええ、そうですとも。でも・・・あ、やっぱりやめておきます。それでは〜」 ラミィは満面の笑みに少しの悪戯を込めると、かたかたとカートを揺らして出ていった。 カルアは立ち直ったのか、いつの間にかしゃっきりとその場に立って拳を固めている。最初に「贈り物」と机を叩いた時の意気揚々さがよくも悪くも戻っていた。 「マイ!」 「嫌だ」 「どこかいい店を知らないか?」 「知らん」 「よそでやれ」と、これはパディだ。 カルアはパディの声が聞こえたのかどうなのか、「そうかそうか」と嬉しそうに頷き、外に出ていった。 「さ、騒がせたな・・・」 パディは引き攣った笑みを浮かべ、無言で手を振った。 「そうか・・・知らなかったな。紅茶かあ・・・」 「いいから、もう戻るぞ・・・」 マイは少々疲れた声でぼやき、何やら妄想でふわふわするカルアの背中を無理やり押す。 「どうしてお前はいつもそうなんだ・・・まったく、迷惑も考えず・・・・」 まるで困った弟を持ったような気分だ、とマイは心中に付けたす。そのこともカルアはもちろん気付かず、うんうんと一人考え続けるのだった。 「まったく・・・」 と、マイが三度目のぼやきを言うその前に威圧する空気が二人を黙らせた。 「エリエステス大佐!」 二人の声が重なり、前から来る女大佐は「ん?」と顔を上げた。そして少しだけ笑みを浮かべた。いつもの獣らしさはなく、いつになく大人しく見えるのは・・・マイの気のせいかもしれない。 そう思っているうちにカルアが一歩前に飛び出し、敬礼をした。 「二人ともどうしたんだ。訓練にでも行くのか?」 「え、ま、まあ。ええ、そうです」 カルアは頬を高揚させると、エリエステスを失礼のない程度に見つめた。そんなカルアをマイは呆れながら眺め、引っ張り返そうとした時だった。 「あ・・・・」 カルアの覇気が下がった。マイはこっそりと「どうしたんだ」とつぶやいたが、彼の目は一点で止まっている。 「ん?ああ、これか?」 そういってエリエステスは手に持っていた四角い缶をカルアに出した。 「蓋はしているが・・・いい香りがするだろう?」 「は、はあ。あの、これは・・・」 「紅茶だ」 マイは頭を抱えた。本日何度目かわからない。 カルアの中で何かが崩れていく音がマイには聞こえ、それと同時に士気をだらだらと流れていくのがわかった。 「そ、それは・・・その、どこで・・・?」 「ん?ああ、これは・・・」 エリエステスは珍しく言い淀み少しだけ目を泳がせて、なぜか苦笑した。 「マルファにいる、その、友人からでな。毎度送ってきてくれるんだ」 「そ、そんな・・・・」 「オレンジの香りがする珍しいものだ」 「オレンジの・・・・・」 カルアは呆然と缶を見つめ、マイはラミィの笑みの意味がわかった。 エリエステスは二人に手を振ると、そのまま通り過ぎてしまった。 「・・・・・」 「さあ、馬鹿もここまでにするぞ」 「・・・・よし、次を考えよう」 カルアは静かに拳を作り、俯きながら震えた。 何とももはや、たくましい限りの前向きさにマイは呆れ・・・逃げようとして腕をつかまれた。 「リサーチに行こう!」 「嫌だっ」 マイは全力で否定したが、カルアは非常に生き生きとどこかへと進んでいく。 いつか笑顔で名を呼んでくれるその日を描きながら―。
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